2017/07

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

<< >>



<「鳥の劇場」の目の前に広がる、のどかな田園風景>

 チェーホフが「かもめ」に、わざわざ喜劇と冠したのは、こういうわけだったのか! 大いに笑った。鳥取市と合併した鹿野町(しかのちょう)に拠点を構える「鳥の劇場」の公開ゲネプロ(本番さながらの通し稽古)を見せてもらった。今日7月6日から8日までの公演だが、鳥取市での今年の尾崎翠フォーラムとまったくバッティングしている。せっかくの機会なので、公開ゲネプロに合わせ、鳥取入りを1日早めた。

 前身の「ジンジャントロプスボイセイ」の頃に、わたしは東京で「かもめ」を見ている。出身地で「鳥の劇場」に再組織した主宰者の中島諒人氏が、鳥取の観客を相手に、どのように改変するのか興味があった。
 まるで別物になっていた。かつて抽象的で簡潔な美しい舞台であったものが、具体的で生々しく、皮肉な笑いに満ちている。ちょうど尾崎翠が生まれた頃、今から百年以上も前に書かれた戯曲だが、世代間の斗争は、今も変わらないのではないか。つくづく人間は進歩しない。

 目の前にある現実に依拠し、そのなかで勢力を張ろうとする旧世代と、今は目に見えないけれど、来たるべき新しい世界を築こうとする新世代の確執。よくあるパターンだが、チェーホフによって描かれた、両世代の作家&女優コンビの対比が、実に面白い。
 有名女優と売れっ子作家の旧世代は、人間を信じ、人間を描くことにこそ価値を置く。一方、女優の息子で、劣等感に苛まれながら、後に作家となる新世代は、人間はもちろん、その他のあらゆる生物も滅び去った後の、集合的な精神と物質の最後の戦いを描こうとする。その間で引き裂かれたのが、息子の恋人だ。売れっ子作家に憧れ、家出して愛人となり、さっさと捨てられて、売れない女優になる。


<廃校になった小学校と幼稚園の校舎および体育館が「鳥の劇場」の拠点だ>

 わたしは今回、バカげた観念論として嘲笑されている息子のプランは、ものすごく正しいのではないかと思った。才能豊かで、世に持てはやされているはずの旧世代もまた、時代の変転とともに、すでに凋落が始まり、恐怖におののきながら、懸命に自分の世界を守ろうと足掻いている。
 せっかく作家として認められ始めた息子は息子で、原稿が売れるためには、かつて自分が思い描いた世界から遠ざかっていく現実に絶望し、自殺する。どう見ても、あんまり女優の才能がなさそうな娘だけが、よろよろとヨロメキながら未来へ出発していくのだ。

 まるで希望のない世界だが、ほとんど噛み合わない両世代のコミュニケーション・ギャップが可笑しい。それだけではない。落魄していく富裕な地主階級に対し、息子に恋しながら、まるで相手にされないブスの娘と、彼女を愛し、ヤケクソになった彼女と結婚できて幸せな極貧の教師という、貧乏人コンビが愉快だ。今風の富裕層VS下層というギャップも導入されている。
 地主やインテリは、自分が本来あるべきところや、本当の生活から遠く隔たっているという自意識に悩まされているが(なんて感じやすい人たち!)貧乏人はテーマが明確だ。金がない、愛されない、無名で、尊敬もされず、社会的地位もない。

 そんなろくなことのない人生に、いつも喪服を常用してウォッカを呷っているブス女を演じる、村上里美さんという女優さんが、まことにケッ作だ。わたしはひそかに大笑いしながら、炸裂するヤケクソ魂に眼をみはった。「鳥の劇場」になってから、新しく加わった女優さんらしい。
 そんな彼女を愛する極貧教師と、領地の冷徹な管理人の二役を演じる西堀慶くんは、東京バージョンでは女優の息子を演じていたが、無駄なところが削げ落ちて、役柄の理念が剥き出しになっているようなところが素晴らしい。また、ジンジャントロプス時代から主要キャストを務め、今回有名作家を演じた齊藤頼陽氏は、相変わらずセクシーだ。初期のアントニオ・バンデラスを彷彿とさせる。


<「鳥の劇場」の入り口>

 東京では、抽象化を推し進めた美的演出の冴えが際立っていた中島諒人氏だが、地方に拠点を構え、多くの人に理解されやすい具体の世界に軸足を移すことで、人間の感情や肉体の喜劇性が、前面に浮かび上がっているように見える。もっとも、今回の公演は「『我々をもてあそぶ見えない力』を巡って』と題された3作品連続上映の最後であり、前の2作品にはおそらく別趣向の演出もあったことだろう。
 国際的にも活躍している中島氏だが、こうした舞台に日常的に触れることのできる幸せを、より多くの鳥取の皆さんに味わってほしいものだ。ついでに、尾崎翠の作品と、それを映画化した『こほろぎ嬢』と『第七官界彷徨−尾崎翠を探して』も、よろしくね。あんまり「ワケ分からん」とか「シチ面倒くさい」とか言わないで頂戴。

●鳥の劇場
http://www.birdtheatre.org/



<古木と並んだ、かつての校門には「大正十三年」と刻まれている>


comment

三介さま
ご無沙汰しています。どうも<mixi>の方が主軸となってしまい、ブログがおろそかになってます。知人のエンテツ氏のように、<mixi>のような囲われた空間は嫌いだといって、ブログに徹している人もいますが、知人友人とのダイレクトなやり取りがあるため<mixi>に時間を取られがちです。
三介さんのブログは一時お休みしていると思ったのですが、このところすごい勢いで更新されているのでビックリしました。じっくり拝読します。

  • kuninori55
  • 2007/11/15 3:22 PM

今晩は、
最近更新が途絶えていますが、
お元気ですか?
>旧世代もまた、時代の変転とともに、すでに凋落が始まり、恐怖におののきながら、懸命に自分の世界を守ろうと足掻いている。
ああ、『かもめ』って、『山猫』と似た面があるんですね。
読んでもさっぱりわからなくって、困惑した記憶しかありませんでした。・・。
そのうち読み直してみます。










trackback