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この春先、多分311以降だったと思うが、不定期刊の『性の探求』(光彩書房)という老年向け実話誌に、場違いな永田洋子さん追悼を書いた。この号の特集テーマは「私の人生を変えた性快楽」というもので、編集者も永田さんも迷惑だったかもしれない。
次号の原稿を書いたので、すでにこの記事の務めは終ったと解釈し、ブログに再録する。なお、文中でいかにもシュルレアリスムに詳しいような印象を与えたとすれば、それは紛れもなく、エロ本読者に対するわたしのハッタリである。ここで取り上げた『性に関する探求』(アンドレ・ブルトン編)以外、何も知らない。

 
 いきなり奇矯なことを言い出すようだが、わたしにとって「人生を変えた性快楽」と言えば、今年の二月に獄中で病死した連合赤軍の永田洋子(ながた・ひろこ)さんと、シュルレアリスムの創始者アンドレ・ブルトンを抜きにしては考えられない。
 簡単に言ってしまえば、わたしは連合赤軍のリンチ大量殺人事件で逮捕され、世間の轟々たる非難の的となった永田さんとセックスする夢を見て、生涯に数えるほどしかない夢精をした。その時の強烈な感覚はわたしの脳裏に刻まれ、それ以前はもちろん、それ以降の現実的な性的体験で、それを越えることはない。
 じゃあ、ブルトンのほうは何だと言えば、そういうわたしの体験と感覚を的確に表現してくれたのだ。たとえば、

「夢魔は想像上のものではない。明確に定義できる、夜の事件なんだ」(『性に関する探求』アンドレ・ブルトン編・白水社刊)

 シュルレアリストたちがセックスについてあからさまにディスカッションしたこの書物については、本誌創刊号でも触れた。実際わたしにとって若き日の夢の中での永田さんとのセックスは、まぎれもない「夜の致命的な事件」だった。
 過激派のサブリーダーで、凶悪なブス女として指弾された永田さんとセックスする夢を、わたし以外の誰が見ただろう。自慢しているように聞こえたら恐縮だが、永田さんが亡くなった今、わたしは選ばれた人間として、事の次第を正確に・誠実に語る義務があるのではないだろうか。

 どこかで野坂昭如が「オナニー以上の快楽は、現実の女性相手では存在しない」というような意味のことを書いていた。性的快楽における、現実を越えた夢想の優位性。それがわたしにとって夢の中のセックスの、純然たる快感だったのかもしれない。しかし、それがなぜ殺人犯・永田洋子だったのか?
 もちろん、その後も時には性的な夢を見ることはある。しかし、射精に至ることはない。四十年近く前の、ペニスの内奥から迸り、吸引されていく感覚が、いまだにわたしの脳内で生き続け、木霊のように時に遠く、時に近く感じることができる。
 現実の世界で、一夜の夢を乗り越えられないわたしの一生は、果たして不毛で不幸だろうか。シュルレアリストたちも、次のような問答をしている。

ブルトン「ペレは夢魔によって快感を得たことが実際にあるか?」
ペレ「あるとも」
ナヴィル「その快感と、現実の快感とを比べるとどうだろう」
ペレ「現実よりずっと良かったね」
ナヴィル「それはなぜ?」
ペレ「説明するのは難しい。説明抜きでそう感じるんだ。二、三度しか経験はないけれど」
 
 夢のほうが、現実よりも快感は強い。これはわたしだけではなく、一九三十年前後のパリでも議論されていた。現実を凌駕する快感を体感できたわたしは、不幸な人生どころかラッキーだったような気さえしてくる。
 なお、ここでブルトンたちが「夢魔」と呼ぶのは、現実に存在する女性を夢に見ることだけでなく、夢の中だけに存在する悪魔のことを指していることが多い。
 睡眠中の女性を犯す男の悪魔が「アンキューブ=淫夢男精」で、睡眠中の男を誘惑する女の悪魔が「シュキューブ=淫夢女精」。当時の前衛芸術家たちも、夢魔の存在をかなり本気で信じていたようだ。

 永田さんはわたしにとってシュキューブ、つまり夢の中の悪魔だったのだろうか。確かに当時、美人同志たちを嫉妬心から次々と惨殺したブスの悪魔、というのが永田さんに貼られたレッテルだった。そしてわたしは、そうした世間のバッシングに猛反発し、擁護論をせっせと新聞社の投書欄に送ったりしていたのだ。もちろん、一度も採用されなかったけれど。
 ノンポリだったわたしが、永田さんたちの革命理論に共鳴したわけではない。学生時代から「ブス好み」と友人たちに揶揄されてきたわたしだったが、永田さんが世間の美的基準から外れるから援護したいと思ったわけでもない。はっきりと自分の考えを主張する女の人が、容貌まであげつらわれ、まるで下等な魔女みたいに集中攻撃されているのに、わたしは憤激したのだった。
 実際、永田さんは自分のことを以下のように書いている。

「私は、女の解放を願い、ひかえ目な人間ではなかった。しかし、それは表面的なことにすぎず、性関係のような人間性の内面が最もはっきりと現れるような関係においては、男の主導を越えることも、その意識性を持つこともできなかった」
「そのため、私は、女の自主性や主体性を抑圧する家父長制に反対していながら、反発の域を出なかった。私自身、党組織における家父長主義から自由でなかったどころか、それを女の側から支える役割をはたしてしまったのである」永田洋子『続 十六の墓標』

 自ら「ひかえ目な人間ではなかった」と書いている永田さんだが、指導される兵士たちから見ると「鬼ババア」(坂東国男)以外の何ものでもなかった。しかし、その永田さんの最初の性経験は、所属した組織、革命左派(京浜安保共闘)の川島豪議長による一方的なセックス=レイプだったという。
 パトリシア・スタインホフ教授の『日本赤軍派』によれば、永田さんはその経験を乗り越えるべく、自分なりの性的トレーニングをつみ、後に浅間山荘に立てこもる同志、坂口弘と事実婚の関係にあったが、自由な恋愛やセックスについては概して無理解だった。それが女性同志の糾弾につながった。

 しかし、そうしたことは後にスタインホフ教授の懇切なインタビューが明らかにしたことで、永田さんが逮捕された当時は、永田さんとセックスを結びつける要素はまったくなかったと言っていいだろう。もしあったとしても、世間から孤絶した山岳ベースで、鬼のようなサド女が、部下の兵士に奉仕的セックスを強要するようなものだったに違いない。
 そんな風潮に反発したわたしが、あろうことか、永田さんとセックスする夢を見たのだから、今から考えればそうとう可笑しい。性夢がどんなシチュエーションだったかは忘れてしまったが、永田女王さまに鞭打たれるようなものではなく、柔らかな感覚に満ちたものだったと思う。
 わたしは無意識下で、囚われの醜女、永田洋子にセックス・アピールを感じていたのだろうか。昔の青春小説なら、自分の汚らしい性欲で獄中の永田さんを汚してしまったと罪悪感を感じてしまったりする。しかし、新聞でしか永田さんを知らないわたしに、そんな反省もなかった。ただ射精に至る純粋快感だけが残ったのである。

 古代の日本では、夢に思う人が出てくるのは、相手が自分を思ってくれるからだという解釈が一般的だったらしい。フロイト以降は、夢とは抑圧された無意識の発現というのが常識となったが、性的な夢における対象の登場=キャスティングはどのように行われるのだろう。シュルレアリストたちは、以下のように討議している。

ナヴィル「夢魔の場合とオナニスムの場合と、女性のイメージという点ではどう違うだろう」
ペレ「夢と、覚醒時の想像力との違いだろう」
ブルトン「これはまた曖昧な答えだな。違いは、オナニスムの場合はあれこれと、気難しい選択の余地があるのに、夢魔の場合、選択があり得ないという点だろう」
ナヴィル「オナニスムの場合は、必ず知っている女を思い浮かべるけれど、夢魔の場合、相手は知らない女だ」

 ブルトンの「オナニスムの場合はあれこれと気難しい選択の余地がある」という発言は愉快だ。名だたるシュルレアリストも、日本のオナニストも、ずりネタ=「おかず」にかける厳密性については似たようなものなのだ。
 自分を性的に駆り立てる対象やシチュエーションを、できる限り自分の好みに変形し、集中していくのがオナニーだろう。永田さんを夢見て夢精したわたしも、さすがに永田さんを思い描いてオナニーしたことは一度もない。
 夢においては「選択があり得ない」というブルトンの言葉はまったく正しい。出会い頭の事故のように、永田さんはわたしの性夢の中に現れた。しかし、その一方で、わたしが永田さんに強い関心を注いでいたからこそ、夢の中に現れたのも間違いない事実だろう。
 現実の人間関係と夢は、どのような関係にあるのか。当時、わたしにも恋人と呼ぶべき存在はあったはずだが、

ブルトン「情熱的な恋愛の最中に、人は夢魔に襲われることがあると思うか?」
ナヴィル「よこしまな人物の場合なら、そんなこともありうるだろう」
クノー「知りあいの女性を我がものとすることを夢想することだってありうるけれど、それをどう考える?」
ブルトン「それはおよそ夢魔とはかけ離れたことだ。欲望のごくまっとうな表れだと思う」
ペレ「プレヴェールは夢魔についてどう思う?」
プレヴェール「僕は自分の好きな女のことしか夢に見たことがない」

 ナヴィルやプレヴェールの発言は、いささかシュルレアリストらしくない奇麗ごとのように聞こえる。それとは反対に、一貫して夢の独立性を主張しているのがブルトンだ。

タンギー「覚醒時に欲望を感じているならば、それに合わせて夢を操縦することができるか?」
ブルトン「不可能だ。でも、たまたま運よく、夢の中で現実には得られないものを得ることがある。概して、夢の中の方がいくらか恵まれている。一種の代償機能がはたらいているように思う」

 タンギーの「夢を操縦」という言葉は、昨年のハリウッドの秀作『インセプション』を思い起こさせるが、それはさておき、ブルトンの「代償機能」によれば、リアルな現実においては不美人と付き合っていても、夢の中では美人や映画に登場する女優を登場させるのが妥当ではないか。
 わたしはどうしてまた天下に轟いたブス女、それも殺人犯を性夢の対象としてキャスティングしたのだろう。
 このブス問題については、永田さん自身が次のように自己批判している。なぜ美人同志に、自分自身の顔を変形するほど殴らせるというような無惨なことが行われたのか?

「連赤敗北後、遠山美枝子さん、大槻節子さん、金子みちよさんたちは美人なので、『ブス』の私が嫉妬して彼女らを殺したという批判が長い間様々になされ続け、一審判決はそうした解釈を前面に掲げていた」
「ブルジョア社会では美人は実力や努力と無関係にそれだけで評価されるため、ブルジョア化しやすくなる、従って、美人であることは女性兵士になるうえで障害になる」
「女性兵士になるためには、長年培われてきている美人であるという意識や『女らしい』仕草を克服しなくてはならないという女性兵士化に対する誤った考えに基づいていた。私たちは、中国のプロレタリア文化大革命の中で『(結婚相手は)容姿によってではなく思想で選ぶ』といわれたことや、毛沢東の詩の中の『女性兵士は化粧より銃を愛す』というくだりをそのまま教条的に受け止めていたのではないだろうか」永田洋子『私生きてます』

 永田さんの「美人は実力や努力と無関係にそれだけで評価される」という美人に対する批判は、それ自体は間違っていない。ブス好みと友人たちにからかわれたわたしは、おそらく同じような批判や不満を「美人」たちに対して抱いていたと思われる。
 若松孝二監督の『連合赤軍』では、永田洋子は狐目で皆を睨む陰険極まりない女として描かれていた。世の男たちのブスへの敵視・偏見が見事に凝結していた。
 一方、高橋伴明監督の『光の雨』では裕木奈江が演じ、永田さん原理主義を標榜するわたしも、さすがに美人過ぎると思ったものだ。革命的な「ブス」であるところにこそ、永田さんの本領がある。
 そうだ、この「革命的なブス」こそ、わたしにとってキーワードではなかったか。山岳ベースにあっては、男の兵士も震え上がらせる非情な女性兵士のリーダー、囚われて後は、かつての同志や世間を向こうに回し、髪振り乱して敢然と闘う女。そんな永田洋子の姿に、わたしは意識下で非常にセクシーなものを感じていたに違いない。
 だからこそ、永田さんはわたしの夢の中に現れた。わたしだけが理解できる(と傲慢に思い込んだ若き日の)アンチ美神として。

 わたしは永田さんの著書をほとんど読んだと思うのだが、その結果浮かび上がってきた永田洋子像は、前述の二つの映画の中間ぐらいという、はなはだ平凡なものだ。
 正義感が強く、そのぶん人の感情の機微に疎い、価値観的には素朴で健康で、性や愛の方向にはあまりイマジネーションの働かない、どこか神経の粗い、しかし本当は親切な心を抱いたお姉さん、というのが、現在のわたしの永田さんイメージである。
 そんな永田さんが、わたしの夢魔=淫夢女精として、わたしの生涯に君臨しているのだから、夢とは実に不可思議なものである。
 
 永田洋子。享年六十五歳。六十六歳の誕生日を迎える直前の死だった。合掌。


ライターの眞美子さんに勧められて、ファイスブックに登録してみた。だけど何をやっていいのか分からない。やっとツイッターに慣れてきたところなのだ。
取りあえず近所の話を書いてみた。知り合いも少しずつ増えている。参考になるかと思って映画「ソーシャル・ネットワーク」も観たが、ほとんど参考にならなかった。
ツイーター同様に、ブログに転載してみる。ツイッターの転載はまことに不評で、あんな読み難いもの、誰も読まないと酷評された。

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昨年10月末の猪苗代湖

●1月26日
自室の近所に『肉そば』と大書した店ができた。蕎麦は好きだが『肉そば』という語感は食欲の湧くものではない。ある夜、酔っぱらって入った。山形県寒河江市のナントカという地域の名物で、鶏肉の入った冷たい汁で日本蕎麦を食べる。冬でも冷たい肉そばを食べるらしい。しかし店には温かい肉そばや、蕎麦をラーメンの麺にしたメニューもあった。厳寒の深夜なので、最初ネギがたっぷり盛られた温かい肉そばを食べたが、山椒入りラーメンがある事に気づき、引き続き食べる。酔いのなせる業だが、これが美味かった。(続く)

わたしは山椒の匂いがたまらなく好きで、確かに香りはするのだが、どこに入ってるか分からない。店を出る時に尋ねたら、山椒の実からオイルを抽出し、それを混ぜるのだとか。分からないのは店名で「フクロウ」を「鳥」偏に「笑」と勝手に作字している。二回目行った時に尋ねたら「フクロウは縁起のいい鳥で、なおかつ、いつでも笑って仕事をしたいから」という二重のモティーフで、手書きの漢字ができ上がったらしい。はなはだ理解し難い。
*十二社通り・熊野神社交差点そば。

Mamiko Iwasaki こないだ浜松の鰻屋でこの世のものとは思えないいい香りの山椒と遭遇しました。ひつまぶし食べ終わったあとにも、お茶に山椒かけて飲んでしまいました。人は、山椒だけでトリップできるということを初めてあの時知りました。
山崎 邦紀 山椒でトリップ! 的確なご指摘です。南会津の庭に山椒の木があり、また勝手に自生してくるのですね。時々葉っぱをちぎっては、じっと匂いを嗅いでいます。

●1月27日
 やはり近所の店の話。同じく熊野神社交差点近くに、キラー・カーンの立ち飲み屋がある。そう、あの大巨人、アンドレ・ザ・ジャイアントの脚を折った伝説のプロレスラーだ(といっても誰も知らないか)。ずいぶん以前、わたしが新井薬師に住んでいた頃、中井でスナックをやっていたのは知っている。日野繭子さんがバイトしていたらしい。(続く) 

中井のスナックには入ったことはなかったが、昨年立ち食いカレーか何かの店が改装され、いきなりキラー・カーンの似顔絵が登場したのには驚いた。思わず入ってホッピーを飲む。カウンターの向こうで夫婦かも知れない男女の人が接客し、奥のレジのところに巨体、キラー・カーンその人がいた! もしかしたら調理とレジを担当してるのかな。その辺は分からないが、伝説の人を遠目に見ながら飲む酒は楽しい。(続く)

キラー・カーンは「カンちゃん」の愛称で親しまれ、それで「カンちゃんの店」と言うらしい。確か大きなシリーズの優勝決定戦でホーガンかアンドレと闘ったのが、レスラー人生のハイライトだったと思う。レジに一番遠い場所にいたので、言葉を交わす機会はなかったが、楽しく酔っぱらった。後日通りかかると、若い世代の客と一緒に店の前で写真を撮ったり、サービスに務めていた。引退したプロレスラーには幸せな生活を送ってもらいたいと、心から願う。








DSC03178.JPG <10月末の猪苗代湖畔>
 
@fujirusi 「理由あり未亡人」って何だろうって思いました。改題作品ですね。教えてくれてありがとう。素人監督でうまく行ったり失敗したりを繰り返しています。振り返れば駄作の山、うず高く。
12月30日 

 @dropoutcowboys 福田恆存の「頑丈で綺麗な正攻法の論理」。なるほど。その一方で、盛んに論争しつつ自分の主張は遂に世に容れられないといった苦い認識が背中合わせ。そんな言葉の質感が時に心地好く、時に可笑しい。貴君に倣って正字正仮名(で良かった?)勉強してみようかな。
12月30日 

 @dropoutcowboys @gay_terms 勉強の成果は? 別件だけど貴君に啓発された福田恆存『私の國語教室』読み始めたよ。面白い。ついでに思春期に読んで感嘆した覚えのある『人間・この劇的なるもの』も本日購入。この歳になると保守派、守旧派と呼ばれるのは快感かも。
12月29日 

yurikoyoshiko 映画『百合子、ダスヴィダーニヤ』 
 浜野佐知組『百合子、ダスヴィダーニヤ』静岡ロケ報告(8)旧マッケンジー住宅にて、をアップしました。中條百合子の夫、荒木茂を演じる大杉漣さんオールアップの日です。 http://d.hatena.ne.jp/hamanosachi/20101227/1293425928
12月27日 

 早乙女ルイさんが「はばかり様」なんて、わたしの年代でも馴染みのないような台詞を言うのが、とても新鮮に感じた。最後のカラミの彼女のアップも素晴らしい。荷風的偏屈は荒木的偏屈と見事に重なるが、双方共に自己批判の契機がまったくないのはどうか?とも思うが、それを求める映画ではないだろう。
12月23日 

過去と現在の往復運動のツールが8ミリカメラ。永遠の映画青年荒木太郎の面目躍如だが、劇場や映画へのオマージュはいくらか余計に感じた。主人公が書くべき小説として、妻と愛人の間に挟まり予約した結婚式場に放火する実際にあった事件が挿入されるが、荒木くんと里見さんの芝居が可笑しい。
12月23日 

 昨日上野オークラで荒木太郎監督『癒しの遊女 濡れ舌の蜜』観る。自信作だけあって、とても面白かった。永井荷風「濹東綺譚」原作というが荒木太郎的(逆)ユートピアを荷風の世界に発見した趣。かつての情緒的世界と現在のヒリヒリするような孤独世界を自由に往来する荒木マジックに感服する。
12月23日 

キムカナさんのTwitterまとめ投稿で目が覚める。なぜか無性に嬉しい。奈良県警は工事現場事務所に盗み目的で侵入したとして無職野田容疑者(34)を逮捕、地下足袋100足などを押収した。「男性が履いた地下足袋のにおいが好きで約20カ所で盗んだ」と供述。袋に入れて保存していた。
12月18日 

 @yukisada ぼくも3時になったら寝よう。8時に起きなくちゃいけないんだ。
12月18日 

エロ業界は慎太郎や猪瀬に感謝状を贈るべきではないか。彼らの分かりやすい妄言によって、アングラ的表現の古典的な商品価値は高まる。本当にエロ業界を壊滅させる気なら、すべてオープンにしてしまえば良い。短期的な混乱はあるだろうが、世の中はヌーディスト・ビーチみたいになる。(本当か?)
12月18日 

慎太郎も猪瀬も典型的な役回りを典型的に演じていて可笑しい。こういう連中に差別、抑圧されるのがエロで、当該産業の従事者としては思わず胸を張ってしまう。
12月18日 

東武鬼怒川線の特急スペーシアが1日数本JR新宿に乗り入れている。番外地みたいな端っこのホームで発着するが、個人的にはこれが非常に便利。暮れ行く景色を眺めながら、南会津の温泉や植物も好きだが、ただ単に為すところなく茫然と移動しているのも好きだということを自覚する。
12月18日 

明日は『百合子、ダスヴィダーニヤ」の音付けラッシュ。明後日から3日間は浜野組ピンク。わたしの担当は脚本+現場スチール+飯炊き。『百合子〜」の仕上げ中だが、ピンクを強行するのはポスプロ費用の捻出もあってのことだろう。ギャラは払ってもらえるのだろうか。
12月18日 

「ノルウェイの森」。知人の大学の先生が論じているので、やむなく読んだことがあったが、胸の悪くなるような小説だった。顔を見たら首を絞めたくなるような主人公だった。とても映画観る気になれない。
12月18日 

西新宿に戻る。東京、人との距離が近過ぎる。タバコの臭いや人の臭いが鼻につく。近所の24時間やってるマルエツ・プチで好きな食材買って、自室でビール飲む。南会津では一大決心し、重装備でバイク乗って遠くのコンビニに行くが、新宿では裸足で下駄はいて行く。さすがにちょっと寒かった。
12月18日 

@printempshunsei 逆です。素子が湯浅芳子。佐保子が野上弥生子。部屋のなかが混乱していて「伸子」参照していませんが、素子の湯浅芳子は間違いありません。
12月17日 

 @dropoutcowboys 部屋の窓、開けてるからだよ。福岡、雪降ったらしいじゃない?
12月17日 

一人暮らしの老人にツイッターは向いてるのではないか。独り言を言う代わりにツイートする。同じ呟きでも、自分を客観的に見る契機がありそうだ。仮想対話の可能性だって出てくるし。
12月17日 

南会津に一人でいると殆ど誰とも喋らないが、共同浴場で温泉の湯を眺めながら、これまで一人脳内ツイッターしていたことに気づく。切れ切れの思いつき。それがネットに接続されたら、ついでに脳内シャッター切った眼球写真もアップされたら面白いような気がするが…とても人に見せられたもんじゃない。
12月17日 

明日、いや今日帰京。一人で食べるのにカレー作ったのは無謀だった。まだ鍋に半分残っている。午後のバスなので、帰る前にもう一度湯ノ花温泉の共同浴場に行こうかと思ったが、寝るのがこれからだから無理。ふとバイクで帰れないかと思ったが、あまりの寒さで全身がかじかみ無理。残念なことが多い。
12月17日 

@dropoutcowboys 冬に自室の窓開け放している男。変人の部類だね。
12月17日 

@dropoutcowboys ぼくは今でも好き。といっても『マーズ・アタック』あたりが最高潮かも。絵本『オイスターボーイの憂鬱な死」も好きだったけど、撮影現場の小道具に持って行って亡くしてしまった。函だけ残ってる。悲しい。
12月17日 

yurikoyoshiko 映画『百合子、ダスヴィダーニヤ』 
 浜野組『百合子、ダスヴィダーニヤ』静岡ロケ報告(7)洞口依子さん登場、をアップ。大正時代の着物がとてもよく似合う。百合子と芳子を引き合わせる先輩作家、野上弥生子役です。 http://d.hatena.ne.jp/hamanosachi/20101216/1292517071
12月17日 

 @dropoutcowboys 内容は相当忘れてるのですが、指摘されると記憶の彼方から立ち上がってくるものが…。ピーウィーの同志がいるとは思わなかった。『ビルとテッドの大冒険」とか『(同)地獄旅行」とか、呆れるぐらいバカバカしいものが好きなんです。
12月16日 

 @dropoutcowboys 部屋の窓、開けてるの!
12月16日 

自転車で思い出すのは『ピーウィーの大冒険」。ティム・バートンの長編デビュー作で、後に映画館でオナニーしたと逮捕されるピーウィー・ハーマンが主演。おかしな声上げて自転車に乗るピーウィーが最高に気持ちよい。あんまり好きでLDまで買ったが、プレイヤーが故障してもう見られない。
12月16日 

この郵便局員は徒歩だったのか? それとも車、バイク、自転車? アメリカの郵便局員に徒歩や自転車は考えにくいが、実際どうだったのだろう。彼はどこで裸になったのか? 家の前に車を止め、裸になって配達したのなら、あまり面白くない。裸で自転車に乗って快活に走る郵便局員を見たいな。
12月16日 

米ウィスコンシン州で郵便配達員の男(52)が女性に全裸で郵便物を届け逮捕された。「女性を元気づけたかっただけ」と供述。「ストレスがたまっている」ように見えた女性を励まそうと裸での配達を約束。笑顔だけを身にまとって女性を訪れた。逮捕後「愚かな行為だった」(AP)。愉快な人物がいる。
12月16日 

玄関から出て空を見たら、一日降った雪はやんでる。星が見えて明日は晴れるのか。また自転車で湯ノ花温泉の共同浴場に行こう。目の上の軒先に、小さなツララがいくつも下がっている。まじまじとツララ見たのは、いつ以来だろう。変なものだ。
12月16日 


ツイッター始めたら、mixiもブログもさっぱり書かなくなってしまった。多くの人が似た傾向にあるようだ。時間とともに流れて行くツイッターだが、まとめて見ることもできる。
やはり多くの人がやっているように、わたしもツイッターでブツブツ呟いたことを、ブログにまとめておこう。コピーしてみたら、これを読むのは相当つらい。時系列が逆向きだ。
しかし、実際にツイッターを眺める場合も、時系列を遡って読んで行くので、まあツイッター方式ということにしておこう。
福岡の『百合祭』上映までアップしているので、12月の前半をまとめてみた。ツイッターやってる人には馴染みだろうけれど、頭に@が付いているのは、その人とのやり取りの中で書かれた、その人向けの呟きです。

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<南会津のわたしの部屋(二階)から見える街灯>

大澤本の本筋から逸れるが、窃視に関する記述は、三浦俊彦氏の大部な奇書『のぞき学原論』(三五館)を思い起こさせる。あんな変な本は見たことがない。どこかの大学教授の職を失わなかったのが不思議なくらい。『戦争論理学〜あの原爆投下を考える62問』(二見書房)も面白いのだが読みさしたまま。
12月15日 

「神が、宇宙に対する窃視者だということを意味するだろう」「窃視者の欲望は、常識とはまったく逆に、むしろ他者に見られることの内にこそあるのだ。もう少し、繊細に言い換えれば、壁の小さな穴から覗き見るということは、他者のこちらへのまなざしを挑発する行為なのだ。見られるものなら見てみよ」
12月15日 

花田を読んでると何度も量子力学の画期性について触れているが、こっちに基礎知識がないうえ、これから勉強しようという気もないので、何となく憶測するだけだった。この大澤本でアウトラインが、いくらか分かって来た気がする。もちろん量子力学が分かるわけではなく、社会的な変動の諸表現が。
12月15日 

「ケプラーが惑星の軌道として『楕円』を、つまり中心を二つ有する軌道を見出したとき、円の呪縛は、やっと解けるのだ。それは<他者>をめぐる新しい感覚の登場でもあったはずだ」(大澤真幸『量子の社会哲学〜革命は過去を救うと猫が言う』)とても面白い。花田清輝の「楕円の思想」もここから来た。
12月15日 

ミッキーさん、続いて22日と23日、名古屋でライブがあるとか。ここでも『百合祭』DVD置いてくれると。映画の撮影や落語なども多く、まったく驚異的な活躍ぶり。先日中目黒で『百合祭』の上映会があり、改めて「三好さん論」を書いてみたいと思ったばかり。ミッキーさん演じるC調爺さんだ。
12月15日 

ミッキー・カーチスさんが『百合祭』のDVDを販売コーナーに置いても良いと言ってくれた東京會舘のディナーショーは、これだった。ミッキーさんの作品への愛情に感謝。http://www.kaikan.co.jp/event/dinnershow_101220.html
12月15日 

Wi-Fiの便利さ知ったのは、この合宿の際。けっこう多くのスタッフがパソコン持って来たが、みんなでこのWi-Fiの電波を利用した。同じ宿舎内でも部屋が離れると届かない。広間でわいわい言いながらパソコン使っているのは楽しかった。体力、気力に余裕のある最初のうちだけだったけど。
12月15日 

雪が降るとドコモのWi-Fiが時々途切れるようだ。村のケーブルTVのネット契約を打ち切ったのは早計だったか。『百合子〜』ロケの時に当初ソフトバンクのWi-Fi買ったが、島田市郊外の宿舎では電波が届かないことが判明。慌ててドコモと契約した。幸いソフトバンクの解約はスムーズだった。
12月15日 

MICKEYCURTIS ミッキー•カーチス 
あぁーやっとDVD発売!?! 八年ぐらい前に撮った浜野佐知監督の 「百合祭」旦々舎からやっと発売に なった(^。^)世界中でいろんな賞をもらってるのに日本の映画館には かからなかったのは残念!早すぎた? 年寄りの性の話しだからねぇー(^。^) 是非観てぇー名女優達囲まれて最高!
12月15日 

南会津は予報通り朝から雪が降り続く。昨日バイクに乗って良かった。今日は自転車で、わたしのホームグラウンド湯ノ花温泉の共同浴場、湯端の湯に行こう。南会津に来る直前に頭を剃ったのは失敗だった。東京の冷気なら頭に染みて心地よいが、南会津の冷気は頭痛に近い。時々タオルをかぶっている。
12月15日 

@tukinomichi 山椒漬けに使うニシンはからからに乾いたもの。海から遠い山村僻地の料理です。似た会津名物に棒タラ煮があります。生っぽいニシンは「かどイワシ」と呼ばれ、秩父の古老が「かどは口に入れてビリリと来る(腐敗が近い)ものでないと食べた気がしない」と語っていました。
12月15日 

というのは一鍋料理と称し、作るのも洗うのも簡単で食材も数多く摂取できるメニューを試みていたからだ。鍋で作り食べて洗うのが一番合理的と思われた。しかし吉沢さんが指摘したように人の目をまるで意識しなくなった生活には問題があるだろう。未だにわたしは一鍋料理のバリエーションでしかないが。
12月15日 

かつて『ニュー・フェミニスト・レビュー』という雑誌があり、何冊か興味ある特集を買ったが、どんな刺激的なエッセイや論文より、料理研究家の吉沢久子さんが「どんなに年をとっても鍋から直接食べることはやめましょうね」と書いていたのが、しみじみ身に沁みて未だに脳裏に刻まれている。
12月15日 

いくらか酔ってカレー作り。東京の自室でカレー作ることなどないが、南会津に来ると定番。今回は一人だが、寒くなる前は老父が同行することが多く、カレーいっぱい作って献立考える手間を減らす。一人で食べると洗うべき食器は最小限だが、二人になると2倍ではなく、3倍4倍になるのが不思議だ。
12月15日 

魚や肉は冷凍が多く、解凍されたものが見本みたいに並んでいる。ニシンの山椒漬けがパックになって売られていたのは嬉しかった。会津地方の特産品だ。帰りはまた霧雨になって、前輪のブレーキをかけようとしても指先が強ばってしまうぐらい寒かったが、ビール飲みながら食べるニシンの味は格別。
12月15日 

「笑う納豆」ネーミンがいいでしょう? わたしの育った会津若松のメーカーだ。本日期限切れだが、わたしは納豆のプロなので2個買って40円(本来240円)。若干高級な卵も240円が120円。これも加熱すれば問題ない。東京のスーパーでは本日期限切れなんて見たことがない。
12月15日 

多少無理してバイクで出かけたのは、檜枝岐には温泉以外に農協経営のスーパーがあるため。南会津町に合併した幾つもの村に比べて、檜枝岐はダム収入や観光収入があって経済的に豊からしい。農協スーパーで期限切れに近い食品が驚異的な値段で売られているのにビックリ。「笑う納豆」120円が20円!
12月15日 

桧枝岐村の日帰り温泉「燧(ひうち)の湯」は素晴らしい。広々して深めの浴槽は、ぷんと硫黄の匂いがして、露天風呂も源泉掛け流し。洗い場もシンプルだが充実している。霧雨のなかスーパーカブで旧舘岩村からミニ・ツーリング。檜枝岐に着いたら陽が射して来た。冬の陽を受け幸せな温泉体験500円。
12月15日 

@tatsuya_okayama 吉本教祖の威光もそうとう低下してるので、花田吉本論争自体、もう忘れられているのでは? 結論のないような、あるいは最初から結論があるような話を、二転三転しながら延々と辿って行く愉しみは、今の時代に合わないのだと思います。いつまでも読んでいたい!
12月14日 

 @tatsuya_okayama わたしはtatsuyaさんと出口氏の中間の年代ですが今でも花田ファンです。ちゃんと読み始めたのは亡くなってからで、再評価の掛け声も空しく、どんどん読者は減り、地方にいくと花田読者は一県に一人という笑い話もあります(図書館の貸出票で調べた人がいる)
12月13日 

 @tatsuya_okayama 「身につまされ感」というのは絶妙ですね。わたしはロカンタンに鬱陶しがられている、野暮ったい独学者の一挙手一投足に、どうも身につまされるものが。
12月13日 

 @tatsuya_okayama 思い出したわたしでさえ「進歩的」「進歩派」という言葉が確かに実在したのか検索してしまいました。今ではギャグですが当時自分から「わたしは進歩派で」なんて言ってたんだろうか。いたんでしょうね。生まれた南会津に時々戻ってくるわたしは退歩派です。
12月13日 

 @printempshunsei やっぱりカブなのですか。「被害軽微」でよかったですね。車の事故にはあんまり同情しないのですが、バイクの事故には胸が痛みます。南会津は冷たい雨が降っていて、路肩には残雪もあり、どうもわたしのスーパーカブ110は春まで出番がなさそうです。残念!
12月13日 

 @tatsuya_okayama 二人の関係が実際どうだったか興味深いですが、わたしは何も知りません。晩年のボーヴォワールが若きフェミニストと交わした討論(インタビュー?)を読んだことがあるような気がするのですが、忘れました。今は「嘔吐」を読んでいれば、それで十分なような気が。
12月13日 

 @tatsuya_okayama 「フェミ的論難」と書いたわたしが不正確でした。仏人と結婚した女医さんでしたが、サルトル&ボーヴォワールのパートナーシップが結局男に都合がいいものだったと憤っていたので、つい「フェミ的」としたので、怒りの根拠を深く伺ったわけではありません。
12月13日 

 @tatsuya_okayama 「古風」には唸りました。今では信じられないことですが、進歩派とか進歩的知識人といった言葉が大手を振って流通した時代があり、進歩的カップルとして尊崇されたのがサルトル・ボーヴォワールだったような気がします。進歩派も今や「古風」な退歩派?
12月13日 

本日から南会津。今週いっぱいのつもりだったが、土曜に2件用事が入り、やむなく金曜帰京の予定。雪に埋もれる前にスーパーカブの500キロ点検したいが、販売店は峠を越えた向こうの町。雪が降っていたら来春になる。カブで定期点検なんて笑う人もあるだろうが、わたしはマジだ。
12月13日 

 @tatsuya_okayama 単純にサルトルの愛人問題でした。「自立的」な二人の関係が、もっとも「進歩的な」男女の関係だと思われた一時期が、日本にあったと思います。今では二人の性的なコネクションがずいぶん明らかになって、そんな一義的な批判は成立しないようですが。
12月13日 

 @tatsuya_okayama パリ在住の日本人女性がサルトルをフェミ的に論難したのは、ボーヴォワールとの関係が理想的な男女関係と思われたひとつの時代、ひとつの世代の反映、残照だろうと思われます。社会全体から言えば、むしろ少数派ではないでしょうか。
12月13日 

 @tatsuya_okayama わたしの高校時代にサルトルは最後の全盛時代だったので、かなりの年齢差がうかがわれます。近年パリ在住のインテリ女性(日本人)が口をきわめてサルトルを罵るのでビックリ。フェミ的に偽善者ということらしい。「嘔吐」は孤独な小人物たちが可笑しくて好きです。
12月11日 

 @dropoutcowboys 誰に対しても「愛してる」などと言ったことのない旧弊な自分。映画愛だとか本への愛だとか無媒介で言われるとあまりに平和すぎて、映画への憎悪、本への憎悪はないのかと言いたくなる。あ、方解石への愛だとか、イルカのリック・オバリーへの愛なら言えるかも。
12月11日 

 @dropoutcowboys 変な先入観植え付けたようで失敬しました。この手のフレーズは不意に現れてこそ。浜野監督作が主目的などといわず、荒木組の新作(地方では)を楽しんでください。文句を言ってるのは、わたしぐらいらしいので。
12月11日 

yurikoyoshiko 映画『百合子、ダスヴィダーニヤ』 
浜野組『百合子、ダスヴィダーニヤ』静岡ロケ報告(6)沼津倶楽部にて、をアップ。沼津市の高級宿泊施設+レストランです。数寄屋造りは大正時代に旧ミツワ石鹸の創業者が建てたもの。 http://d.hatena.ne.jp/hamanosachi/20101211/1292035199
12月11日 

映画を愛する、本を愛する、こういう台詞に死ぬほどむかつくのは何故だろう。普通に映画も本も好きだけど。
12月11日 

 @tatsuya_okayama えっ? ロカンタン気取り? 明らかに今どき、まったく流行らないけど、わたしの「嘔吐」好きは、そのせい?
12月11日 

@dropoutcowboys  申し訳ない。間違えた。「映画の力を信じる人へ」でした。タイトルは『義父相姦 半熟乳むさぼる」。急に思い出したけど「入り口はエロ、出口は感動」という台詞もありました。ヌケヌケとやるのが荒木監督ですが、わたしは映画の力を信じないし、出口はマンガです。
12月11日 

@o_tsuka ちょっと霧がかかったような、煙幕張ったようなレンズはありますか? あっても買わないけど。
12月10日 

眼鏡をかけて驚いた。すべてが近くに見え、みんな生々しい。会津高原駅の食堂の3種合体麺を、眼鏡をかけて食べようとした。食物の生々しさが眼前に迫って来て、人の生存はこれによって成り立っているのかと逃げ腰の気持ちになる。ちょっと距離を置きボンヤリ見えるぐらいが良いのかも。
12月10日 

2年ぶりに頭剃る。以前は冬になると剃っていた。冷気が頭に沁み入って心地よい。改めて自らの顔面と対峙し、剥き出しでゲンナリする。何かカバーするものが必要だ。そうだ、眼鏡! 最近何か読むのに眼鏡が手放せないが、遠近両用になかなか慣れない。時々メマイする。これに慣れるしかない?
12月10日 

「女哲学者テレーズ」の台詞をぱらぱら眺めたら、拙作の参考になりそうなフレーズが各所にー。まあ次回作いつのことやら分からないが、前回広げ過ぎて失敗した風呂敷すぼめ、実力応分につつましく再出発しようと、深夜飲みながらの自省。(気づけば前作は公開前。忘れて頂戴)
12月10日 

荷風作とされる「四畳半・襖の下張り」もかつて読んだが、面白いとは思わなかった。それより今日買った同じく作者不詳の好色本「女哲学者テレーズ」の方が、よほどそそられる。たった一度「嘔吐」に触れたら人文書院がフォローしてくれて、同社のツイートで知ったもの。18世紀フランスの地下小説だ。
12月10日 

やむなく荒木組「癒しの遊女 濡れ舌の蜜」上野オークラに観に行くつもりだが、どうもわたしはノスタルジックな下町情緒が苦手なのだ。わたしの場合、荒木監督作品の好悪がはっきり別れる。足立区のガソリンスタンドには感銘受けたが、映画を愛する人たちへ、では本人捕まえ何時間も苦情を言った。
12月10日 

先日荒木太郎監督から電話があり、永井荷風「墨東綺譚」を原作にした映画が17日(金)から上野オークラでかかるので観てくれと言う。「癒しの遊女 濡れ舌の蜜」という作品。よほど自信があるのか、何か変な感想をわたしに言わせたいのか。残念ながら荷風も「濹東綺譚」も読んだことがない。
12月10日 

いよいよ今回のデジタルリマスター版から抜け落ちたらしい「サンタ・サングレ」を観なければー。好きだったはずの「ホーリー・マウンテン」では拍子抜けしたが、難解風だった「エル・トポ」では大満足。何十年か前にビデオで観た記憶は、あまりに当てにならない。
12月10日 

「お前は自己発見のためにガンを撃つが、俺は自己放棄(だったかな?)のためにガンを撃つ。お前に勝てるわけがない」(非常に不正確な引用)といった迷台詞に彩られているが、自分が存在しないことを証明するために自分で自分の腹を撃って死んでしまう老師に至っては、どっからもって来たのか?
12月10日 

東洋哲学風のイカレタ問答は「ホーリー・マウンテン」と同様だが、簡潔で繰り返しがなく、えらく気持ちいい。エル・トポが対決し、騙し討ちを食わせる、彼より優れた4人のガンマン=預言者が魅力的だ。チリ生まれのロシア人であるホドロフスキー、南米にこの種の宗教的モデルはあったのか?
12月10日 

冒頭でエル・トポと馬で沙漠を旅している裸の子供の股間にモザイク。てっきり女の子だと思ったおかげで、全体を誤解してしまったじゃないか。これは配給会社が映倫相手に闘えるケースだと思われるが、どうだろうか。最後に出てくるエル・トポJr.を、わたしは若き日のエル・トポと解してしまった。
12月10日 

先日渋谷で観た「ホーリー・マウンテン」に続き新宿で「エル・トポ」観る。渋谷では3〜4人だったのが、今夜のK's cinemaは30〜40人の老若男女がつめかけビックリ。新宿のせいか「エル・トポ」のせいか? 非常に愉しい映画だった。何十年も前にビデオで見ているのだが、実に新鮮。
12月10日 

@MICKEYCURTIS ご無沙汰しています。『百合祭』DVD、浜野組『百合子、ダスヴィダーニヤ』が製作に入る前やっと出来ました。すみません。急ぎお送りします。先日中目黒で『百合祭』上映会ありました。古くならない映画ですね。改めて「三好さん」論を書いてみたいと思いました。


 「病膏肓に入る」は、てっきり「やまい、こうもうにいる」だと思っていたら「やまい、こうこうにいる」の誤読だという。そういえば、ずいぶん以前、そんな指摘を読んだことがあったが、すっかり忘れていた。
「膏肓」というのは、体の奥深いところ、という意味があるらしい。それならわたしの南会津・地元温泉めぐりにはピッタリではないか。

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鄙びた、というか寂れたというか、橋の正面にあるのがわたしのホームグラウンド、湯ノ花温泉の共同浴場「湯端の湯」。この温泉には四つの共同浴場があり、200円の入浴券を買えば、何カ所でもハシゴOKという大盤振る舞いだ。
といっても、最近増えている日帰り温泉を期待してもらっては困る。4カ所の中には、熱い湯はあっても、水道がぽたぽた垂れるだけの「天神の湯」などもあり、いずれもそれほど大きな湯船ではない。

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「湯端の湯」の裏山右手にあるのが温泉神社。この共同浴場は男女の別以外に、地元部落のための浴槽がもう一つある。男湯の場合、上がり湯(温泉)と水(沢の水)の蛇口が一つずつしかないが、この源泉を引いている「弘法の湯」はお湯と水(水道)の出る蛇口が二つある。ロッカーもあって、一般的には使いやすい。
わたしは普段、民宿のお客などが入りにくる夕方過ぎの時間帯を避け、4時頃からのんびり湯に浸かっているのだが、先週の土曜日だけ植物の雪囲いをしていて遅れてしまった。すると「湯端の湯」は着替えして帰ろうとしている人が3人、浴槽に4人いて、もう満杯状態。
そこで、あまり外部の人が来ない、湯ノ岐川の渓流に降りたところにある「石湯」に向かった。ここは狭い混浴で、大きな岩の間から熱い温泉が湧き出す。上がり湯はないが、水道はある。しかし、どういうことだろう、すでに3人の男性客が入っていて、もういっぱい。
こんな日がなければ、わが湯ノ花温泉の未来もないだろうと自らを慰め、今度は橋のたもとを降りたところにある小さな「天神の湯」に向かった。ここも混浴だが、鍵がかかるようになっていて、地元の老婦人が入っていることが多い。わたしが行ったら、ちょうど老婦が出るところだった。
不審がられて、どこから来たのか聞かれる。実はここで生まれたのだというと、目を丸くされたが、名乗ったらわたしの父母を知っていて、和やかな会話となった。
「天神の湯」もまた、そうとう熱い温泉だが、いつからか水が出ないままになっていて、蛇口から滴り落ちるのを洗面器に溜めている。上がり湯も水もない原初的な温泉だが、わたしは一工夫してパイプから流れ出るお湯を二つの洗面器に入れ、それを自然に冷ますことにした。それでも熱いので、水の洗面器からちょっと加えて、頭と顔を洗った。
そのうち民宿の客らしき男性3人が入って来たら、もう湯船に入りきれない。わざわざこのお湯に入りにくる通のお客もいるのだと感心する。彼らは体を流さず、温まったら帰って行った。引き続き一人で入っていたら、やはり地元の老婦人がやってきて、後どれぐらい入っているか、詰問調で聞かれる。ちょうど出ようとしているところだったので、ちょっと待ってもらったが、入れ替わりの時に、やはりどこから来たのか尋ねられる。ここでも父母の話をして、和やかな別れとなった。

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湯ノ花温泉より、さらに秘境の温泉として知られるのが、山を越えたところにある木賊(とくさ)温泉。ここには2カ所の共同浴場があり、上のバラックみたいな「岩風呂」が千年ぐらいの歴史があるらしい。
つげ義春の漫画に出て来た、というウロ覚えの紹介を受け売りして来た。が、今回検索してみたら、昭和の頃の、茅葺き屋根の木賊温泉風景が一枚スケッチされているだけ。マンガ「会津の釣り宿」には最後に「これから木賊温泉に向かう」とのみ記されているとか。有名な「二岐渓谷」は、同じ福島県でも天栄村だ。
しかし、この硫黄の匂いがぷんぷんする「岩風呂」は、いかにもつげさん好みという佇まい。渓流の河原につながった岩風呂と、浴槽に面した着替え棚があるだけで、内からも外からも丸見え。一応混浴だが、女の人は入りにくいだろう。
水も上がり湯もない。何度も大水に流され、その度に再建されて来たとか。頭を洗うには上がり湯の欲しいわたしだが、ここのお客たちは湯治客みたいに何度もお湯に浸かるだけで、あまり体を洗ったりしないようだ。
木賊温泉には、もう一つ共同浴場「広瀬の湯」があり、こちらは男女別で上がり湯もある。わたしはまず硫黄の匂いがぷんぷんする「岩風呂」に入り、熱くなった体を渓流に面した岩のうえに出て冷ますことを何度か繰り返した後、「広瀬の湯」にハシゴして体を洗う作戦を立てた。岩風呂200円、広瀬の湯300円。よくある日帰り温泉500円と見合うではないか。
浴場から河原に出たところにある大きな岩の上に裸で座っていると、空気は冷たいが火照った体に気持ちいい。向こうの旅館から丸見えだが、こういう状況ではまるで気にならない。

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これが共同浴場「広瀬の湯」。男女別で、水は出ないが硫黄臭い温泉のお湯が蛇口から出てくる。浴槽は広く、お湯は「岩風呂」よりぬるめだが、とても穏やかで気持ちがよい。熱い温泉が好きなわたしには珍しく、心地よく思われた。

これから一眠りした後、帰京するが、10日間の滞在中、9日温泉に行った。メインの「湯端の湯」以外に、同じ湯ノ花温泉の「天神の湯」、木賊温泉の「岩風呂」と「広瀬の湯」、そして時間が遅くなったので写真が撮れなかった桧枝岐村の「燧(ひうち)の湯」。
ここは立派な日帰り温泉の施設ながら、源泉掛け流しの室内風呂と露天風呂がある。お湯も水も出て500円。高台にあり、露天風呂の目の前には会津駒ヶ岳(多分)が聳えるという絶好のロケーションだ。
今回は入れなかったが、桧枝岐村にはもう一つ「駒の湯」(500円)という共同浴場、さらに「アルザ尾瀬の郷」という温水プールも備えた総合温泉施設(入浴だけなら割引値段の500円)もあるが、源泉掛け流しは「燧の湯」だけのようだ。
しかし「アルザ尾瀬の郷」の、白樺の林に続く広い露天風呂は非常に気持ちがよい。どうもわが旧舘岩村より、桧枝岐村はそうとうリッチなようだ。農協のスーパーもあって、わたしは今回、老父と自分の二人分の食事を作るため、肉や卵を仕入れて来た。バイクの荷台のボックスに卵を入れたら、2個ほど殻が小さく割れていたのは失敗だったが。


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思わず息を呑んだ。桧枝岐村の「燧の湯」(ひうちのゆ)に愛車カブで温泉入りに行った帰りのこと。暗くなった高所の山道を対向車がまったくない状態で急いでいたら、木賊(とくさ)温泉から湯の花温泉に抜ける山道の、いつも通る唐沢トンネルが青白く浮かび上がっている。真っ暗な山の中で、あの穴の中に思わず魅入られたように入って行ったら、いったいどんな世界に通じているのだろう、と思わせるような光景だった。

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あまりに「燧の湯」が気持ちよかったので、長居しすぎた。気づいたら日は暮れかけている。わが旧舘岩村に帰るには、木賊温泉経由で大きな山を二つ越える山間コースと、檜枝岐川沿いに国道を走る平地のコースがある。後者はいくらか回り道になるが、どちらを選ぶかバイクで走り出しても迷っていた。
山の中の街頭もない道は、夜間真っ暗闇になるのではないか。夏にスーパーカブ(但し110cc)を買って以来、夜に走ったことは一度もない。不安はあったが、岐路の直前で、多分に怖いもの見たさだろう、山間コースにハンドルを切る。
昼間でさえ1時間近く走って対向車1〜2台、たまに山菜盗掘らしき車が止まってるだけなので、宵闇になったらまったく無人の境。体はひどく冷えるが、まるでわたし専用バイクレーンのようじゃないか。などと気を良くしていたら、いつものトンネルが常ならざる様相で出現した。

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慌ててブレーキをかけ停車。肩から下げたバックのカメラを取り出す。夢中で撮って一息ついたら、どこからか人の声が聞こえた(ような気がした)。周りを見るが、誰一人いない山の中。先日は雪も降ったらしいこの山の中に、目下わたし以外の人間がいるだろうか。かなりの確率で誰もいない。
空は明るいが、山並みは真っ暗。一人で周囲を見渡しているチッポケな自分。そこに再び暗い山の中から、一人か二人、女の人の声。くすくす笑っているようでもある。わたしは全身ぞっとして慌ててカメラをしまい、エンジンをかけた。
ずっとジェット型ヘルメットの風を切る雑音に慣れた耳が、バイクを降りて、あまりに静かすぎるところに自分を発見したための空耳? 怖かったな。

P.S.  その後、黄昏は逢魔が刻、なんて言葉を思い出した。今でも怖い。


わたしの愛車、スーパーカブを見て、わたしの弟が老父に「地味な実用車だな」と言ったらしい。ふふふ、これは「スーパーカブ但し110」であることを忘れてもらっては困るね。街中を走っているスーパーカブの2倍以上の排気量を誇り、南会津の山岳コース(というほどのものではないが)を楽々走りきるのだ。

 
<檜枝岐と木賊(とくさ)温泉をつなぐ尾瀬小繋(こつなぎ)ラインのトンネル。これが多分、南会津町と檜枝岐村の境界だと思う>

酷暑の京都での浜野佐知監督特集を終えた後、南会津に逃れて老父と一週間暮らした。陽射しは猛烈な暑さだが、渡っていく風が涼しい。朝方など、無意識に布団を探すぐらい寒い。
昼間でもクーラーはなく、窓を開け放して扇風機で充分。過ごすには快適だが、但しスーパーもコンビニも、もちろんレンタルビデオ屋もない。肉や魚やドラフトワン(愛飲ビール)を買うには、バイクで買出しに行かなければならない。


<峠道から南会津方面(多分)を見渡す。尾瀬小繋ラインは、雪のため冬季には通行止めになる>

スーパーカブ但し110を買う前は、自転車でわが生地、湯の花温泉に毎日通っていたが、バイクを手に入れ、行動範囲は一気に広がった。なかでも、湯の花温泉→木賊温泉→檜枝岐温泉をつなぐ山岳コースは素晴らしい。
景色がいいのはもちろんだが、何より対向車がほとんどない! 数十年ぶりにバイクに乗ったわたしの走行練習にピッタリなのだ。登りも降りも急カーブが多いが、少しぐらいふくらんだって平気。もちろん自分ではひやりとするが、ここでシフトダウンすべきだったとか、反省点を頭の中にメモしていく。


<旧伊南村(現・南会津町)の小豆温泉・窓明の湯。サウナや大広間、食堂まである日帰り温泉だ。右手軒下に止まっているのが、わがスパ−カブ但し110>

先日、只見町の「たもかぶ本の店」に行ってコーヒーを飲み、漫画図書館『青虫」で古いマンガでも読んでこようかと、バイクで走り出したのだが、急に雨が降ってきた。空の片方には青空が見えるのに、かなりの勢いで行く手を阻む。
愛車を濡らしたくないわたしは、Uターンして、桧枝岐村に向った。数分走ると、まだ雨が降ってないのにビックリしたが、しばらくするとやはりけっこう降ってきた。
やむなくわたしは、通りかかった小豆温泉・窓明の湯に一時避難することにした。さいわい軒下に駐車するとバイクは濡れない。入場料850円は高いと思ったが、サウナに久しぶりに入れたので納得。


<気持ちのいい下りの直線コース。真っ直ぐ吸い込まれていくような気がする>

雨がやんでいるのを確認して、窓明の湯を出たが、いつ再び降り出すか分からない。雨の中の山岳コースはゾッとしないと思いながら、檜枝岐村→木賊温泉→湯の花温泉経由で帰ることにする。
木賊温泉に着いたときには、雨雲は遠ざかっていたので、予定変更して、木賊温泉にふたつある共同浴場のうちの露天風呂に入ることにした。
実は先日、もう一方の「広瀬の湯」に入った時に、土地の古老から、渓谷を降りた川沿いに露天風呂があるが、今どきは虻がぶんぶん飛んでいて難儀だ、という話を聞いていたのだ。


<かなり急な石段を降りた先に、木賊温泉・岩風呂がある>

わたしが子供の頃、川で泳いでいると、よく虻に刺されたものだが、これが猛烈に痒い。虻が集団で襲来すると聞いて、びびる気持ちはあったが、好奇心もあって、バイクを土産物屋の駐車場に止め、かなりの急斜面の石段を降りていった。
ありましたね、いかにも山の露天風呂といった趣きが漂うバラックだ。



混浴で、女性には入浴衣を貸すという掲示があった。入場は200円以上。「以上」というのが面白いが、もちろんわたしは200円、きっちりだ。
目の前が、すぐ渓流というロケーションも気持ちいい。


<温泉は浴槽の石が転がる底から湧き、奥が熱くて、それが流れてくる手前の浴槽はぬるくなる。間を大きな岩が仕切っている>

この岩風呂を一目見て、ああ、つげ義春が描いたのは、こっちの方の木賊温泉だと思った。昨年だったか、近所の娘さんが木賊温泉の民宿の女将さんとなっていて、一夕イワナの刺し身などをご馳走になったのだが、そのときに木賊温泉では、つげさんがたいへんな著名人であることを知った。
旅のシリーズで、わたしも読んだことがあるような、ボンヤリした記憶しかないのだが、何十年も前につげさんが木賊温泉を訪れ、それをマンガにしているのだ。女将さんは帰りの車の中で、つげさんはこのアングルで風景を描いたなど熱っぽく語ったが、つげさんはご自身がこの鄙びた温泉場で奉られていることをご存知なのだろうか。


<上の写真と逆のアングルから。左手が岩風呂で、右手が渓流>

湯質は熱く、どっしりして、手応えがあり、わたしの好みだ。硫黄の匂いが漂う。
上がり湯や水といった付帯設備はまったくないが、この風景だとそれも納得。しかし、つい長湯して、いつまでも体が熱いのには参った。



熱い温泉でほてった身体で、渓流に足を入れると、実に心地いい。裸だが、この環境だと何の抵抗もない。もっとも女性客があったら迷惑だろうが、この時はわたし以外に3〜4人の男性が出たり入ったりしているだけだった。
虻攻撃は想像したほどではなく、一人の男性客が一匹の虻にシツコクまとわりつかれていた。虻にも何か好みがあるのか?



こちらが先日入った木賊温泉・広瀬の湯。外観は古びているように見えるが、浴槽は広々としたタイル貼りで清潔だ。入場料300円。
わが湯の花温泉の共同浴場は4つあり、どれだけハシゴしても200円。木賊温泉・岩風呂が同じく200円で、広瀬の湯が300円、檜枝岐温泉の「燧(ひうち)の湯」が500円、小豆温泉・窓明の湯が850円。なるほど、設備が値段に反映している。



冷やりとするトンネルを抜けたら、明るい景色が待っている(はずだ)。今日帰京し、明日から静岡のメインスタッフ・ロケハンとなる。


 
<湯の花温泉手前の湯の岐川の滝。写真の下方が滝だが、雪や氷で分かりにくい。紅葉の時期には絵葉書みたいな撮影ポイントになる>

共同浴場の脱衣場で服を脱ぎ、下着に手をかけた時に、何かふだんと違うぞと思った。変な感じ。あれ、おかしいな。タオルも石鹸も下着の替えもバスタオルも、何もかも持っていない。なんで? 昨日は雪に降り込められて来なかったが、その前の日、南会津に着いたその足で自転車で来たばかりなのに…。
まだ雪は降り続いているので、今日は片道50分弱を歩いてきた。その間に、雑貨屋さんに寄り、200円の入浴券を買って、店のおばさんと雪の話などもした。それなのに、自分がいつも持ってくるお風呂セット一式を入れた袋を忘れてしまったことに、まったく思い及ばなかった。 


<我が最愛の共同浴場、湯端の湯。奥の光りはサッシの窓で、コンクリートの浴槽も含め、実にありふれている。実用一点張り。他に共同浴場は、弘法の湯など3箇所ある>

アルツハイマーが疑われても仕方がないが、脱衣場に至るまでのプロセスが、普段と大きく異なっていた。まず時間帯と雪。普段なら夕方にかけて来るが、雪の中を歩くので、珍しく昼過ぎに家を出ることにした。しかし、玄関先から道路に出るまでの町道が、前夜除雪車が通ったにもかかわらず、もう膝上まで雪が積もっている。そこでスノウダンプを持ち出し、雪かき作業をした。
スノウダンプという優れものをご存知だろうか。スコップの先を大きくしたような形で、そこに両手で操作するための取っ手をつけただけだが、プラスチック製で軽くて雪の上を滑らせやすく、女性や子供でも簡単に雪を運べる。豪雪地帯には全国的に普及しているようだ。


<天井は吹き抜けになっていて、雪や風が吹き込んでくる。風呂場は、わたしが入る男性用以外に、女性用、地元部落の人たち用の3つががある>

雪かたしをしたので、風呂用の道具を忘れた? いや、それだけではない。歩いていくなら雪景色を撮ろうと、珍しくカメラを携帯したのだ。実際には雪が吹き付けてくるので、ノンビリ景色を眺めたり、カメラを取り出す余裕もなかったのだが、いつもと別のものを持ったことも少なからず影響しているに違いない。(これもアルツ的だね)
しかし、50分歩きながら、一度も気づかなかったのは何故だろう。いや、実はわたしはこれを強調したいのだが、一人でいるとどうも頭のなかをいろんな言葉が飛び交って、目の前の現実が疎かになる傾向がある。一人で旅行する時などもそうだが、会話する他人が居ないと、却って頭のなかが饒舌になるようだ。
といっても、ドストエフスキーの主人公のように異様な想念が熱っぽく渦巻くわけではなく、読んでいる本の一節や、自分の最近書いた文章の一節、かつて他人と交わした会話の一節などが、ランダムに次々に横切っていく。つい、そっちに気を取られてしまうのだ。
父がいて、これから温泉に行くと告げていれば、その時に忘れ物に気づいたはずだ。


<サッシの窓を開けると、裏山にお湯の神様を祭った小さな神社が見える。石の階段を上がって直ぐのところ。窓外には風雪で磨り減って表情も分からない石仏が並んでいるが、今は雪の下>

まあ、多分いろんな理由があって、お風呂道具をすっかり忘れてきたのだろうが、脱衣場で下着に手をかけながら、タオルと石鹸ぐらい買いに行くことも考えた。200〜300メートル戻れば、雑貨屋がある。しかし、外は雪だ。防寒対策で厚着もしているので、これをもう一度着るのも面倒。
ひとまずお湯に浸かってから考えることにした。中学生ぐらいの子供が一人いたので、彼にシャンプーを借りることも考えたが、むしろ問題はタオルだろう。濡れたまま服を着ることは出来ない。雪の中をまた50分ぐらいかけて帰るのだ。
妙案、というか、現実的にはこれしかないのだが、着替えるべきTシャツを、お湯で洗って絞り、タオル代わりにするのはどうだ? 実際にやってみると、あまり感触は良くないが、他に思いつかない。体は何度もお湯に浸かればきれいになるだろうし、頭は上がり湯を何度もかければいい。着替えるべきパンツはどうする? あまり意味はないが、裏表逆に穿いてみれば?
1時間ぐらい温泉を楽しんだ後、それほど支障なく共同浴場を出たが、手に持った濡れたTシャツは、途中で凍ってしまった。


<湯端の湯を出たところにある橋から、湯の岐川の上流を望む。合併前は舘岩村といったが、実際に岩の多いところで、川の中に転がる大小の岩に雪が降り積もっている>

この迂闊な事件(?)は昨日のことだが、今日は2日ぶりに昼前から晴れたので、湯の花温泉まで自転車走行を試みることにした。道路にはもちろん雪は残っているが、除雪車が行き来し、車が走るので、雪が溶けて泥濘みたいになっている。そんなところを歩いては行きたくない。
高校までいた会津若松時代に、冬でも自転車に乗ったような記憶があるのだが、はたして雪中走行は可能か。結論としては、非常に危ない。車輪のわだちの下に少しでも舗装道路が顔を出してるようなところは大丈夫だが、雪だけになると、ペダルをこいだ時に後輪がスリップする。自転車が後輪駆動だったことを改めて知らされた。前輪のハンドルも雪に取られことが多く、少しでも片寄った力が両輪に加わらないよう、歩くようにソロリそろりペダルを踏むのがコツのようだ。
湯船の中で、そんなことや、浮かんでくる脈絡のない思念に任せて浴槽を出たり入ったりしていたら、あっという間に2時間近くが過ぎていた。その間、土地の古老が一人入ってきただけ。昨日も少年一人で、いくら昼間とはいえ、我が湯の花温泉の今後は大丈夫か。誰も来ない方が、わたしは嬉しいのだが。
家に帰って自転車を降りたら、足元がふらつく。鏡を覗いたら、目が落ち窪んでいるようだ。長湯しすぎたらしい。



先週から、老父とともに南会津に来ていたが、明日は帰京する。今回の主目的は、植物の雪囲い。杭を立てて、紐で縛るのだが、そんな作業をしていたら、雪が降ってきた。
雪が降っても、自転車で湯の花温泉の共同浴場に通った。雨で1日休んだだけ。11月ともなると、山里を訪れるハイカーやキャンパーはいない。ちらほら浴客が現れるだけ。わたしは毎日一人で長い時間、温泉に浸かっていた。贅沢な時間だが、村はこれで良いのか? 良いわけはないが、致し方ないのだろう。
自転車で通えるのも、今回が最後かもしれない。来月になったら、おそらく雪が積もって徒歩で通うことになる。自転車で20分、徒歩で45分だが、わたしはあまり苦にならない。
ロンドンの後に立ち寄ったダブリンで風邪をひき、東京にいる間は何となく引きずっていたが、南会津で復旧した感じ。父にあわせて1日3度食事をしていたら、肥ってしまった。炊事担当はわたしだが、食後の洗い物が毎回山のように出るのにはビックリ。わたし一人なら洗剤は使わず、タワシでこすり落とすのだが、父とはいえ他人なので、合成洗剤を使う。これがイヤ。指先の皮膚が薄くなっていくような気がする。
ダブリンでも持ち歩いていた「ダブリナーズ」読了。何十年ぶりに新訳で再読したが、以前は「ダブリン市民」だった。寒くて孤独な小人物たちの肖像。スペイン在住のマイミク、ミキさんの言うように、ダブリン市民がジョイスにこれを書かれて喜んだとは思われない。ほぼ1世紀を隔てたダブリナーズは、海外からの訪問者にとても親切だった。街中の各所に、ジョイスの肖像や通ったパブがある。ダブリン市民に辛辣な眼を向けた作家は、今や観光に貢献していた。
尾崎翠フォーラムの土井さんに依頼された書評原稿は仕上がらず、東京に持って帰ることになる。午後3時過ぎから温泉に行き、帰ってきたらビールを飲む毎日では、なかなか捗らなかった。ほぼ目途はついているので、来週頭には送稿する旨、メールしなければ。
帰京したら、次週には浜野組ピンクの撮影がある。ここでもわたしはおさんどん係で、またしても合成洗剤に悩まされることになる。こんな風に移動しているだけで、わたしの人生は終るのではないか。なんだか果敢ない気持ちになってきた。



<写真は山の小学校の夜の体育館。手ブレでこんな写真が出来上がった。背後に川と山を控え、真っ暗な中に明るく灯る光りは心温まるものがある>


かねて敬愛する「大衆食堂の詩人」エンテツさんこと、遠藤哲夫氏に、前回の「ロンドン・レインダンス映画祭」報告を褒められしまった。それも最大級に褒めちぎっている。

http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2009/11/post-d021.html

深夜、酔っ払ってブログを書くのは、エンテツさんの日常らしく、いつもはその詩人的直観に裏打ちされた論理に舌を巻くのだが、今回はどうやら、珍しく甘い方向に思い切り舵を切ってしまったようだ。
もちろん褒められて嬉しくないわけがない。わたしのブログなぞに目を通す人がどれぐらいいるか考えれば、こうして着目し、紹介して頂けることは有り難い限りだ。
しかし、「いつもの文章とはちがい(どうちがうかは省略する、読めばワカル)、レポートとして素晴らしい」と書かれると、いささか複雑な心境にならざるを得ない。盛大に褒められれば褒められるほど、「いつもの文章」は、それほど読むに耐えなかったろうかと、反問したくなるのだ。

いや、エンテツさんの含意は、充分に分かっているのです。取るに足らないようなことを、延々と、あーでもない、こーでもない、と、ひねくり回して、いつ終わるか分からないような、しつこくて長い文章、それがわたしの「いつもの文章」なのだ。
それに比べて、今回のレインダンス映画祭報告は、そこで出会った若くて真っ直ぐで聡明な人たちの印象記であり、わたしの屁理屈を展開する余地がほとんどない。そのため、内容的にも形式的にもスッキリしたものになったのだろう。
わたしはヘボなピンク映画監督や脚本家としてよりは、一介のライターの方にプライドを感ずるものだが、その見地から言えば、いったい何人の人が最後まで読むのだとエンテツ大兄をして慨嘆させる「いつもの文章」こそ、わたしの本領だと言いたい。

とは言うものの、批評や評価は自らのうちにではなく、他人の中にある。拙文を誰もが読める環境に放り出した以上、貶されても褒められても、それはご自由にということだ。
時おり貶されて激昂する人がいるが、よほど褒められてばかりいるに違いない。わたしなどはエロ劇画からピンク映画へと、誰にも褒められないグラウンドで仕事をしてきたので、時たま褒められたりすると、つい狼狽えたり、対応に困ってしまうのだ。
エンテツさんのブログに、感謝のコメントを書き込もうとしたのだが、なんだか因縁つけているみたいに思われかねない(もちろん大兄が誤解するわけはないが、エンテツブログには多くの読者がいる)ので、わたしもまたブログで謝意を表明することにした。

エンテツさん、有り難う。今度、経堂の「さばの湯」で飲みましょう。

 

(なお、大兄は「mixiのような閉鎖環境の仲良しクラブに入るつもりはない、俺は寒風吹きすさぶ荒野のようなネットに一人立つのだ」というのが持論。今回、わたしが加入しているブログの運営会社がシステムアップしたのを機会に、mixiと連動させてみました。さて、うまく行くかどうか)