2019/09

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 頭が痛い…重い。疲れか、風邪のぶり返しか? よく考えてみると、2日連続で寝る前に飲んだ、ボルドーの安物ワインが頭の芯あたりに、どよんと滞留しているのだ。以前の経験から「モノプリ」(スーパー)の5ユーロ台のワインで、わたしには充分旨いのだが、今回ワンランク下のスーパー「エド」で3ユーロ(450円ぐらい)前後のを試みに買ってみた。さすがにイマイチであるな、と思いながらラベルを眺めると、これがなんとチリワイン。パリでも、べらぼうに安いテーブルワインはチリ産なのか、道理でどこかで飲んだ味だと思いながら、しかし、いくら経済困窮のわたしでも、パリでチリワインを飲むのはいささか悲しい。次に見つけたのが「モノプリ」の、やはり3ユーロ台のボルドーワインだった。これがまずまずの味で、安くても流石はボルドー! と一人悦に入ったのだが、この頭の澱んだ重さは、やはり安ワインのせいだろう。5ユーロ台のわたしの標準に戻るべき時が来たようだ(それにしたって700円前後ですからね)。



 スーパーの安ワイン談義はともかく、今回『百合祭』が招請された第27回クレティーユ国際女性映画祭が、パリ郊外のクレティーユ市で開催中だ。世界の女性映画祭の先頭ランナーで、パリ在住の映画ジャーナリスト、林瑞絵さんによれば、「今では少なくなってきた“ディレクターの顔が見える映画祭”」。その顔とは、もちろん1979年のスタート時からの主宰者であるジャッキー・ビュエさんだ。70年代のウーマン・リブの時代から活動してきた「筋金入りの闘士」で、フェミニズムおよび「女性と映像表現」を、地球規模で追究してきた。東京国際女性映画祭が「カネボウ国際女性映画週間」だった頃に招かれ、来日もしている。
「クレティーユにお帰り! サヒ!」。ジャッキーさんは浜野監督を抱擁し、温かく迎えてくれた。フランス人が発音する「サチ」は、「サヒ」に聞こえるが、一方、イタリアのトリノでは「ザジ」と盛んに言われたものだ。ジャッキーさんはわたしに向かっても頬を差し出す。日本の社交下手な男の一人として、抱き合ったり頬にキスをしたりするのは全く苦手なわたしだが、ジャッキーさんに対しては、多少てれながらも素直な気持ちでキスができる。「筋金入りの闘士」のジャッキーさんだが、日本の場合その手のタイプがしばしば偏狭の同義語でもあるのに対し、実に人間的な包容力のある、魅力的なリーダーでもあるのだ。
 浜野監督とわたしは『第七官界彷徨‐尾崎翠を探して』(仏題『MIDORI』)で、2000年に参加しているので、この映画祭は今回が二回目の参加になる。しかし、同年の冬にパリの日本文化会館で開かれた日仏女性研究学会主催のシンポジウム「日本女性が発言する」で『MIDORI』が上映された際には、同学会の尽力でジャッキーさんと浜野監督の対談が実現した。また02年には、浜野監督が文化庁の芸術家海外派遣制度でパリに3ヶ月滞在した際にも、クレティーユの映画祭が受け入れ先になってくれた。この年、『百合祭』をコンペ作品に応募していたのだが、こちらは残念ながら落選。ジャッキーさんと個人的に親しいからといって、優先してくれるようなマイナーな映画祭ではないのだ。そんな経緯があったからこそ、今回「お帰り! サチ!」と迎えてくれたのだろう。



 今年のもっとも大きな特集が「フォーカス・オン・アジア」。10人のアジアの女性監督の作品が選ばれ、クレティーユで上映した後、ヨーロッパ3都市でも上映ツアーを行うという目玉企画だが、『百合祭』もこの特集に招かれた。光栄である。なかには02年の香港国際映画祭で出会い、昨年のハワイの「ガール・フェスト」でも一緒になった香港の游靜(YAU CHING)監督や、昨年の東京国際女性映画祭に出品された韓国の「…ING」(Eon-hee LEE監督)といった作品も選ばれている。
 もちろん例年通り、長編劇映画とドキュメンタリーのコンペティションも行われているが、林瑞絵さんや同じくパリ在住の硬派ジャーナリスト、田中久美子さんが「もっともクレティーユらしい企画」というのが、歴史の観点から、スキャンダル、フェミニズム、セックスとタブー、非宗教性、アフガニスタン、といったいくつもの現代的なテーマに、ドキュメンタリー作品とともにアプローチする特集だ。連日行われているが、フランス語がチンプンカンプンなわたしや浜野監督には、内容がまるで分からないのが残念。
 『百合祭』は2回上映されるが、1回はメイン会場のクレティーユ市の文化センター、もう1回は近くの映画館で、一昨日(15日)この映画館での上映が行われた。住宅街の中にあるこじんまりした3スクリーンほどの劇場だが、100席位のところに老若男女が詰め掛け、ほぼ満席状態だった。特筆すべきは観客の年齢差で、1グループの高校生男女が『百合祭』としては、まことにに異色。この映画祭では、例年コンペ作品に対して高校生を審査員にした賞を出しているが、その関係だろう、コンペ外の作品にも中高生ぐらいの姿をよく見かける。フェミニズムへの世界的なバックラッシュが強まるなか、映画祭の貴重な努力と言うべきだろう。
 これまで北アメリカを中心に回ってきた『百合祭』だが、フランスでは03年の第1回ボルドー国際女性映画祭以来、二度目。アンチ・フェミニズムを標榜するこの映画祭は、ボルドー市の有力者を接待するのが精一杯で、集客まで手が回らず、ごく少数の観客にしか観てもらえなかった。その意味では、今回がフランス初上陸といっても過言ではない。



 上映は大いに沸いた。なかでもミッキーカーチスさん演じる「三好さん」が人気で、彼が「柔らかい肉球」状態であるにもかかわらず、臆せず果敢に女性たちにサービスするところなどは大受けだった。上映後、その場でディスカッションが行われ、さらにロビーに場所を移して「ソワレ」(夜会)が開かれ、ドリンクや軽食が振舞われた。この日の通訳は、田中久美子さんの友人である翻訳家の児玉しおりさんだったが、対応に困るぐらい発言が相次いだ。
 高校生グループは、この作品の日本での受け取られ方や、なぜこの映画を撮ろうと思ったかなど、真面目な質問をした。日本では男性が反発することが多いが、この日のフランスの中高年男性は大喜びで「肉球が良かった、自信を持った」と言うお爺さんもいた。浜野監督が「この作品で日本の老齢女性たちに革命を起こしてもらいたいと思った」などと気焔を上げると「あのアパートは、彼にとってハーレム状態にも見える。それは革命ではない」という冷静な批判的な意見が、高齢女性から出されたのも、さすがフランスだ。それに対して、わたしがシナリオの立場から、ラストの逆転について説明したが、正確に伝わったかどうか自信はない。どうも口で説明するのが、わたしは極めて不得手だ。喋っているうちに頭が混乱してくる。
 また、ラストのレズビアン関係が唐突だという批判も、別の女性から出た。その一方で「フランスでもこのテーマはタブー。年をとったらセクシュアリティなど無縁と思われている。この映画を観て勇気をもらった」という高齢女性もいた。別の女性からは「日本の映画は暴力が多いので、こういうテーマの作品は初めて見た。日本女性はおとなしいイメージが強かったが、年をとっても行動する女性たちであることが分かって、とても良かった」という声も上がった。
 浜野監督は、ソワレで熱心に話してくれた中年女性の「あなたはこの映画を作ることによって、観客の頭の中に種を植え付けた」という言葉がもっとも嬉しかったそうだ。賛成、反対いろいろあっても、一堂に会してこうした言葉が飛び交うフランスという国柄には、ほとほと感嘆せざるを得ない。


<上はオープニングの壇上。右がジャッキーさん>


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新作発表ニュースが入り、フォーラムにとんでみました。
また本棚から「尾崎翠」をとりだして「こおろぎ嬢」「地下室アントンの一夜」「歩行」を読んでみました。この少ない分量の文章群をベースに映画のシナリオが書ける山崎さんてすごいですね。










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