2017/07

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 クレティーユ国際女性映画祭のフィナーレも近い、各種の賞の発表の夜、ゲストにお酒などが振る舞われる「コクテール」があったのだが、わたしがトイレに行って戻ると、浜野監督が派手な口論をおっぱじめているではないか。日本語で盛大に喧嘩している相手は? と見ると、水木しげる御大の描く「砂かけ婆あ」にそっくりの不気味な相貌の日本女性で、5年前に『第七官界彷徨・尾崎翠を探して』でコンペティションに参加した際に、わたしもまた口論した相手であった。



 女性学や美術批評が専門らしいが、特に知られた人ではないので、ここでは一つの典型として「K女史」としておくが、なぜか日本人でただ一人、映画祭のドキュメンタリー部門の審査委員に加わっていた。いまだに審査員であり続けていることに、まず驚いたが、浜野監督が文字通り「喧嘩別れ」した後、何が原因なのか尋ねると「侮辱された」と大いに憤慨している。監督によれば、女史は今回の特集「フォーカス・オン・アジア」に浜野監督のようなロートルの監督が(まあ、こんな直截的な表現ではなかったろうが)どうして参加したのか、他のアジアの国々のように若手の女性監督を送れないところに、日本の映画界のダメさ加減がある、といった意味のことを言ったらしい。まあ、こんなことを面と向かって言われれば、浜野監督でなくても怒るだろうが、わたしはなるほど女史らしい言い分だと思った。
 確かに今回の「フォーカス・オン・アジア」において、浜野監督は最年長であり、他の国は三十歳前後の若手監督も多いのだが、コンペティションでグランプリを獲得したマレーシアのヤスミン監督のように、四十代の実力派監督もいる。浜野監督は目下、著書『女が映画を作るとき』(平凡社新書)の、日本映画業界の体質を批判した記述をめぐって、映画監督協会とモメテいるが、そうした年代を超えた女性監督の個別的な戦いを無視して「若手を送れ」といった、一見耳ざわりの良い常套句を吐くところに、K女史の度し難い頭の硬直や無神経があるのだ。



 そしてなおかつ、女史は自説に固執し、相手の言い分を聞く耳を全く持っていないことは、わたしの5年前の経験で実証済みである。その際は『第七官界彷徨・尾崎翠を探して』のパンフレットが、わたしの稲垣真美批判や、塚本靖代さんの一般の人には難解な尾崎翠論などにページの多くを割き、映画のパンフレットとして体を成していない、とわたしに言ってきたのだが、そんなことは充分に承知の上で、あのパンフレットは製作したのだ。98年当時、まだ稲垣氏が尾崎翠論の権威として威光をふるい、あたかも定説であるかのような稲垣氏による尾崎翠伝説を根底から批判して製作されたあの映画のパンフレットにおいては、尾崎翠論の新しい地平を示すことが、どうしても必要だった。著作権を持つ遺族に対し「尾崎翠全集を編纂して、無名の翠を世に出した」恩人として振る舞っていた稲垣氏の、わたしたちの映画への各種妨害行為にも関わらず、映画化を許諾してくれた遺族の方々への恩義から、浜野監督も、パンフレットを編集したわたしが、そのなかで稲垣氏を口汚く(?)罵倒することには懸念を示した。
 しかし、氏によって脚本を「採点以前」と評されたわたしにも意地があったのだろう。泥仕合の様相を呈するのは、こちらも望むところでないので、稲垣氏が画策した卑劣な行為は表に出さず、あくまで尾崎翠論をめぐってわたしは氏を批判したつもりだったが、もしクレームをつけてきて裁判か何かになるのだったら、わたし個人が責任を持って対決する覚悟で、パンフレットに編集責任を明記した。それでも遺族の方々には忸怩たるものを感じていたのだが、映画が完成した後、鳥取県内で先行試写を行った際に、遺族のある方から「頑張れ!」という伝言を頂いた時には、思わず路上で涙がこぼれたものである。
 K女史には、尾崎翠をめぐる日本の状況を大まかに話したのだが、これが何か人間でない、例えば岩のようなものに向かって言葉を発しているような感じなのだ。女史の脳内には平板な一般論でしかない自説があるのみで、それ以外の見方を受け入れたり、自説を客観的に見直す余地など全くない。犬や猫なら、もう少し言語外のコミュニケーションも図れるのだが、相手が鉱物の岩石では如何ともしようがない。言葉は空しく表面を滑るだけで、まるでディスカッションが成立しないのだ。今回、浜野監督が激昂したのも当然だったろう。



 一応、インテリの端くれであるはずなのに(だからこそ?)どうしてこんな偏狭な精神が成立するのか? そこで思い出したのが、パリの東京三菱銀行の窓口責任者であるらしい、年配の日本人女性が、フランス人には極めて鄭重に対応し、日本人相手には鼻も引っかけないような無礼な態度を示したことだ。どうやら彼女は精神的にフランス人に同化したつもりで、その地点から日本人を見下しているらしい。紛れもないアジア人の顔をしながら、自らをフランス人の末端に位置づける彼女を、わたしは醜いと思ったが、どうしてかこのタイプには女性が多いような気がしてならない。K女史もこの手の一人であるような気がするが、女史の仕事を検索してみると、数は少ないものの、日本にはフランスを売り、フランスには日本を売るタイプの、似非文化的ブローカーであるようだ。
 今回の浜野監督の著書の第5章「映画は男の世界か?」では、映画界のヤクザな男体質を批判する一方で、小権力を握った女が、女を抑圧することを「バカ女の壁」と評した。両面の敵と対決する姿勢を打ち出しているのだが、この「バカ女の壁」が一部の女性たちに熱い反響を呼んでいる。これまで喉まで出掛かっていた言葉を、よくぞ浜野監督が言ってくれたという女たちが少なくないのだ。K女史もまた、紛れもない「バカ女」として女たちの前に立ち塞がろうとしているのだが、お気の毒なことにそれほどのパワーは手中にしていない。
 わたしは、K女史に提案する。浜野監督に「どうして日本の国は若手女性監督を送らないのか?」と言うなら、女史がいかにしてクレティーユの審査委員に潜り込んだのか知らないが、まず率先してその審査委員のポストを、日本のもっと若手の女性研究者に譲るべきではあるまいか。もし岩石に、自己を批判的に検討する知性があればだが。


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