2017/03

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この春先、多分311以降だったと思うが、不定期刊の『性の探求』(光彩書房)という老年向け実話誌に、場違いな永田洋子さん追悼を書いた。この号の特集テーマは「私の人生を変えた性快楽」というもので、編集者も永田さんも迷惑だったかもしれない。
次号の原稿を書いたので、すでにこの記事の務めは終ったと解釈し、ブログに再録する。なお、文中でいかにもシュルレアリスムに詳しいような印象を与えたとすれば、それは紛れもなく、エロ本読者に対するわたしのハッタリである。ここで取り上げた『性に関する探求』(アンドレ・ブルトン編)以外、何も知らない。

 
 いきなり奇矯なことを言い出すようだが、わたしにとって「人生を変えた性快楽」と言えば、今年の二月に獄中で病死した連合赤軍の永田洋子(ながた・ひろこ)さんと、シュルレアリスムの創始者アンドレ・ブルトンを抜きにしては考えられない。
 簡単に言ってしまえば、わたしは連合赤軍のリンチ大量殺人事件で逮捕され、世間の轟々たる非難の的となった永田さんとセックスする夢を見て、生涯に数えるほどしかない夢精をした。その時の強烈な感覚はわたしの脳裏に刻まれ、それ以前はもちろん、それ以降の現実的な性的体験で、それを越えることはない。
 じゃあ、ブルトンのほうは何だと言えば、そういうわたしの体験と感覚を的確に表現してくれたのだ。たとえば、

「夢魔は想像上のものではない。明確に定義できる、夜の事件なんだ」(『性に関する探求』アンドレ・ブルトン編・白水社刊)

 シュルレアリストたちがセックスについてあからさまにディスカッションしたこの書物については、本誌創刊号でも触れた。実際わたしにとって若き日の夢の中での永田さんとのセックスは、まぎれもない「夜の致命的な事件」だった。
 過激派のサブリーダーで、凶悪なブス女として指弾された永田さんとセックスする夢を、わたし以外の誰が見ただろう。自慢しているように聞こえたら恐縮だが、永田さんが亡くなった今、わたしは選ばれた人間として、事の次第を正確に・誠実に語る義務があるのではないだろうか。

 どこかで野坂昭如が「オナニー以上の快楽は、現実の女性相手では存在しない」というような意味のことを書いていた。性的快楽における、現実を越えた夢想の優位性。それがわたしにとって夢の中のセックスの、純然たる快感だったのかもしれない。しかし、それがなぜ殺人犯・永田洋子だったのか?
 もちろん、その後も時には性的な夢を見ることはある。しかし、射精に至ることはない。四十年近く前の、ペニスの内奥から迸り、吸引されていく感覚が、いまだにわたしの脳内で生き続け、木霊のように時に遠く、時に近く感じることができる。
 現実の世界で、一夜の夢を乗り越えられないわたしの一生は、果たして不毛で不幸だろうか。シュルレアリストたちも、次のような問答をしている。

ブルトン「ペレは夢魔によって快感を得たことが実際にあるか?」
ペレ「あるとも」
ナヴィル「その快感と、現実の快感とを比べるとどうだろう」
ペレ「現実よりずっと良かったね」
ナヴィル「それはなぜ?」
ペレ「説明するのは難しい。説明抜きでそう感じるんだ。二、三度しか経験はないけれど」
 
 夢のほうが、現実よりも快感は強い。これはわたしだけではなく、一九三十年前後のパリでも議論されていた。現実を凌駕する快感を体感できたわたしは、不幸な人生どころかラッキーだったような気さえしてくる。
 なお、ここでブルトンたちが「夢魔」と呼ぶのは、現実に存在する女性を夢に見ることだけでなく、夢の中だけに存在する悪魔のことを指していることが多い。
 睡眠中の女性を犯す男の悪魔が「アンキューブ=淫夢男精」で、睡眠中の男を誘惑する女の悪魔が「シュキューブ=淫夢女精」。当時の前衛芸術家たちも、夢魔の存在をかなり本気で信じていたようだ。

 永田さんはわたしにとってシュキューブ、つまり夢の中の悪魔だったのだろうか。確かに当時、美人同志たちを嫉妬心から次々と惨殺したブスの悪魔、というのが永田さんに貼られたレッテルだった。そしてわたしは、そうした世間のバッシングに猛反発し、擁護論をせっせと新聞社の投書欄に送ったりしていたのだ。もちろん、一度も採用されなかったけれど。
 ノンポリだったわたしが、永田さんたちの革命理論に共鳴したわけではない。学生時代から「ブス好み」と友人たちに揶揄されてきたわたしだったが、永田さんが世間の美的基準から外れるから援護したいと思ったわけでもない。はっきりと自分の考えを主張する女の人が、容貌まであげつらわれ、まるで下等な魔女みたいに集中攻撃されているのに、わたしは憤激したのだった。
 実際、永田さんは自分のことを以下のように書いている。

「私は、女の解放を願い、ひかえ目な人間ではなかった。しかし、それは表面的なことにすぎず、性関係のような人間性の内面が最もはっきりと現れるような関係においては、男の主導を越えることも、その意識性を持つこともできなかった」
「そのため、私は、女の自主性や主体性を抑圧する家父長制に反対していながら、反発の域を出なかった。私自身、党組織における家父長主義から自由でなかったどころか、それを女の側から支える役割をはたしてしまったのである」永田洋子『続 十六の墓標』

 自ら「ひかえ目な人間ではなかった」と書いている永田さんだが、指導される兵士たちから見ると「鬼ババア」(坂東国男)以外の何ものでもなかった。しかし、その永田さんの最初の性経験は、所属した組織、革命左派(京浜安保共闘)の川島豪議長による一方的なセックス=レイプだったという。
 パトリシア・スタインホフ教授の『日本赤軍派』によれば、永田さんはその経験を乗り越えるべく、自分なりの性的トレーニングをつみ、後に浅間山荘に立てこもる同志、坂口弘と事実婚の関係にあったが、自由な恋愛やセックスについては概して無理解だった。それが女性同志の糾弾につながった。

 しかし、そうしたことは後にスタインホフ教授の懇切なインタビューが明らかにしたことで、永田さんが逮捕された当時は、永田さんとセックスを結びつける要素はまったくなかったと言っていいだろう。もしあったとしても、世間から孤絶した山岳ベースで、鬼のようなサド女が、部下の兵士に奉仕的セックスを強要するようなものだったに違いない。
 そんな風潮に反発したわたしが、あろうことか、永田さんとセックスする夢を見たのだから、今から考えればそうとう可笑しい。性夢がどんなシチュエーションだったかは忘れてしまったが、永田女王さまに鞭打たれるようなものではなく、柔らかな感覚に満ちたものだったと思う。
 わたしは無意識下で、囚われの醜女、永田洋子にセックス・アピールを感じていたのだろうか。昔の青春小説なら、自分の汚らしい性欲で獄中の永田さんを汚してしまったと罪悪感を感じてしまったりする。しかし、新聞でしか永田さんを知らないわたしに、そんな反省もなかった。ただ射精に至る純粋快感だけが残ったのである。

 古代の日本では、夢に思う人が出てくるのは、相手が自分を思ってくれるからだという解釈が一般的だったらしい。フロイト以降は、夢とは抑圧された無意識の発現というのが常識となったが、性的な夢における対象の登場=キャスティングはどのように行われるのだろう。シュルレアリストたちは、以下のように討議している。

ナヴィル「夢魔の場合とオナニスムの場合と、女性のイメージという点ではどう違うだろう」
ペレ「夢と、覚醒時の想像力との違いだろう」
ブルトン「これはまた曖昧な答えだな。違いは、オナニスムの場合はあれこれと、気難しい選択の余地があるのに、夢魔の場合、選択があり得ないという点だろう」
ナヴィル「オナニスムの場合は、必ず知っている女を思い浮かべるけれど、夢魔の場合、相手は知らない女だ」

 ブルトンの「オナニスムの場合はあれこれと気難しい選択の余地がある」という発言は愉快だ。名だたるシュルレアリストも、日本のオナニストも、ずりネタ=「おかず」にかける厳密性については似たようなものなのだ。
 自分を性的に駆り立てる対象やシチュエーションを、できる限り自分の好みに変形し、集中していくのがオナニーだろう。永田さんを夢見て夢精したわたしも、さすがに永田さんを思い描いてオナニーしたことは一度もない。
 夢においては「選択があり得ない」というブルトンの言葉はまったく正しい。出会い頭の事故のように、永田さんはわたしの性夢の中に現れた。しかし、その一方で、わたしが永田さんに強い関心を注いでいたからこそ、夢の中に現れたのも間違いない事実だろう。
 現実の人間関係と夢は、どのような関係にあるのか。当時、わたしにも恋人と呼ぶべき存在はあったはずだが、

ブルトン「情熱的な恋愛の最中に、人は夢魔に襲われることがあると思うか?」
ナヴィル「よこしまな人物の場合なら、そんなこともありうるだろう」
クノー「知りあいの女性を我がものとすることを夢想することだってありうるけれど、それをどう考える?」
ブルトン「それはおよそ夢魔とはかけ離れたことだ。欲望のごくまっとうな表れだと思う」
ペレ「プレヴェールは夢魔についてどう思う?」
プレヴェール「僕は自分の好きな女のことしか夢に見たことがない」

 ナヴィルやプレヴェールの発言は、いささかシュルレアリストらしくない奇麗ごとのように聞こえる。それとは反対に、一貫して夢の独立性を主張しているのがブルトンだ。

タンギー「覚醒時に欲望を感じているならば、それに合わせて夢を操縦することができるか?」
ブルトン「不可能だ。でも、たまたま運よく、夢の中で現実には得られないものを得ることがある。概して、夢の中の方がいくらか恵まれている。一種の代償機能がはたらいているように思う」

 タンギーの「夢を操縦」という言葉は、昨年のハリウッドの秀作『インセプション』を思い起こさせるが、それはさておき、ブルトンの「代償機能」によれば、リアルな現実においては不美人と付き合っていても、夢の中では美人や映画に登場する女優を登場させるのが妥当ではないか。
 わたしはどうしてまた天下に轟いたブス女、それも殺人犯を性夢の対象としてキャスティングしたのだろう。
 このブス問題については、永田さん自身が次のように自己批判している。なぜ美人同志に、自分自身の顔を変形するほど殴らせるというような無惨なことが行われたのか?

「連赤敗北後、遠山美枝子さん、大槻節子さん、金子みちよさんたちは美人なので、『ブス』の私が嫉妬して彼女らを殺したという批判が長い間様々になされ続け、一審判決はそうした解釈を前面に掲げていた」
「ブルジョア社会では美人は実力や努力と無関係にそれだけで評価されるため、ブルジョア化しやすくなる、従って、美人であることは女性兵士になるうえで障害になる」
「女性兵士になるためには、長年培われてきている美人であるという意識や『女らしい』仕草を克服しなくてはならないという女性兵士化に対する誤った考えに基づいていた。私たちは、中国のプロレタリア文化大革命の中で『(結婚相手は)容姿によってではなく思想で選ぶ』といわれたことや、毛沢東の詩の中の『女性兵士は化粧より銃を愛す』というくだりをそのまま教条的に受け止めていたのではないだろうか」永田洋子『私生きてます』

 永田さんの「美人は実力や努力と無関係にそれだけで評価される」という美人に対する批判は、それ自体は間違っていない。ブス好みと友人たちにからかわれたわたしは、おそらく同じような批判や不満を「美人」たちに対して抱いていたと思われる。
 若松孝二監督の『連合赤軍』では、永田洋子は狐目で皆を睨む陰険極まりない女として描かれていた。世の男たちのブスへの敵視・偏見が見事に凝結していた。
 一方、高橋伴明監督の『光の雨』では裕木奈江が演じ、永田さん原理主義を標榜するわたしも、さすがに美人過ぎると思ったものだ。革命的な「ブス」であるところにこそ、永田さんの本領がある。
 そうだ、この「革命的なブス」こそ、わたしにとってキーワードではなかったか。山岳ベースにあっては、男の兵士も震え上がらせる非情な女性兵士のリーダー、囚われて後は、かつての同志や世間を向こうに回し、髪振り乱して敢然と闘う女。そんな永田洋子の姿に、わたしは意識下で非常にセクシーなものを感じていたに違いない。
 だからこそ、永田さんはわたしの夢の中に現れた。わたしだけが理解できる(と傲慢に思い込んだ若き日の)アンチ美神として。

 わたしは永田さんの著書をほとんど読んだと思うのだが、その結果浮かび上がってきた永田洋子像は、前述の二つの映画の中間ぐらいという、はなはだ平凡なものだ。
 正義感が強く、そのぶん人の感情の機微に疎い、価値観的には素朴で健康で、性や愛の方向にはあまりイマジネーションの働かない、どこか神経の粗い、しかし本当は親切な心を抱いたお姉さん、というのが、現在のわたしの永田さんイメージである。
 そんな永田さんが、わたしの夢魔=淫夢女精として、わたしの生涯に君臨しているのだから、夢とは実に不可思議なものである。
 
 永田洋子。享年六十五歳。六十六歳の誕生日を迎える直前の死だった。合掌。


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