2017/07

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

<< >>


 子豚が踊る? 花田清輝の「動物記−ルイ十一世−」(『復興期の精神』所収)には、ルイ十一世が「風笛の音につれて踊ることをおぼえた子豚のむれをみてたのしむのをつねとした」というエピソードが紹介されているが、しかし豚とは、音楽に合わせて踊る動物だったのか? わたしもこれまでサーカスや、いかがわしい見世物の類を結構見てきたが、豚が芸を披露するのを一度も見たことはない。花田によれば『家畜系統史』という本のなかで、著者のケルレルが「豚にもまったく知性がないわけではない」例として、王の前で踊る子豚を紹介しているのだとか。ケルレルにとっては、あくまで豚の知性が問題だったが、花田は「この無邪気さと奇怪さとのいりまじった古めかしい舞踏図」は「むしろ、ルイ十一世の知性にたいして、いっそう多くの興味をいだかせる」と言う。豚の知性と、王の知性が、比較対置されるレトリックに、わたしは毎度吹き出してしまう。



 そんな本があったのか!? と誰もが目を剥くような文献のさわりを引用しながら、それを鮮やかに転倒して見せる、いかにも花田らしい導入部だが、確かに子豚の踊りを眺めて楽しむ国王というのは、興味惹かれる光景だ。多くの名セリフや印象的なシーンが、ふんだんにちりばめられた『復興期の精神』だが、この「舞踏図」は、わたしにとって、もっとも愉快なイメージのひとつである。このエッセイによれば、ルイ十一世は、武力を持った貴族の封建領主と、自由や利益を求める市民の間に立って、両者を対立させながら、その均衡の上に独裁的な権力を築こうとした、フランスで「最初のブルジョア的な国王」だそうだ。その彼が、幼稚にも風狂にも見える子豚の踊りに、なぜ惹きつけられたのか? それは「晩年の娯楽だったのではあるまいか」と花田は言う。
 貴族と市民に、それぞれ美味しそうな餌を見せびらかして分断し、権謀術数によってフランス全土の統一を図っていた頃のルイ十一世には、子豚の踊りを眺めて無聊を慰めるようなところはなかったが、一度だけ動物に異常な関心を持ったことがある。剛胆候と呼ばれたブルゴーニュ候シャルルの居城、ペロンヌ城に、軍隊無しで腹心数人と乗り込んだルイ十一世は、一方で和議を進めながら、もう一方で市民を扇動して反乱を起こさせたが、案に相違して反乱はあっという間に鎮圧され、ペテンを見破られたルイ十一世も捕らわれてしまった。
 王を生かすも殺すもシャルルの思いのままで、絶体絶命の窮地だったが、冷静な機略と舌先三寸で何とか切り抜け、パリにやっとの思いで帰って来た。市民たちは、これまで自分たちをたぶらかしてきた国王の大失敗に喝采を浴びせ、快哉を叫んだが、これに怒ったルイ十一世のとった報復行動が奇抜である。なんと、市民の飼っているオウムや九官鳥を徹底的に調べ上げ、「ペロンヌ」だとか「シャルル」だとか口走る鳥は、ことごとく絞め殺させたのだ。どれほどいっぱいのオウムや九官鳥がパリ市民に飼われ、その前で王を嘲笑する会話が成されたのかと思うが、ルイ十一世はそれでも憤懣抑えがたく、市民の飼っている犬や猫も全て撲殺させた。
 おかしな復讐もあったものだが、これがフランス全土を統一することを目指して奮闘していた頃、たった一度だけ動物に関心を示したケースだという。その後、ルイ十一世は絶対的な権力を握るに至るが、その頃から極度の人間不信が募り、家臣を威嚇するために、城の中の並木を切って、数百の絞首台を並べたりした。誰からも好かれず、荒涼とした孤独の裡に、晩年を過ごすことになったが、子豚の群れが踊るのを見て愉しんだのは、この時期ではないかと花田は言う。事実、死の床でルイ十一世は、室内に多くのネズミと数匹の猫を放し、猫がネズミを追いかけ、食い殺すのを、我を忘れ見入っていたとか。一見ほがらかに見える子豚のダンスだが、こういう病的な精神の慰めだったことを考えると、急に陰惨な翳りを帯びてくる。



 この「動物記」においては、花田の関心がケルレルとは逆に「ルイ十一世の知性」に向かい、踊る子豚の群れのエピソードが、比較的あっさり片付けられているのが、物足りないと言えば物足りない。陰惨で孤独な王と、無邪気に踊る子豚は、どのようなコミュニケーションを持ったのだろうか? 『復興期の精神』は日本の戦時下に書き継がれた西洋のルネッサンス論だったが(「動物記」は1943年発表)、60年代になって書き始められた独特な小説、これのどこが花田自身の批評と違うのか、誰もが首をヒネル小説において、花田が「日本のルネッサンス」と見定めた室町末期から戦国時代に生きた人物群像が描かれる。
 そして、そのトップバッターとして選ばれたのが『鳥獣戯話』の主人公、武田信虎であり、息子信玄によって甲州から追放され、戦国の世をさ迷うことになった、この度外れたキャラクターは、実の息子にクーデターを起こされる直前に、獰猛な大猿を座敷に放し飼いにして、踊りを教えたり、剣術の稽古をつけたりした。フランスの王の前で踊る子豚の群れと、日本の殿様に踊りを仕込まれる大猿は、好一対をなすものではないだろうか。
「動かざること山のごとく〜」という、例の有名な「風林火山」の標語は、孫子の言葉から取られたというが、花田によれば、これは猿の群れの集団戦闘技術に他ならず、武田の兵学の基礎を作った信虎は、昔ながらの一騎打ちを、てんでんバラバラにやってるような合戦を、猿の集団から学んだ戦略・戦術で圧倒した。人間を猿より劣ったものと見て、猿並みに引き上げようとした信虎は、当然のことながら家臣や領民から忌み嫌われ、ついには、後に名将と謳われる息子、信玄によって、領地から追い出されるのだが、その直前に「猿屋」から買い取ったのが「白山」という名のオスの大猿だった。
 この凶暴な猿は、誰にも馴染まず猿屋を手こずらせていたが、信虎にだけは出会った瞬間から親愛の情を示した。信虎が、屋敷で白山を放し飼いにした座敷は「竹の間」といって、自分の名前の「虎」にちなんで、四方に竹が描かれていたが、花田曰く「今やその竹の林に、虎とともに猿が住むことになったのである」。もちろん、掛け軸は引き裂かれ、畳は排泄物によって汚されたが、信虎は一向に気にせず、白山に芸や剣術を教え込んだ。
 迷惑したのは「掃除坊主」たちだったが、京から下ってきた有名な歌人、冷泉為和などは、信虎の「猿をまわして御覧にいれたい」という招待を受け、竹の間でご馳走を振る舞われたのはいいが、周囲を徘徊する白山に肝を冷やした上、頬を舐められて飛び上がり、大げさな反応にビックリした白山に組み敷かれ、噛み付かれて失神した。信虎が、この京で食い詰め、諸国の大名に招かれるまま、権威ぶって地方を遍歴する歌人を、快く思っていなかったことは言うまでもない。



 ルイ十一世同様、信虎もまた人間どもに嫌われた孤独な殿様だったが、どうしてまた生きた大猿を飼い、同じ部屋に住んだのか? 甲州の軍勢の主力は騎馬隊であり、猿は馬の守り神でもあるので、軍隊のマスコットにしようとした? 人間にすっかり絶望した信虎が「人生の伴侶」として大猿を選んだ? 人間の群れが猿の群れに劣ることを痛感した信虎が、群れを離れた場合の両者の知恵を、比較検討しようとした? 自分に馴染もうとしない家臣どもを、猿を使って苛めてやろうと試みた? 花田はいろんな推測を上げるが、「その動機を、はっきり、こうだと断定するわけにはいかない」と言う。
 この白山が起こした事件をきっかけにして、信虎の周囲で殺傷事件が相次ぎ、人間を猿より下位に見る暴君として、実の息子のクーデターにあうのだが、その後の数奇を極める人生は、この第一章の「群猿図」から第二章「狐草紙」、第三章「みみずく大名」と、引き続きたっぷり描かれる。しかし、普段は武田信玄の陰に隠れて、ほとんど注目を浴びない、誰もが嫌っていたクソジジイに、どうして花田は着目したのか。
 もちろん半世紀以上も前に、花田によって描かれたルイ十一世の肖像が、どれほど歴史的な妥当性をもっているか、わたしに検証することはできないが、検索してみると「毒蜘蛛」などと仇名されているので、相当嫌われた国王であったことは間違いない。武田信虎にしても、これは「小説」であり、史料には偽書がまぎれ込んでいるのだが、面白いのは、ルイ十一世と武田信虎(追放後、足利将軍の御伽衆になってからは「無人斎道有」)の、花田の取り上げ方に、精神的な類縁性があることだ。
 両者とも、人間を動物より劣位に置き、もっぱら動物と親しみながら、その一方で、人間に対する直接的な暴力である武力を、言葉を駆使した知略(謀略とも言う)によって乗り越えようとするのである。ルイ十一世がシャルル豪胆候の城内に、自ら乗り込んで交渉しながら、その一方で市民を扇動し、暴動を起こさせたのも、武力を制するに武力を持ってするのではなく、権謀術数という外交的手段によって強敵を倒そうとしたのだった。市民に嘲られた際には、直接市民に報復しないで、彼らのペットを虐殺することで満足した。
 信虎は、息子によって追放されるまで、妊婦の腹を割いて胎児の成長を観察するなど、暴君としての血生臭いエピソードにも事欠かないようだが、徒手空拳となってからは武力とすっぱり縁を切り、話術によって一世を風靡して、落書きで織田信長の直接的な暴力と渡り合ったりする。それだけではない、天下を狙う信玄に追放されたのか、それとも親子が裏で繋がっているのか、大名たちを疑心暗鬼にさせる立場を利用して、さまざまの秘策をめぐらし、道有=信虎の死後、信長が本能寺で死ぬのも、自分を追放した武田が滅亡するのも、道有の「捨て罠が効果を発揮したのかもしれないのだ」と花田は言う。



 ここには、花田が一貫して掘り起こそうとした「非暴力の伝統」がクローズアップされているが、ルイ十一世にしろ武田信虎=無人斎道有にしろ、なんと凄まじい「非暴力」であることだろう。そこには、非暴力ということで連想されがちな、平和を希求するヒューマニズムなど欠片もない。花田は、この事情を次のように解説する。「武力と武力の角突き合い」という「一つの修羅を生きるかわりに」、言葉を武器とした「もう一つの修羅を生きようと思っただけのことなのである」。ルイ十一世も信虎=道有も、武力に生きた華々しいヒーローである敵たちのように早死にすることなく、狂気じみた孤独を片手に、しぶとく長生きした。
 59年に突発した花田・吉本論争は、埴谷雄高の「吉本勝利」判定などもあって、学生などの間では「ヨシモトに完膚なきまで論破されたトンデモ評論家=ハナダ」というイメージが流布するが、翌60年に発表されたこの小説「群猿図」に登場する、獰猛で信虎の愛人に色気を示し、信虎追放のきっかけを作ったオス猿は、どこかヨシモトを思わせないでもない。痛烈な吉本批判を含むエッセイ「『慷慨談』の流行」が収録され、同年に刊行された単行本は、『もう一つの修羅』と題された。


comment

ほそや先生でしょうか? 信虎の場合は、周囲の人間に対する激しい悪意があったようですね。お前たちは、この大猿より、はるかに劣るといったような…。もっとも、これも花田一流の解釈で、しかも「小説」ですから史実的な真偽は分かりません。

人間不信で動物と親しむって話は身近にも転がっていますが、獰猛な大猿というところが、いやはや。自己投影していたのでしょうか。

  • まこと
  • 2005/07/24 10:43 PM

映画はちらっと最後の5分ほど見ました。だから映画はよく分かりませんが、本はお勧めですね。いーい本でした。

今度は鳥取ですか。これも、いーいなー。

  • 河合民子
  • 2005/07/09 11:18 PM

河合さん、その映画は確かシガニー・ウィーバーが主演した「霧の彼方にナントカ」という作品でしたね。TVで観たような、観なかったような…。『彼女たちの類人猿』読んでみようと思います。目下鳥取に来ていますが、1年ぶりの鳥取は、やっぱりいいな。

信虎と白山という猿の話を読んでいて、ダイアン・フォッシーというゴリラの研究者を思い出しました。久しぶりに取り出した『彼女たちの類人猿』という本に夢中になったのは10数年前でした。ヤニ汚れた付箋紙がたくさんです。灰色が茶色になっている。さすが読み返す気は今はありませんが。

オランウータン研究のグドール、マウンティンゴリラのフォッシー、そしてチンパンジーのガルディカス、この三人の類人猿研究者のことをサイ・モンゴメリーという人が書いています。とにかくとても惹きつけられた。

動物の行動のフィールド・ワークをする男の学者たちは一応訓練されて調査しているという雰囲気があるけど、彼女たちは、まったく何にもなくて出かけていって、自分なりの方法を編み出していく。三人に共通しているのが、誰もやらなかったことを新しい方法で成し遂げたということだと思う。

グドールは自分の方法に限界を感じると、インドネシアのある部族の優秀な男と結婚をする。しかし、公式の場に決して彼を連れて行かない。オランウータンを更に追求するにはジャングルの男が必要だった、ということらしかった。そして、フォッシーはザイールのフィールドへと調査に出かけるため、トランクにはバイブレーターを詰めた。…この迫力に圧倒されていました。

フォッシーは調査地を出るときは、可愛がっているゴリラも一緒に連れて行き、一緒にホテルに泊り、ゴリラはやりたい放題で大変だったらしい。結局、彼女の強引な調査の方法が現地の人たちの反感を買って惨殺されてしまう。これは映画にもなっています。これはとても難しい問題と思います。

強烈な、しかし感動的なフェミニズムの本だったと思っています。

「もう一つの修羅を生きようと思っただけのことなのである」…というのと近いかもね。

  • 河合民子
  • 2005/07/07 11:56 PM

ワニは笑っていますか? 面白がって頂けて嬉しいです。今週末の尾崎翠フォーラムin鳥取ですが、実行委員会は離脱したものの、川崎賢子さんや佐々木孝文さんの講演、澤登翠さんの活弁の好奇心を抑え難く、一観客として拝聴することにしました。当然、講演会場以外は皆さんと別行動になりますが、どこかの接点でお会いできることを楽しみにしています。

すごく面白かったです。楽しみの写真を見るのも忘れて文字を追ってしまいました。(わたしは挿絵入りの本を読んでも、文字の方に夢中になって挿絵を見ていない、ということがしばしばです。何のための挿絵や!?)で、挿絵ならぬ挿し写真??を、読後あらためて見てみると、内容に妙に合っているような…ワニの笑顔(?)と魚をかぶってる人が愉快です。

  • いしはらみよ
  • 2005/07/06 7:19 PM









trackback

走れ! 噛み付け! 民主党![改訂版]

「ああ、ベケット、番外 言葉の多義性・喚起性への試作」 ええ、詳論は保坂議員や http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/2a548d2b928da611ec1eff415eb17048 『スパイラルドラゴン』さんのブログで、 http://blogs.dion.ne.jp/spiraldragon/archives/4696389.html 語

  • いわいわブレーク
  • 2006/12/14 3:55 PM