2019/06

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 8月5日のブログで、稲垣氏が筑摩版定本全集の「解説」と、雑誌『鳩よ!』(99年11月号)のエッセイで展開している「尾崎翠は、帰郷後に精神病院で電撃療法を受け、作家的な創造力を失った」説への疑念を呈した。その根拠は「1940年頃の戦中、ナチスのドイツから精神分裂症のための電撃ショック療法なるものが導入される」(『鳩よ!』)という稲垣氏の記述が正しければ、1932年に帰郷した翠が、そのオドロオドロシイ療法を受けること自体、不可能である、というもので、いわば稲垣氏自身の文章の矛盾を指摘した。
 しかし、その後調べてみると、この療法は、1938年にイタリアで発明されたものであり、歴史的な事実として、最初の入院時に尾崎翠が受けるはずのないものだった。また、この療法は現在でも生きていて、氏の書き付けるような「施術後はダラリとよだれなど垂れて、腑抜けのように温和しくなる」(同)といった、ただ恐ろしいだけのものではなかった。
 かつては確かに懲罰的に使われたことも多かったが、自殺を図るような重症うつ病の治療に対しては有効なケースも多く、現在では「けいれん」を伴なわない、全身麻酔を使った修正型が用いられているという。



 稲垣氏のいわゆる「電撃療法」(定本全集)「電撃ショック療法」(『鳩よ!』)は、一般的には「電気ショック療法」と呼ばれ、正式には「電気けいれん療法(electroconvulsive therapy=ECT)」という。しかし、今でも専門家の間で、意見が分かれるようなので、素人が立ち入る領域ではないが、複数のサイトで確認できた歴史的事実に限定して、稲垣説の迷妄を明らかにしたい。(なお、「精神分裂病」は、現在では「統合失調症」と呼称を改められているが、ここでは稲垣氏の当該表記、およびサイトで参照した資料の表記を踏襲する)
 電気ショック療法は、1938年にイタリアのツェルレッテイとビニによって開発された。患者の頭に電極を当て、脳に通電してけいれんを引き起こす。当時のヨーロッパでは、分裂病とてんかんは両立しないという誤った考えがあり、人工的にてんかんを起こせば分裂病は治るという発想に立っている。最初に実験されたのは、警察が逮捕・保護した、身元不明の精神分裂病患者であり、結構アブナイ試みだったようだが、これがしかし、効果があった。
 当時は他に分裂病の治療法がなく、たちまち世界中に広がる。稲垣氏の「1940年頃」日本に導入されたという説は、間違ってなさそうだが、あたかも「ナチスのドイツ」の悪魔的な発明みたいに書いているのは、事実に反する。イタリアで開発された療法が、ドイツ経由で日本に伝わった可能性はあるが、翠の長すぎた「無惨な」晩年を修飾する、稲垣氏流の情緒的な表現は正確ではない。
 また、この療法の副作用は、短時間に消失するもの、数時間持続するもの、数日残るものなど、さまざまだが、主には一時的な頭痛と記憶障害である。修正型のように麻酔を使わない場合、多くの患者はたちまち失神したが、稲垣氏の書くような、術後に痴呆的症状を呈するものではないようだ。
 現在の修正型ECTの安全性は高いが(日本には、古い原始型を使っている病院が多いというから、恐ろしい)、しかし、なかには重い記憶障害が残って、その後の職業生活に大きなダメージを受けた、という患者さんの証言もあった。



 稲垣氏のご都合主義的な誇張は、毎度のことだが、ここには何か根本的な誤解・錯覚・混同はないか。「(電撃療法などを含む治療)によって、翠は一応日常生活には復帰する。しかし、それと引き換えに翠は、彼女の創造的な文学世界の表現を可能にしたぎりぎりの感性や、まだまだ大輪の花を咲かせたかもしれない想像の能力を、次第に過去のものとされることになった」(定本全集511P)といった表現や、「こういう晩年について、私は書くに忍びない。(中略)やがて彼女は無惨な死を迎える」(『鳩よ!』)といった筆法には、どうも意図的に、あるいは無意識的に、ロボトミーのイメージを「電撃療法」に重ね合わせているとしか思えないのだ。
 かつての「生ける屍として」(創樹社版アンソロジー『第七官界彷徨』解説)を彷彿とさせるが、まさに映画『カッコーの巣の上で』の世界である。確かあの映画でも、人格を破壊するロボトミー手術の前に、懲罰としての電気ショックが描かれていた。もしかして、稲垣氏、あの映画を観たのではないだろうね。
 ロボトミーも、電気ショック療法とほぼ同時期の1935年、ポルトガルでエガス・モニッツによって発明された。前頭葉の一部を切除する乱暴なもので、これによってモニッツは戦後ノーベル賞(!)をもらった。そして世界中で、出鱈目な手術が大流行したが、顕著な人格破壊が明らかになり、1970年代半ば以降は、ほとんど行われていない。そこが、電気ショック療法と異なるところだ。
 ロボトミーが日本で初めて行われたのは、1942年。戦後には、日本でも盛んに手術されたが、すっかり廃れた1979年、ある殺人事件が起こった。その15年前にロボトミー手術を受けた、元・売れっ子のスポーツライターが、まさにその手術によって創造性や想像力、集中力など根こそぎ奪われ、転転流浪の生活を送った挙句、主治医と心中するつもりで留守宅に上がりこみ、医師の妻と母親を殺したのだ。
 この事件については、知友の殺人評論家、蜂巣敦氏が最近著した『実話 怪奇譚』(ちくま文庫)でも、興味深く取り上げられている。参照頂きたい。



 さて、シンプルな結論。1932年に帰郷し、入院した尾崎翠が、1938年にイタリアで開発された電気ショック療法を受けることは、SFでもなければ、有り得ない。まして、それによって、翠の作家的創造性や想像力が失われたはずもない。明確に翠は、自らの意志によって、筆を擱いたのである。
 稲垣氏の言い逃れとしては「何度か精神病院に入院し、40年以降に手術を受けた」という手があるが、それでは「電撃療法によって作家的可能性を摘み取られた」という、稲垣氏お得意の「悲劇」が演出できない。まさに41年に書かれた「大田洋子と私」で、すでに「黄金の沈黙」を選択したことが、翠自身によって闡明にされているのだから。
 目下のところ、尾崎翠作品を読む拠り所となるべき筑摩版定本全集の「解説」で、このような旧態依然の情緒的デマゴギーが、堂々展開されて良いものだろうか。多くの心ある読者は、稲垣氏の「解説」など、もうとっくに眉に唾をつけているに違いないが、これからの初心の読者のために、わたしは筑摩書房に「解説」の削除、あるいは根底的な改訂を要求する(とは言っても、こんな具合に、一人で書いてるだけ、だけどサ)。
 その際には、前回指摘した、尾崎翠と高橋丈雄の「同棲」や、駒下駄に関する、恣意的なデッチアゲもまた訂正されなければならない。しかし、氏の脳内で濛々と膨らみ、いまや固定観念のようにどっかと鎮座しているに違いない妄念を、氏自身が主体的に糺すことは、おそらく絶望的に困難な事業であることだろう。
 「電撃療法」、受けてみます?

(なお、今回、以下のサイトを参照しました。記事中に間違いがあれば、すべてわたしの理解力不足に起因するものです)
●電気ショック療法
http://homepage3.nifty.com/kazano/ect.html
●ECTについて
http://square.umin.ac.jp/tadafumi/ECT.html
●ショック療法
http://www.hibun.tsukuba.ac.jp/miyamoto/shock.htm
●ロボトミー
http://homepage3.nifty.com/kazano/lobotomy.html
●ロボトミーの歴史と事件
http://www.asyura.com/0306/nihon6/msg/433.html


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スロウハンドさん、こんにちは。ぼくは浜野組のピンクの現場で、プライド見逃しました。ヒョードルがミルコに勝ったことはネットの詳報で読みましたが、まあしかし、ヒョードルに勝てる選手はしばらく居ないのではないか。数年前、初めてナマでヒョードルの試合を見たときは、まったく表情を変えず淡々と相手を血祭りに上げる仕事ぶりに、唖然としました。そして改めて、こんな選手を発掘しながら、プライドに引き抜かれた(その前にリングスが潰れた?)前田の無念を思いました。
新居、素晴らしい環境ではないですか。広さも申し分ない。わたしなどは、ワンルームの起居者です。

さて、やっと引越しが終わりました。

横浜の新しい4階の部屋は、ぼくら夫婦の老後にふさわしく仕事部屋と寝室の二部屋の前は川が流れています。これが結構涼しい。ベランダ側の部屋は、無意味に唯一クーラーが入っています。なんだかなあ、奥さん。

昨日は馬刺しをつまみに泥酔しながらプライドを観戦しました。あと2日ほどで全ての本とノートが整理されるでしょう。ヤマザキさん。こんどの部屋は横浜駅西口からウン十分ですので、遊びに来てください。でも、3部屋で狭いけど…^^;

「あったかもしれないと思ってさ」。いやあ、凄いですね、稲垣氏の大胆不敵。しかし、それ以上に、深予さんに向かって、あっさり公言してしまう無邪気さ(?)は、何なんでしょう。やはり98年に鳥取で開催された文学講演会で、パネリストの一人だった渡辺法子さんによれば「案外いい人だった。“もうぼくには、尾崎翠は理解できないかもしれません”なんて言ってた」そうです。無自覚にマザコン丸出しの氏は、女性研究者には構えないのかも知れませんが、その一方で執念深いセクハラの事例も、わたしは当事者から聞いています。しかし、それ以上に問題なのは「全集編者」としての政治的な振る舞いで、浜野監督やわたしは、最新刊の『迷へる魂』収録作品すべてが翠のものかどうか、相当怪しいと踏んでいます。

「林芙美子と旅」(だったと思うのですが、違うかもしれません。『国文学 解釈と鑑賞』の1998年に刊行された何月号かに載っていたものです)という稲垣氏の文章があり、ここにちらっと翠の伝記事項が書かれています。筑摩の定本全集が刊行された頃、わたしは稲垣氏にお目にかかりました。その際に、「林芙美子と旅」に書かれている伝記事項について、文献ではたどれなかったわたしは「この(伝記事項の)典拠は何ですか」と稲垣氏に尋ねたところ「そういうこともあったかもしれないと思ってさ」と返事をされました。…わたしが文献でたどれなかったのは当然ですね。「事実を越えた真実」でしょうか。妄想おそるべし。筑摩書房に「解説」の削除、あるいは根底的な改訂、わたしも要求したいです。

  • 石原深予
  • 2005/08/25 7:00 PM









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精神科(心療内科、神経科)の医者が言っている事は本当なの? 【うつ病うつ病って言うけど、うつ病やADHDって病院で本当に治るの?】

いつもTBやランキングの応援ありがとうございますm(_ 今回も うつ病や他動症などメンタルヘルスについてのコラムを配信いたします。 うつ病やADHD(注意欠陥/多動性障害)の方、またはうつ病やADHD(注意欠陥/多動性障害)を抱えている方は是非ご覧下さい。

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  • 2006/12/28 12:06 AM