2019/10

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 10月末に、急きょ、鳥取を訪れることになったのは、わたし個人にとって、実は密かな倖せであった。10月8日から30日まで、鳥取県立図書館で「まんが王国・鳥取」の展示が行なわれていることを、同図書館の発行するメルマガで知り、そのラインナップに目を瞠っていたのだ。境港の水木しげる御大はもちろん、鳥取市の谷口ジローぐらいまでは承知していたが、山松ゆうきちが倉吉市生まれ、川崎三枝子が日南町と続いて、わたしはかつて好きだった、マイナーな劇画の一時代が、まざまざと甦ってくるように思えた。
 もちろん、若い世代のためには、『名探偵コナン』の青山剛昌というスターがいるのだが、いまや県民作家のようになった谷口ジローはともかく、山松ゆうきちや、川崎三枝子を知っている人が、現在、どれぐらいいるだろう。わたしは好きでなかったが、官能劇画も手がけた鳥取市出身の玄太郎だって、相当知られたマンガ家だった。
 同図書館のメルマガでは、これらのマンガ家を含めた、多数の県出身マンガ家や、マンガのなかで描かれた鳥取について、何回かの連載で紹介していたが、「鉄人28号改」という署名で書かれた文章が、また好かった。過剰に思い入れすることなく、大家からエロ劇画家に至るまで、同じスタンスで、淡々と必要なことのみ記していく。そうとう該博なマンガ的教養の持ち主なのだろう。ジャンルや内容に目を眩まされず、それぞれのマンガ表現に即して、晴朗に紹介する姿勢は、若い世代のクリアな頭脳を想像させた。
 わたしは、8月5日のブログでも、鳥取県立図書館の尾崎翠ファイルを取り上げ、この図書館の優秀な人材の、地道な努力について触れたが、今回、ますます感服した。そして、ぜひ、この展示を見たいと思ったが、慢性的な経済困窮の中で、鳥取行きの旅費を捻出することは至難の業である。わたしはすっかり断念していたのだが、尾崎翠の関連で、急に10月末に鳥取におもむくことになり、それがなんと「漫画王国・鳥取」展の最終日、30日だったのだ。



 二階の特別展示室の壁に、大きなパネル写真が飾られているのは、水木しげる御大と、谷口ジロー・青山剛昌の三人で、他のマンガ家は、ガラスのショーケースの中に、整然と並べられている。しかし、いかがわしいエネルギーを放射する山松ゆうきちのマンガが、県立図書館に麗々しく展示される日が来ると、誰が予想しただろう。
 わたしは、青林堂から出た『くそばばあの詩』(1973年)や、『2年D組上杉治』シリーズ(その頃に雑誌連載)の愛読者だったが、この類例のないマンガ家の貧乏臭さは徹底していた。主人公も、強突く婆あだったり、落ちこぼれの極貧不良だったり、世の中の正道から、極端に外れた連中ばかりで、そういえば競輪マンガもよく描いたが、山松ゆうきち自身、競輪ファンが嵩じて、無謀にも競輪選手になろうと試みたが、あえなく失敗したというようなエピソードも聞いた。
 水木御大も、今でこそ妖怪の世界の巨魁だが、かつては貧乏哲学の教祖であり、同じ貸本マンガ家で、後に印刷・出版の東考社を作った桜井昌一さん(『ぼくは劇画の仕掛けけ人だった』著者)をモデルにした、メガネの「安サラリーマン」が、その貧乏臭さを見事に体現していた。山松ゆうきちも、貸本マンガでデビューしているが、つげ義春も含め、一群の貸本出身マンガ家たちの潜り抜けてきた貧乏暮らしは、超一級だったようだ。
 もっとも、水木御大の貧乏は、彼岸、あるいは黄泉の国から、現世の貧乏を照射した貧乏哲学の観があるのだが、山松ゆうきちの貧乏は、現世の真っ只中から、むくむくと起き上がってきて、呵呵大笑する、超弩級の土着型で、湿っぽさはまったくない。わたしは、ずいぶんマンガから離れてしまったが、山松ゆうきちが、最近どんな仕事をしているか検索してみた。すると、平田弘史のかつて差別問題で描き換えに至った、オリジナルの『血だるま剣法』を、インドに持って行き、ヒンディー語に翻訳して、自ら路上で販売するという、摩訶不思議、なんともわけの分らない活躍をしていた。
 その翻訳を担当した、インドに留学している人の「これでインディア エクスプレス」というサイトに、いきなり何の伝手もなくインドにやって来た、山松ゆうきちの怪人ぶりが活写されているが、帰国した山松に、マンガ専門誌の『アックス』45号(青林工藝舎)がインタビューしているという。孫引きで恐縮だが、このサイトから、山松ゆうきちの独壇場である、ディープな貧乏哲学を披瀝した部分を、引用しておこう。(インタビュアーは、竹熊健太郎氏と大西祥平氏)

大西:そうすると山松さんは、インドに行って俺はここが変わった、みたいなものはないですか。
山松:・・・・・・。
竹熊:質問の意図がわからないって感じですが(笑)。
大西:いやいや、その・・・人生観というか。
山松:人生観って何?
竹熊:いやあの、ガンジス川でですね、川辺で人焼いてて、それを犬が食ってるとか、死体流す横で水浴びしたり歯を磨いたり、そういうの見たりして。
山松:そういうのは、ただ単に貧乏なバカがやることでさ、それ見て人生観が変わるってことはないよ。金持って賢くなればやらなくなるって。バカを見て感動することはない。
http://indo.sub.jp/arukakat/index.php?itemid=349

 インド人や、インド好きが読んだら、激昂しそうだが、実際にインドに留学し、山松ゆうきちに親しく接した人が「この発言は、インドに無意味にはまっている外国人の酔いを醒まさせるだけの力があるように思える。適当なことを言っているように見えて、かなり鋭い指摘だと思う」と言っているのだから、単なる放言ではないだろう。日本で現世の貧乏哲学を究めた、山松ゆうきちだから言えたことなのだ。



 文芸マンガ「『坊ちゃん』の時代」(関川夏央原作)や、鳥取地震を舞台にした「父の暦」などで、すっかり大家となった谷口ジローだが、70年代後半には、やはり関川夏央と組んで、かなり下品なマンガ週刊誌で、B級の無国籍アクションを描いていた。当時、タウン情報誌を編集していたわたしは、「無防備都市」が大好きで、谷口ジローに一度だけインタビューしたことがある。タウン情報誌で、いきなりマンガ特集をやったのだ。
 谷口ジローに関しては、単行本の著者紹介で「香港か、どこかから流れてきた、国籍不明のマンガ家」といったような触れ込みだった。いったい、どんな怪しげな人物が現われるかと思ったら、ご本人は、生真面目で、とても繊細そうな人であり、動物マンガの石川球太のアシスタントをしたこともあって、自身も動物マンガを描いていると語った。
 インタビューの詳細は忘れてしまったが、帰りがけに「国籍不明のマンガ家」というのは、関川さんがわざわざデッチ上げてくれているので、それをバラスような書き方はしないで欲しいと頼まれ、快く了解した。掲載誌を送ったら、例の下品なマンガ週刊誌のコラムで、関川氏が、わたしのピックアップした下品なマンガのラインナップを指し「具眼の士は、どこにでもいる」とかいって褒めてくれた。わたしのタウン誌編集時代、ほとんど唯一の褒められた事例ではなかったろうか(売れなくて、あえなく廃刊した)。
 その後、尾崎翠映画の撮影で鳥取を訪れ、市内の書店で、谷口ジローが鳥取出身であることを初めて知ったが、近年は国際的にも評価され、特にヨーロッパでいくつもの賞を取っているのは、たった一度擦れ違っただけのわたしにも、嬉しい。



 水木しげる御大に関しては、言うべき言葉を持たない。学生時代のマンガ好きたちが、みんな手塚治虫ファンのなかで、わたしはその近代的なヒューマニズムにまったく馴染めず、水木しげるの反世界に親しんだ。深沢七郎の「人生滅亡教」ブームなどもあって、70年代には、それはそれで流行りだったのだが、「河童の三平」の、日本の原初的な山野を背景にしたアニミズム的世界、「悪魔君」の、ヨーロッパ的な黒魔術の世界、さらには短編「丸い輪の世界」に見られるような、優れた叙情性(死んだ妹と、時おり出現する丸い輪っかの中だけで再会する兄の話で、無常観と抒情がミックスした佳品だった)、さらには「総員玉砕せよ」の、戦争に伴なう観念性や悲壮感をまったく欠如させ、生存の地べたから描かれた戦争マンガなど、この御大が長年にわたって繰り広げてきた世界は多岐に渡る。いまや「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめとする、妖怪マンガのみがクローズアップされているが、なんとも笑止千万、片腹痛いわい、というのが、オールド・ファンの、ひねくれた感慨だ。
 貸本劇画を多く収蔵する、早稲田鶴巻町の現代マンガ図書館で、貸本時代の水木しげる作品をチェックしたことがあったが、ネズミ男みたいな登場人物のセリフに、「ゲーテは、親和力と言ってだな」などと、貸本読者に向かって、堂々とゲーテを説いているのには、のけぞった。読者が理解しようが、しまいが、この御大は自らの描きたいことを、描きたいように、描いてきた。よく言えばそうだが、それは同時に、孤立、孤独、貧乏の道だったに違いない。長生きしてるおかげで、生きているうちに時代が追いついてくれたのは、御大にとって、ハッピーだったろう。
「言うべき言葉をもたない」と言いつつ、べらべら並べ立ててしまった。水木しげるに限らず、鳥取のマンガ家の世界は、わたしにとって「親和」性の高いものであり、今回の展示を最終日に見ることができたのは、まったくラッキーだった。メルマガの「鉄人28号改」さんの解説も含め、鳥取県立図書館には感謝したい。
(展示をぜひ、カメラで撮影したいと思ったのだが、個人所有の展示物もあり、情景写真のみにして欲しいということだった)。
●鳥取県立図書館HP(メルマガ申し込みもできる)
http://www.library.pref.tottori.jp/



 思わず懐古的になってしまったが、懐古ついでに記せば、わたしもマンガ編集者だった時代があり、たった一冊だけ発行人として制作したマンガ単行本がある。畑中純『ミゝズク通信』(1979年、茫洋社発行。850円)が、それだ。今回記したタウン情報誌の別冊という形をとっているが、わたしが生涯一度だけ試みた企画出版であり、うまく販売ルートに乗せることができず、畑中氏には迷惑をかけた。氏は、その後『まんだら屋の良太』でヒットを飛ばし、時流には乗らないものの、独自の偉きな世界を築いている。近著の『極道モン』シリーズ(東京漫画社刊)では、人間描写に、さらに深まりをみせ、マンガの醍醐味を味あわせてくれた。
 先日、自宅を整理したら、ひとやまの『ミゝズク通信』が出てきた。畑中氏も、つげ義春や水木しげるの水脈につながるマンガ家であるが、美術や文学(ことに近代日本文学)に造詣が深く、さらにはヤクザや山窩などアウトサイダーの世界にも通暁している。マンガ商業誌デビュー前の作品を集めた『ミゝズク通信』には、そんな異色の作家の、原風景が展開されているように、わたしには思われる。
 今回、このブログを読んで頂いている方、10名さまに、『ミゝズク通信」を原価で販売したい。<定価850円+包装代100円+冊子小包郵送代340円=1290円>ですが、切り上げて、1300円で、どうでしょうか。ご希望の方は、以下にメールください。
sense-7@f3.dion.ne.jp



*B5判・192ページ。収録作品「ミゝズク通信」(『宝島』発表)「月夜」「田園通信」(ともに『話の特集』発表)など。


comment

一反木綿の字が違ってました。水木せんせ、ゴメンなさい。
『ミゝズク通信』、楽しみにしています♪

  • やみぃ
  • 2005/12/02 11:53 PM

境港の水木しげる美術館で買った一反木綿(mixiの記事です)は、一個しかありませんが、『ミゝズク通信』は一山あります。注文が殺到することを恐れたら、やみぃさんで三人目でした。シクシク。近日中にお送りします。なお、mixiに興味がある方がいらっしゃったら「招待状」をお送りしますので、わたし宛、メールください。

『ミゝズク通信』ほしいなぁ、一端木綿の置物もほしいなぁ。 『ミゝズク通信』の申し込み、まだ間に合うでしょうか?










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