愉快なフェティシズム研究(8)君は謝国権を見たか?
- 2006.01.30 Monday
- 18:00
君は謝国権を見たか? というのが、今回のわたしのピンク映画の仮題であった。謝国権が実在した人の名前であり、『性生活の知恵』(池田書店)の著者であることを、どれほどの人が知っているだろう。もちろん、五十代以上の男にとっては、記憶の彼方に揺らめく(あるいは脳裏に焼きついた)書名と著者名ではないだろうか。
わたしは、今回、主演に予定された女優が、高校時代に新体操の選手だったことから、その柔軟な肢体を駆使して、奇抜な体位を存分に見せつけようと思いついた。そこで浮かんできたのが、戦後の大ベストセラー『性生活の知恵』だ。さまざまな体位を紹介して、正常位一辺倒のニッポン人を驚倒させた。といっても、実は、わたし自身も読んだことがない。調べてみると、初版が出たのが1960年で、わたしはまだ小学生。いかにも早過ぎる。
類書に『How To Sex』(奈良林祥・KKベストセラーズ)があり、こちらは、ほぼ10年後の71年に出版され、シリーズ計250万部の大ヒットとなったとか。これは、わたしも読んだ。ついでに『性生活の知恵』がどれぐらい売れたか調べてみたが、ハッキリした数字が、すぐには出てこない。「年間ベストワンのミリオンセラー」なので、百万部以上は売れたわけだ。
撮影のための劇用小道具として、現物をネットの古書で注文した。帯つき800円(定価320円)という安さだが、いくら古い本でも圧倒的に量が多すぎるので、高くなりようがないのだろう。初めて手にして驚いたのは、体位(本書では「態位」)のモノクロ写真で、美術のデッサン用人形が使用されていたことだ。いや、これくらいのおぼろげな知識はあったはずだが、意外だったのは、人形が男女それぞれ単独なのだ。
態位と言いながら、男女のポーズが個別に写真で紹介され、それに「適合」する相手のポーズが、アルファベットで記されている。読者は、それを組み合わせて、頭のなかで態位の完成図を想像するのだが、「適合」するのは決してひとつではなく、多くのバリエーションがある。相当の想像力が必要とされ、面倒なようでもあるが、ことセックスに関する限り、普段出ないような馬力が出るのが人間だ。
わたしが読んだ奈良林本は、カラーで男女のモデルが絡み、一目瞭然だったが、その10年ほど前の60年では、人形の写真でも、男女を合体させることはできなかったのか? そうかも知れないが、そうでないかも知れない。というのは、謝国権博士は、このアイデアに相当の自負心を持っていたのだ。
「巻頭に収録された性交態位解説のための写真は、考え抜いた末、やっと出来上がった著者独自の発案によるものである。性のいとなみは美しいものでなければならない。しかしながら、この表現はきわめて困難であり、これを救う手段として、同時に読者をして最も的確に理解せしめる手段として、また本来の美しさを汚さぬ方法として、著者は現在自ら考案したこの方法に優るものはないと自負している」(前書きから抜粋)
エロ本ではない、ということだが、もうひとつの独創性は、単体の写真に付けられたアルファベットが、「性交運動の受動的立場にある側に大文字、主動的な側に小文字」が当てられていることだ。そして、女性側が小文字、すなわち「主動的」である態位が少なくない。ここから、次のような後年の評価が生まれた。
「性において女性は受動的であるべきで、イニシアティブをとるのは、はしたないという考えがふつうだった頃である。そうした時代に、『性生活の知恵』は、ペアによるオルガスムスの経験の共有ということを重視する性愛観をはっきりと打ち出した」(鷲田清一「謝国権―オルガスムスの一致を重視する性愛観」、朝日新聞社編『二十世紀の千人8 教祖・意識変革者の群れ』朝日新聞社1995年。某ブログより転載)。
実際、本文を読むと、そうした「性愛観」が、明確に記述されている。
「性交運動は、男性器(陰茎)と女性器(膣)の間にいとなまれる一連の摩擦運動であるが、その主導権は、必ずしも男性側にゆだねられる場合が多いとは限らない。性交の各態位を、著者の分類法に従って眺めてみると、その主導権はほぼ相半ばしているのである」
帯に「科学的性生活の全貌!!」と謳い、ここで「性交運動は〜一連の摩擦運動である」と定義する、即物的な表現が、なんとも嬉しくなってくるが、60年代のニッポン人を本当にエキサイトさせたのは、こうした謝国権博士の性愛観における「積極的にセックスする女性像」だったかも知れない。そして具体的に「女性における運動の種類」が解説される。「前後または上下運動」「密接回転運動」「密接圧迫」など、いずれも腰の動きだが、「結合離脱」しないための注意などもあって、充分に科学的な処方箋ではないか。
今回調べてみて、61年に同名映画が、大映で、たて続けに2本製作されていることを知った。第二部では、謝国権博士は監修も務めている。出版から映画へと、まさに国民的なブームであり、それで当時の小学生の脳裏にも焼きついたに違いない。その後も、60年代に、謝国権原作で「性生活」モノが、2本映画化された。いささかキワモノめいているが、博士はこれを、どんな風に見ていたのだろう。
意外だったのは、ベストセラーでは10年後発の奈良林祥が、謝国権より6歳年上だったことだ。「ニッポンのキンゼイ」とも言うべき両博士だが、奈良林は02年、謝国権は03年と、相次いで亡くなっている。
わたしのピンク映画? 事情があって主演女優が交代したが、『変態体位・いやらしい性生活』(大蔵映画)というタイトルで、内容は、ほとんど人形フェチの話になってしまった。すっかりデッサン用の人形に、うつつを抜かしてしまったのである。謝国権先生、御免なさい!
<05年5月。『レモンクラブ』(日本出版社)掲載>
わたしは、今回、主演に予定された女優が、高校時代に新体操の選手だったことから、その柔軟な肢体を駆使して、奇抜な体位を存分に見せつけようと思いついた。そこで浮かんできたのが、戦後の大ベストセラー『性生活の知恵』だ。さまざまな体位を紹介して、正常位一辺倒のニッポン人を驚倒させた。といっても、実は、わたし自身も読んだことがない。調べてみると、初版が出たのが1960年で、わたしはまだ小学生。いかにも早過ぎる。
類書に『How To Sex』(奈良林祥・KKベストセラーズ)があり、こちらは、ほぼ10年後の71年に出版され、シリーズ計250万部の大ヒットとなったとか。これは、わたしも読んだ。ついでに『性生活の知恵』がどれぐらい売れたか調べてみたが、ハッキリした数字が、すぐには出てこない。「年間ベストワンのミリオンセラー」なので、百万部以上は売れたわけだ。
撮影のための劇用小道具として、現物をネットの古書で注文した。帯つき800円(定価320円)という安さだが、いくら古い本でも圧倒的に量が多すぎるので、高くなりようがないのだろう。初めて手にして驚いたのは、体位(本書では「態位」)のモノクロ写真で、美術のデッサン用人形が使用されていたことだ。いや、これくらいのおぼろげな知識はあったはずだが、意外だったのは、人形が男女それぞれ単独なのだ。
態位と言いながら、男女のポーズが個別に写真で紹介され、それに「適合」する相手のポーズが、アルファベットで記されている。読者は、それを組み合わせて、頭のなかで態位の完成図を想像するのだが、「適合」するのは決してひとつではなく、多くのバリエーションがある。相当の想像力が必要とされ、面倒なようでもあるが、ことセックスに関する限り、普段出ないような馬力が出るのが人間だ。
わたしが読んだ奈良林本は、カラーで男女のモデルが絡み、一目瞭然だったが、その10年ほど前の60年では、人形の写真でも、男女を合体させることはできなかったのか? そうかも知れないが、そうでないかも知れない。というのは、謝国権博士は、このアイデアに相当の自負心を持っていたのだ。
「巻頭に収録された性交態位解説のための写真は、考え抜いた末、やっと出来上がった著者独自の発案によるものである。性のいとなみは美しいものでなければならない。しかしながら、この表現はきわめて困難であり、これを救う手段として、同時に読者をして最も的確に理解せしめる手段として、また本来の美しさを汚さぬ方法として、著者は現在自ら考案したこの方法に優るものはないと自負している」(前書きから抜粋)
エロ本ではない、ということだが、もうひとつの独創性は、単体の写真に付けられたアルファベットが、「性交運動の受動的立場にある側に大文字、主動的な側に小文字」が当てられていることだ。そして、女性側が小文字、すなわち「主動的」である態位が少なくない。ここから、次のような後年の評価が生まれた。
「性において女性は受動的であるべきで、イニシアティブをとるのは、はしたないという考えがふつうだった頃である。そうした時代に、『性生活の知恵』は、ペアによるオルガスムスの経験の共有ということを重視する性愛観をはっきりと打ち出した」(鷲田清一「謝国権―オルガスムスの一致を重視する性愛観」、朝日新聞社編『二十世紀の千人8 教祖・意識変革者の群れ』朝日新聞社1995年。某ブログより転載)。
実際、本文を読むと、そうした「性愛観」が、明確に記述されている。
「性交運動は、男性器(陰茎)と女性器(膣)の間にいとなまれる一連の摩擦運動であるが、その主導権は、必ずしも男性側にゆだねられる場合が多いとは限らない。性交の各態位を、著者の分類法に従って眺めてみると、その主導権はほぼ相半ばしているのである」
帯に「科学的性生活の全貌!!」と謳い、ここで「性交運動は〜一連の摩擦運動である」と定義する、即物的な表現が、なんとも嬉しくなってくるが、60年代のニッポン人を本当にエキサイトさせたのは、こうした謝国権博士の性愛観における「積極的にセックスする女性像」だったかも知れない。そして具体的に「女性における運動の種類」が解説される。「前後または上下運動」「密接回転運動」「密接圧迫」など、いずれも腰の動きだが、「結合離脱」しないための注意などもあって、充分に科学的な処方箋ではないか。
今回調べてみて、61年に同名映画が、大映で、たて続けに2本製作されていることを知った。第二部では、謝国権博士は監修も務めている。出版から映画へと、まさに国民的なブームであり、それで当時の小学生の脳裏にも焼きついたに違いない。その後も、60年代に、謝国権原作で「性生活」モノが、2本映画化された。いささかキワモノめいているが、博士はこれを、どんな風に見ていたのだろう。
意外だったのは、ベストセラーでは10年後発の奈良林祥が、謝国権より6歳年上だったことだ。「ニッポンのキンゼイ」とも言うべき両博士だが、奈良林は02年、謝国権は03年と、相次いで亡くなっている。
わたしのピンク映画? 事情があって主演女優が交代したが、『変態体位・いやらしい性生活』(大蔵映画)というタイトルで、内容は、ほとんど人形フェチの話になってしまった。すっかりデッサン用の人形に、うつつを抜かしてしまったのである。謝国権先生、御免なさい!
<05年5月。『レモンクラブ』(日本出版社)掲載>
アメリカから来るコメントは、基本的に丸坊主のところと、その前後にしかくっつかないのです。あそこで使っているのが、パリの某美術館(写真撮影OK)のものなので、最初、クレームか何かかとビビッタこともありましたが、内容を見るとほとんどがバイアグラの宣伝です。日本の禿げ頭のオヤジが、バイアグラを買うので、それであの写真に向かって、蛾が街灯に群がるように、寄って来るのかな、とも考えています。
三一の在庫があった倉庫は、紛争が始まってまもなく、組合側が労働債権として押さえようということで、泊り込んで確保していましたから、組合に直接注文しなくては買えない状況になりました。それでなくても、紛争中なので、流通業者は一斉に取引を控えましたからね。
『大衆食堂の研究』は定価1500円が古本で3000円近くの値段をつけていましたから、もしかすると、買っておいても損がないかも。と、株屋のようなことをいい。
それはさておき、三一書房の労使対立が和解へ、というニュースを読んだら、その後、エンテツさんのブログで、ご著書『大衆食堂の研究』がアマゾンで買えるようになった、と出ていました。これは、倉庫の中にあった在庫が、これまで差し押さえられていて、市場に出なかったということなのでしょうか? とりあえず注文してみます。