2019/09

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 クレタ人のエピメニデスは言った。「クレタの人はみな嘘つきだ」。さて、彼は嘘を言っているのか、真実を言っているのか? もし彼が正しいことを言ったとすれば、(事実として)クレタ人はみな嘘つきでないことになり、彼の言ったことは正しくない。もし彼が嘘を言ったとすれば、(言葉の内容として)クレタの人はみな嘘つきではないことになり、嘘を言ったという前提と矛盾する。何という堂々めぐりだろう。古代ギリシャから論じられてきたパラドックスの代表的な例だが、真偽の明瞭でないロジックの迷路で、わたしたちは宙吊りになったような感覚を味わう。



 今回のベルリン滞在で、わたしに大きな収穫だったのが、松山文子さん(アバンギャルド・ビデオ・アーチスト)にライフワークとも言うべきドキュメンタリーについて、やや詳しいレクチャーを受けたことと、足立ラーベ加代さん(フンボルト大学日本学科専任講師)に、映画に関する論文3本を読ませて頂いたことだ。第二次大戦中にベルリンに滞在した日本人に関する、松山文子さんの調査は徹底したものであり、どこか心ある版元が公刊してくれないだろうかと考えている。
 一方、足立ラーベ加代さんは、ドイツ語で書いた博士論文『画面外空間の理論と歴史』が出版されるのを待っている段階とか。わたしにドイツ語の論文など読めるわけがないが、日本の大学の紀要や論集に書かれた抜き刷りを頂いた。そうとう難解であることを覚悟したが、これが映画製作の現場(と言っても、最小ユニットですけどね)にいるわたしなどにも、実感を持ってビシビシ迫ってくる、実にエキサイティングな考察なのだ。むしろ内容や表現の評価に向かいがちな評論家などより、わたしたち現場の人間のほうが正しく理解しやすいかも知れない、撮影から上映までを射程に入れた、映画という形式そのものに対するアプローチなのである。
 冒頭の「嘘つきのパラドックス」は、加代さんの論文「パラドックスとしての映画」(『アゴラ』天理大学地域文化研究センター紀要No2。04年12月)から引用したが、加代さんは映画というメディア自体が「きわめて逆説的な表現方法」であると考える。確かにわたしたちは、映画を観終わった後、あれはいったい何であったか考えることがしばしばだが、加代さんによれば「パラドックスを解こうとする人は、条件の不確かさに不審を覚え、思考に行き詰まり、解決の試みの空しさに困惑し、めまいのような浮遊感を覚える」。そういう、わたしに言わせれば醍醐味を感じさせるのが、映画というメディアなのだ。
 この論文では、ゼノンによる「アキレスは亀を追い抜けない」や「飛んでいる矢は止まっている」といったパラドックスを例にあげながら、空間・時間・運動・自己言及・架空性・メタモルフォーゼと、多面的に映画とパラドックスの親密な、しかしなかなか日常的には意識され難い関係が分析されているのだが、「嘘つきのパラドックス」はこの中で「自己言及」性に属する。クレタ人のエピメニデスが、クレタ人自身について語っているように、映画もまた映画について「これは映画である」と宣言するのだ。この時の「映画」とは「フィクション=嘘」であり、わたしたちは「映画の嘘」のパラドックスの中に迷い込んでいく。
 撮影現場で、わたしたちはよく「映画の嘘だから」と称して、小道具の位置や高さをずらしたり、人物の配置を変えたり、物を現場から除外したりするが、これらはもっとも素朴な段階での「嘘」だろう。映画が「現実」でないことは、観客にとっても作り手にとっても自明のことだが、それにも関わらず、観客としてのわたしたちは、映画があたかも一回性を生きる、もうひとつの「現実」であるかのように没入するし、作り手としてのわたしたちは、それがカメラの前で役者が演じた再現に過ぎないことを、観客に意識されないように努める。
 例えば『百合祭』で、宮野理恵さんを演じる吉行和子さんは、プロの女優であり、他の多くの映画に、さまざまの役名で出演している。わたしたちが生きている「現実」のように、代替が効かない一回性によって、宮野理恵さんであるわけはないのだが、観客としてのわたしたちはスクリーンに向かい合う時、いったんそうした前提を棚上げして「吉行和子=宮野理恵」という二重性を積極的に受け入れるのだ。そこに、演じる役者以前の吉行さんを入れれば、三重性といって良いかも知れない。



 この二重性(あるいは三重性)は、しかし「映画の嘘」としてはまだまだ初歩に属する。例の「嘘つきのパラドックス」という、ひねくれた局面は、どのように現出するか? そのひとつの例が、『百合祭』のラスト、横浜港に面し、白川和子さんと並んで立つ吉行和子さんが、カメラに向かい、カメラ目線で語りかける「私たちが昨日の夜、どんなイヤラシイことをしたか、誰も知らないでしょうね」というショットに他ならない。
 加代さんの論文を読む前だったが、みんなで飲みながら雑談している時に、加代さんがわたしに「あのショットで、吉行和子さんは誰に向かって語りかけているのか?」と問いかけてきたことがあった。わたしは「主人公が、観客に向かって直接語りかけることで、ストレートなメッセージを伝える」と、あまりにも平凡かつ当たり前な答をしてしまった。彼女は、わたしたち製作者が、映画というメディアを、どれぐらい自覚的に作っているのか試したのかもしれない。人が悪いな。
 加代さんの3論文を読了した今、わたしは改めて考える。「カメラ目線」とは何か? 言うまでもなく、それは役者がカメラを見ながら、ものを言ったり何かしたりすることだが、本来ドラマの約束事としては、カメラを見てはいけない。なぜなら、上映される時、カメラは存在せず、カメラを見た視線は、すなわち観客を見る視線となって、観客の視線と直接、正面からバッティングすることになるからだ。
 ドキュメンタリーなら、あり得ることだが、ドラマにおいてはフィクションとして第三者的・客観的な進行が必要であり、そこにカメラがあっても、無いかのように、役者は振る舞わなければならない。そうしたなかで不意に「カメラ目線」が出現することは、ドラマのお約束を破って、役者と観客が直接に向かい合うことになる。それは逆に言えば、それまでの客観的な進行が「フィクション=嘘」であったことの、裏返した証明でもあった。加代さんによれば、こうした「自己言及的」な「自らの架空性を露出する」回路が、映画という形式には自ずから組み込まれているというのだ。



 加代さんの別の論文「映画の中の見えない空間−無声映画と現代映画の共通項を捜して−」(『ASPEKT』38〜立教大学ドイツ文学科論集2004)によれば、無声映画時代は、登場人物がカメラを覗き込んだりすることは、結構よくあったようだ。その間の事情が『戦艦ポチョムキン』などの「カメラ位置を強調」したシーンを例にあげながら、次のように述べられている。
「サイレント映画の世界は、今日の映画よりずっと観客の近くにあったようだ。カメラが異常接近することや役者がカメラのレンズを覗くことは、トーキー導入後タブーとなっていった。音声が映画のリアリズムを高めたこと、そして映画の物語性が発達したことから、映画のフィクションと映画館の現実との間の境界を厳しく区分する必要が生じたためだろう」
 何という解りやすく、理解の行き届いた文章だろう。研究者風の難渋でもなく、衒学的にもったいぶるでもなく、考える道具としての日本語が過不足なく採用されている。わたしが間に入って紹介することで、逆に分かり難くしてしまっているのではないか? まあ、しかし、反省ばかりもしていられないので、足立ラーベ論文を直接読みたい方は、天理大学地域文化研究センターなり、立教大学ドイツ文学研究室に問い合わせてくださいな。
 さて、だからこそ掟破りのように「カメラ目線」を用いることが、一定のインパクトを持ち得るのだが、安易に使うと、わたしのピンク映画のようにチープなものとなる。それはドラマの世界に、ドキュメンタリー的な瞬間を持ち込む、毒薬的な手法と言い換えても良いかも知れないが、多用すればドラマは死ぬ。しかし、撮影現場にはカメラがあって観客が無く、映画館には観客があってカメラが無い、という関係性=構造は、まことに興味深い。
 しかし、撮影現場には本当に観客はいないのか? 実はいるのだ。「不在者」として。加代さんは言う。「撮影現場にも映画中にも存在しない観客の視点を中心に物語が構築され、カメラ位置が決定されるのも、映画のパラドックスの代表的な現れ方である」。
 わたしは撮影現場で、カメラのフレームを確認するために、カメラマンに断って(プロにとって、そこは聖域らしいのだ)接眼部を覗き込むことがよくあるのだが、加代さんの論文を読んで、俄然その行為がエキサイティングなものとなった。そこに小さく映し出されているのは、三次元の役者やセットが、レンズを通過して二次元に変換された映像だが、それを見るわたしの視線は、一方でカメラに同化し、もう一方で観客の視線の代理となる。
 浜野監督のようなプロの映画監督たちにとっては、それこそ「腕の見せどころ=創造の場所」として意識されるのだろうが、わたしのように単なる映画ファンが修行時代を経ないで小監督になってしまった場合、「観客としての自分」が見たい映像を無意識のうちに捜すので、加代さんが指摘する「不在の観客」の存在が明瞭に理解されるのだ。監督としてのわたしは「不在の観客」でもある。
 わたしが撮影現場で、役者とは逆側からカメラを覗き込むとき、レンズに投影された世界は(なんだかいろんなラインが縦横に走って見難いのだが)すなわちスクリーンの原初的なミニチュアであり、覗き込んだわたしの眼の奥には、暗がりが深々と広がっていて、そこには無数の観客の眼が潜んでいる。何というダイナミックな瞬間であろう。


 
 映画の画面の前の空間には、観客という「不在者」が存在する、というのは、加代さんによれば、ジャン=ピエール・ウダールという人の理論だそうだが、「映画の全てのショットは、それと向き合う目に見えないリヴァース・ショットに対応している。その不可視の領域はある<不在者>のテリトリーである。実際にリヴァース・ショットが出現するまで、観客はこの不在者を想像することによって、そのポジションを代行する」とウダールは言った。
 リヴァース・ショットというのは、わたしたちが撮影現場で「切り返し」とか「ドンデンに入る」とか呼ぶ、カメラをまったく逆向きに構えることだが、当然そこに展開される景色や人物は想定されている。(現場のセッティングや照明をやり直さなければならないので、3日で撮るピンク映画では、あまりやりたくないことだが、それがまた映画を安っぽくするのだ)。
 しかし、スクリーンが二次元である以上、現実的に画面の前に存在するのは、客席と観客以外にない。映画の最初期、リュミエール兄弟の『列車の到着』に、パリの観客は仰天したというが、こちらに向かって突っ走ってくる列車によって、画面の前に当然あるべき景色と、観客のポジションがごちゃ混ぜになった結果だろう。
 加代さんは言う。「そこは画面前空間という架空の場所と、カメラ位置という失われた現実の場所が交わる地点である」。そうなのだ。『百合祭』のラストで、吉行和子さんはそのような地点に向かって語りかけ、艶冶に微笑んだのだ。その幾重にも重なった構造を、わたしは加代さんの論文を読むことで、初めて体感した。
 加代さんは、映画という逆説的なメディアが、そのパラドキシカルな面を見事に発揮した時こそ、特有の「潜在力」を発揮すると言う。そして同時に、わたしがここまで縷々こだわってきたように、画面の前や外に何があるのかを、綿密に探求するのだ。
 博士論文のタイトルが、すでに『画面外空間の理論と歴史』だが、それを映像の面から論じたのが、前述の「映画の中の見えない空間−無声映画と現代映画の共通項を捜して」であり、また音の面から論じたのが「オフ音というメディア−ドイツと日本の初期トーキー映画を比較して−」(『ASPEKT』37〜立教大学ドイツ文学科論集2003)だ。こちらは画面の外から聞こえてくる音を論じ、ヨーロッパ的な遠近法に基く、空間的なサウンドのパースペクティブと、日本的な感覚的で混沌とした音の世界との対比が指摘されている。
 先にわたしは、撮影現場から上映現場に至るまでを射程に入れた、映画という形式に関する考察、と加代さんの論文の特色を挙げたが、その手段として、無声映画からトーキーへと移り変わる時期に行われた、さまざまな手法的実験について、論点を整理し、現代の映画と通底するもの、断絶したものを論じている。この形式、手法、技術に自らを禁欲する姿勢が、研究を明快で風通しの良いものにしているのだろう。
 わたしは、ベルリンですっかり酔っ払って、加代さんに「足立ラーベ理論をピンク映画で実践する!」などと豪語したが、その背景にはアフレコ(アフター・レコーディング)というピンクの特殊事情があった。今、ほとんどの映画は同時録音で、撮影現場でセリフや背景音を録音するが、ピンクの場合は映像のみ撮影して、現像したフィルムに、スタジオでセリフや音を乗せる。それで、特に「オフ音」については工夫しやすいと思ったのだ。
 ところが、帰国した後に撮影し、先日試写を行ったわたしの新作は、それぞれの部屋の外で(絵には現れない)猫や犬やカラスが鳴き、踏み切りの信号がカンカン鳴って電車が走る、ただもうウルサイだけの映画になってしまった。確かに画面の外の世界を感じさせないわけではないのだが、必然性や計画性にまるで欠けた、貧寒とした雑音の集積に過ぎない。わたしは自分のあまりの非才に、目下、すっかり落ち込んでいるのである。



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おはよう、ヤマザキさん。

伊波普猷はイハフユウと読みます。琉球史で登場してくる人物で私が信頼を寄せていた二人が、蔡温(この人を私はひそかに「沖縄の父」と称しています)という18世紀の政治家と明治期から昭和まで生きて沖縄をリードした伊波普猷という「沖縄学の父」といわれる人でした。しかし、つい最近、ほぼ、私なりに琉球史の俯瞰を終えたら、この二人こそが私の批判の対象だ、と思っています。…蔡温の完璧さが王府中枢の政治家たちを骨抜きにしたと思うし、普猷の沖縄県民に対する過剰な思い入れが私の世代にまでに及ぶ「沖縄コンプレックス」に陥らせたのではないのか。…と推理中です。

私自身が今とても複雑な思いです。普猷に関しては「開き治れない島のインテリの卑小さ」というのを感じるし、それは時代に縛られてもいて、その限界というもの感じるし、しかし、一度批判しなければいけないと私は考えています。伊波普猷は沖縄人の「聖域」ぽいけど、沖縄人が前へ進むためには批判する必要があるでしょう。…私は自分で自分を追い込んでしまった感じですが、今更、もうどこにも戻れないという厳しさもあります。ふむふむです。

ソウルは三度ほど行きました。食い物が美味かったという印象です。ではいってらっしゃい。

  • 河合民子
  • 2005/06/02 7:21 AM

河合さん、伊波普猷という学者の名前は「いは・ふゆう」と読んで良いのですか? 河合さんのブログで、明治期に書かれた「沖縄には赤穂浪士がない」というエッセイを読み、また河合さんが伊波のような「良心的」インテリを批判しなければならない、と書かれているのを読み、何か複雑な気持ちになりました。わたしは高嶺剛監督の『夢幻琉球・つるへんりー』が大好きなので「赤穂浪士」との対比がものすごく面白く感じられ、何か書き込もうかと思ったのですが、あまりに自分が沖縄の歴史に無知なのでやめました。もし、興味を持った方があったら、リンクしている「南の詩人・作家のブログ」を読んでください。
目下、東京ですが、今日、ソウルのレズビアン&ゲイ映画祭に行きます。昨年の11月からしばらく海外はなかったのですが、何故かこのところ続いています。ソウルではパレードがあるそうで、これが楽しみです。

「めまいのような浮遊感」というのは言語の世界でも同じと思います。映画のことはまったくよく分からないのですが、ここは似ているなと思いました。読者を攪乱するというものですよね。書く私としても、とても、気になるところです。

ところで、今、東京ですよね???これも攪乱ヤマザキ・ワールドです。

  • 河合民子
  • 2005/06/01 11:39 PM









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