2018/10

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 いや、しかし、何が驚いたといって、ピンク映画館にたむろする、コートなんか着込んだいっぱしのオッサンたちには瞠目させられた。2月9日(土)わたしのピンク映画の特集上映が大宮オークラ劇場で行われたのだが、部屋を出る前に支配人に電話し、女性専用席について確認した。すると、すでに座席に貼り紙したうえ、ロープで囲ってあるという。ロープ? いくらなんでも、それは大げさではないかと思ったが、まあ劇場のやり方があるのだろう。実際どれぐらいの女性客が来るのかさえ分からなかったが、とりあえず一安心で大宮に向かった。
 天気予報どおり、ちらほら雪が舞って、大宮はひどく寒い。都内よりけっこう温度が低いのではないか。そんななか、カニグズバーグの翻訳をめぐって岩波書店と独力で闘ったやみぃさんが劇場に現れ、続いて東洋大学の棚沢直子教授が出現。『フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか?』(角川文庫)の著者だ。フランスから帰ったばかりで、時差ぼけだという。わたしの退屈な映画を観て眠ってしまうかもしれない。そこにフェミ系の研究者、西山千恵子さんがやってきて、棚沢さんとは以前に出会っているという。ピンク映画館での邂逅というのも珍しい。そしてゲストの女優、佐々木基子さん、里見瑤子さんが到着し、5〜6人が女性客か。
 もう一人、わたしにエロ本百冊くれる友パドック氏の部下の編集者、森田くんが目下休筆中の女性マンガ家を連れてきてくれたが、カップル扱いで女性専用席には入らない。



 で、その女性専用席だが、スクリーン前の中央2列が、ガッシリしたロープで仕切られ、跨がないと中に入れないようになっている。ずいぶん厳重だが、まあ、しかし、暗くなれば座席の貼り紙も見えなくなるので、仕方ないのだろう。意外なことに、他にも2〜3人の女性客がいて、なかでも一人はけっこう肌にピッタリ密着した扇情的なファッション。わたしのピンク映画を観にくるような物好きには見えないので、支配人に尋ねる。
 すると「あの人たちは女性のようで女性でない人たちなのです」。つまり女装者で、彼女たちは男性客との交流(?)にくるので、女性専用席に入ったのでは来た意味がない。ピンク映画館に女装者が出没するのはよく聞く話だが、わたしはかつて『クロス・ドレッシング』(光彩書房)という日本初の商業女装誌を編集し、大赤字を出したことがある。女装者には親近感を抱いているし、一本目の『バトルどワイセツ』にはキャンディー・ミルキーさんも素顔で出演しているのだ。
 わたしのもうひとつの心配は、音響だった。ピンク映画館の多くは音量を低く抑えている。寝ているお客さんに配慮しているという劇場もあって、監督にとってストレスの種だ。これも、部屋を出る前に支配人に確認したのだが、実際に劇場に来てみると、やはり低すぎる。映写技師さんと話すと、半年前ぐらいから調子が悪く、音量が上がらないのだとか。実際に上げてもらったら、音が割れてセリフも何を言ってるのか分からない。
 音量を上げなくてもセリフはひどく聞き取りにくいのだが、神経に障る雑音異音が発生しないだけ、まだましだ。これではとても映画を観てもらう環境ではないと、内心慨嘆するが、今さらどうしようもない。消滅する映画館には、消滅するだけの理由や必然性があるのだと、深く諦観する。衰退産業のまさに崩壊していくさまを見届ける心境だが、しかしわざわざ大宮に来てくれた人たちに申し訳ないではないか。
 この日は、mixiのわたしの日記に「駆けつける」と書き込んでくれた『興行師たちの映画史』(青土社)の著者、柳下毅一郎氏や、花田清輝の映画論集『ものみな映画で終わる』(清流出版)の編者、高崎俊夫氏などの批評家筋も来ている。お二人は旧知の仲だったらしい。柳下氏は、唯一わたしの映画を面白がってくれる映画評論家で、数年前アップリンクで行われた、わたしのピンク映画上映会で司会してくれた。柳下氏も高崎氏も、実際にお会いするのはこれが二度目である。
 また、自分のブログで「ピンク映画を観て、いづみやで呑もう!」と力強く呼びかけてくれた大衆食堂の詩人、遠藤哲夫氏もいる。エンテツさんには謝るにしても、彼の呼びかけに応えて来てくれた人たちに悪いね。女性たちもそうだが、ピンク映画初体験がこれでは悲しすぎる。わたしは気が滅入りながらも、女性専用席の斜め後ろの辺りに座った。



 上映が始まる前のインターバルに、女性専用席の周囲をオッサンたちがウロウロし、覗き込んだりしているのは、ピンク映画館で女性客がもの珍しいせいだろうと思った。なにしろ女性専用席なんて、この劇場始まって以来のことだという。しかし、ちゃんとコートなんか着込んで、家に帰れば女房も子供もいるだろうサラリーマン風のオッサンたちは、場内が暗くなって上映が始まっても、ロープの周囲を徘徊し、ねちっこく睨め回しているのだな。こいつらはいったい女というものを見たことがないのだろうかと、呆れてしまった。
 そのうち、ロープで仕切られた2列の、その前の席、これは最前列になるのだが、そこにどうやら女性客が一人いて、すぐ隣にコートのオッサンが座った。他に空いた席があるのに、わざわざ隣に座るのは怪しい。やはり、間もなく女性客が立ち上がって、今度は専用席のサイド側の席に移った。オッサンの手が忍び寄ってきたに違いない。顔を見ると西山さんではないか。どうして女性専用席に入らなかったのだろうと訝しく見ていると、すぐにまた隣に他の中年男が座ってきた。遠慮やためらいのないオヤジどもだと内心舌打ちするが、やはり西山さんはまたしても腰を浮かしている。
 慌てて彼女のところに行き、ロープを下げて女性専用席に入ってもらった。後で聞いてみると、上映が始まる直前にトイレに行ったため、暗い中でロープを跨いで入る要領が分からず、専用席の周囲にいたのだとか。手を出してきたのは、最後の男で3人目だったという。くそオヤジどもめ!
 その間も、その後も、ロープで仕切られた周囲を執拗に回るオッサンたちが絶えず、わたしは檻の中の羊を狙うハイエナさながらだと思った。もちろん、明るいところで一対一で面と向かえば、檻の中の羊のほうが飢えたハイエナどもを圧倒することは間違いないのだが、劇場の暗がりの中で、多数の匿名の男たちに囲まれてみると、そうとう不気味の感は否めない。カラミになると、スクリーンを見ないで、女性客の表情ばかりじっと見つめる男客もいたという。
 ロープは実に必需品だった。これがなかったら、連中は暗いのをいいことに、ずかずか土足で女性専用席に入り込んできたに違いない。専用席の周囲をグルグル回って覗き込む。専用席の外に女性がいれば、すぐさま隣に座って触ろうとする。エッチシーンになると、女性客がどんな表情で見ているか、スクリーンそっちのけで眺め入る。そこには照れも含羞もない、ストレートで露骨な欲望の表出があるだけだ。こんな古典的な男どもが、ゾンビのように、まだピンク映画館の暗がりには残存していたのだ。変な意味で感銘を受ける。

*注 誰もがコメントを読むとは限らないので、やみぃさんから寄せられたコメントを、ここに貼り付けておく。わたしの見方はあくまで盾の片面であって、別な片面もあったようだ。やみぃさん、有り難う。
「えっと、ハイエナみたいな観客は. . . ほんの一部だったように思います。わたしの周りの一般客は、トイレの場所を教えてくれたり、ロープを押さえて席に着きやすいようにしてくれたり. . . ロビーでも灰皿のそばの席を譲ってくれたり. . . 皆さん紳士的でした。初老の男性の「この映画館がなくなるのは本当に寂しい。なんて言うかな、いつ来てもホッとできるような場所だったんだな。寂しくてならないよ」という言葉が印象的でした。行くときに迷って、パチンコ屋さんで道を聞いたら、駐車場の係りの人が劇場のそばの曲がり角まで案内してくれて、「オークラ劇場、閉館しちゃうんですよね. . . 残念です」って。
惜しんでいる人もたくさんで. . . ほんとうに感じることの多い一日でした。」




 音響の劣悪さ、欲望むき出しのオッサンたち、そして彼らを相手にする女装者の存在…監督としては無念の環境であるが、ある意味ではリアル・ピンク映画館が、ここにはある。わたしの友人が、自分が来れないため大宮在住の友達にこの上映会を知らせたら、大宮オークラ劇場を指して「大宮の恥」と言ったとか。なるほどまっとうな市民感覚というものだろうが、そういった市民の家族がお互いに殺しあっているのだと思った。
 街にはこうした「悪所」が必要であり、それを抹殺して清潔な街になったところで、押し込められた内側から噴出してくるものがある。とは言うものの、女性専用席に群がるオッサンどもが、わたしの映画の主な観客であると考えると、いささか意気阻喪してくるのも確かだ。
 舞台挨拶は、1本目の『バトルどワイセツ』が終わった3時から始まった。言いたいことが喉のところまで詰まっている浜野監督と違って、わたしは言葉で話したいことはほとんどない。まったくないといっても良いかもしれない。喋っているうちに混乱してきて、聞いてる方はもちろん、話すわたしの方も何を言っているのか分からなくなるのが通常だ。
 しかし、この日は、前々日まで撮影していた新作に出演していた佐々木基子さん、『バトルどワイセツ』に出演し、舞台挨拶直前のラストシーンで叫んでいた里見瑤子さんが相手なので、話しやすい。もう一人、この日初めて会ったささきふう香さんも気風のいい人で、思ったよりスムーズにいった気がする。主にピンク映画の撮影現場の話などをした。その後、女優さんたちのサイン会になり、思ったより多くの人たちが舞台下に集まる。
 その間わたしは、競馬場から駆けつけてくれたパドック氏が、場内の誰かを探しているのを見かける。出版業界最底辺男のシオヤマ(最近では『東京の暴れん坊』右文書院刊)でも探しているのかと思ったら、いがらしさんを見かけないかと言う。いがらしさん? 驚いたが、仙台在住のマンガ家いがらしみきお氏が、この日大宮オークラにやってくるとシオヤマの会社、漫画屋のHPに書き込みがあったのだとか。
 わたしが白夜書房でエロ劇画の編集をしていた頃、いがらしさんの『やんのかこら!』という単行本を出したことがあった。いがらしみきおの過激な4こまギャグを最初に採用し、デビューさせたのがパドック氏で、それにシオヤマやわたしが追随した。シオヤマの『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫)の刊行を機に、シオヤマやパドック氏はいがらしさんと会ったが、わたしは東京に不在で行けなかった。それにしても、仙台からわざわざ来てくれるのか?



 そのうち2本目『美尻蜜まみれ』の上映が始まり、本当はわたしも観たかったのだが、女優さんや浜野監督とともに、劇場の設定した打ち上げに行かざるを得なかった。3本目『視線ストーカー』の終わる頃に劇場に戻って、エンテツさんが仲介してくれた大衆食堂&酒亭「いづみや」での打ち上げへ向かう人たちを集める。そのとき話しかけてきたのが、いがらしみきお氏だった。その前にも館内で見かけていたのだが、氏であるとはまったく気がつかなかった。無理もない。二十年以上も前のことなのだ。ふくよかで穏やかな表情になったが、太ったのはわたしも同様である。
『やんのかこら!』の時には、仙台からさらに先に行った町の、氏の実家を訪問し、一晩泊めてもらったこともあった。当時のいがらしさんの破壊的なギャグには、わたしも大きな影響を受けている。しかし、3〜4年前に会った柳下氏にも最初気づかず、わたしはどうも人の顔を記憶する脳の部分に小さな損傷があるのではないか。
 何人になるか皆目検討のつかなかったいづみやでの打ち上げだが、二十人以上が参加し、エンテツさんの顔で支店のほうの2階を占拠することになった。カウンター席なので話が遠いかと思ったが、一度自己紹介してもらった後は自由に席を移動し、好きな人と話し合うことができる。とても融通性のある飲み会となった。失われた大衆食堂の現前とも言うべきいづみやの濃厚な雰囲気は、一階より薄まっているが、まあ、しかしこういう店はそうそう無いね。エンテツさんは『汁かけめし快食學』(ちくま文庫)の著者だが『大衆食堂の研究〜東京ジャンクライフ』(三一書房)という著書もある斯界の権威なのだ。(同じオーソリティでも、グルメの権威と違って、現実界を低回しているところが素晴らしい)
 主な参加者は、女性専用席でハイエナどもに狙われた女性たち、エンテツさんの呼びかけに応えて来てくれた人たち、休筆中の女性マンガ家を含めたパドック氏関係、柳下&高崎の両氏にいがらしみきお氏、それに劇場関係者といったところか。仕事が忙しいとかで、いづみやに直行してきたシオヤマは、さっそく柳下氏や高崎氏と話し込んでいた。そう言えば、柳下氏の新著『シネマハント ハリウッドがつまらなくなった101の理由』(エスクァイア マガジン ジャパン)の凝り過ぎのデザインをこき下ろしたシオヤマのエッセイを、彼が送ってくるマイナーな『月刊記録』という新聞(雑誌? パンフレット?)で最近読んだ。
 何事につけうるさいシオヤマだが、信用する映画評論家二人のうちの一人に、柳下氏をあげている。そういえば、柳下氏が司会してくれたアップリンクでの上映会では、氏の著書を持参してサインしてもらっていた。今回はどうしたろう。著者のサインがあると、古本屋に売る時に高くなるのだとか。なんて奴だ!



 棚沢センセイには、3本いずれにも出演している柳東史くんが「あなたのアウターエゴなんだろうけど」と指摘される。アウターエゴ=外部のもう一人のわたし? 確かに3本目の『視線ストーカー』など、素直にわたしの気分が柳君の役に反映しているかもしれない。彼の不在が、最近のわたしの不調につながっているのか?
 もっとも、棚沢センセイ、帰り際に浜野監督に「3本も見せられて気が狂いそうになったわよ」と言い残して帰ったとか。正直な感想だと思う。いくら時差ぼけでも、ハイエナどもの目が光るあの女性専用席では、オチオチ眠るわけにもいかなかったことだろうし。
 やみぃさんや基子さんが、いがらし氏の『ぼのぼの』のファンで、それぞれ楽しそうに憧れのマンガ家と話しているのを目撃するのは、わたしも嬉しい。いがらしさんは、初対面の柳下氏にも挨拶していた。殺人評論家としての柳下氏に興味を惹かれていたのではないか。いろんな出会いがある。いがらし氏の最愛の映画は、今でもロメロの『ゾンビ』だという。
 そう言えば、初めて会ったささきふう香さんとは、今度「メンチを切る女」の役でわたしの映画に出演してもらう約束をした。彼女の切るメンチは、多くの人を震え上がらせるらしい。里見瑤子さんとは「眉毛のない女」の役を約束。いよいよわたしの映画は変な人ばかりになっていく。
 大宮駅東口前のいづみやに移動する頃には、小雨が降っていたが、10時過ぎに散会する頃には雪に変わっていた。すっかり酔っ払ったエンテツさんは、自宅のある北浦和から歩いて帰る途中、歩くのがイヤになり、雪の中で眠ってしまおうかと思ったらしい。気がついたら、翌朝自宅の布団の中で、着の身着のままで寝ていたとか。大衆食堂の詩人、雪の路上で遭難、なんてニュースが流れずに済んだことは、まことに幸いだった。


comment

最初のコメントは、間違いなくmamikoさんですね。もしmamikoさんが大宮にいらっしゃってれば、また面白い出会いがあったと思います。しかし、今回限りではありません。5月に上野オークラで、やはり監督特集をやりたいという連絡が入りました。決定ではありませんが、決まったらお知らせします。

やみぃさん、わざわざ大宮まで来て頂いただけでなく、心温まる観察に感謝します。わたしが見ていたのは盾の片面で、もう片面をやみぃさんが教えてくれました。みんながみんなハイエナどもでなかったこと、嬉しく思います。大切なことなので、本文にもコピーさせてもらいました。そう言えば、エンテツさんが自分のブログで、やみぃさんのHPをリンクしていました。また一緒にお会いしたい人たちばかりでしたね。

ヤマザキ監督の映画、三本ともそれぞれに楽しかったです。佐々木基子さんのストリップがすごく綺麗で、ため息が出ちゃいました。三本目はさすがに首と目が疲れて(この次は、もう少し後ろの席に座ろう!)、途中、あえぎ声が続くシーンで(心地よいリズムに)うとうとしてしまいましたが、肝心なところは見逃してないと思います。(笑)

えっと、ハイエナみたいな観客は. . . ほんの一部だったように思います。わたしの周りの一般客は、トイレの場所を教えてくれたり、ロープを押さえて席に着きやすいようにしてくれたり. . . ロビーでも灰皿のそばの席を譲ってくれたり. . . 皆さん紳士的でした。
初老の男性の「この映画館がなくなるのは本当に寂しい。なんて言うかな、いつ来てもホッとできるような場所だったんだな。寂しくてならないよ」という言葉が印象的でした。
行くときに迷って、パチンコ屋さんで道を聞いたら、駐車場の係りの人が劇場のそばの曲がり角まで案内してくれて、「オークラ劇場、閉館しちゃうんですよね. . . 残念です」って。
惜しんでいる人もたくさんで. . . ほんとうに感じることの多い一日でした。深謝です。

かえすがえすも仕事を終わらせきれなかったことを後悔するような日記ですね〜。ちぇっ。これに懲りてため込まないで毎日少しずつやるように生活を改めます、。

  • 2008/02/13 3:12 PM









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