2017/03

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 インスブルックが、わたしがこれまで訪れた地の中で、もっとも美しい街であろうことは、いささかの疑いも入れない。当初、冬季オリンピックのイメージから、アルプスに囲まれた瀟洒な別荘地のような先入観で足を踏み入れたのだが、やたらと塔の多い街中を歩き始めると、人間一人の人生なんかはるかに凌駕する、長い歴史の堆積を感じる。それも重厚な暗い遺跡ではなく、今に生きる明るさなのだ。そして、どこかで見たような、不思議な既視感を感じた。これは何だろう? そうだ、佐藤亜紀さんのヨーロッパの中世を舞台にした小説の、内部を歩いているような感覚、といったらあまりに個人的な感想で、おそらく佐藤亜紀さんの小説にも即していないに違いない。



 しかし、わたしの貧しい読書体験で、インスブルックの町並みから受ける感触は、まさしく佐藤亜紀さんの小説に登場する魅力的な人物たちが徘徊する街だった。パステルカラーを基調にした淡い色調の建物たちが、相当の年月に洗われているが、聞いてみると14〜15世紀からの教会や、18〜19世紀頃の建築物が残っているという。それらの狭間を、建物よりハッキリした色の、丸っこい路面電車が走る光景の、異世界に紛れ込んだような非現実感はどうだろう。
 そして、ふと目を上げると、そこには雪をかぶったアルプスが圧倒的な量感で、デンと立ちはだかっている。間近に迫ったあまりのデカさに、山裾は見えるものの、山頂や峰は雲や霧の彼方に「雲隠れ」していることが多い。隠れているからこそ、その大きさが、いやが応にも迫ってくる。
 いやはや、こんな街がアルプスの山間にあったのだ。参った、参った、というところだが、サプライズは景観だけではなかった。むしろそれ以上に『百合祭』を受け入れるインスブルック側の態勢の素晴らしいこと! 彼女たちは、インスブルック大学で現代ドイツ文学を研究している尾形陽子さんに、数ヶ月前から浜野監督の通訳を依頼し、三月に日本に帰った尾形さんは浜野監督の『女が映画を作る時』と、さらには映画の原作である桃谷方子さんの『百合祭』まで読み、準備していたとか。尾形さんは「結末をあんなふうに変えたのでは、日本の男性は怒ったでしょうね」と笑っていたが、これだけ理解してくれる人にアルプス山中の街で出会えるというのも、どこかファンタスティックであった。



「フォーカス・オン・アジア」の中から4本の作品を選び、上映してくれたのは「レオ・キノ」という映画館で女性監督特集などを行っている、意欲的な若い女性たちだ。わたしたちの滞在費など、経費的に負担してくれたのが、政府観光局に連なるフィルム・コミッションだという。わたしは生まれて初めて、インスブルックでヨーロッパの五つ星ホテルに泊まったが、18世紀半ばから続く由緒あるホテルだった。貧乏ニッポン人のわたしなどには、身に過ぎた光栄だが、これもまたインスブルックに伴う非現実感の一翼を形成しているのかも。
 わたしたちが茫然としてしまったのは、そこに至るプロセスが、結構辛いものであったためだ。なかなか出なかったインスブルック行きのスケジュールが、主催者によって間近になってから示されたが、それは、
「4月8日の夜行寝台列車でパリ東駅から午後11時に出発→ミュンヘン乗り換えでほぼ12時間かけ、インスブルックに9日のお昼前に到着→午後から現地主催者とのランチ→当夜の9時から『百合祭』の上映→一泊して翌10日のまたしても夜行寝台でベルリンに向かい、11日朝到着」
 という超ハード、というか、1泊4日の殺人的なスケジュールだった。これには日頃から年齢のことなど、おくびにも出さない浜野監督が「アイム ノット ソー ヤング!」と猛然と抗議し「殺す気か!」と迫ったため、最終的に1日出発を早め、
「7日の夜行でパリ発、8日昼にインスブルック到着、同夜、現地主催者とのディナー、そして9日の夜9時から上映、10日はフリーで、11日朝8時ごろの列車でベルリンに向かい、夕方6時に到着」
 という、えらい駆け足ながら、いくらかまともな旅程となった。



 二つも国境を越えての夜行寝台や長距離列車にこだわるのは、経費を考えてのことだろうが、場合によっては自前で飛行機のチケットを手配できないか? と田中久美子さん(パリ在住ジャーナリスト)とともにツアー会社を当たってみたのだが、パリ→インスブルック→ベルリン、といずれも片道で飛行機を使うと、これがファーストクラスのみで、なんと100万円を超える(!)バカ高いコストがかかる。結局のところ、長距離列車や夜行寝台を使わざるを得ないことが判明した。それでも、最初に手配されたインスブルック行きを一日早め、二等寝台を一等寝台に替えたのは、少しでも旅を快適にしたいという意思表示であり、それは主催者にも了解された。
 そんなゴタゴタがあってのインスブルックだっただけに、さて鬼が出るか蛇が降るか(手元に辞書がないので、鬼も蛇もテキトーです)という心境だったが、これが案に相違して、というか面食らうぐらいに温かい歓迎ムード一色。嬉しがる以前に、唖然としてしまったのだが、現地の受け入れ体制について全く知らされないのも、今回のツアーの大きな欠点だ。
 しかし、パリの東駅から寝台の夜行列車に乗るという経験も得難いものであり、注文したワインを飲みながら、窓の外を飛び退っていく街の灯をボンヤリ眺めていると、わたしには珍しく旅情のような、おセンチなものを感じた。『百合祭』を製作してからすでに4年経つが、一本の映画がわたしたちをここまで連れてきたのだ。



 さて、9日夜の『百合祭』の上映だが,チケットはソルド・アウト、補助椅子を出す盛況ぶりとなった。90席ほどの小さなスクリーンだが、満員は、満員である。尾形陽子さんによれば「インスブルックで(日本に関心のある)来るべき人はみな来た」そうだ。
 しかし、この街のいたるところに教会があり、小さな公園にも血を流したキリストの聖像が掲げられている。信仰が現在進行形で生きているようなところで、老年女性の性愛のみならず、レズビアン関係にまで一気呵成に突き進む『百合祭』を上映することは、いささかアンチ・モラルではないか? と若干懸念しないでもなかったが、そういう街だからこそ集まった100人だったのだろう。
 北米のような大声をあげての哄笑とは異なるが、深く理解した上でのクスクス笑いが通奏低音のように続き(正司歌江さんと大方緋沙子さんは、インターナショナルなコメディ女優だ)上映後のディスカッションでも、きわめて珍しいことにほとんど帰る人がいない。欧米では最後のクレジットになると、どんどん席を立ち、照明も明るくしてしまうので、日本風の余韻に浸る余裕などないのが普通だが、この夜は最後のエンドマークまで暗く、明るくなってから拍手が鳴り響いた。
 質疑応答でも、日本の女性監督の現状や、『百合祭』が日本の男性たちに不評である理由、老年女性の性愛というテーマが国際的であること、日本の男性監督たちのバイオレンスへの傾斜についてなど、内容のあるやり取りが続いた。尾形さんの通訳も打てば響くようなものであり、浜野監督がすっかりご機嫌であったことは言うまでもない。
 クレティーユ国際女性映画祭のメインスタッフで,わたしたちをエスコートして来たロジェ氏も嬉しかったのだろう、片目をつぶり、親指を立て「やったぜ!」という表情だ。多少のトラブルがあっても、ことがうまく運べば、関係者全員が幸せになるという、見本のような夜であった.



★追記:蛇は降りませんでした。シンプルに「鬼が出るか蛇が出るか」。何かスゴイものが降ってくるようなイメージでいたのだが。(4月27日)


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