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『こほろぎ嬢』の映画化をめぐって、今、映画化するなら、尾崎翠がシノプシス(梗概)として書いた「瑠璃玉の耳輪」ではないか、という関係者の強い意見もあったのだが、わたしは鳥取県から軽い打診のあった当初から、紆余曲折を経て実現にいたるまで、「歩行」「こほろぎ嬢」「地下室アントンの一夜」という3本の短編をまとめ、1本の映画にする、というプランに、いささかの揺らぎもなかった。
 もっとも、そのくせ、プランが実現した晴れの記者会見では「映画のストーリーを一言で説明できないシナリオライター」として、記者諸氏のヒンシュクを買っただけでなく、我ながら、そうとう自分に失望したことは、このブログでも長々と書いたとおりだ。さらに、5月の鳥取ロケの現場では「制作主任」という役割を与えられながら、さっぱり役に立たず、撮影チームの中で「もっとも無能なもの」として過ごさざるを得なかったことは、目下「mixi」の「こほろぎ嬢」コミュで綴り始めた「制作日誌」に詳しい。


<お萩を片手に浜辺を歩く町子=石井あす香さん>

 このように書くと、わたしがよほど意気消沈しているに違いないと思うだろうが、お生憎さま、撮影直後はさすがに凹んだが、わたしが現実的にまるで役に立たないことは、上映会の会場でパンフレットの販売をした際に、たびたびお釣りを間違え、収支が合ったことがないことからも実証されている。
 今回の撮影でも、毎日二度の弁当を注文するため、スタッフ、ボランティア、関係者の人数を数えようとするだけで、頭がひどく混乱し、何回も数え直しているうちに、脳の内部が泥土の塊のように固まってしまうのだから、手に負えない。さらに機材車やスタッフ車、それに何台ものトラックの、日毎の配車計画を求められ、ものごとが複線で動くことに、わたしの脳の回路はまったくついていけず、嫌な臭いのする噴煙とともに、ショートしてしまうのだった。
 じゃあ、現実的な局面以外の、いったい何の役に立っているのだね、という皮肉な声が聞えてきそうだが、そう、わたしは今回の短編3本を加えて映画化するというプランに関してだけは、多少の自信があったのだ。そして、目下でき上がりつつある作品もまた、そうとうに面白い!「これの、どこが面白いの?」と首をひねる関係者も出現しつつあるが、それと反比例するように、わたしは断然、自信を深めている。
 もっとも、尾崎翠の最後の小説3本をつなぐことに関し、わたしに確固たる理屈があったわけではない。言ってみれば、ヤマカンですね。「第七官界彷徨」を映画化した以上、それに続くこの3本を映画化せざるべからず、というだけではなく、「こほろぎ嬢」が、小野町子の成長した後、詩人あるいは小説家になった姿であることに、ほぼ間違いはないと思われた。時系列をたどれば、「歩行」→「地下室アントンの一夜」→「第七官界彷徨」→「こほろぎ嬢」ということになる。しかし、メインの作品である「第七官界彷徨」を抜かして、その前後、つまり少女時代と、成人後を描くことに、どのような意味があるのか?


<松木氏の動物学実験室で子豚を抱く九作=宝井誠明くん>

 尾崎翠が「第七官界彷徨」という、まぎれもない傑作を完成させた後の、技法的にも、煮詰めてきた思考の上でも、ピークにある時期に書かれた「連作」。これを一本の映画とする必然性について、ぼんやり考えながら、わたしは昨年の10月頃、鳥取を訪れた際の習慣で、鳥取県立図書館の数冊の尾崎翠ファイルを開いていた。そして、そこでわたしは、衝撃的な指摘に出会い、思わず声をあげたのである。
 といっても、1976年、最初の創樹社版尾崎翠全集が出る3年前に書かれ、「尾崎翠に関する幾つかの資料について」という控えめなタイトルが付けられた、日出山陽子さんのそのエッセイを、わたしは8年前の映画化の際に、すでに読んでいたはずだった。わたしがいかに、自分の必要に迫られて資料を読み、それ以外の箇所をどれほど読み落としているか、まざまざと痛感せざるを得なかったが、まさに今回、そうした自分の必要において再読して、日出山さんの先見的な指摘に唸ってしまったのだった。
 日出山さんは、そこで、みずから発掘した尾崎翠の『「第七官界彷徨」の構図その他』について触れているのだが、翠は自分の方法論を開陳したこのエッセイの最後のところで、次のような謎めいた言葉を書き残している。

「この作は全編の約七分の四をすでに雑誌『文学党員』に発表したものですが、全編を通して『新興芸術研究』に発表して頂くに際して、すでに発表した部分の数ヶ所に短い加筆を行ひ、また劈頭の二行を削除しました。この加筆はただ部分部分の言葉不足を補ふための短い加筆で、全編の構図に全然関係を持ってゐませんが、劈頭の二行を削除したことは、最初の構図の形状をまったく変形させる結果を招きました。最初の意図では、劈頭の二行は最後の場面を仄示する役割を持った二行で、したがって当然最後にこの二行を受けた一場面があり、そして私の配列地図は円形を描いてぐるっと一廻りするプランだったのです。それが、最初の二行を削除し最後の場面を省いたために、結果として私の配列地図は直線に延びてしまひました。
 この直線を私に行はせた原因は第一に時間不足、第二にこの作の最後を理におとさないため。
 しかし私はやはり、もともと円形を描いて製作された私の配列地図に多くの未練を抱いてゐます。今後適当な時間を得てこの物語りをふたたび円形に戻す加筆を行なふかも知れません。」
(『新興芸術研究』昭和六年六月号)


<おたまじゃくしを覗き込む町子と九作>

 この「削除された劈頭の二行」をめぐって、その後、多くの人が論及することになるが、問題の二行とは、以下の通りである。

「私の生涯には、ひとつの模倣が偉きい力となってはたらいてゐはしないであらうか。」

 模倣? 一筋縄ではいかないフレーズだが、ここから、現在の冒頭である「よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一員としてすごした。」に続く。しかし、いったい「ひとつの模倣」とは何を指しているのか? また「この二行を受けた一場面」とは、どんなラストシーンなのだろう? 日出山さんは、尾崎翠が意図した構図について、次のように書いている。

「『第七官界彷徨』は、何年か後の犹筬瓩ら始まり、一人の女詩人を知った過去の犹筬瓩能るはずであった。劈頭の犹筬瓩蓮過去の犹筬瓩鳳洞舛鰺燭┐寝燭を暗示するはずであったし、過去の犹筬瓩蓮何年か後の犹筬瓩砲弔覆るはずであった。そういう意味で、これは出発点に戻る円形の地図だったのである。
 だが、加筆はされなかった。昭和八年七月一日、啓松堂から出版された『第七官界彷徨』においても、その劈頭は削除されたままだったのである。ところで、ここまで書いてきて私はふと気づいた。
  「第七官界彷徨」(昭和六年二月『文学党員』)
  「歩行」(昭和六年九月『家庭』)
  「こほろぎ嬢」(昭和七年七月『火の鳥』)
  「地下室アントンの一夜」(昭和七年八月『新科学的』)
 これらの作品も又、円形の地図を成すのではないかと。「第七官界彷徨」も「歩行」も「こほろぎ嬢」も「地下室アントンの一夜」もまるい鉄道地図の一駅にすぎなくて、それらはどこから読み始めても、もとの出発点にもどるという風に。
 つまり尾崎翠は、「第七官界彷徨」で円形にしようとした地図を、加筆することによって補うのではなく、他の作品を新たに書くことによってそれらをつなぎ、一つの大きな円形地図をつくろうとしたのではないか。」

(『イデイン』1976年春季号)

 わたしが、遅ればせながら、衝撃を受けたのは、言うまでもなく「他の作品を新たに書くことによってそれらをつなぎ、一つの大きな円形地図をつくろうとしたのではないか。」というご指摘だった。まさにこれこそ、わたしが無意識のうちに探しあぐねていた観点であり、今、わたしたちが映画化しようとしている三本の短編は、一方で「第七官界彷徨」の外伝であり、その一方で尾崎翠が構想した円環構造を完成させるためのものであった。


<季節外れのおたまじゃくしは活発に動かない>

 実際には、この三作品と「第七官界彷徨」の間には、わたしも好きな「途上にて」(『作品』昭和六年四月号)があるのだが、おそらく日出山さんがエッセイを書かれた時点では、まだ発見されていなかったのだろう。しかし、「途上にて」は、尾崎翠と松下文子の関係を下敷きに、遠い異国のエピソードを挟んで「こほろぎ嬢」と似た構造を備えた、いわば「こほろぎ嬢」のバリエーション、あるいは先行作品と見ることができる。もし、日出山さんが指摘されたように、尾崎翠が自分の「円形地図」を、他の作品を書くことによって作ろうとしたのなら、それが明確に意識されたのはおそらく「歩行」からだったろうと思われる。
 まず、「第七官界彷徨」以前の、そもそもの出発点である少女時代の町子を「歩行」で描き、次に「第七官界彷徨」以降の、成人して、いささかくたびれた町子を「こほろぎ嬢」で描く。そして最後に「円形地図」の「ゴール」でありながら、同時に、時空を越えた「出発点」でもある、いわば円環の結節点、ジョイント部分として描かれたのが「地下室アントンの一夜」なのだったのではないだろうか。
 この「一人の詩人の心によって築かれた部屋」は、一見、土田九作の希求によって生じた部屋のようでもあるが、もう一方で、この部屋に不在の小野町子=こほろぎ嬢の、心の内部の部屋でもあるようだ。そして、さらには作者、尾崎翠の心の内部のようでもあって、まるで本人がこの地下室に降りてしまったかのように、この後、小説が書かれることはなかった、というのは、あまりにもセンチメンタルな、そう、あまりにも尾崎翠の人生を重ね合わせた図式だろうか。


<野原で大豚の鼻の伸びる実験をする松木氏=外波山文明氏と、それを見守る松木夫人=吉行和子さん>

 この円環構造論に立てば、「第七官界彷徨」の謎めいた「削除された劈頭の二行」も、あんがいアッサリ解釈できるので、これを語っている、現在の「私」とは、すなわち「こほろぎ嬢」に他ならない。「模倣」とは、直接的には、柳浩六氏によって示唆された「異国の女詩人」から触発されたものであり、おそらく予定されたラストのエピソードは、女詩人として成立している「現在」へのブリッジだったろう。気になるのは「私の生涯には」という、まるで「生涯」が終る地点から書かれたような、冒頭のフレーズだが、「よほど遠い過去のこと」と同様に、具体的なリアリティを排する、尾崎翠特有の朦朧化した語法と、シンプルに考えたい。
 そして、今回のわたしたちの映画『こほろぎ嬢』こそ、尾崎翠のいわゆる「もともと円形を描いて製作された私の配列地図」を映像化する試みであった。8年前に「第七官界彷徨」を映画化したところから始まったわたしたちの旅は、この円環構造をつなぐこと無しには終らなかったのである…などとエラソウなことを言っているが、これはすべて日出山さんのかつてのエッセイを再読することによって明示化された観点であり、引用することを許可して頂いた日出山陽子さんに感謝する。
 なお、日出山さんは「こほろぎ嬢」の発掘者でもあり、尾崎翠研究のスタート地点においてなされた指摘が、30年後の「こほろぎ嬢」映画化にあたって、脚本担当のわたしに大いなる指針を与えてくれた。この奇遇には、しかし何らかの導きの糸があったのだと、わたしは考えたい。それにしても、最初の創樹社版尾崎翠全集に、日出山さんの功績がどれほどあったか、改めて思う。
 最後に、例の「模倣」についてだが、みずからの人生が「模倣」によって成立していると宣言する、どこか挑発的な言葉は、翠が批判してやまなかった自然主義文学の、自分の人生がオリジナルであり、ひとつの実体であるとする、ナイーヴな信仰を、根底からくつがえす。ここでもまたわたしは、尾崎翠と花田清輝の反響関係をみるのだが、「第七官界彷徨」と同じ昭和六年に、小説「七」を書いた花田は、10年後に、やはり小説「悲劇について」のなかで「模倣」をめぐって、悲・喜劇的な考察を快活に展開している。これについては、また稿を改めたいが、「模倣」の概念ひとつをとっても、尾崎翠が百年早すぎた作家であると、わたしには確信されるのだ。


comment

ああ、どう言ったらいいか. . . ほんとうに、何もかもが、愉しみです♪

  • やみぃ
  • 2006/07/11 1:28 AM

miyoさん、日本でほとんど唯一の、本格的な「地下室アントンの一夜」論の筆者に、映画のなかの地下室アントンについて触れられると、まったく身も細る思いです。第一、あの地下室を映像化すること自体、無茶な話なのでしょうね。わたしの解釈は、映画のキャッチフレーズをもじって言えば「数限りなくある解釈のひとつにすぎ」ませんが、映像であからさまに打ち出しているだけに賛否両論、いや反対意見のほうが多いかもしれません。
およそ小説の愛読者が、映画化された作品を観て幻滅しない例は皆無に近く、なかには今回の『こほろぎ嬢』を、最初から観ないと決めている方もあることでしょう。それも選択だとは思いますが、一方でわたしは、尾崎翠のモティーフを映像化したときの新鮮な発見も味わいました。地下室アントンは、いささか拡大解釈ですが、ぜひ観ていただいたうえで、ディスカッションできれば幸いです。なお、地下室アントンのシーンは、フォーラムでご披露したダイジェストには入っていませんので、公開をお楽しみに。

* miyoさんの「地下室アントンの一夜論」は、このHP本体の「資料コーナー」にアップされています。

くるめいわしさん、わざわざ福岡から鳥取までご苦労様でした。今回の尾崎翠フォーラムには、福岡映画サークル協議会から春声@さんも遅れて駆けつけ、2日目の尾崎翠文学散歩に参加されたほか、徳島からは言論マガジン『徳島時代 空は、青…。』の大石氏が、なんと日帰り(!)でやってきました。思いがけない地域交流の場となり、これもフォーラムが定着したおかげです。いったんフォーラムとは縁が切れたわたしですが、今年は鳥取県の支援事業として『こほろぎ嬢』が映画化され、お互いに協調体制をとることになりました。大人でしょ?
メインの黒沢亜里子さんの講演は、刺激的な内容と吹き出すようなエピソードで、大いに楽しませてもらいました。今年から始まったフリートークも、研究者の方々や関係者、参加者とビールを飲みながら話せる貴重な場で、わたしは来年参加するかどうか分りませんが、続けて欲しい試みです。
その一方で、司会の男女ペアや朗読劇には参った。心胆寒からしめる司会の掛け合いは、例年通りとして、地元の女性司会者が何の疑問もなく「オザキミドリ」と発声していたのは、黒澤さんがわざわざ「オザキ」といってしまうかも知れないと断っていたことを考えても、あまりにも無神経。
朗読劇は、到底わたしの神経に耐えられるものではなく、ここまで通俗にできたこと、それを土井さんをはじめとする主催者が容認したこと、さらには客席に笑い声ひとつなかったことを、司会者が「今日のお客さんはあまりにも真面目なのか?」とマジで問うていたこと(みんな眠ったふりして我慢していたんだよ)、この朗読劇で観客が膨れ上がったことに対し「今年の参加者は200人を越えた!」と喜んでいたことなど、わたしには末期現象としか思えない。もっとも、出演者には気の毒なだけで、兄役の塩沢アナウンサーには大いなる好意さえ抱いているが、尾崎翠で大正ロマンだとか竹久夢二だとか、バッカじゃかろうか。
最後の「お口」をめぐる会話は、下手に生身でやられると気色悪いだけで、それだけで吐きそうになったが、その後、延々とおセンチなレコードを流し続けるもんだから、悶絶しそうになったわたしは会場を飛び出してしまった。フォーラムのHPでたいそうな解説を書いている角秋さん、責任あるよ。
くるめいわしさん、すみません。こんなことを書くつもりではなかったのですが、フォーラムのことを思い出したら止まらなくなってしまいました。今度は福岡でお会いできるといいですね。『こほろぎ嬢』福岡上映! 皆さんによろしくお伝えください。

映画、楽しみです!!!はやく見たい〜!!!
「この部屋に不在の小野町子=こほろぎ嬢の、心の内部の部屋でもあるようだ」というご指摘に、何かを示唆された気がしますが、・・・・・これからよく考えます。いまふと思いついたのは、あの地下室は、小野町子の三人のお兄さんがいる部屋でもあるのだなあ、ということ。プレ・「第七官界彷徨」が「地下室アントンの一夜」なのだなあ、とか・・・

  • miyo
  • 2006/07/10 5:07 PM

私自身は、尾崎翠の作品に関しては、今はせいぜい面白がって読み進んでいる段階ですので、山崎さんの言説について、どうこう意見は書けないのです。
でも、山崎さんのこの「こほろぎ嬢」映画化に至る経緯や思いを読むと、少なくとも、尾崎作品と誠実に向き合い、格闘しようとしている山崎さんの意図は伝わってきます。だれそれの、あるいは著名な人の書いた作品論を拝借したり、訳知り顔で、さも自説がいいのだとのたもう人が多いのが、映画に限らず、昨今の風潮ではあります。
自分の頭で、自分の疑問を読み解く努力をした上で、他人の御説も注意深く参考にしていく・・・。
映画の鑑賞・批評も常にそのことに苦心しているわけですが、今回の尾崎翠フォーラムもまた、批評や分析の難しさと楽しさを堪能する機会ではありました。
いよいよ、映画の完成が待たれるのであります。

  • くるめいわし
  • 2006/07/09 9:57 PM









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