2017/05

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 盟友同士の高笑いである。12月14日『こほろぎ嬢』上映+吉岡しげ美コンサートが、徳島市で実現した。吉岡さんは、言うまでもなくこの映画の音楽監督を務めただけでなく、これまでの浜野佐知監督の自主制作映画3本すべての音楽監督だ。物事をかなり誇張して感じ取る点において「第七官界彷徨」の佐田三五郎に引けをとらない浜野監督によれば「世界初のジョイント」ということになる。
 徳島は、鳴門生まれの浜野監督が育った故郷だ。その縁で、これまでの『第七官界彷徨〜尾崎翠を探して』も『百合祭』も上映されてきたが、今回は徳島県立文学書道館と徳島県郷土文化会館の主催だ。



 直前の9日(日)夜にNHK教育TVでETV特集「愛と生を撮る〜女性監督は今〜」が放映された。あのNHKがピンク映画の現場にまで取材に来て、短いカットにしろ、撮影風景を紹介したのにはビックリした人も多かったようだ。1時間半の番組は、女性監督のバックグラウンドを掘り下げ、キャリアも個性も向かう方向性も違う各監督の精彩を生き生きと伝えていた。なかでもベテランの浜野監督は面目躍如といった印象で、視聴者にかなりのインパクトを与えたらしい。
 というのは、徳島上映の日、上映会場でフィルムのテストをした後、眉山の近くを歩いていたら、犬を散歩させていた年配の女性が驚いたような声を上げたのだ。「監督さんじゃないですか? TVで見ました」というのである。番組の中では徳島出身であることにも触れていなかったし、この日に上映会があることも知らなかったので、突然目の前に浜野監督が現れ、ビックリしたらしい。
 営業熱心な浜野監督は、この日の夜に上映が行われることを話し、ぜひ来てくださいと誘っている。いくらなんでも数時間後のことなので無理だろうと思っていたら、この女性、ちゃんと現れたのだ。TVで紹介していた『百合祭』ではないので、面食らったかもしれないが、パンフまで買ってくれて、浜野監督と記念撮影して帰っていった。
 また、地元DJの梅津龍太郎さんと喫茶店でお茶を飲んでいたら、その店の奥さんがやはり驚いた表情で「もしかして映画の監督さん?」。サングラスをしているので、覚えやすい顔ではあるのだろうが、それにしてもNHKの番組ってどれぐらいの人が見ているのだろう。遅い時間帯なのに、その波及力に目を瞠る。



 番組放映後、mixiの「浜野佐知コミュ」で、興味深い応答があった。まず、マニアックな映画愛好家が次のようなコメントを書き込んだ。
「浜野さんのところで流用されたフィルムに山本晋也さんが出てたと思います。70年前後の状況のところで…。あのシーンは、ずいぶん昔にNHKでピンク映画のドキュメントを作って、批判がでたため、再放送ができないといわれた番組のものなんでしょうか?」
 これに対して、次のような書き込みがあったのだ。
「1981〜2年頃だったと思いますが、NHKがピンク映画のドキュメントを作り放映しましたが、圧力がかかり再放送はされませんでした。これは前代未聞の事でした。そして、その番組を担当したディレクターは3ヶ月後に北海道のNHKに飛ばされました。4〜6人のピンク映画監督に現場密着取材が行われ、その中の3人の監督映画の主演をやっておりましたので、渡辺護監督・山本晋也監督の取材はとても良く記憶しております。あれは、山本晋也監督の「女子高生下宿」の現場です。約28年経った今、浜野監督のリベンジ(?)を含めたお話とても面白かったです。あの時の……封印されたフィルムを使ったETVのスタッフにも拍手です。」
 この人が伝説的な女優、日野繭子さんなんですね。その後ノイズアーティストを経て、現在女性向け鍼灸師という不思議な遍歴を重ねている。「封印されたフィルム」をNHKの膨大なライブラリーの中から発掘してきたのは森信潤子ディレクターで、さりげないワンカットにも秘められた歴史があることを、mixiの応答は明らかにしてくれた。



 笑ったのは、番組を見た何人かの人たちから「ビンボーだと言いながら、あんな豪邸に住んでいるのか?」という声が、浜野監督の元に届いたという。豪邸? 確かに門扉の向こうに樹木の茂った庭があり、インタビューされる部屋の外にも池のある庭が広がっている。実はこの家、ピンク映画ファンなら間取りまで知っている旦々舎のスタジオでもあり、おそらく築50〜60年は過ぎているボロ家なのだ。庭の木々もプロの植木屋が入っていないので、小奇麗な住宅街で異彩を放っている。ピンク映画ではボロさ加減が丸見えなのだが、さすがNHKのカメラマンはキレイに切り取ってくれた。
 一方、かなり過激な番組評を書いてくれたのはジェンダー論のイダヒロユキ氏で、面識はまったくないのだが、浜野監督と番組製作者を絶賛し、インタビュー役の李鳳宇さんをコキ下ろしている。これはしかし、李さんに気の毒ではないかと思った。というのは、李さんは女性監督たちを際立たせる役割に徹していると思ったし、監督たちもイダさんのような理解者ではなく、これまでの日本映画のプロデューサーとはまったく異なって、押し付けがましさのない李さんだからこそ、心を開いて話したのではないだろうか。
 ま、それはともかく、イダさんのブログは以下。
http://blog.zaq.ne.jp/spisin/article/404/



 徳島は雲の見事な地だと、毎度思う。正面に見える建物が会場の徳島県郷土文化会館だが、手前のだだっ広い広場、コンクリートで固められていて、変な公園と思ったら、浜野監督によれば阿波踊りの練習やリハーサルで使うのだという。これぐらいの広さがないとダメらしい。徳島の人は結婚式も阿波踊りで締めるらしいが、東北生まれのわたしには想像を絶する光景だ。



 吉岡さんは、今回生まれて初めて徳島の地を踏んだとか。そんな吉岡さんを観客の皆さんは温かく迎えた。「わたしが一番きれいだったとき」を初めとする代表的な曲のピアノの弾き語りに、大きな拍手が送られる。最初にミニコンサートがあり、それから『こほろぎ嬢』上映という構成だったが、美しい旋律に馴染んだ耳に、映画の音楽が心地よく沁み込んで来るという新しい発見があった。
 吉岡さんと浜野監督のトークは、映画上映後に行われたが「オバサンになってからできた親友」という浜野監督の言葉に場内が沸いた。二人のトークは息の合った漫談に近い。



 吉岡さんのCDが飛ぶように売れる。当初、主催者に「徳島は日本一モノの売れないところ」と言われた吉岡さんだが、サインする右手が疲れたと、こぼすほどの反響だった。武蔵野音大を卒業した吉岡さんだが、その後日本女子大に学士入学している。日本女子大の地元同窓会の方々も駆けつけてくれた。ちなみに尾崎翠が中退したのも日本女子大だ。



 生まれ故郷に帰ってくると、浜野監督の表情も喋りもノリがいい。大いに気勢を上げたが、後に地元の徳島新聞が一面のコラムで次のように紹介してくれた。フルサトは温かいね。
http://www.topics.or.jp/index.html?m1=11&m2=
34&mid=news_119785207852&vm=1




 花束を贈られる両巨頭。今では浜野監督の親戚の方々も一安心だが、ピンク映画専門の頃は地元のピンク映画館も盛況で、看板にデカデカと「浜野佐知」という本名が書き出され、その前を通るときは皆さん、冷や冷やモノだったらしい。



 最初に『第七官界彷徨−尾崎翠を探して』をいち早く呼んでくれた「徳島で見れない映画を見る会」の篠原会長。その際には、「こんな赤字必至の映画はやりたくなかった」と言う女性事務局長と浜野監督の間でオバサンウォーズが勃発し、周囲を大いに困惑させた。上映が成功裡に終わったのも、篠原会長の映画鑑賞眼と人徳のおかげがあったと思う。



 CDや映画パンフのサイン会を行ったロビーは大いに賑わった。二人に話しかける人も多く、撤収時間を越えそうになったが、この郷土文化会館自体が一方の主催だったので助けられたのだろう。



 文学館主催らしい文学性あふれるポスターの隣が、今回の企画者である徳島県立文学書道館の竹内さん。文学館と書道が合体しているのは、全国でもここぐらいだと思われるが、徳島は昔から著名な書家を輩出しているのだとか。なお、館内には館長の瀬戸内寂聴さんの京都の庵が再現されている。



 最後に関係者で記念撮影。前列左のジャンパー姿は、下の「ふるさと応援、言論マガジン」を名乗る『徳島時代 空は、青…。』の発行人、大石征也氏。



 地元ミニコミと言えばタウン誌、情報誌が主流だが、これは珍しいオピニオン誌だ。第3号の今回は表紙に「表現魂」ときたが、けっしてダテじゃない。「爆裂提言〜徳島の映画環境はこれでいいのか」という長文の記事では、地元の誰もが喜んでいるご当地映画『眉山』(犬童一心監督)を真正面から正攻法で批判し、それに対置しているのが『パッチギ! LOVE&PEACE』(井筒和幸監督)なのだ。この文章のサブタイトルは「在日日本人の視点から」というもので、地元に暮らしながらこれをやるというのは猛勇と度胸が必要だろう。まさに「爆裂」している。このほか、地元劇団の芝居にも長々と論理的に苦言を呈しているが、これでは嫌われる一方ではないか。さすが徳島でただ一人の花田清輝の愛読者ではある。



 イベントの翌日、鳴門の渦潮を見たいと言う吉岡さんを、日本女子大同窓会の椎野さんが案内してくれた。浜野監督とわたしも同乗させてもらったが、鳴門の鯛には度肝を抜かれた。



 大鳴門橋遊歩道「渦の道」から見下ろした渦潮らしきもの。渦潮って、いつでも渦巻いてるものではなかったのですね。季節や時間帯によって現れ、現れてはさっと消えるものであるらしい。大型のものになると轟音を発し、それで「鳴門」と呼ばれたとか。渦潮発生の原理的な説明を読んだが、いまいちよく分からなかった。



 海峡の向こうの美しい夕景。徳島初体験の吉岡さんも堪能していた。今回の『こほろぎ嬢』上映+吉岡しげ美コンサートに関わってくれた皆さんに、心から感謝!


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mixiで、次のようなメッセージを、マイミクのaishiさんから頂いた。せっかくなので紹介しておく。

「ご使用されている外ブログにコメントを書きこもうとすると、何故かセキュリティーの調子(?)により反映されないので、こちらにお送りさせていただきました。
徳島の上映会の様子、伝わってきて楽しく拝読しました。
一ファンとして「こほろぎ嬢」という映画が受け入れられていくのを見るのは、非常に誇らしく、嬉しく思います。
徳島県立文学書道館には、去年、「竹宮惠子の世界展」で訪れたのですが、そのときも正面玄関の広場から見上げた雲の広がりが印象的であったこと、思い出しました。」

有り難うございます。夏の日に眉山の頂上から眺めた雲も、ひどく心惹かれるものでした。徳島では『こほろぎ嬢』が受け入れられたというより、浜野監督を温かく迎えてくれた印象の方が強かったかもしれません。わたしは来年『こほろぎ嬢』の旗を高く掲げ、十字軍の遠征のように奮闘する悲愴な覚悟を固めています…というのはまったく根拠のない夢想ですが、より多くの人に観てもらえるよう注力したいと思っています。










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  • マッシュアップサーチラボ
  • 2007/12/25 2:44 PM