2017/06

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

<< >>


 わたしがツイッターで何度か疑問を呈した、日本近代文学館での稲垣眞美氏の講演(講座「資料は語る『女性がものを書く』」のシリーズの中の「尾崎翠の再発見」10月15日)を前に、椿事が出来した。

 稲垣氏の代理人の弁護士から、浜野佐知監督とわたしへの連名で、わたしが尾崎翠の書簡流出問題でツイートし、浜野監督がリツイートした内容が、稲垣氏への名誉毀損であり、ツイッターからの削除、謝罪文、慰謝料100万円などを要求して来たのだ。
 驚くべきことに、事案こそ異なるが、文面はほとんど同じ内容証明郵便が、鳥取の尾崎翠フォーラムの土井淑平代表にも届いていた。こちらは、尾崎翠フォーラムのHPに掲載した、書簡流出問題についての綿密な調査報告が名誉毀損にあたるというのだ。

 わたしは1998年の映画『第七官界彷徨ー尾崎翠を探して』(浜野佐知監督・山邦紀脚本)のパンフレットに稲垣氏批判を書いて以来、いつ裁判になっても構わない覚悟で稲垣氏批判を行ってきた。その意味で驚きはない。
 しかし、これまで一切無視を決め込んで来た稲垣氏が、どうして、このタイミングで裁判をちらつかせながら名誉毀損を主張し、慰謝料を要求して来たのか?

 名誉毀損の趣旨は、尾崎翠の書簡流出は自分が行ったのではなく、「他のルートから当該書簡が流出したことを明確に裏付ける客観的な証拠も入手して」いるというもの。
 この際「他のルート」とやらを公表して頂きたいが、しかし、だからといって、親族から尾崎翠の手紙を預かりながら散逸させた稲垣氏の責任が、1gでも減ずるわけでないことは子供でも分かることだ。

 首を捻らざるを得ないのは、わたしや浜野監督、そして尾崎翠フォーラムに内容証明を送りつけて来た稲垣氏代理人の弁護士が所属する中村合同特許法律事務所は、日本近代文学館の名誉館長である中村稔氏が、かつて「代表パートナー」であり、現在もHPでは「パートナー」の一人として、トップに名前を連ねていることである。

 日本近代文学館は、今回の稲垣氏代理人によるわたしたちや尾崎翠フォーラムへの内容証明郵便を承知しているのだろうか。そのことと今月10月15日の稲垣氏の講演は何か関連しているのだろうか。そして日本近代文学館は、稲垣氏代理人のように稲垣氏の主張を鵜呑みにし、稲垣氏をバックアップしようとしているのだろうか。

 それにしても、尾崎翠の書簡流出問題がクローズアップされている中で、渦中の稲垣眞美氏が「資料は語る」と題した講演を、文学資料の収集・保管が生命線の日本近代文学館で行うことの社会的な意味は、決して小さくない。
 しかも、浜野監督の『第七官界彷徨ー尾崎翠を探して』の製作を潰そうとしたように、女性の表現者に対して抑圧的だった稲垣氏が「女性がものを書く」ことについて語るのは、何か皮肉な効果を狙ってのことだろうか。

 不思議なことの多い今回の稲垣氏代理人による内容証明郵便だが、書簡流出問題は稲垣眞美氏が尾崎翠研究において果たして来た功罪を、歴史的・実証的に検証する貴重な機会だとわたしは考えている。

 浜野監督とわたしは、新作『百合子、ダスヴィダーニヤ』の上映活動で東京を留守にしていたため、先方の指定して来た2週間以内には回答できなかったが、9月末日に回答書を郵送した。勝手に文書を送りつけて、期限を切るというのも迷惑な話ではある。

 尾崎翠の書簡流出問題をオープンな場で議論すべく、稲垣氏代理人の内容証明郵便と、それに対する回答書を、ここに公開する。
 今後、動きがあり次第、ツイッター、フェイスブック、mixi、このブログなどを活用し、報告したい。

 なお、先に回答書を出した尾崎翠フォーラムは、すでにHPで「回答書と請求書」をアップしている。末尾にリンクしたので、参照して頂きたい。

                                (文責:山邦紀)

 

◉要求書(内容証明郵便)
                                 平成23年9月14日
株式会社旦々社
浜野佐知殿
山崎邦紀殿
                              中村合同特許法律事務所
                                  稲垣真美代理人
                                 弁護士 富岡英次
                                  同  小林正和

拝 啓  時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
 私どもは、稲垣真美氏(以下「当方依頼人」と申します。)から依頼を受け、当方依頼人を代理して、貴殿らに本書状をお送りしています。
1 貴殿らは、不特定多数の者が閲覧することができるTwitter(以下「ツィッター」と言います。)上において(http://twitter.com/#!/hamanosachi、http://twitter.com/#!/kuninori55参照)、当方依頼人に関し、平成23年6月2日付けで「尾崎翠の書簡がオークションにかけられている話は以前から聞いていたが、それが全集編者の稲垣眞美の手元から流出した=売買されたことが明らかになった。…」、「…本来の所有者と関わりなく売買されることは『盗品』扱いになる。…」、また、同月8日付けで「…創樹社と筑摩書房の二度にわたる尾崎翠全集を編纂し、親族から預かった書簡を返却せずに売り飛ばしたことが公然化した稲垣眞美が、日本近代文学館で尾崎翠について講演するのだという。…」、「稲垣眞美が私物化した尾崎翠の手紙がヤフオクに出されたり、古書店を通じて売買されていることが明らかになった今でも、日本近代文学館は知らんぷりして稲垣の講演を挙行するのだろうか。見ものである。…」等とツイート(以下「投稿」と言います。)ないしリツイート(以下「引用」と言います。)しておられます。
 当該投稿ないし引用の内容は、当方依頼人が、尾崎翠の書簡を、尾崎翠の相続人に無断で売却した旨摘示するものです。

2 しかしながら、当該摘示内容中、当方依頼人が当該書簡を流出させた旨の、あるいは、これを前提とする事実は、全く真実に反するもの、すなわち虚偽であり、当方依頼人は、他のルートから当該書簡が流出したことを明確に裏付ける客観的な証拠も入手しております。
 貴殿らは、当方依頼人の編纂者、作家、文化人あるいは文芸評論家等としての社会的評価が低下するおそれがあることを知りながら、あるいは、少なくとも充分な裏付けをとることなく漫然と、ツィッター上に上記事実を投稿ないし引用したものと言わざるを得ません。
 そして、上記投稿ないし引用を見た不特定多数のツィッターのユーザは、これが真実であると誤解するおそれが十分にあり、貴殿らの行為が、当方依頼人の社会的評価を低下させる名誉毀損行為であることは明らかです。

3 貴殿らの名誉毀損行為の結果、当方依頼人は、大きな精神的損害を被っております。
 したがいまして、当方依頼人は、貴殿らに対し、(1)上記投稿ないし引用を直ちに削除すること、(2)名誉回復の措置として、貴殿らが当方依頼人に対し書面によって謝罪すること、(3)ツィッター上のプロフィール欄ないし投稿欄に、上記摘示内容が真実に反していたこと、及び、その点について謝罪文を掲載すること、並びに、(4)不法行為に基づく精神的損害を補填するための慰謝料として100万円お支払い頂くことを要求致します。

4 つきましては、本書状の受領後2週間以内に、私ども代理人宛てに、貴殿らの今後のご対応につき、書面にて回答されるよう要求申し上げます。
 なお、当方依頼人と致しましても、徒に紛争を好むものではありませんが、上記期間内に誠意あるご回答を頂けない場合には、やむを得ず法的措置を採ることも検討せざるを得ないことを申し添えます。
 また、今後本件に関する連絡は全て、私ども代理人にされるようお願い致します。
                                 敬具




◉回答書(配達証明)
                          2011年9月30日
中村合同特許法律事務所
稲垣眞美代理人
弁護士 富岡英次さま
 同  小林正和さま

平成23年9月14日付「内容証明郵便」に対する回答

                                    浜野佐知
                                    山邦紀
拝復
 稲垣眞美氏代理人としての書面を拝見しました。たまたま浜野も山も大阪の映画祭に参加していたため、返信が遅れました。

 それにしても不可解な要求を頂いたものです。尾崎翠の書簡流出について、山がツイッターに書き込み、浜野がリツイートしたことが、稲垣氏に対する名誉毀損であるとして、ツイートの削除や謝罪文、慰謝料100万円を要求されていますが、稲垣氏が今、何よりも行うべきは、尾崎翠の甥である小林喬樹さんから全集編者として借り受けた尾崎翠の書簡を、小林さんの元に返却する努力なのではないでしょうか。

 稲垣氏は、創樹社で「尾崎翠全集」を編集するに当たり、尾崎翠の甥である小林喬樹さんから、小林さんに宛てた翠の8通の書簡を借り受けました。その後、稲垣氏の編集により創樹社および筑摩書房から「尾崎翠全集」が発刊されています。しかしながら、その後、小林さんから稲垣氏への再三にわたる書簡の返還請求にもかかわらず、返還が行われていません。

 鳥取の尾崎翠フォーラムの綿密な調査によれば、現在8通の内「1964年(昭和39年)4月18日付書簡」、「1966年(昭和41年)7月9日付書簡」の2通が古書店で販売され、現在「鳥取県立図書館」で所蔵されています。また「1966年(昭和41年)9月12日付書簡」1通が「ヤフーオークション」に出品されました。

 稲垣氏が責任を持って保管すべき8通の書簡のうち3通が既に売買されているというのが、紛れもない事実です。稲垣氏が尾崎翠の遺族から借り受けた書簡が返還されず、他人の手に渡ってしまっているという事実です。
 稲垣氏が、一時的に全集の版元である創樹社あるいは筑摩書房に預けたとしても、氏が責任を持って管理し、返還すべき書簡が流出してしまっているのですから、流出したのは今回の書面で稲垣氏言うところの「他のルート」などではなく「稲垣氏のルート」なのです。

 また、尾崎翠フォーラムの調査によれば、尾崎翠の親友であった松下文子さんに宛てて、翠が1965年に鳥取県湖山の老人ホーム「敬生寮」から出した書簡が古書店で売買されました。この書簡も稲垣氏によって尾崎翠全集に収録されたものですが、松下さんの遺族によれば、遺族が稲垣氏に貸したものではなく、恐らく、亡くなった松下さん本人が稲垣氏に貸したものと思われます。
 小林さんから借り受けた書簡だけでなく、松下さんから借り受けた書簡もまた流出し、市場で売買されている現実を前に、借り受けた当事者である稲垣氏は、どのような責任を取るつもりなのでしょうか。

 書面によれば、稲垣氏は「他のルートから当該書簡が流出したことを明確に裏付ける客観的な証拠を入手」しているそうです。初耳ですが、そうであるならば何よりも先にその事実を明らかにし、そのルートを辿って流出した小林さんと松下さんの書簡を取り戻すべきでしょう。
 それが小林さんから大事なプライベートの書簡を借り受け、創樹社と筑摩書房と二度にわたる「尾崎翠全集」で、翠の書簡として収録・発表した編者の責務ではありませんか。松下さん宛ての書簡もまた、遺族に返却すべき義務が稲垣氏には当然あります。

 稲垣氏代理人は、稲垣氏の一方的な主張を鵜呑みにして、今回に至るバックグラウンドや客観的な事実経過をリサーチされていないように思われます。
 稲垣氏と浜野・山の確執は、1998年に浜野が製作・監督した『第七官界彷徨―尾崎翠を探して』(尾崎翠原作。山は脚本を担当)の製作段階において、稲垣氏が尾崎翠の遺族の信頼と感謝をいいことに陋劣な妨害工作を行ったことから始まっています。

 全集を編纂した「恩人」である自分の言うことを、遺族がすべて鵜呑みにすると思っていた稲垣氏は、浜野には鳥取に行って著作権継承者の方(翠の姪)から映画化権のサインをもらってくるよう言いながら、その一方で著作権継承者の方には絶対サインするな、自分の知りあいの映画製作会社があるから、そこと契約しろ、と指示し、その会社の契約書まで送ったのでした。
 この時は、著作権継承者の方と実弟の方(翠の甥)が、稲垣氏と電話で長時間やり取りし、浜野と稲垣氏の2通の契約書を比較検討したうえで(実弟の方は元銀行勤務で契約書に詳しい)、私的欲得に基づかない浜野の契約書にサインしてくれました。
 それによって日本芸術文化振興基金と東京都女性財団の助成を受け、鳥取県の全面的ロケ支援を受けて、映画『第七官界彷徨―尾崎翠を探して』は無事完成することができたのです。

 全集編者による作家の「私物化」(映画化についてまで口を出し、著作権者に従わせようと権力行使するのは私物化以外の何者でもありません)に疑問を抱いた山は、出版界の編集者や作家に取材したところ、マイナー作家の場合(尾崎翠は当時知られていませんでした)決して珍しいことではないことを知り驚きました。
 しかし、映画の完成と同時期に刊行された筑摩書房の「定本尾崎翠全集」下巻に稲垣氏が書いた「解説」もまた驚くべきものでした。新しい資料が出てきたわけでもないのに、翠と「恋人」であるとされた高橋丈雄について妄想、あるいは捏造としか言えない性的関係が具体的に記述されていたのです。わたしはそれについて、映画『第七官界彷徨―尾崎翠を探して』のホームページや自分のブログで批判してきました。

 10年を越えるわたしたちの批判に対して、これまでいっさい無視を決め込んで来た稲垣氏が、今回のツイッターへの書き込み、およびリツイートを理由として、唐突に名誉毀損の主張をしてきたことは、尾崎翠の書簡流出問題がマスコミでも報道され、自身のアキレス腱になるかもしれないという危機感の表れ以外の何ものでもありません。
 稲垣氏代理人には、こうした流れ=文脈を理解して頂いたうえで、今回の書面にお答えしたいと思います。

些細なことではありますが、内容証明の宛先である旦々舎の漢字を「旦々社」と間違えて書かれています。また、山は旦々舎の所属ではありません。フリーランスの脚本家・監督として旦々舎の仕事をしています。まずは事実関係を正確に把握して頂きたい。

今回稲垣氏および代理人が問題にしているのは、ツイッター上における山の4つのツイートと浜野のリツイートですが、リツイートは誰でもできるものであり、浜野に特定してリツイートの責任を問う根拠を示して頂きたい。これこそ先に記した10年以上の軋轢を背景とした、言いがかりとしか思えません。

山のツイートの最初の2つ「尾崎翠の書簡がオークションにかけられている話は以前から聞いていたが、それが全集編者の稲垣眞美の手元から流出した=売買されたことが明らかになった。…」「…本来の所有者と関わりなく売買されることは『盗品』扱いになる。…」(6月2日)は、鳥取の尾崎翠フォーラムのホームページから引用、紹介したもので、引用元も明らかにしています。
 尾崎翠フォーラムの土井淑平代表によるホームページの記事は、流出した書簡の行方を綿密に調査し、稲垣氏に書簡を貸したもう一方の当事者である小林喬樹さんの裏付けも取った、非常に信頼できるものです。
 浜野と山はフォーラム発足当初から関ってきましたが、翠の故郷の市民が地元の作家を再評価しようと、ボランティアで11年間、毎年講演会や映画上映、翠の史跡を訪ねるバスツアーなどを行ってきました。鳥取県も第一回目から支援しています。尾崎翠の新資料の発掘に努める一方、第一線の研究者を国内外から招き、尾崎翠研究にも資するところの大きい貴重な市民運動です。
 その尾崎翠フォーラムにも、わたしたちとほぼ同文の内容証明が舞い込んでいることを知り、驚き呆れました。山が引用したホームページには、尾崎翠の書簡流出問題に関する現状が正確に調査・報告されています。あの記事のどこに、稲垣氏に対する謂れのない名誉毀損があると言うのでしょう。

残る2つのツイート「…創樹社と筑摩書房の二度にわたる尾崎翠全集を編纂し、親族から預かった書簡を返却せずに売り飛ばしたことが公然化した稲垣眞美が、日本近代文学館で尾崎翠について講演するのだという。…」「稲垣眞美が私物化した尾崎翠の手紙がヤフオクに出されたり、古書店を通じて売買されていることが明らかになった今でも、日本近代文学館は知らんぷりして稲垣の講演を挙行するのだろうか。見ものではある。…」(6月8日)については、文学資料を収集・保存することが設立目的であり、レゾンデートルである日本近代文学館で、「資料は語る」と題されたシリーズの講演を、資料を流出させたことが明らかになった稲垣氏が行うことの皮肉を指摘したものです。

稲垣氏代理人は、わたしのツイートに対し「当方依頼人が、尾崎翠の書簡を、尾崎翠の相続人に無断で売却した旨摘示するものです」としたうえで「しかしながら、当該摘示内容中、当方依頼人が当該書簡を流出させた旨の、あるいは、これを前提とする事実は、全く真実に反するもの、すなわち虚偽であり」「当方依頼人は、他のルートから当該書簡が流出したことを、明確に裏付ける客観的な証拠も入手しております」と続きます。

この論理構成を検討すると「売却」と「流出」を意図的に混用していることが分かります。「書簡を売却したのは稲垣氏ではない」=「書簡は他のルートから流出したことを裏付ける証拠がある」というのですが、重要なのは「流出」と「売却」は明らかに異なった問題だということです。
「流出」とは、稲垣氏が遺族から借り受けた書簡を保管・管理・返却する責任があるにも関わらず、外部に文字通り流出させたことを指します。これはいわば「所在不明」の状態で、それが古書店に売られたり、オークションにかけられたりして初めて「売却」となります。である以上「直接自分が売却したのではないから、流出させたわけではない」という論理は成り立ちません。
「流出」の責任が書簡を借りて全集に収録した編者稲垣氏にあることは明らかであり、誰が直接的に「売却」したかとは別の問題なのです。だからこそ小林喬樹さんは、長年にわたって稲垣氏に返還を求めているのです。

稲垣氏は「他のルートから当該書簡が流出したことを明確に裏付ける客観的な証拠を入手」したそうですが、それは具体的にどのようなルートであり、どの時点で「証拠を入手」したのでしょうか。ここでは時系列が大きな争点になってきます。
 小林喬樹さんの再三にわたる返還請求に応じなかったうえ、これまで一切「他のルート」を明示して来なかった以上、稲垣氏が売買においても関っていると目されるのは当然ではありませんか。自ら招いた事態と言わざるを得ません。

稲垣氏の言う「他のルート」が何であるか、今の段階では想像するしかありませんが、筑摩書房が「書簡はコピーでしか受け取っていない」と明言している以上、残るのは創樹社ルートです。
 稲垣氏が小林喬樹さんから尾崎翠の書簡を借り受け、それが流出と売買に至る経過を時系列で見ると、以下のようになります。
 最初の創樹社版全集が出たのが79年。版元を替えて筑摩書房から定本尾崎翠全集が刊行されたのが98年。そして創樹社が自己破産したのが02年です。尾崎翠の書簡が古書店などのカタログなどで散見されるようになったのは、創樹社が自己破産した02年以降のことでした。(研究者の証言による)

創樹社から筑摩書房に全集を移す理由となったのが、遺族に対する印税未払い問題です。創樹社は、知られざる女性作家尾崎翠の全集を出すことに踏み切った志のある出版社でしたが、経営的に難しくなることが何度かあったようです。稲垣氏は創樹社の反対を押し切り、遺族の意向を盾に筑摩書房に強引に全集を移しました。
 本来79年に全集が刊行された時点で、稲垣氏は書簡を小林喬樹さんに返却する義務がありますが、(もし売買が創樹社ルートだとすると)全集を筑摩書房に移すまでの20年近く漫然と放置したことになります。それだけでありません。全集を筑摩書房に移したのに、書簡は創樹社に置いて来たことになります。
 その間、小林さんに何度も返却を求められていたのに、それにまともに応えて来なかったのは何故でしょうか?

印税未払いが版元を移す理由だったのですから、もし書簡が創樹社に預けっ放しになっていたのだったら、全集を移す際に、経営的に危ない会社から書簡も引き上げるのが編者の絶対的な責務です。それもせず、徒に02年の創樹社の自己破産を迎えることになりました。社内の資料類も四散したことでしょう。遺族から書簡を託された編者として、あまりにも無責任です。

「他のルートから当該書簡が流出した」という稲垣氏の主張を前提とすると、まず稲垣氏が管理責任を放棄して書簡を漫然と放置した20数年があり、それによって「流出」が起こりました。ここまでは明らかに稲垣氏の責任です。その後に誰が関ったか、どういう経緯であったか「売買」という事態が起こります。
 小林喬樹さんにとって、尾崎翠は早く亡くなった実母(翠は母の姉)の代わりに可愛がり育ててくれた伯母さんです。大事な翠直筆の書簡を全集のために貸し出し、何の説明もないまま返還されず、今では売りに出されていることが明らかになりました。小林さんが貸した当事者である稲垣氏に返却を求めるのは当然であり、稲垣氏に「流出」させた責任があることは紛れもない事実です。

尾崎翠の親族や、翠の親友だった松下文子さん本人から借り受けた資料に対する稲垣氏の信じ難い杜撰さは、到底他人から預かったものという感覚ではなく、編者の自分がお礼として貰い受けた「自分の物」と考えていたとしか思えません。
 尾崎翠の実妹である早川薫さんから借り出した資料についても、薫さんが亡くなった後、著作権継承者の方とその実弟の方から再三にわたって返却を要請されたあげく、ようやく先年20数年ぶりに返しましたが、それが全部である証拠はどこにもありません。

最後にツイッターについて。ツイッターは日本語で「呟き」と言われるように、各人が主観的な感想を短く書き込み、多くの人の「呟き」がいっせいにタイムラインを流れて行きます。瞬時に現れ、瞬時に流れさって行くもので、よほど関心のある人でもない限り過去の記録を参照したりしません。
 山のツイートによって、稲垣氏がいかなる「精神的損害」が生じたか具体的に示して頂きたい。またそれを「補填するための慰謝料として100万円」の算定の根拠を、これも明確に示して頂きたい。

わたしたちは、ツイッターの削除や稲垣氏への謝罪文を書くこと、さらに慰謝料を支払うつもりは毛頭ありません。こちらも「徒に紛争を好むものでは」ありませんが、稲垣氏代理人言うところの「法的措置」が取られれば、尾崎翠研究における稲垣眞美氏の功罪を、公の場で歴史的・実証的に検証する好機と考えます。

 なお、浜野も山も新作の『百合子、ダスヴィダーニヤ』の上映で東京を不在にすることも多く、今回のように期限を切っての回答要求にはお応えできないこともあることをご承知置き下さい。

■鳥取の尾崎翠フォーラムの回答書と、同フォーラムへの請求書■



comment









trackback