愉快なフェティシズム研究(2)W・ライヒの生涯

  • 2005.03.13 Sunday
  • 16:36
 宇宙にはオルガスムのエネルギーが満ちていて、それを体内に注入してセックスすれば、変態も神経症も治って、健康になる! 怪しいカルトみたいだが、フロイトの弟子で、嘱望された精神分析医だったウィルヘルム・ライヒが、最後に行き着いたオルゴン(=オルガスム)・エネルギー理論だ。



 今回、浜野佐知組のピンク映画で、2本連作という企画があり、脚本担当のわたしが思いついたのが、ライヒをぱくった『TOKYOオルゴン研究所』(仮題)だった。連作といっても、地方の映画館でどちらが先にかかっても、楽しんで観れることが条件。続き物ではなく、しかし独立したストーリーにすると連作の旨みがなくなる。
 同じ舞台で、共通したキャストや小道具を使いまわすためには、セックス・セラピーをメインにし、変態どもを集め、オムニバス風にするのがいいのではないか。これなら制作費を安く上げて、セックスシーンもふんだんに登場する。
 オーストリア生まれのライヒは、実に破天荒な人生を送った。精神分析とマルクス主義の融合を試みて独自の活動を展開し、結局フロイトからも共産党からも除名される。そしてナチに追われ、アメリカに亡命して、オルゴン・エネルギー理論を打ち立てた。
 宇宙エネルギーを集める金属のボックスを作って販売し、性の解放を広めようとするが、たちまち弾圧を食らって逮捕され、著書は焼かれた。50年代のアメリカで、焚書坑儒が現実にあったのだ。精神病院と刑務所にぶち込まれ、裁判中に獄死する。
 トンデモ科学者の一生みたいだが、わたしの学生時代の70年前後に代表作『性と文化の革命』(中尾ハジメ訳、勁草書房刊)が一部で人気になったことは覚えている。読まなかったが、新左翼の理屈と、ヒッピーのフリーセックスが野合したような印象だった。
 ところが七、八年前に、ドゥシャン・マカヴェイエフという妙な監督の『WR:オルガニズムの神秘』という、半分ドキュメント、半分ドラマという、これまた妙な映画を見て、ライヒがアメリカで獄死したことを知った。それで俄然興味を持ったのだが、この映画は71年に製作され「WR」とはウィルヘルム・ライヒの略だ。



 実は、わたしの監督作で一度ライヒを取り上げているのだが、その時は電話ボックス型のオルゴン・ボックスを作ることに全精力を傾け、撮影時にはすっかり疲れ切って何を撮ったか良く覚えていないのだ。現在は大蔵映画の監督である国沢実君が助監督だったが、彼がまったく不器用で、東宝日曜大工センターで買ってきた角材や板を前に悪戦苦闘している。
 やむを得ずわたしも一緒になって組み立てたのだが、一枚板に長方形の覗き窓をくり抜くのには苦労した。また、内側と外側にメタリックな素材を貼り付け、宇宙エネルギーを集める装置らしく見せるのも大変な作業で、往生した。
 今回はその代わりに、簡便にエネルギーをキャッチできるオルゴン・キャップを考案したが、監督に「オウム真理教みたいだ」と、あっさり却下された。言われて気がついたが、確かにオウムの子供たちも妙な帽子をかぶせられていた。麻原彰晃と一緒にされたらライヒも悲しいだろうが、現象だけ見れば似たようなものかも知れない。
 前回は、古本屋に行ってライヒの著書を探すのも面倒だったので、もっぱらマカヴェイエフの映画をネタにしたが、今回の浜野組ではネットの古書店を活用し、著書を取り寄せた。代表作はやはり『性と文化の革命』なのだが、太平出版社から全8巻の著作集が出ていた。すべて70年前後の出版で、その後は途絶えたまま、今日に至っている。世界中のどこの国でも似たようなものだろうが。
 著作集の中に『きけ小人物よ!』(片桐ユズル訳)という一巻があった。なんという愉快なタイトルだろう。精神分析からも、共産党からも破門され、ナチに追われて、自由の国アメリカに渡りながら、弾圧され獄死するライヒにこそ相応しい叫びではないか。
 原題は『リッスン・リトルマン!』。そのままだ。しかし、怒りや呪いの言葉ではなく、冷静な筆致で綴られている。「わたし」は長年、精神分析医として、マルクス主義者として、またオルガスム理論の創始者として「あなた」たちを解放しようとしてきた、しかし「あなた」たちは「わたし」の前で泣きながら、結局は権力者にひざまずき、奴隷の自由を選ぶ。
「小人物よ。あなたは何千年も指導と忠告をされてきた。あなたがいまだに不幸なのは忠告が悪かったせいではなくて、あなた自身のつまらなさのせいなのだ」
 こんなことが書かれてある本を、いったいどんな人が買ったのか興味深いが、誰も買わなかったのだろう。「小人物よ!」などと呼びかけられて、嬉しい読者なんてどこにもいない。さて、今回の浜野組だが、変態とフェチのオンパレードで、普通のセックスが出てこないのだ。これで良かったのか?



<04年10月。『レモンクラブ』(日本出版社)掲載>
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The Bootleg Series, Vols. 1-3 : Rare And Unreleased, 1961-1991 歌えて、ちゃんと意味も伝わる洋楽の日本語訳。この仕事の領域で僕が最も尊敬しているのが、片桐ユズル氏のボブ・ディランの邦訳作業だ。とくに10歳台のとき感銘を受けたのがディランの「ホーボ
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