2018/07

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 50年近いピンク映画の歴史において、08年2月17日は記録されるべき一日となった。ピンク映画館が女性客によって、占拠、制圧されたのだ。それと同時に、43年の歴史を誇るピンク映画館がひとつ消滅した。むろん女性客が消滅させたわけではない。大宮オークラ劇場の閉館の日に、浜野佐知特集と舞台挨拶が行われ、そこに浜野監督の応援団を先頭に女性客が押し寄せたのだ。
 一週前の土曜日に行われた、わたしヤマザキの特集と舞台挨拶については、このブログで前回に報告した通り。女性専用席の周囲を徘徊するアナクロなハイエナどもには唖然とさせられたが、この日は専用席を3倍近い30席確保し、先週同様ロープで囲った。劇場側はまさかそれほどの女性客が集まるとは思えず、専用席を中央から右ウィングに移したのだが、そこになんと40名を越える女性客が入場したのだ。
 当然、専用席以外に座った女性客も多かったが、キャパ150席の映画館に40人以上の女性が入ったら、これはもう制圧したも同然。物珍しそうにジロジロ見る男性客はいたものの、手を出してくる男どもはさすがにいなかったようだ。売り上げ的にも、過去最高を記録したという。



 先週、痴漢に走る男性客はごく一部で、多くのおじさんたちは礼儀をわきまえた紳士だった、というのがコメントしてくれたやみぃさんの観察。実際この日も、どんどん押しかけてくる女性客を、ペンライトをもって専用席まで先導してくれたのは、映画館の従業員ではなく、常連客たちだった。彼らにとって悲しむべき閉館の日、多くの女性客を迎えて、館内はある種のカーニバル状態となったが、事故のないよう奮闘してくれた常連客の皆さんには、心から感謝したい。
 舞台挨拶のゲストは北川明花(さやか)さんで、舞台の上のトークだけでなく、その後もロビーでサイン会&撮影会が行われた。明花さんの追っかけも現れて、普通ならそうとう混乱するところだが、整然と列を作って順番を待っている。サインと写真を求める人が絶えず、明花さんには気の毒だったが、わたしは先週、ピンク映画館のお客さんたちを猛獣に例えたことを、つくづく反省した。ピンク映画館に集う多くの人は、ピンク映画の製作スタッフなんかより、はるかに常識をわきまえている。



 打ち上げは近くの居酒屋で行われたが、30人以上の人が参加し、大いに盛り上がった。浜野応援団の知人友人だけでなく、たまたまこの日ピンク映画を観に来たお爺さんや大学生、明花さんの追っかけのサラリーマンなども参加して、多彩な顔ぶれとなった。『日本の童貞』(文春新書)の渋谷知美助教授、トランスジェンダーのセクソロジー研究者の中村美亜さん、ラブピースクラブのHPでエッセイを連載している高橋フミコさん(パフォーマー)と長田真紀子さん(書評)、浜野応援団の一大拠点である東金のジュンさん(浜野コミュ管理人)、ドキュメンタリー映画監督の山上千恵子さん、歯科医&映像作家の矢島チサトさんと、府中で共闘する和田安里子さん、先週男どもに追い回された西山千恵子さん(やみぃさんはこの日も来てくれたが、用事があって舞台挨拶の後帰られた)など多士済々。映画関係やmixiの浜野コミュ関係者が多い。
 異色の参加者は、この日初めてお会いした「みっちゃん」で、かなりの年配ながら、浜野監督のトークに感激し、夜は横浜アリーナの氷川きよしなど演歌の公演に行くつもりだったのを予定変更して打ち上げに参加。当初、相手構わず一人で喋りまくるお爺さんではないかと心配したが、その後「みっちゃん、みっちゃん」と女性たちのアイドルのようになるとは、誰も予想しなかった。



 もっとも、わたしには、それ以前に気にかかっていたことがある。あれだけ多くの女性たちがピンク映画を観て、おそらくほとんどの人は初めてだったと思われるが、失望した人、もしかしたら憤激して帰った人もあるのではないか、という懸念だった。学校で勉強したのではない、いわば野生のフェミニストである浜野監督だが、『百合祭』を観たり監督のトークを聞いたりした時に漠然と想像するピンク映画と、現実のピンク映画には、かなりの開きがあるはずだ。確かに「女の視点から作ってきたピンク映画」ではあるが、男性客のみを対象とした商業映画である以上、レイプを描かなければならないこともある。
 わたしは上映作品を選ぶ際に、ビデオを見直したりしたが、浜野監督はそれほど検討した形跡もない。女性のお客さんがいっぱい来たら来たで、つい気に病むわたしだったが、浜野監督にそれを言うと「まあ、仕方ないね」の一言。豪胆というか、大物である。



 また、わたしには別の読み違い(?)もあった。3本目の『SEX診断 やわらかな快感』に関し、どうも話の展開がくどいし、妙に真面目すぎるところがあって、うまく出来ていない作品のように思えた。わたしの書いた当初のシノプシスは配給会社によって何度も却下され、シナリオも浜野監督によって大幅に改変された、わたしにとっては曰く付きの作品なのである。
 打ち上げの席上「あれは脚本とクレジットされるより、原案ぐらいにとどめて欲しかった」とこぼしたら、その後、何人もの女性たちが「あれが良かった」と声をそろえ、中には「涙ぐんだ」という人さえいるではないか。わたしは愕然としてしまった。
 大衆食堂の詩人、エンテツさんご一党のモンクシールさんは女性三人で来てくれたのだが、後に次のようなメッセージを送ってくれた。
「三人一致の感想は、凄く面白かった。また観てみたい、というものです。友人二人は40代の女性なので、3作目の『やわらかな快感』が特に良かったと絶賛してました。自分に当てはまる年齢などの切ない部分が凄く伝わってくるんだそうです」
『百合祭』以降、浜野監督作品がストレート性を増していることは事実である。浜野組のストレートなメッセージ性が、女性たちのシンパシーを誘うのだろうか。わたしは同じ男の欲望批判でも、もう少し紆余曲折と笑いのうちに展開したいのだが。
 後日、浜野監督とその話になり「結局、どうしようもなく男なんだよ」と言われ、ひどく悔しい思いをした。女装者が、本物の女性に「どんなに厚化粧したって、男は男」と言われたような気分なのである(このニュアンスが分かってもらえるだろうか)。



 わたしの特集の時にも来てくれた、これもエンテツさんご一党のライター、田之上氏には「同じ脚本家で、よくこれだけ違う映画ができるものだ」と呆れられたが、確かに浜野監督とわたしの映画観はまったく違っている。かつては作品ができるたびに喧嘩をしていたが、自分の好きなことは自分で監督しろ! ということになり、浜野組B班のヤマザキ組が生まれた経緯がある。
 わたしなりに男性的欲望の作動メカニズムを相対化し、女性的価値観に立つという姿勢では一貫しているつもりだが、「結局は男じゃないか」と言われると深く脱力してしまう。価値観においてわたしは女を装う者であり、女装者には女装者の悲しみや孤独がある。わたしは女性たちが盛り上がる大宮の打ち上げで、きっとその種の悲しみを味わっていたのだろう。
 余談ながら、この日の大宮オークラ劇場でも女装の皆さんが出動していたが、わたしの座った席の同じ列で、女装者と老紳士がなにやら怪しげな仕草を始めたのには、いささか驚いた。すぐ後ろのお客も覗き込んだり、手を伸ばしたりしている。その気配を察して、わざわざ見に来るお客さえいた。わたしもよほど近寄って覗き込もうかと思ったが、何となく躊躇っているうちに、女装者が右ウィングを占める女性客を指し「この映画が終わったら、みんな帰るから」と言って、制止している。わたしたちが劇場を出た後、どんな光景が展開されたか興味は尽きない。劇場最後の日なのだ。おおいに盛り上がったことだろう。



 しかし、正直なところ、同じ監督のピンク映画を、立て続けに三本観るのはツライと思った。先週、棚沢教授が「気が狂いそうになった」というのもよく分かる。特に旦々舎の場合、セットも役者も音楽も似たようなものなのだ。ストーリーもカラミで分断されるため、続けて上映されると、同じ映画が続いているような錯覚をしてしまう。
 もっとも、だからといって、一部ピンク映画マニアの旦々舎批判にうなずくつもりは毛頭ない。いつだったか、ピンク映画の業界関係者が集まる飲み会で、浜野監督に向かって「男の観客をバカにしてるのではないか」と詰め寄ったピンク映画マニア(もちろん男)がいたとか。つくづく救い難いと思った。浜野作品が男をバカにしているのは誰の目にも明らかで、そんな自明の事実をもって抗議するところが、またバカの上塗りである。
 男の観客をバカにする浜野作品を、一時期にしろ多くの男の観客が支持したことは紛れもない事実であって、よだれのような感想文を書く暇があったら、そのパラドックスを解くべきではないか。(わたしは、その手の飲み会に参加したことは一度もない。ピンク映画の存在理由を疑ったことはないが、業界とその周辺にはいつまで経っても馴染めないところがある)。



 それにしても、多くの女性たちがピンク映画を観て、エロについて語り合いながら気勢を上げているのを見るのは心地よいものだった。これまで『第七官界彷徨−尾崎翠を探して』や『百合祭』『こほろぎ嬢』などの上映会場で、ピンク映画について触れることも少なくなかったが、実際に女性たちがピンクを観る機会は絶無に近く、いわば言いっぱなしの状態だった。
 それが今回、多くの女性たちに見てもらい、きっと激怒したり、深く失望したりした人もあったと思うが、ともかく浜野監督作品のバックグラウンドを知ってもらえたことの意義は大きい。コジツケのようになるが、尾崎翠もまたエログロについて考究していたことは、映画台本『瑠璃玉の耳輪』を読めば諒解されることだ。



 ところで、打ち上げに飛び入りで参加してくれた「みっちゃん」だが、当初わたしはきっと独りよがりの爺さんに違いないと思って、隔離政策をとっていた。集合写真を撮ったときにも、さっさと隅の席に連れ帰ったのだが、それに対して女性たちからブーイングが起きた。大声では喋るが、押し付けがましさのないさっぱりした態度が、彼女たちには感得されていたのだ。ここでもわたしの読みは狂っていた。
 みっちゃんが祝儀袋を常に携帯していて、長年大宮オークラ劇場でモギリを勤めた女性にご祝儀を渡したのにもビックリ。なんでも一度生死に関わる大病をして、お金をこの世に残しても仕方ないと悟ったのだとか。女性に対する敬意を忘れないみっちゃんへの人気は、打ち上げの精算をする段になって、最初に集めた会費だけでは足りなくなった時、またしてもご祝儀袋を取り出してくれたことで最高潮に達した。



 ずっとみっちゃんの相手をしてくれた大学生クンの存在にも驚かされた。根気よく話し相手を務めただけでなく、肩を揉んで千円のご祝儀をもらうと、この日の飲み代に供出していた。みっちゃんも大学生クンも、特に浜野監督ファンというわけではなく、この日たまたまピンク映画館に、ぶらり立ち寄っただけなのだ。つくづく、さまざまな人間たちを受け入れているピンク映画館という器、場所について、あらためて考えなければならないと思った。
 今回、大宮オークラ劇場が閉館することで、埼玉県内のピンク映画館は絶滅したという。先週、あまりの音のひどさに、思わず内心で罵ってしまったわたしだが、浅墓であった。



 不思議な光景だが、別に祈っているわけではない。一本締めで打ち上げを終えるところ。浜野監督の隣はモギリの女性(浅草の映画館にも長く勤めたという)と佐々木支配人。長年ご苦労様でした。二週にわたって通った大宮オークラ劇場を、わたしはいつまでも忘れません。


comment

上野のピンク劇場はひどかった。真ん中辺で上映中、男同士がチンポ舐めあってる。あれではピンクフアンは入れない。日活ポルノは芸術性?が少しあって、よかった。大宮に劇場がなくなって寂しい。

  • サンタルチア加藤
  • 2012/08/09 11:49 AM

はじめて、ブログ拝読しています。takezoです。お世話になります。

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浜野監督に向かって「男の観客をバカにしてるのではないか」と詰め寄ったピンク映画マニア(もちろん男)がいたとか。つくづく救い難いと思った。浜野作品が男をバカにしているのは誰の目にも明らかで、そんな自明の事実をもって抗議するところが、またバカの上塗りである。
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思わず、笑ってしまいました。

  • takezo
  • 2008/08/04 5:48 PM

匿名の誹謗中傷者へ
芸がないね、君も。前回とほとんど同じフレーズではないか。人を誹謗しようと思ったら、まず第一にレトリックを駆使する必要がある。最初の書き込みが削除されたからといって、同じようなセリフを書き込んだのでは、白日の往来にバカを晒すだけだ。
mixiには、ブログに悪意ある書き込みがあったが、匿名の相手とディスカッションするつもりはないので、今後も説明抜きで削除すると書いた。今回は『百合祭』の上映で関西に行き、ホテルが無線LANしかなかったため、パソコンをつなぐことができなかったのだが、その間に君の再度の書き込みがあったわけだ。
先ほど帰ったばかりだが、若干の応答を試みるのは、けっこう草臥れてバカなまねでもしてみようかと思ったことと、君が繰り返している「横領」という言葉にいささか触発されたからだ。当初、一体何を指して「横領」と非難がましく言うのか見当もつかなかった。そんな事実があれば、赤貧洗うがごときわたしの生活はないはずだが、しかし君がいかなる意味を込めているかは別として、なかなか含蓄のある言葉だと思い直した。
確かにわたしは横領している。わたしが存在していることによって、現在、地球の片隅を占有していることは間違いなく、それはけっして承認されたものではない。わたしが存在することも、けっしてわたしが諒解したことではなく、結果的に存在しているに過ぎないが、それによって世界のごく一部にしろ横領していることは疑えない事実だ。これはわたしに限らず、万人に適用されることは、いくらシンプルな思考回路しか持たない君だって理解できるだろう。わたしたちは皆、世界の一部の横領者である。
横領という概念について思いを馳せることができたのは、君の誹謗中傷のおかげではあるが、しかし匿名のわりにはずいぶんと馬脚を現しすぎているネ。わたしを「はげ」と連呼する以上、どこかですれ違っているに違いない。このブログでは多くの写真を使っているが、わたしが撮影者なので自分が写っている写真は一枚もないのだ。もっとも、わたしはハゲを自認するつもりはなく、不十分にしろまだまだ髪は残っているような気がするのだが、悪意ある目にはハゲとしか見えないのだろう。また、今回の記事を読んで「胸クソ悪」くなるのは、わたしが文中でからかっているピンク映画マニアしかいないのは、子供が読んでも分かることだ。
しかし、わたしは思い出す。『こほろぎ嬢』のロケハンで米子を歩いていたとき、通りすがりの年配女性がわたしを捕まえ、いきなり説教を始めた。98年の『第七官界彷徨−尾崎翠を探して』の鳥取先行ロードショーで、地元の女性評論家とわたしが対立し、県内各地の上映会場でわたしは彼女を批判した。それが無作法だというのが、通りすがりの説教者の言い分で、10年近くも前の言動で説教されたわたしはすっかり面食らってしまった。女性評論家とは、地元紙上でもやりあったが、年月が経ってみれば言わずもがなのことであったという思いが強い。
匿名の誹謗中傷者が、果たしてピンク映画マニアであるかどうかはともかく、今さら彼らに何か言いたいことがあるかといえば何にもない。彼らは彼ら、わたしはわたし、接点は何もない。わたしも、つまらない無駄口を叩くのはヤメることにしよう。

横領ハゲとババァめっ!胸クソ悪いっ!

  • 2008/03/08 3:49 PM

けんけん様
 写真とは、最後の2枚を指しているのかな。手を合わせている写真は、ぼくも酔っ払っているので、偶然撮れたものですが、面白いタイミングでした。
 仕事で大阪に行かれていたとはいえ、ドーンセンターに来てくれてありがとう。他にも熊本から来てくれた人がありました。

むちゃくちゃいい写真ですね。
映画の神様が降りてきたみたい。

  • けんけん
  • 2008/02/27 2:15 AM









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