2017/06

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 わたしたちがインスブルックに到着したその日の夜に、オーストリア政府観光局に連なるらしいフィルム・コミッション「シネ・チロル」のトップが、ディナーに招いてくれた。市内でも数少ない韓国料理&日本料理の店で、上映の主催者である「レオ・キノ」の女性たちや通訳の尾形陽子さん、それにインスブルック大学で彼女の同僚であるマンフレッド氏(日本への留学経験あり)など、賑やかなメンバーで美味しい料理を頂いた。ちなみにわたしが選んだのは、ビビンバ!



 その際に「シネ・チロル」代表から、インスブルックで撮影された『007』や、トニー・ザイラーのスキー映画『白い稲妻』(覚えている人、います?)などの話を聞いた。チロルを舞台に世界的な大ヒットとなった『サウンド・オブ・ミュージック』が、地元では全く人気がなくて、ほとんどの人が観ていないというのも意外だったが、どうやらチロル地方がハリウッド式に誇張、あるいは歪曲されているらしい。そして最近も各国の撮影隊を誘致する努力をしているので、ぜひ浜野監督にもインスブルックで作品を作って欲しい、という要請があった。
 東洋の貧乏映画製作者にとって、インスブルックを舞台にした映画を撮るなど、夢のような話で、ほとんど社交辞令として聞いていたのだが、その中で「最近は、映画の製作本数がとても多いインドの撮影隊も来ている」と言う。インドとインスブルックの組み合わせは、わたしには直ぐにはピンと来ないものだったが、まあそんなこともあるのかと思った。どうやらチロルを舞台に撮影すれば、公的な補助金のようなものが出るらしい。しかし、わたしたちには遠い話である。
 ところが、その翌日、4月なのに雪のちらつく凍えそうな街の中を、わたしが一人で歩き回っていると、どこかで見たような人々と光景に出くわした。どこかで見た…そう、紛れもない、わたしたち日本のピンク映画撮影隊にそっくりのクルーが、アルプスを見上げる広場で撮影しているではないか。そして、これが正真正銘、インド撮影隊だったのだ。



 何が似ているのか? すぐには分からなかったが、まず醸し出す匂いが似ている。スタッフが10〜15人前後で、とてもコンパクトだ。カメラの前に立つ役者も、男女二人。そして驚いたことに使っているカメラが、ピンク映画と同じ、第二次世界大戦のニュース撮影で使われたというアリフレックスの旧型なのだ。このカメラは同時録音できないので、撮影後に科白や背景音をアフレコ(アフター・レコーディング)することになる。
 中に、頭から顎まですっぽり届く、スキー帽みたいなものを被っている男性が、役者を前に踊って見せているが、どうやら彼が監督らしい。インドから来た彼には、この日のインスブルックは寒かったのだろうが、演技をつける動きは、溌剌としている。わたしは面白がって、最初は遠目にビデオカメラを回し始め、何も言われないので次第に撮影隊の付近に紛れ込んだ。もしわたしの現場でこんな不埒な野次馬が居たら、ムカツイテ即刻やめてもらうところだが、鷹揚なインド隊は平気の平左だ。しかし、どこの国であろうと、撮影現場を見るのは楽しい。



 何度かのテストが終わって、本番が始まる。女優が着ていたコートを脱ぐと、真っ黄色のワンピース! 優雅なパステルカラーの街で、原色の派手な黄色はひときわ目立つが、度肝を抜いたのが不意に大音響が鳴り響いたことだ。インド映画に特有の、あの陽気なダンス音楽がアルプスの峰にまで届けとばかりに盛大に流され、女優が踊りながら男優の胸に飛び込んでいく。見ているだけで気持ちが弾んでくるようなシーンだ。
 しかし、案外カットが短く、すぐに「カット!」がかかり、そのたびに音楽も止められる。OKが出るまで、何度かそれが繰り返されたが、見物人のわたしには、ずっと音楽を鳴らしてもらいたい気分だった。あの音楽をバックに女優と男優が踊るのを見ていると、この地上に悩みなんて存在しない気になってくる。



 アルプスをバックに踊るシーンの次に、現場はイン河の橋のたもとに移ったが、わたしが相変わらずビデオを向けていると、怖い顔のコーディネーターみたいな人が寄ってきて「エクス キューズ ミー」とやられた。てっきり、撮影現場を撮影していることに対するクレームだと思ったら、なんとビデオカメラを構えたわたしが、カメラのフレームに入っているというのだ。何たる不覚! 役者と撮影隊を同時にビデオに収めるポジションを選んでいたため、ちょうどインド隊のカメラの向かい側に立っていたのだ。



 「素人のような」ことをやってしまった。インドでは誰も知らないだろうニッポンのピンク映画とゲイ映画ではあるが、わたしもまた監督の端くれだったはずではないか。単なる野次馬のようなことをしてしまった。いや、事実わたしは単なる野次馬だったのである。「ベリー ソリー!」と謝り、親愛なるインド撮影隊の現場を後にした。



 機材もスタッフも、わたしたちとほとんど変わらないインド撮影隊がインスブルックに遠征してきているのだから、日本のピンク映画だって可能性が無いわけじゃない。わたしは心温まる思いで(?)インスブルックの街をほっつき歩いたのだが、もうひとつ、思いがけないものに出会ってしまった。「LAMMEN」である。どうも「ラーメン」と読めそうな気がするが、イン河に面したかなり洒落たレストランのメニューに載っている。お客に日本人をまったく見かけない、イタリア料理がメインの店で、はたして「ラーメン」の可能性は? 勇を振るって注文してみると、しばらく経って出てきたのは、大ぶりの器にほうれん草、セロリ、ゆで卵が乗り、木製のスプーンと割り箸(!)が添えられているではないか。
 セロリがゴロゴロ乗って、具が一風変わっているが、このたたずまいは、まさしく「ラーメン」に他ならない。まさかアルプスで、ラーメンが食べられるとは思わなかった。喜び勇んで箸を差し入れ、麺を確認すると、これが茶色で、やけに真っ直ぐな麺なのだ。麺好きのわたしとしては、いかなる新しい種類の麺であるか、期待に胸を膨らませて口に運ぶと「…?」。なんとまあ、蕎麦だった。「ざる」や「おろしそば」で食べる、あの日本純正(かどうか知らないが)の蕎麦なのである。
 わたしはいささか感慨に打たれた。中華スープで食べる、ラーメン風装いの蕎麦は、蕎麦(あるいはラーメン)はこうでなければ、といった先入見を抜いて食べれば、まことに美味しいものだった。多少腰がなく、柔らか過ぎる気がしないでもないが、「アルプスのLAMMEN」に腰を求める方が間違っている。インスブルックは水の素晴らしく旨い山間の地なので、蕎麦にはぴったりだ。どうしてこのメニューが、このレストランに加わったのかは謎だが、日本の蕎麦屋も挑戦してみてはどうだろう。わたしは蕎麦屋の中華そばを愛するものだが、案外シックリ来るかも知れない。逆に、この「LAMMEN」を食べなれたインスブルックの人々が、もし日本のラーメンを食べることがあったら、あまりのクドサに辟易することだろう。



★追記:これを読んだ浜野監督によれば「LAMMEN」はイタリア料理のレストランだけでなく、ディナーに招かれた韓国&日本料理の店にもあったという。日本料理の店なので、別に奇異に思わなかったのだろうが、浜野監督が尾形陽子さんに聞いたところによると、他にも「LAMMEN」をメニューに加えている店はあるとか。ただ尾形さんはそれを食べてないので、麺に日本蕎麦を使っているかどうかは不明。しかし、インスブルックの市内で数少ない「LAMMEN」を出す店が、わざわざ異なった麺を使用するとは思われない。また、パリのレストランに「蕎麦粉を使ったクレープ」があったように、インスブルックでも先に蕎麦粉を使う料理があり、それを「LAMMEN」に応用したのではないか、つまり殊更にわたしのように「日本蕎麦とラーメンのミスマッチ」を強調する見方は間違っているのでは、と浜野監督に指摘された。シャクではあるが、確かに一理ある。「汁かけめし」のエンテツさんに聞いてみようか。ともかく、彼の地の「LAMMEN」では、麺に蕎麦を使う方式が確立されているようだが、そこで疑問が湧いてくるのは、中華レストランではどうなのか? しかし、欧米でスープ麺は珍しく、まして「ラーメン」などと呼称することはない。割り箸が出る以上、日本風味の麺料理として「LAMMEN」はインスブルックに存在しているように憶断されるが、根拠は何もありません。(4月27日)


comment

頑固なヨーロッパ、というか保守というか、私もびっくりしました。ウィーンの公衆電話はコインを入れるヤツでも果して使えるのかというのばかりでした。ましてや、ネットカフェなんて、…まず、ないだろうと、思っていましたよ。

長いツアーでしたね、お疲れさまです。監督も元気?

  • 河合民子
  • 2005/04/25 8:32 AM

河合さん、いつもコメント有難うございます。今回の長いツアーもようやく終わり、明日の夜に大韓航空で、インチョン経由成田に向かいます。目下、パンテオン前のインターネットカフェで、深夜の12時ですが、この店は24時間やってるらしい。1時間3ユーロ(450円)はいかにも高いですが、他店よりは低めの設定になっています。当初、数が少なく値段が高いと不平を漏らしたパリのネットカフェですが、ベルリンには日本語ソフトを備えている店が、全くありませんでした。インスブルックには、ネットカフェ自体が見かけない。結局、パリが一番便利だったというお粗末です。

  • kuninori55
  • 2005/04/25 6:54 AM

いつも楽しく拝見しています。まったくの楽しい時間をありがとうです。

ヨーロッパの食事の単調さ(エスプレッソとオレンジジュースとトーストという朝食、後は何もない、週末のディナーだけ、誰が料理を作るのだと思ったけど、誰も作らないという現実があった、これはホントおろろきだった)には、私も中華料理屋を捜しました。オーストリアはチャイナタウンがなくて、町の中に散らばっているというかんじ、これはフィレンチェもそうでした。しかし、結構中華料理屋は必ずあってもうまいチャーハンとか感激したものです。それにしても蕎麦ラーメンは凄いね。感動する。…食べてみたい!!!

  • まったく、ご苦労蕎麦!!!
  • 2005/04/25 1:00 AM









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