2017/08

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 これが大学なのか!? カリフォルニアの広大な敷地に広がる、スタンフォード大学の構内に立って、我が目を疑わない日本人がいたらお目にかかりたい。遠くヨーロッパの、史跡のど真ん中に立っているようではないか。19世紀半ばのゴールドラッシュで、金鉱と鉄道で大儲けしたスタンフォード夫妻が、息子の死を悼んで1891年に設立した名門私立大学だという。あまりに広いので、建物はせいぜい二階建て。ビルにする必要がないのだ。先生方や学生は、構内用のカートや自転車、あるいはスケボーで移動する。





 先月20日から22日にかけて、同大学のヒューマニティーセンターが主催した学会「FACES AND MASKS OF AGING:IMPLICATIONS FROM THE LIVES OF JAPANESE ELDERLY」(「加齢の素顔と仮面:日本の高齢者の生き方が示唆するところ」)で『百合祭』が上映され、浜野監督とわたしが招かれたことは、すでにこのブログでも書いた。
 この著名な大学が、シリコンバレーにあって、IT産業の中でも重要な位置を占めることは、今回初めて知ったことだったが(無知です)、帰国後もアップル社のスティーブ・ジョブズが、卒業式で中退者の弁をスピーチしたというニュースを目にした。何にも知らないで出かけていったわたしだったが、あるいはスタンフォード大学とはどういうところか興味を持っている人も少なくないかも知れない。
 先端的なIT研究というと、ガラスでも使った超近代的なビルを連想しがちだが、それとは裏腹に、ヨーロッパのクラシックな雰囲気とカリフォルニアの自然が融合したような佇まいなのだ。前回、ソウルのクィア・フェスティバルを写真構成でレポートし、こういうスタイルも有りだと気づいた。そこで、ごく表層ではあるが、スタンフォード大学の景観を紹介しよう。


<学会を主催したスタンフォード大学ヒューマニティ・センター。邸宅風の建物だ>


<発表はパソコンを使い、演台の操作で、中央の大きなスクリーンに映し出される>

 今回の3日間にわたる学会では、日米の多くの研究者が発表したが、日本人の発表も当然のことながら英語で行われる。わたしにはまったくチンプンかんぷんで、もっぱら記録写真を撮った。内容について、ディナーの際などに尋ねてみると、いろんな専門分野の研究者が集まった画期的な「学際的」学会だと口を揃えた。社会学、人類学、言語学、コミュニケーション学、心理学、統計学、医学、看護学など。そして映画だ。(上映後の浜野監督のスピーチと、観客とのQ&Aのみ、通訳がついた。日本で生まれたというベス・ケーリさんは、ほとんど天才じゃないかと思うぐらい優秀な人だった)。
 この学会の大胆な企画者は、ヒューマニティー・センターのトップでもある松本善子教授。海外で活躍している、優れた女性研究者も多いのですね。




<赤い瓦の屋根に、白い石壁。独特のスタイルだが、アメリカの植民地時代に、ヨーロッパから入ってきた「スパニッシュ・コロニアル様式」だという。カリフォルニアの青い空に、赤い瓦が映えるよう設計されているらしい。下の写真は結婚式のように見えるが、コマーシャルの撮影をしているようだった>




<広いキャンパスで、どこからも見える目印のタワー。それほど高いわけではないが、他の建物が軒並み低いので目立つ>


<『百合祭』が上映されたスクール・オブ・エデュケーション。1938年に建てられた建物だ>


<ホールへの入り口。学会参加者以外に、先生方や学生が観に来てくれた。なかには日本からの留学生も。しかし、閉経後の女性のセクシュアルな可能性をどう考えるか、加齢後も女性役割を期待するオヤジどもの強固な異性愛体制と、いかに訣別するか、といったテーマは、国境を越えることを改めて確認した。わたしは「五十年後の日本では、男女の関係は、どのように変わって行くと考えるか」という質問に「あまり変わらないんじゃないだろうか」と応えて、浜野監督の怒りを買った。ニンゲンは利口にならない、経験による知恵といった獲得形質は遺伝されない、というのはわたしの持論だが、それ以上に、わたしたちいわゆる「団塊の世代」の男たちが、先行世代と何か画期的に変わったかといえば、何も変わらない、それ以上にオヤジ化しているではないか>


<ホール脇の廊下。壁画など描かれてあって、実に心和む雰囲気だ>


<あちこちにアーチが見られるが、この大きなアーチをくぐると…>


<陽光あふれるカリフォルニアの広場が、目の前に広がるのだった>


<これが大学の校舎だとは思えない。中世の面影が漂ってくるようだ>


<ロダンの作品などを擁する美術館もある。「考える人」って「地獄の門」の中央・頭部にあったのですね>


<中央部に位置する教会。ここからバックしていくと…>


<廊下の横のアーチの向こうに、教会が見えて…>


<さらに遠景で見た時に、建物や門が見事に重なるように計算されている。広い敷地ならでは>


<遠くに山が見える。これでもバレー(渓谷)なのか? わたしは何か根本的に誤解しているのかも知れない>


<とにかくデカイ薔薇の花(だよね?)。植物もアメリカサイズなのだ。州知事はシュワルツネッガーだし>




<スタンフォード周辺には、いろんな色の消火栓があった。エリアによって色が違っていたので、何か識別しているのだろう。どこであろうと、消火栓見るたびに、心騒ぐのは何故だ? 放火でもする気か? まさか>

*スタンフォード大学の来歴や建築について、学会のスタッフである大友麻子さん、Wan-Chao Changさんに資料を頂きましたが、非才にして英文に取り組む熱意に欠けたことを、お二人にお詫びします。


comment

ひと月ぶりくらいにネットを見ています。消火栓、最高です!なんですか、この存在感は。大学の写真もすてきですが、消火栓に心うばわれてしまいます。

  • いしはらみよ
  • 2005/06/24 9:44 PM

モンゴロイド追っかけは結構オモロイです。メキシコのインディオもわれわれの仲間ということだと思っています。

http://www.museum.kyushu-u.ac.jp/WAJIN/113.html

  • 河合民子
  • 2005/06/23 10:42 PM

ほそや先生、ご著書『<男>の未来に希望はあるか』(はるか書房)との対話を試みようと思いつつ、ウンコとの対話などをアップしてしまいました。哲学専攻の先生には噴飯モノでしょうが、小用に引き続き大用についてご意見聞かせて頂ければ幸いです。

河合さんの旅行は、文化を充分に体感して、本当に旅行らしい旅行ですね。わたしなどは宿舎と映画祭の往復で、後は経費を安く上げるために、地元の富裕ではない人たちが食べるものを食べる。ソウルで、前回に引き続き通ったのは、市場の中の食堂でした。うどんが実にうまい。
メキシコに、モンゴロイド・インディオという人たちがいることは初めて知りました。アジアとの関係はあるのでしょうか? スタンフォードの建物は、これが本当に百年前に建てたのか? と思うぐらい古くないです。相当金持ちの大学のようですから、お金をかけているのかな。

スタンフォードって、ビジュアル的なイメージなかったです。
日本の大学はせせこましいな。
広いと空間のメンテにも費用かかりそう。雑草とかあまり生えてこないのかな。日本は亜熱帯だから大変だ。

  • ほそやまこと
  • 2005/06/21 5:00 PM

ヤマザキさん、こんばんわー。

このスパニッシュ・コロニアル様式というのは覚えがあります。メヒコで泊ったホテルというのが、これ風、しかし、昔は監獄だったという記憶が甦っていて悩んでいます。大きなホテルではなかったのですが、しっかりとした木の門がありました。そこを抜けていくと中庭があって、それを囲むように客室がありました。安宿ではなかったけど、そんなに高級でもなかった。思い出しても、フロントの白人ぽい人たちの横柄さと思います。フロントがそうだった。ニコリともしない。メキシコはどこへ行ってもこれでした。未だに侵略者の子孫たちが支配しているという印象でした。どこでもどんな場合も彼らを支えているモンゴロイドと云うのがいた。私はいつもそんなメキシコのモンゴロイド・インディオに間違えられました。

そのホテルは、しかし、かなり洒落ていた。派手な調度はなくて薄暗く、いつも見えている中庭が美しいという設計のようでした。

メキシコではタコス好きの私が嬉しすぎてタコスばかりを食べすぎて、もう、一生分のタコスは食ったという気分で帰国で、あれから、あまり、タコスを食っていない。

そろそろメヒコでタコスに飽きた頃、張り切って注文したスペッシャルというメニューが、これまたタコスいろいろだったからショックでした。もう、タコスはいいから、ちゃんとしたメキシコ料理をくおうと勇んで入った結構いいレストランだったのだ。他のメキシコ人の食べているのが羨ましかった。思い出は食欲だけですね。

アメリカの大学のスパニッシュ・コロニアル様式は、アランフェスでも聴こえてきそうだね。メキシコのものより、新しいという感じです。

  • 河合民子
  • 2005/06/21 1:14 AM









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