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 パリの東駅を夜行寝台で発って以来、ベルリンまで3カ国の国境を列車で越えたことになるが、その間パスポートの提示を求められたことは一度もなかった。さすが通貨も同じEUだ。今回の列車行で、個人的にもっとも驚いたのは、インスブルックに向かう際、パリからの夜行はミュンヘンが終点であり、翌朝10時頃に乗り換え、結構年季の入った大型の列車に乗り込んだのだが、これがなんとローマ行きだった。ミュンヘンからオーストリアを抜けて、イタリアを走り、ローマまで行く3カ国列車の旅。これが毎日一本は出ている。



 チロル生まれで、日本などに留学した後、インスブルック大学で言語学などを教えるマンフレッド氏に聞くと、ミュンヘンやイタリアとインスブルックの行き来は盛んで、日常感覚的にも身近だという。むしろ首都ウィーンの方が、アルプスに隔てられ、心理的な距離を感じるとか。ハプスブルグ家の興亡とともに辿ったインスブルックの歴史は、わたしには勉強しなければ分からないことばかりだが、浜野監督の通訳を務めてくれた現代ドイツ文学の研究者、尾形陽子さんによれば、アルプスに囲繞されたインスブルックに住む人たちは、山脈絶壁によって「守られている」と感じる人と「隔絶されている」と感じる人に分かれるとか。偶然の旅行者であるわたしなどが手放しで「美しい!」と感じる、寓話のような街に住む人々にも、当然のことながら屈折はあるのだった。
 かつてなら、ドイツやイタリアへの出入りには、当然パスポートが必要だったが、面白いことに首都ウィーンとインスブルックを、ドイツ領土の平地経由で大回りして結ぶ列車があり、これはパスポートが要らなかった。なぜなら、ドイツ領内にはいっさい駅がなく、誰も乗り降りできなかったから‐。両国政府の話し合いで、便宜が計られたのだろう。



 実はわたしが、列車で何より驚いたのは、行き先がローマだったこと以上に、走っている車内でトイレに行き、便器の底が明るく感じられたので、何気なく覗き込んだところ、なんと底がぽっかり抜けて、ゴーゴー走る列車の線路が見えたことだった。これには、タマゲタ。便器の底の窄まった枠をフレームとして、その向こうをもの凄い勢いで、轟音とともに枕木や敷き石がぶっ飛んでいくのだ。
 天気の良い日で、線路上は車内より明るく、陽が射しているように感じた。それを便器の窓から覗く。シュールな光景だ。後になって、写真を撮らなかったことを悔やんだが、列車のトイレにカメラを持って入るのも、憚られるものがある。それにしても、ミュンヘンとローマをつなぎ、美しいチロルを越えていく長距離列車が、大小便を収納することなく、そのまま線路上に撒き散らしているとは。
 わたしの子供時代に、ローカル線にはこんな汽車があって、確か停車中はトイレを使用するな、というアナウンスがあったような気がするが、今、ヨーロッパで国境を越え爆走する大型列車が、同じ撒き散らし型だった。スピードの出ている車内から落下した大小便は、風に巻かれながら線路上、および空中に撒布されるが、大気は川や海のように薄めて無毒化する(?)効果は期待できるのか。
 猛烈な空気の流れに四散するとはいえ、落下する距離がひどく短く、微細な粒子にまで分解することは期待できないだろうし、海や川の水で薄まった場合と違って、直接ひっついて来るような気がする。トイレットペーパーだって、かなり原形を留めるのではないか。線路の周辺を見ると、けっして野山や畑ばかりではなく、間近に住宅が建っているところも結構ある。日本でも衛生的に問題視されて、タンクに収納されるようになったと思うのだが、ヨーロッパは新しいようで旧い、なかなか奥深い社会だと思った。
 インスブルック始発でベルリンへ向かう列車は、車体も奇麗で、トイレも収納型だ。ミュンヘンから山岳地帯を越えてロ−マに向かう列車は、無骨で強力な旧型なのか、それともただのローカル線扱いなのか?



 なお、明日から3日間、ヨーロッパ・ツアー中に脚本を書いた、ピンク映画の撮影がある。わたしの現場だ。帰国して10日近くなるが、いまだに時差ぼけから回復していない。こんなことは初めてだが、頭のスイッチがオフになったまま、午後や夕方にバッタリ倒れるように眠くなる。年のせいで、順応力が落ちているのだろう。撮影中に眠ってしまわないか心配だ。しかし、先ほど小道具で使うミクロマン(フィギュア)をデジカメで撮っていたら、変質者のような気分になって、笑いたくなった。回復の兆しかも知れない。時差ぼけには変態が効く? 今回のテーマは、謝国権と人形愛である。


comment

↓だそうです。相変わらずテンション高いですが、まあ、わたしも「一般の方」を無制限に誘っているつもりはなく、わたしのブログの、さらにコメントを読んでくれるような人は、知人友人の範囲だろうと思いました。もちろんブログというのは、開放されたメディアなので、誰が読んでいるかも分からず、それで日時や場所は明示しませんでした。初見の人の場合は、メールのやり取りをして、どんな理由で興味を持って頂いたかお尋ねするつもりでいたのです。しかし、この一連のコメントは、ピンク映画の撮影直前から、完成試写までの、しょぼいドキュメンタリーになっていないでしょうか。その最初と最後に登場する浜野監督は、さすが千両役者です。

山崎組ピンク映画のプロデューサー浜野佐知です。山崎監督が、スタッフ試写へのお誘いをコメントでしていますが、残念ながら、一般の方は観れません。これは正確には(ピンク映画の場合)、スタッフ試写ではなく、映倫試写で(技術スタッフの、色や音のチェック試写も兼ねますが)この試写が終了して映倫マークがもらえないと、一般公開が出来ません。この試写を現像所でやるのも、現像所が保全工場の資格を持っていて、万一映倫マークがもらえないトラブルが発生した場合でも、一般市場での試写扱いにならないからです。まあ、実際は、事前にオールラッシュという音声なし、編集以前の試写で映倫とは話し合うので、大きな問題があることはあまりありませんが、それでも、この時点で一般の方に観せるのは、ルール違反です。皆さん、どうぞ劇場で観てくださいね。それにしても、ヤマザキ! もう50本も60本も撮ってるんだから、それくらいのこと、解ってよ!(プンプン)

昨日ダビングをして、5月6日に始まった撮影の、仕上げを終了。3日間で撮影を終えた後、現像、バラシ(現像したフィルムを切って、頭から順につなぐ)、オールラッシュ(映倫も見に来てチェック)、編集、アフレコ(セリフを入れる)、ダビング(音楽や効果音、背景音などを入れる)というプロセスを経て、ようやく(あるいは、あっという間に)完成。35ミリフィルム、1時間の作品を、現場だけで言えば、ほぼ10日間で仕上げる。この後は、スタッフ試写と、映倫試写があるのみ。「テーマは謝国権と人形愛」などと大口を叩いたが、なんだかんだ言っても、論理を超えて見せ場を作る、正調ピンクになったような気がしてならない。調布の現像所で行うスタッフ試写を覗いてみたい人は、メールください。

河合さん、エンテツさん、有り難う。ブログのコメント欄というのも、いろんな使い方ができるようですね。使いながら、発見があります。

エンテツさん、那覇のレキオスで今度飲もうよ、という連帯感と思う。では、待ってるね!!!

  • 河合民子
  • 2005/05/14 2:14 AM

ヤマザキさん、コメントいただいたのに留守して返事が遅れてすみません。

「汽車便」「アジアの汁かけめし」話しはつきません。以前に書かれていた「オンナの立ちション」も。私は、田舎でコレをあたりまえの風景として成長し、1962年に上京し下宿した調布市の畑で同じ風景を見て驚いたものでした。さらに驚いたのは、東京オリンピックのときには、女性専用の立ちション用の便器が設置されていたとか。外国人女性用だったらしいですが、当時の女性のストッキングは切れやすく高価だったので、ひっかからないように立ちションした。という話を、どこかで見た気がします。日本の民俗資料の本を見ていると、女性の立ちションの写真があります、肥料用に小便を大切にしていた、というような解説がついていることが多い。ま、話しはつきない。そのうち飲みながらでも。

河合さん。ときどきブログを拝見しています。最近は沖縄へ行く機会がなかなかないのですが、いつかお会いしたいものです。よろしく〜

エンテツさんとも、一度お会いしたいですね。

この話は凄いよね。近代とか現代とか言っているけど、つい最近まで明治時代という感じがしています。

飛行機のトイレというのも最近はよくなったけど、あれはウンザリでした。メキシコの田舎の公衆便所という展開だった。だから、朝、トイレにはたたなかったのですが、このところ、いい感じで急速に改善されていました。

長距離ヨーロッパは、しばらくパスだ、…ということは、もう、私は死ぬまで行かないだろうという感じがしています。…遠すぎるよー。

  • 河合民子
  • 2005/05/12 12:35 AM

河合さんが、日々酒場の仕事をこなし、時に「酔いどれ」ながら、どれだけの量を書き、読むのか、そのうえ写真を撮るのですから、そのエネルギーに、いつも驚嘆しています。リンクしている「南の詩人小説家のブログ」にアップされていた「アバサー」(奇怪な魚)の顔の写真には目を奪われました。
やはりリンクしている「大衆食堂の詩人のブログ」では、エンテツさんが上の記事を読み「汽車便」(!)について調べてくれました。それによると、最終的に列車の「開放式トイレ」が日本で無くなったのは、2001年の3月なのだそうです。驚きました。イタリアの車両の野蛮を笑うわけにはいきません。エンテツさんが教えてくれたのは、次のページです。

http://www.railfan.ne.jp/rj/main/esse_07b.html

  • kuninori55
  • 2005/05/11 5:57 AM

ちょっと酔いどれてフライイングでした。これでは私も「イチロー」ということになる。その清潔さは真似したいと思います。基本的に映画人も、物書きも、スポーツというのも、まったくおんなじだなと、つくづくとおもいます。

おはよう!!!

  • 河合民子
  • 2005/05/10 9:20 AM

これしかないと私も思っています。私は馬鹿みたいにパソコンを打ち込んでいます。敵を食っているのか、と自分でも不思議なくらいです。でも、中毒って感じもします。金になるとか、ならないとか、どうでもよく(ホントはよくはないけど)、評価でもない、…「イチロー」みたいと思ってしまう。まったくの修験道みたいと思っています。イチローは凄いと思う。

そういうのを、監督とかヤマザキさんに感じたのだと思う。一応、万歳!!!といおう!

  • 河合民子
  • 2005/05/09 11:51 PM

つながり上書いておきますが、3日目は深夜の一時に新宿の寒い路上で撮影終了。帰って来て2時でしたが、初日4時間、2日目3時間の睡眠時間で、さすがにこれを書き込む余力はありませんでした。わたしのピンク映画の撮影としては、平均的な作業量だったと思います。河合さんの仰るような「激務」という感覚がないのは、半分ぐらい自分の遊びが入っているからでしょうが、毎回感服するのは撮影部の技術者魂(?)です。どんな素人監督のツマラナイ内容だと思っても、どれほど睡眠時間が足りなくても、写すことにかけては寸分もゆるがせにせず、最大限の努力を傾注する態度は、彼らがいかなる修行時代を送ってきたか窺わせるものがあります。思想信条人格とは別に身につけたこうした職業態度には、わたしも多くのことを学びました。

  • kuninori55
  • 2005/05/09 11:16 AM

また、監督も一緒に那覇で飲みたいね、と思っています。しっかし、激務だね、ここかもね。…一途という感じがいいなと思っています。

  • 河合民子
  • 2005/05/09 1:03 AM

単に記録のためだけに書き留めておきますが、撮影2日目の今日(実際には昨日)は深夜2時過ぎに終り、先ほど帰って来てシャワーを浴びたばかりです。明日(実際には今朝)は新宿駅8時集合なので、徒歩で行けるわたしは比較的に楽ですが、電車に乗ってくるスタッフはさて、どれぐらいの睡眠時間を取れるか。

  • kuninori55
  • 2005/05/08 4:06 AM

河合さん、浜野監督やわたしは、いつもこんな早起きではありません。わたしは7時半に小田急線の経堂駅集合なので、朝食の時間を考えると6時には起きなければならず、また撮影スタジオが浜野監督の旦々舎なので、監督もまた必然的に早く起きなければならないわけです。ちなみに浜野監督は、わたしの監督作品のプロデューサーでもあるので、わたしがインの前夜にブログを更新したりしているのを見ると、カッとなるのは分かりますが、ブログには下書き保存というのがあって、思いついたときに書いておいて、後に推敲してアップすることもできる。必ずしも更新した日に書いているとは限らないわけです。なお、今朝のコメントは急いで書き込んだので、熟考する間がなかったのですが、よく考えてみると、ミュンヘン〜ローマ間の列車をドイツとイタリアの車両の両方を使うのは当然で、ミュンヘン発だからドイツの会社が作った時刻表を使い、これがローマ発なら、ドイツの車両でもイタリアの時刻表を配っている可能性があります。浜野監督が現地の人に聞いたのなら、おそらく底抜けトイレはイタリア車両だったのでしょう。今日は電車で帰れる時間で終わったのが嬉しいですが、助監督諸君は残ってセッティングしています。これで今朝の集合は同じく経堂駅7時半なのですから、3日間の撮影でなければ到底もちません。早く寝なくちゃ。

  • kuninori55
  • 2005/05/07 1:44 AM

だけど、随分、早起きですね。びびっています!!!

  • 河合民子
  • 2005/05/06 11:53 PM

プンプン監督、元気そう!!!

私はハンガリーの帰りにルーマニアの列車に乗って、ハンガリーのフォリントというお金を受取らない食堂車で複雑気分でした。オーストリア・シリングスで払ってビールを飲んだのでした。車掌がまたチャウシェスクそっくりでビビりましたけど。

監督もまた沖縄のレキオスへ来てくださいね。待ってまーす!!!

  • 河合民子
  • 2005/05/06 11:51 PM

 どうも浜野監督はブログを目の敵にしているようですが、これも余裕の産物です。これから現場に出かけるところですが、メールをチェックしたところ、コメントの通知が飛び込んで来ました。ドイツとイタリアの車両の違いは仰る通りでしょうが、ミュンヘン発、インスブルック経由ローマ行きの列車は、ドイツの「DB」(Die Bahn)の車両です。これは、乗客全員に配られる時刻表で明瞭に覚えています。ポツダム広場にでかいビルを立てている、あの「DB」です。

  • kuninori55
  • 2005/05/06 6:39 AM

イン前にブログなんかやってんじゃない! 
他にやるこたぁ、山のようにあるだろうが!(プンプン)
ところで、ミュンヘンからローマ行きの列車はイタリアの列車で、インスブルックからベルリン行きはドイツの列車です。イタリアの列車が古くてボロボロなのは周知らしく、「イタリアの列車は一目見ただけで分るよ、ボロボロだから」と皆さん、私に教えてくれました。街もそうですが、超近代化に突き進むドイツと、古いものを大事にする(?)イタリア人の気質の差なのでしょうか? まあ、古かろうが、新しかろうが、あまり気にしない陽気ないいかげんさが、イタリアの良さなのかも・・・。










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