2017/11

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

<< >>




ロンドンで毎年開催されている「レインダンス・フィルム・フェスティバル」は、世界のインディペンデント系の映画を集めた、いわば若手・新進監督の登竜門的な映画祭らしい。今年は9月30日から10月9日まで開かれ、そこにキャリア40年の浜野監督の『百合祭』(01年)が招待された。最近、どこへ行っても「還暦過ぎた」発言をしている浜野監督、そして脚本のわたしは明らかに場違いではないか。
実に多くの日本映画がプログラムされていたが、ほとんどは二十代、三十代の監督作品だ。特に女性監督がフィーチャーされていることに眼を見張ったが、なぜに浜野監督であったのか? その謎は、おいおい明かされることになる。


<アポロ・シネマは地下に降りたシネコンで、向かいはロンドン三越>

映画祭の会場は、ロンドンの中心街、ピカデリー・サーカスの「アポロ・シネマ」。この映画館が有力なスポンサーらしく、毎年ここで開かれているという。上映前に流される映画祭のトレイラー(劇場予告)が傑作なのだが、ひときわ高いビルの屋上に、張り詰めた表情で立つ男が一人。髪が風で揺れる。飛び降りようとしているのか? そこにヘアメイクが入って、乱れた髪を直す。そうだ、映画の撮影だったのだ。
地上では、スタッフが緊張した面持ちで役者を見上げている。カメラマンが構え、老人の監督が号令をかけると、男は意を決して飛び降りる。撮影は見事に成功し、スタッフは抱き合って喜び、監督も得意満面だ。そんな彼らの足元に、血を流した男の死体が横たわっている。
スゴイでしょ? 最後にテロップで「死に至るまでヤル、それが映画だ」みたいな心意気が表明されるのだが、これは英語のわからないわたしの勝手な解釈。さすがにTVスポットでは流せず、会場のアポロ・シネマだけでのトレイラーとして許可されたのだとか。反社会的? 不良性? あるいはアウトサイダー的な感度の映画祭なのだろう。


<夜のアポロ・シアターの前で浜野監督>

当初、映画祭から打診があったとき、浜野監督は『百合祭』と共に、最近作である『こほろぎ嬢』(06年)のデモテープも送ったのだとか。すでに世界の各大陸で上映されている『百合祭』よりは『こほろぎ嬢』を世界デビューさせたかったのだ。しかし、選ばれたのは、やはり『百合祭』だった。
尾崎翠の地元鳥取のオバサンたちにも「チンプンカンプン」と評されただけに、世界ではもっと「わけ分からん」状態かもしれない。ただし、『こほろぎ嬢』の名誉のために、地元紙「日本海新聞」が「新しい県民映画の誕生」と評してくれたことを付け加えておく。


<通訳のさやかスミスさん。同時通訳が得意な、ものすごく優秀な人>

上映の後に、1時間近いトークの時間がとられた。通訳のさやかスミスさんは、英国生活が長く、この映画祭のメインの日本語通訳として活躍している。同時通訳が得意とあって、浜野監督とのコンビネーションも非常にスムーズだった。毎回思うが、海外に出て、映画祭などに協力する日本人は、例外なく女性が飛びぬけて優秀だ。男性がどこかボンヤリしているように見えるのは何故だろう。


<左の快活な男性がフィルム・キュレーターのジャスパー・シャープ氏>

浜野監督のトークで司会を務めたジャスパー・シャープ氏こそ、今回の浜野監督招聘のキーマンだった。日本映画担当のキュレーターである氏は、連日、浜野監督を「日本で女優出身でない女性監督のパイオニア」として紹介してくれた。日本の映画業界内でも、そうした認識は一般的でないと思われるが、英国人のジャスパー氏が、どうしてピンク映画300本超の浜野監督のキャリアを知っているのだろう?
実は日本映画の歴史や現在に通暁している氏は、その一方でピンク映画&ロマンポルノの情熱的な研究者でもあったのだ。英国で『日本の成人映画全史』という大著も刊行している。そういう氏だからこそ、新進気鋭の二十代、三十代の日本人監督を招く一方で、「パイオニア」浜野監督も呼んでくれたのだ。



浜野監督は、トークの中で、最近の若手女性監督の多くが、自分は女性監督として認められたのではない、男とか女ではなく、一個の映画監督として仕事をしているのだ、と語ることについて、確かに有能な女性の監督が輩出していることは間違いないが、男性プロデューサーによって演出されている面もあり、大きなバジェットの映画に女性監督が起用されることはない、女性の監督が今後も撮り続けていくという点では不安要素もあって、日本映画業界では女性差別がいまだに貫徹している、と発言した時には、会場から大きな拍手が起こった。海外の上映では珍しいことだが、苦い思いで英国に来ている女性たちも少なくないのだろう。
しかし、その一方で、浜野監督は、女性の監督にしか撮れない映画があるとして、このレインダンス映画祭でデビュー作を発表した、弱冠27歳の安藤モモ子監督の『カケラ』を讃えた。実はわたしもまた、この監督のプロの技量と清新な志には、感服しきりだったのである。

 
<上映後に、安藤モモ子監督、それにお母さんの安藤和津さんと>

わたしは迂闊にも、ロンドンに来るまで安藤モモ子監督の存在を知らなかった。国内でも、奥田瑛二・安藤和津夫妻の長女の監督デビューとして、かなり話題になっていたようだ。そうした話題性が本人にプラスかマイナスか分からないが、実際わたしもまた観る前に「お嬢さん芸?」といった先入観が、ちらりと脳裏をかすめたことも事実。
ところが『カケラ』は、実に見応えのある新鮮な映画だった。わたしなどは、予想しない瞬間的な感動に不意打ちされて、二度ほど涙ぐんでしまった。今や「女性監督」をひとつに括ることは出来ないが、若手監督の作品には、思いが先行して技術軽視が見られがち。ところが、モモ子監督作品にはキャリア40年、職人肌の浜野監督をして「女性監督の映画を観て、引退しても良いと思ったのはこれが初めて」と言わせるだけのプロの腕があった。
『カケラ』の一方の主人公は、天然ボケの恋人に振り回されている、こちらもかなり天然ボケの女子学生、もう一方は女性しか愛せないレズビアンで、事故や手術で失われた指やオッパイなどを義肢と同じように修復するアーティスト=造形職人。二人の出会いと葛藤が描かれるが、「カケラ」というタイトルが暗示するように、人の抱える欠損がテーマとなっている。(一応桜沢エリカの原作があるが、モモ子監督の脚本はほとんど別物らしい。義肢職人という設定も、映画のオリジナルだ)
しかし、カケラとカケラが合わされば、小さくともひとつの全体となる、というような安易な幻想とは、すっぱり縁を切っているところが素晴らしい。カケラはカケラであり、わたしたちの人生はみずからの欠損を一人で抱きしめながら生きていくしかないのだ。一瞬生まれた希望も、次の瞬間には幻滅となり、それはまた次の小さな希望へとつながる。
男と付き合ったことのないあなたには、私の悩みは分からないと、飲み屋で女子学生に言われた義肢職人が、周囲のサラリーマンの目など意に介さず、大声で怒鳴りまくるシーンは、わたしには日本映画史上初、酒場でのレズビアンの大演説として記憶に残るものだ。わたしは向こう見ずな女酔っ払いに同情して思わず感涙したが、店のお客の大勢の男たちが静まり返って、彼女を見つめ、顔色なしといった風情は大いに笑えた。

(なお、モモ子監督と一緒に『百合祭』を観てくれた安藤和津さんは、浜野監督のトークについて「日本語が分からない人たちにも、監督の言いたいことがストレートに伝わった」と評してくれた。そういう意味で拍手が起こったなら、ありがたいことである)


<打ち上げに向かう途中、ジャスパー氏と記念写真>

しかし、ロンドンでピンク映画&ロマンポルノの研究者に出会うとは思わなかった。時おり、日本人が関心を持たないような、日本の片隅のテーマに打ち込む外国人研究者に海外で出会うことがあるが、ジャスパー氏の場合は格別に素っ頓狂だ。しかし、対象に向かう姿勢は真摯そのもの。


<ジャスパー氏の記念碑的大著、『日本の成人映画全史』>

日本にだって、こんな本はない。ジャスパー氏は「あんまり売れていない」と謙遜するが、英国で売れることを期待する方が無理というものではないか。いったい何人ぐらいの英国人が読んだろう。むしろ日本の心ある版元が、翻訳書を出してくれることを期待したい。
(なんか、この表紙、もの凄く素晴らしいデザイン、のような気がする。オッパイの「裏」の文字が、意味深で可笑しい。こういうスチールがあったのか、オリジナルデザインなのか?)


<ベスト・ドキュメント賞を獲得した土屋トカチ監督と、審査委員でもあったモモ子監督>

最終日に各賞が発表されたが、日本勢では土屋トカチ監督の『フツーの仕事がしたい』が、見事ベスト・ドキュメンタリー賞を獲得。過労死寸前までの長時間労働を強要されていたトラック運転手が、労働組合に参加することで、会社や、元請けの会社、さらには発注元である大企業を相手に闘っていく姿を、リアルに描いている。ビデオカメラを持ったトカチ監督が、会社が組合対策で雇ったヤクザまがいの連中に殴られ、小突かれながら撮った執念のドキュメントだ。
当初弱っちい印象を与える主人公が、粘り強く現場にとどまる姿も印象的だが、組合の筋金入りの活動家たちの強力なタフネスぶりに、思わず眼を見張る。末端の労働の現場で何が行なわれているか、大企業の本社ビルの前にシーツか何かで造ったスクリーンを勝手に張って、雨の夜にビデオ上映するシーンは、即戦力としての映像の力を実証して圧巻。
上映後のトカチ監督のトークでは、英国人の質問者から「カロウシ」という言葉が飛び出し、日本発の用語として世界に認知されていることを、改めて知る。帰国後に、みのもんたのワイドショーで「英国映画祭で受賞!」と謳って『フツーの仕事がしたい』が紹介され、トカチ監督もインタビューされていた。今や労働問題は国際的なテーマなのだ。


<最後のお別れ。左から2人目が別府裕美子監督、3人目が高橋康進監督>

上映日の関係で、高橋康進(やすのぶ)監督の長編劇映画『ロックアウト』と、別府裕美子監督の短編映画『クシコスポスト』を観ることができなかったのが、なんとも残念。高橋監督とは、パブで飲みながら、デビット・リンチについてなど楽しく語り合ったが、『ロックアウト』は喪失した記憶をモティーフにしたアクションらしい。わたしも以前、ピンクで「海馬損傷男」をテーマにしたことがあるが、もっとも好きなタイプの映画といっていいだろう。来年2月の日本公開が楽しみだ。
高橋監督は、ニューヨーク国際インディペンデント映画祭で最優秀長編映画賞(外国語部門)を受賞し、ロンドンから帰国した後、間もなくニューヨークへと向かった。高橋監督もトカチ監督も三十代半ばの同世代。インディペンデントと言いながら、国際的に活動しているところが頼もしい。
なお、『ロックアウト』を、日本の興行関係者でもっとも早く認めたのが、かつてシネマアートン下北沢支配人だった岩本氏だったことを聞いてビックリ。何を隠そう、『こほろぎ嬢』を現像場の完成試写で観て、下北沢でのお正月ロードショーを決定してくれたのが、岩本氏だったのだ。
そんな奇縁も含め、二十代、三十代の気鋭の監督さんたちと交流しながら、多くの愉快な縁に恵まれたレインダンス(モモ子監督風に言えば「雨踊り」)映画祭であった。



comment

aishiさま
いつも有益な情報を有り難うございます。尾崎翠についてお教え頂いた『日本幻想作家事典』は、まだ入手していませんでした。
目下『第七官界彷徨−尾崎翠を探して』の新編集版を含んだDVDを製作しています。「新編集」というのは、この作品を撮った時点から10年が経ち、当時必要だった尾崎翠に関する啓蒙的な部分がもう必要なくなったと判断しました。しかし、こうした事典で取り上げられていることを考えると、作品の歴史性という点で、改変を疑問視されるかもしれませんね。

詳しいレポートありがとうございます。
興味深く読ませていただきました。
この世界、縁のある人とは思わぬところで繋がっているのですね。
また、現在はインディーズのほうが、あらゆる制約を越えて国際舞台を相手にできるのだな、とも改めて思いました。

追記になりますが、『日本幻想作家事典』の、映像作品についての項の「文芸作品」欄に、浜野監督の「尾崎翠を探して」も紹介されていました。
もうちょっと早く見つければよかったですね。すいません。

  • aishi
  • 2009/11/08 5:11 PM









trackback