2017/04

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ひとりで大騒ぎして、mixiやブログで書き綴った3月1日の世界傑作劇場だったが、この日をもって取り壊しということもあり、多くの人が集まってくれた。普通なら座席に座っているのは少数で、圧倒的多数は壁際に立ち、好みの相手があれば隣に座りに行くというパターンだが、さすがに舞台挨拶の回は座席に座る人が多く、ほぼ満席だったように思う。
また、ピンク映画館の例に漏れず、平常なら音声のボリュームも相当低いのだが、この回だけは支配人にお願いして、かなり上げてもらった。これは平日に観に行った、ピンク映画の脚本および出演で親しい岡輝男氏が珍しく電話をかけてきて、セリフが聞き取れなかったというので、心配していたもの。昨年の大宮オークラのときには、ボリュームを上げたら音が割れて、かえって何を言ってるか分からなかったので涙を飲んだが、今回はほぼ満足できるところまで出力できた。音は悪いけれど、こっちのダビングだって、そんなに威張れるほどのものではない。
大衆食堂の詩人エンテツこと遠藤哲夫氏と、シオヤマの本を驚異的な忍耐力で編集したライターの南陀楼綾繁氏は、それぞれご自分のブログで、今回の上映&舞台挨拶を紹介してくれた。知人友人の極端に少ないわたしだけに、お二人のブログは多くの人に知ってもらうきっかけとなったことだろう。ご厚意に感謝する。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/



舞台挨拶の後、関係者や知人と打ち上げを行ったのだが、ゲイ当事者の青年が、パンツを穿いた股間同士をこすり合わせるわたしのカットを「あれもアリだ」と評してくれたのは嬉しかった。こすれ合う股間を真下からクローズアップで撮るもので、わたしは「金玉ごろごろカット」と称している。今回は全員が前貼りをしていたので、わたしとしてはイマイチだったのだが、普段ならパンツを穿いてる間は前貼りなしで撮影するところだ。するとパンツの横から袋の一端がはみ出したりして(はみチン)なかなか愉快なカットになる。
今回は、事前に「美しい映画にしよう」(!)という狙いがあったことと、薔薇はもちろんピンクの作法にも慣れていない出演者がいたことで、パンツの下の前貼りを了解した。しかし、あの2カットだけは前貼りナシでやるべきだったと、今でも後悔している。困ったことに、あのカットを撮らないことには、わたしは薔薇を撮ったという気がしないのだった。
なお、青年の知り合いが、10年以上も前の『パレード』という、わたしの作品のなかに映っているという話を聞いてビックリ。レズビアン&ゲイパレードの実行委員会に交渉し、パレードの模様をビデオで取材し、それを劇中で使っているのだが、そのビデオ部分に映り込んでいたのだろう。今では劇場で見ることができない作品なので、保存用ビデオをダビングして進呈することを約束する。(まだ送っていない、御免!)
その『パレード』に、金儲け主義のエロ劇画編集長役で出演したシオヤマも、この日来ていたのだが、彼に言わせると、あの作品でもこの劇場で舞台挨拶を行い、彼も登壇したのだとか。確かにセリフのある重要な役だったが、アフレコの下手さ加減には目を覆うべきものがあった。友人で、なおかつギャラなしだからといって、安易に出演させるべきじゃないね。(といっても、ふだん彼が口癖のように言ってることをセリフで喋らせ、彼が顎で使っている劇画家の原稿を借り出し、彼が創刊したゲイ漫画誌をそのまま使った)。
シオヤマは「日刊漫画屋無駄話」で、作品の出来は自分が出演した「パレード」並みであるとしながら、「にしてもだ。ATGでもあるまいし、大蔵映画はよくGOを出したもの。エロ漫画界だって、下描き段階で没。貧しいが幸せな男だ」(3/2)などと書いている。まったく余計なお世話だ。
http://park22.wakwak.com/~mangaya/nikkann.html



しかし、3月末に出版されるというシオヤマの新著『出版奈落の断末魔〜エロ漫画の黄金時代』(アストラ刊)の予告が、漫画屋のHPの冒頭にデカデカ載っているが、いがらしみきお氏の描いた宣伝漫画に、わたしまで登場していたのにはビックリ。いがらしさんにシオヤマが小便を引っかけ、それを多田君が笑って見ている脇で、酔っ払ったような表情のわたしが立っている。以前、わたしたち3人がいがらしさんの作品「かむろば村へ」の登場人物のモデルになっていると、シオヤマがファックスを送りつけてきたが、多田君は堂々たる重要人物、ホームレス役?のシオヤマは哀れな表情がそっくり、そしてわたしはと言えば、変な半纏にギターを下げて、ほんの数コマ登場する。自分では似てないと思うのだが、昨年の大宮オークラの閉館特集に来てくれただけに、マンガ家の眼力には従うほかはない。あの半纏は、今回の舞台挨拶で着ていた舘岩村婦人消防隊の半纏を予告していたのか。
http://park22.wakwak.com/~mangaya/
わたしが、シオヤマや多田君の同業者として、エロ劇画誌の編集をしていたのは何十年も前のことだが、多田君もこの日来てくれた。一次会では誉めてくれる人が多く、わたしがいい気になっていると睨んだか、二次会でわたしの前に座った多田君が、作品への疑問を呈し始めた。苦言を呈してくれる友人は貴重だ。率直に耳を傾けなければならない、と思う一方で、多田君というのが尋常の論理の使い手ではなく、自分の実感を軸に、屈曲性に富んだ分析を展開する。わたしは昔から彼を分析フェチと呼んでいるが、他人事なら面白がって聞けるものも、自分のこととなると、そうとう面倒だ。
わたしは酔っ払っているうえ、今日ぐらいはいい気持ちにさせてくれ、と思ったところで、記憶が途切れていた。説教する多田君を前に、眠り込んでしまったのだ。聞きたくない話には耳を閉ざし、眠ってしまう。なんという年寄りらしい知恵だろう。さすがに翌日反省して、次回ゆっくりご批判を承るというメールを出したが、舞台挨拶の前夜、千葉県東金市の「雑貨&カフェ ルパーブ」で浜野佐知コミュ(mixi)オフ会があり、深夜まで飲んで、当日の朝、長距離バスで帰ってきた。寝不足であったことも間違いないが、これからも聞きたくない話には、とぼけて眠ってしまう作戦が有効な気がする。



わたしは気づかなかったが、柳下毅一郎氏が来ていたと、目ざといシオヤマが言っていた。氏は昨年の大宮の閉館特集のときにも来てくれたが、拙作を試みのレベルで面白がってくれる唯一の批評家だ。今回の作品について、氏のブログで「牧村耕次が哀感と同時に老ホモセクシュアルの狡猾さも見せつけて素晴らしい」と書いてくれたのは、まさにわが意を得た思いだった。
というのは、今回は企画の当初からひとつのシーンの両義性、多義性といったものを心がけたいと考えていたので、もちろん牧村氏の演技はプロとしての彼の技量が存分に発揮された結果なのだが、死に向かう人間にも自分の卑小な欲望を遂げたいという、小ズルイ計算がある。それを見事に演じた牧村氏にも、見抜いて指摘してくれた柳下氏にも感謝したい。牧村氏とは、スタッフ試写の打ち上げで口論になったのだが、はたして今後、拙作に出てくれるのかな?
http://garth.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-f4ee.html



世界傑作劇場の舞台挨拶から半月後、すい臓がんを患っていた老母が亡くなった。病気が明らかになって、ちょうど1年後のことだったが、会津若松の病院への入院、川崎市の病院への転院、そしてケア病棟=ホスピスと、目まぐるしい日々だった。最期の一時期、譫妄(せんもう)状態に陥った母との対話は、母という人間を知るうえでも、また自意識から解き放たれかかっている人間の意識に浮かぶ想念の、超現実的な論理を知るうえでも貴重なものだった。
今年に入ってからは1週に4日ほど病室に通ったが、病院が川崎市と横浜市の境界にあるため、東横線の日吉駅から15分ほど歩いた。その途中には、オリジナル「ラスタ麺」、酸辣湯麺と発泡酒の生ビールが美味い「太楼」、安くて感じの良い床屋さん「バロン」などお気に入りの店があり、また病院に向かってだらだら上がっていく坂道は、わたしのその日の体の疲労度を測るバロメーターでもあった。母もいないのに、あの坂道を登る気にはなれないが、これからほとんど行く機会もないだろう事を考えると、残念な気がしないでもない。

●写真は、東金市の八鶴湖。水を抜いて、溜まったヘドロを乾燥させ、それを何度か繰り返すことで、池を再生させるのだという。




 5月のGWの真っ最中に、上野オークラ劇場で「OP映画祭り2008」というイベントが行われ、3日(土)にわたしのピンク映画の上映と舞台挨拶が行われる。今回は2月の大宮オークラの閉館興行のような監督特集ではなく、OP映画(オークラ・ピンクの略ね)で撮っている監督9人を集め、監督自身が自作の中から1本を選び、1日3人の監督作品上映+舞台挨拶という構成だ。舞台挨拶は3日〜5日の3日間だが、その前後に映画だけの上映も行われる。
 当初、浜野佐知監督もラインナップに入っていたのだが、大宮のように女性専用席を作ることが出来ないと知って参加を取りやめた。(専用席がなくても、女性のお客さんには気をつかいますので、ご心配なく)
 舞台挨拶では、監督とともに、出演している女優さん、あるいは監督お気に入りの女優さんが登壇するが、わたしは大宮と同じく、佐々木基子さんにお願いした。今回選んだ作品は10年近く前のもので、基子さんは出演していないのだが、わたしにとっての主演女優なのである。
 3日は、関根和美監督と加藤義一監督が一緒で、女優は倖田李梨さん、村上里沙さん。午後3時から舞台挨拶が始まり、その直後の3時40分から拙作『変態奥様 びしょ濡れ肉襦袢』が上映される。かつて『和服夫人の身悶え ソフトSM篇』というタイトルで公開されたものだ。
 4時40分に上映が終わるので、拙作を観に来ていただける方があれば、その後大宮のように打ち上げを行いたい。
●OP映画HP
http://www.okura-movie.co.jp/op/info/index.html



 とっくに分かっていたイベントなのだが、このところ老母の会津若松での入院と東京近郊の病院への転院、秋に行われる尾崎翠シンポジウムの実行委員会などで、自室でのんびりブログを綴るような余裕がなかった。さらに浜野組の新作ピンクの撮影もあり、わたしも現場スチールと飯炊き、食器洗いに追われた。
 浜野組の撮影は、初日の夜から監督が高熱を発し、なかなか大変なものだったが、小山田キャメラマンをはじめとする浜野組の面々の力によって無事終了。監督は翌日から病院行きとなった。
 今回、助監督志望の若い女性二人が現場スタッフとして参加し、旦々ギャルズと呼ばれていた。わたしも食器洗いを手伝ってもらう。セカンドの助監督も女性で、顔ぶれはフェミニンな現場であったが、それをぶち壊していたのが、いつもと変わらない浜野監督の怒声。映画監督ではなく、工事の現場監督ではないかと錯覚させる、あの怒鳴り散らす声があってこその浜野組だ。
 40度の熱があった2日目はさすがにトーンダウンしたが、本人はその日の記憶が飛んでいるとか。高熱のなか、無意識で撮ったカラミの出来のほどは?



 写真は、3月に会津若松の病院に泊り込んでいたとき、早朝5時半頃に目撃した朝火事。最初は空調の蒸気だろうと眺めていたのだが、どんどん煙が大きくなり、そのうち消防車の赤いランプも点滅するようになって火事だと分かった。バックの山は磐梯山。高校時代まで何気なく眺めていた山だが、改めて見直すと富士山のような一般向けと違って(富士山マニアの浜野監督が怒るか?)孤高の精神を感じる。



 今回、自作の中からどれを選ぶか、まったく当てはなかった。これまでの数少ない拙作の特集上映、アップリンクや大宮オークラで上映した作品以外のものを選ぼうと思い、何本か保存用のビデオをチラチラ見たのだが、これはどうかと思った作品がまったくつまらないのですね。駄作愚作の山。
 ウンザリしていたら、まったく期待していなかった、自分の記憶でも忘れかけていた『和服夫人の身悶え ソフトSM篇』(旧題)に思わず目を奪われた。出来が良いというわけではない。例によって完成度は低いのだが、実に好き放題やってる映画で、こんなことが許されるのかと、我ながら呟いてしまった。これでは初期荒木太郎を批判できないではないか?
 ストーリーは、あやしげな俳句結社をめぐるもの。その頃読んだ精神病理学者の春日武彦氏の著作で「カプグラ症候群」というのを知り、ひどく興味をそそられた。自分の周囲の人間は、みんな中身が入れ替わった偽者だと思いこむ妄想で、それをそのまま劇中に取り入れている。
 一方、当時ピンク映のマニア誌『PG』の諸君と小さな論争があり、浜野監督とわたしの旦々舎ピンクは、結局セックスを売り物にしたカラミ映画(正確な表現は忘れた。多分そのようなこと)ではないかという論難があった。それに対し、限定された狭いジャンルゆえの豊かさについて、シチュエーションを変えながらも、これまた劇中で論じている。「性的事象をめぐる、ささやかな思考実験」というのが、当時も今も変わらぬピンク映画のわたしの定義であり、その意味では個人的なピンク映画論ともなっている。



 さらに、青少年のころ読んだ坂口安吾のファルス(笑劇)論とその実作「風博士」や「木枯らしの酒蔵から」を、あからさまに流用し、ヘタクソに真似しているのには参った。
 では、当初のタイトルとなったSMについてはどうかといえば、これは『性現象事典』で読んだ「くすぐり責め(ティックリング)」の項の記述、哲学者のスピノザが隠れたSM愛好家で、彼の愛の定義「愛とはくすぐりであり、これによって思慕の情を伝えるのである」に依拠し、その言葉どおりに女体をチョコチョコくすぐっている。くすぐられたヒロインは当然笑っていて、これではたしてピンク映画といえるのか、我ながら首を傾げてしまった。
 まあ、事典や本からピンク映画をでっちあげる、わたしの作り方の典型といえるだろう。その頃のわたしは(今でも似たようなものだが)浜野監督の付録のように扱われていて、評価の対象外であったが、わたしはわたしで、誰にも理解されなくて結構、自分の好きなものを作るぞ、というサビシイ意気込みに満ちていたようだ。



 いや、わたしが今回、この旧作に心惹かれたのは、その後業界を引退した二人の役者、山本清彦(やまきよ)と村上ゆう(青木こずえ)が重要な役を演じているせいではなかったか。やまきよと青木こずえさえいれば、わたしのピンク映画はできる、と確信していた時期がわたしにはあった。
 その後、時期を接して二人が業界を去ったのは皮肉なことだが、代わってメインの役者となる柳東史くんが、カプグラ妄想患者を実に魅力的に演じている。今回の舞台挨拶でも来てくれる佐々木基子さんとは、まだ出会う前のことで、こんな風にわたしは役者を頼りにピンク映画を作ってきた。
 主演は今井恭子さんで、この人には薔薇族映画にも出てもらっている。共演には業界屈指の人気者、風間今日子さん、これまた薔薇族にも出演してもらった真央はじめくん、それに舞台の役者の中村和彦くんなど。いずれもわたしの好きな役者たちだ。
 わたしは役者が好きなのだろう。愛してさえいるかもしれない。彼女や彼のわたしだけが感じとった妙な気配、魅力、セクシーさ、思い込みかもしれないが、それらをスクリーンで陰に陽に展開しようと妄想するところから、わたしのピンク映画作りが始まる。これが嵌れば、わたしには気持ちのいい作品ができるのだが、嵌らないと悲惨な結果になることは見ての通りだ。
 まあ、ひとりよがりの映画です。偏屈者のある時期の記念として、笑って観て頂ければ幸い。



 上野オークラは、上野駅からみると、西郷さんの銅像の先、不忍池のほとりにある。薔薇族映画のメッカ上野世界傑作劇場へ続く小道を抜けると、不忍池の眺望が大きく広がるのだが、この狭い小道が曲者なのだ。不可思議なオーラが漂っている。
 明るい上野公園側の大通りから入っても、しっとりした情景の不忍池側から入っても、この小道に足を踏み入れると、すっと翳が差し、背筋をひんやりしたものが流れる。異界に通じているのではないか。かつては深夜、男娼の立ちんぼが営業していたが、今ではどうなのだろう。
●周辺地図
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.42.26.456&el=139.46.34.795&la=1&fi=1&skey=
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 拙作が終了するのは4時40分なので、飲みだすにはまだ早い。この小道のオーラを充分に堪能した後、不忍池のほとりを散歩しようではありませんか。小道のすぐ先には下町風俗資料館なんていうところもある。趣味のある人にはこたえられないかもしれない。
 そう言えば、不忍池で無許可で撮影していたら、警備にとがめられ、説明に窮した当時助監督の国沢実くん(今回OP祭りにも参加している監督さんだ)が、キャメラマンの持っているカメラを指し、「あれはカメラのように見えるが、実はフィルムが入っていない」という驚くような説明をした。これにはスタッフも警備員も「そんなわけ、ねえだろう!」と大笑いになって、和やかなムードになったが、その後撮影をやめたのか、撮影料を払ったのか、忘れてしまった。



 なお、会津若松の朝火事は、ビルひとつぐらい燃え落ちたのではないかと思ったのだが、翌々日探し回って、ようやくたどり着いたのは、うなぎの寝床のような、二階建ての飲み屋ばかりが入っているバラックだった。屋根や外壁だって燃えた風がない。これであれだけの煙が出たのかと驚いてしまったが、いっぱいある飲み屋のそれぞれで燃えるものが違うので、煙が急に色濃くなったりしたのだろう。現場を前に拍子抜けしてしまった。
 下は、翌日には澄み切った空気のなかに凛然とした雄姿を見せた会津磐梯山。






 50年近いピンク映画の歴史において、08年2月17日は記録されるべき一日となった。ピンク映画館が女性客によって、占拠、制圧されたのだ。それと同時に、43年の歴史を誇るピンク映画館がひとつ消滅した。むろん女性客が消滅させたわけではない。大宮オークラ劇場の閉館の日に、浜野佐知特集と舞台挨拶が行われ、そこに浜野監督の応援団を先頭に女性客が押し寄せたのだ。
 一週前の土曜日に行われた、わたしヤマザキの特集と舞台挨拶については、このブログで前回に報告した通り。女性専用席の周囲を徘徊するアナクロなハイエナどもには唖然とさせられたが、この日は専用席を3倍近い30席確保し、先週同様ロープで囲った。劇場側はまさかそれほどの女性客が集まるとは思えず、専用席を中央から右ウィングに移したのだが、そこになんと40名を越える女性客が入場したのだ。
 当然、専用席以外に座った女性客も多かったが、キャパ150席の映画館に40人以上の女性が入ったら、これはもう制圧したも同然。物珍しそうにジロジロ見る男性客はいたものの、手を出してくる男どもはさすがにいなかったようだ。売り上げ的にも、過去最高を記録したという。



 先週、痴漢に走る男性客はごく一部で、多くのおじさんたちは礼儀をわきまえた紳士だった、というのがコメントしてくれたやみぃさんの観察。実際この日も、どんどん押しかけてくる女性客を、ペンライトをもって専用席まで先導してくれたのは、映画館の従業員ではなく、常連客たちだった。彼らにとって悲しむべき閉館の日、多くの女性客を迎えて、館内はある種のカーニバル状態となったが、事故のないよう奮闘してくれた常連客の皆さんには、心から感謝したい。
 舞台挨拶のゲストは北川明花(さやか)さんで、舞台の上のトークだけでなく、その後もロビーでサイン会&撮影会が行われた。明花さんの追っかけも現れて、普通ならそうとう混乱するところだが、整然と列を作って順番を待っている。サインと写真を求める人が絶えず、明花さんには気の毒だったが、わたしは先週、ピンク映画館のお客さんたちを猛獣に例えたことを、つくづく反省した。ピンク映画館に集う多くの人は、ピンク映画の製作スタッフなんかより、はるかに常識をわきまえている。



 打ち上げは近くの居酒屋で行われたが、30人以上の人が参加し、大いに盛り上がった。浜野応援団の知人友人だけでなく、たまたまこの日ピンク映画を観に来たお爺さんや大学生、明花さんの追っかけのサラリーマンなども参加して、多彩な顔ぶれとなった。『日本の童貞』(文春新書)の渋谷知美助教授、トランスジェンダーのセクソロジー研究者の中村美亜さん、ラブピースクラブのHPでエッセイを連載している高橋フミコさん(パフォーマー)と長田真紀子さん(書評)、浜野応援団の一大拠点である東金のジュンさん(浜野コミュ管理人)、ドキュメンタリー映画監督の山上千恵子さん、歯科医&映像作家の矢島チサトさんと、府中で共闘する和田安里子さん、先週男どもに追い回された西山千恵子さん(やみぃさんはこの日も来てくれたが、用事があって舞台挨拶の後帰られた)など多士済々。映画関係やmixiの浜野コミュ関係者が多い。
 異色の参加者は、この日初めてお会いした「みっちゃん」で、かなりの年配ながら、浜野監督のトークに感激し、夜は横浜アリーナの氷川きよしなど演歌の公演に行くつもりだったのを予定変更して打ち上げに参加。当初、相手構わず一人で喋りまくるお爺さんではないかと心配したが、その後「みっちゃん、みっちゃん」と女性たちのアイドルのようになるとは、誰も予想しなかった。



 もっとも、わたしには、それ以前に気にかかっていたことがある。あれだけ多くの女性たちがピンク映画を観て、おそらくほとんどの人は初めてだったと思われるが、失望した人、もしかしたら憤激して帰った人もあるのではないか、という懸念だった。学校で勉強したのではない、いわば野生のフェミニストである浜野監督だが、『百合祭』を観たり監督のトークを聞いたりした時に漠然と想像するピンク映画と、現実のピンク映画には、かなりの開きがあるはずだ。確かに「女の視点から作ってきたピンク映画」ではあるが、男性客のみを対象とした商業映画である以上、レイプを描かなければならないこともある。
 わたしは上映作品を選ぶ際に、ビデオを見直したりしたが、浜野監督はそれほど検討した形跡もない。女性のお客さんがいっぱい来たら来たで、つい気に病むわたしだったが、浜野監督にそれを言うと「まあ、仕方ないね」の一言。豪胆というか、大物である。



 また、わたしには別の読み違い(?)もあった。3本目の『SEX診断 やわらかな快感』に関し、どうも話の展開がくどいし、妙に真面目すぎるところがあって、うまく出来ていない作品のように思えた。わたしの書いた当初のシノプシスは配給会社によって何度も却下され、シナリオも浜野監督によって大幅に改変された、わたしにとっては曰く付きの作品なのである。
 打ち上げの席上「あれは脚本とクレジットされるより、原案ぐらいにとどめて欲しかった」とこぼしたら、その後、何人もの女性たちが「あれが良かった」と声をそろえ、中には「涙ぐんだ」という人さえいるではないか。わたしは愕然としてしまった。
 大衆食堂の詩人、エンテツさんご一党のモンクシールさんは女性三人で来てくれたのだが、後に次のようなメッセージを送ってくれた。
「三人一致の感想は、凄く面白かった。また観てみたい、というものです。友人二人は40代の女性なので、3作目の『やわらかな快感』が特に良かったと絶賛してました。自分に当てはまる年齢などの切ない部分が凄く伝わってくるんだそうです」
『百合祭』以降、浜野監督作品がストレート性を増していることは事実である。浜野組のストレートなメッセージ性が、女性たちのシンパシーを誘うのだろうか。わたしは同じ男の欲望批判でも、もう少し紆余曲折と笑いのうちに展開したいのだが。
 後日、浜野監督とその話になり「結局、どうしようもなく男なんだよ」と言われ、ひどく悔しい思いをした。女装者が、本物の女性に「どんなに厚化粧したって、男は男」と言われたような気分なのである(このニュアンスが分かってもらえるだろうか)。



 わたしの特集の時にも来てくれた、これもエンテツさんご一党のライター、田之上氏には「同じ脚本家で、よくこれだけ違う映画ができるものだ」と呆れられたが、確かに浜野監督とわたしの映画観はまったく違っている。かつては作品ができるたびに喧嘩をしていたが、自分の好きなことは自分で監督しろ! ということになり、浜野組B班のヤマザキ組が生まれた経緯がある。
 わたしなりに男性的欲望の作動メカニズムを相対化し、女性的価値観に立つという姿勢では一貫しているつもりだが、「結局は男じゃないか」と言われると深く脱力してしまう。価値観においてわたしは女を装う者であり、女装者には女装者の悲しみや孤独がある。わたしは女性たちが盛り上がる大宮の打ち上げで、きっとその種の悲しみを味わっていたのだろう。
 余談ながら、この日の大宮オークラ劇場でも女装の皆さんが出動していたが、わたしの座った席の同じ列で、女装者と老紳士がなにやら怪しげな仕草を始めたのには、いささか驚いた。すぐ後ろのお客も覗き込んだり、手を伸ばしたりしている。その気配を察して、わざわざ見に来るお客さえいた。わたしもよほど近寄って覗き込もうかと思ったが、何となく躊躇っているうちに、女装者が右ウィングを占める女性客を指し「この映画が終わったら、みんな帰るから」と言って、制止している。わたしたちが劇場を出た後、どんな光景が展開されたか興味は尽きない。劇場最後の日なのだ。おおいに盛り上がったことだろう。



 しかし、正直なところ、同じ監督のピンク映画を、立て続けに三本観るのはツライと思った。先週、棚沢教授が「気が狂いそうになった」というのもよく分かる。特に旦々舎の場合、セットも役者も音楽も似たようなものなのだ。ストーリーもカラミで分断されるため、続けて上映されると、同じ映画が続いているような錯覚をしてしまう。
 もっとも、だからといって、一部ピンク映画マニアの旦々舎批判にうなずくつもりは毛頭ない。いつだったか、ピンク映画の業界関係者が集まる飲み会で、浜野監督に向かって「男の観客をバカにしてるのではないか」と詰め寄ったピンク映画マニア(もちろん男)がいたとか。つくづく救い難いと思った。浜野作品が男をバカにしているのは誰の目にも明らかで、そんな自明の事実をもって抗議するところが、またバカの上塗りである。
 男の観客をバカにする浜野作品を、一時期にしろ多くの男の観客が支持したことは紛れもない事実であって、よだれのような感想文を書く暇があったら、そのパラドックスを解くべきではないか。(わたしは、その手の飲み会に参加したことは一度もない。ピンク映画の存在理由を疑ったことはないが、業界とその周辺にはいつまで経っても馴染めないところがある)。



 それにしても、多くの女性たちがピンク映画を観て、エロについて語り合いながら気勢を上げているのを見るのは心地よいものだった。これまで『第七官界彷徨−尾崎翠を探して』や『百合祭』『こほろぎ嬢』などの上映会場で、ピンク映画について触れることも少なくなかったが、実際に女性たちがピンクを観る機会は絶無に近く、いわば言いっぱなしの状態だった。
 それが今回、多くの女性たちに見てもらい、きっと激怒したり、深く失望したりした人もあったと思うが、ともかく浜野監督作品のバックグラウンドを知ってもらえたことの意義は大きい。コジツケのようになるが、尾崎翠もまたエログロについて考究していたことは、映画台本『瑠璃玉の耳輪』を読めば諒解されることだ。



 ところで、打ち上げに飛び入りで参加してくれた「みっちゃん」だが、当初わたしはきっと独りよがりの爺さんに違いないと思って、隔離政策をとっていた。集合写真を撮ったときにも、さっさと隅の席に連れ帰ったのだが、それに対して女性たちからブーイングが起きた。大声では喋るが、押し付けがましさのないさっぱりした態度が、彼女たちには感得されていたのだ。ここでもわたしの読みは狂っていた。
 みっちゃんが祝儀袋を常に携帯していて、長年大宮オークラ劇場でモギリを勤めた女性にご祝儀を渡したのにもビックリ。なんでも一度生死に関わる大病をして、お金をこの世に残しても仕方ないと悟ったのだとか。女性に対する敬意を忘れないみっちゃんへの人気は、打ち上げの精算をする段になって、最初に集めた会費だけでは足りなくなった時、またしてもご祝儀袋を取り出してくれたことで最高潮に達した。



 ずっとみっちゃんの相手をしてくれた大学生クンの存在にも驚かされた。根気よく話し相手を務めただけでなく、肩を揉んで千円のご祝儀をもらうと、この日の飲み代に供出していた。みっちゃんも大学生クンも、特に浜野監督ファンというわけではなく、この日たまたまピンク映画館に、ぶらり立ち寄っただけなのだ。つくづく、さまざまな人間たちを受け入れているピンク映画館という器、場所について、あらためて考えなければならないと思った。
 今回、大宮オークラ劇場が閉館することで、埼玉県内のピンク映画館は絶滅したという。先週、あまりの音のひどさに、思わず内心で罵ってしまったわたしだが、浅墓であった。



 不思議な光景だが、別に祈っているわけではない。一本締めで打ち上げを終えるところ。浜野監督の隣はモギリの女性(浅草の映画館にも長く勤めたという)と佐々木支配人。長年ご苦労様でした。二週にわたって通った大宮オークラ劇場を、わたしはいつまでも忘れません。


 いや、しかし、何が驚いたといって、ピンク映画館にたむろする、コートなんか着込んだいっぱしのオッサンたちには瞠目させられた。2月9日(土)わたしのピンク映画の特集上映が大宮オークラ劇場で行われたのだが、部屋を出る前に支配人に電話し、女性専用席について確認した。すると、すでに座席に貼り紙したうえ、ロープで囲ってあるという。ロープ? いくらなんでも、それは大げさではないかと思ったが、まあ劇場のやり方があるのだろう。実際どれぐらいの女性客が来るのかさえ分からなかったが、とりあえず一安心で大宮に向かった。
 天気予報どおり、ちらほら雪が舞って、大宮はひどく寒い。都内よりけっこう温度が低いのではないか。そんななか、カニグズバーグの翻訳をめぐって岩波書店と独力で闘ったやみぃさんが劇場に現れ、続いて東洋大学の棚沢直子教授が出現。『フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか?』(角川文庫)の著者だ。フランスから帰ったばかりで、時差ぼけだという。わたしの退屈な映画を観て眠ってしまうかもしれない。そこにフェミ系の研究者、西山千恵子さんがやってきて、棚沢さんとは以前に出会っているという。ピンク映画館での邂逅というのも珍しい。そしてゲストの女優、佐々木基子さん、里見瑤子さんが到着し、5〜6人が女性客か。
 もう一人、わたしにエロ本百冊くれる友パドック氏の部下の編集者、森田くんが目下休筆中の女性マンガ家を連れてきてくれたが、カップル扱いで女性専用席には入らない。



 で、その女性専用席だが、スクリーン前の中央2列が、ガッシリしたロープで仕切られ、跨がないと中に入れないようになっている。ずいぶん厳重だが、まあ、しかし、暗くなれば座席の貼り紙も見えなくなるので、仕方ないのだろう。意外なことに、他にも2〜3人の女性客がいて、なかでも一人はけっこう肌にピッタリ密着した扇情的なファッション。わたしのピンク映画を観にくるような物好きには見えないので、支配人に尋ねる。
 すると「あの人たちは女性のようで女性でない人たちなのです」。つまり女装者で、彼女たちは男性客との交流(?)にくるので、女性専用席に入ったのでは来た意味がない。ピンク映画館に女装者が出没するのはよく聞く話だが、わたしはかつて『クロス・ドレッシング』(光彩書房)という日本初の商業女装誌を編集し、大赤字を出したことがある。女装者には親近感を抱いているし、一本目の『バトルどワイセツ』にはキャンディー・ミルキーさんも素顔で出演しているのだ。
 わたしのもうひとつの心配は、音響だった。ピンク映画館の多くは音量を低く抑えている。寝ているお客さんに配慮しているという劇場もあって、監督にとってストレスの種だ。これも、部屋を出る前に支配人に確認したのだが、実際に劇場に来てみると、やはり低すぎる。映写技師さんと話すと、半年前ぐらいから調子が悪く、音量が上がらないのだとか。実際に上げてもらったら、音が割れてセリフも何を言ってるのか分からない。
 音量を上げなくてもセリフはひどく聞き取りにくいのだが、神経に障る雑音異音が発生しないだけ、まだましだ。これではとても映画を観てもらう環境ではないと、内心慨嘆するが、今さらどうしようもない。消滅する映画館には、消滅するだけの理由や必然性があるのだと、深く諦観する。衰退産業のまさに崩壊していくさまを見届ける心境だが、しかしわざわざ大宮に来てくれた人たちに申し訳ないではないか。
 この日は、mixiのわたしの日記に「駆けつける」と書き込んでくれた『興行師たちの映画史』(青土社)の著者、柳下毅一郎氏や、花田清輝の映画論集『ものみな映画で終わる』(清流出版)の編者、高崎俊夫氏などの批評家筋も来ている。お二人は旧知の仲だったらしい。柳下氏は、唯一わたしの映画を面白がってくれる映画評論家で、数年前アップリンクで行われた、わたしのピンク映画上映会で司会してくれた。柳下氏も高崎氏も、実際にお会いするのはこれが二度目である。
 また、自分のブログで「ピンク映画を観て、いづみやで呑もう!」と力強く呼びかけてくれた大衆食堂の詩人、遠藤哲夫氏もいる。エンテツさんには謝るにしても、彼の呼びかけに応えて来てくれた人たちに悪いね。女性たちもそうだが、ピンク映画初体験がこれでは悲しすぎる。わたしは気が滅入りながらも、女性専用席の斜め後ろの辺りに座った。



 上映が始まる前のインターバルに、女性専用席の周囲をオッサンたちがウロウロし、覗き込んだりしているのは、ピンク映画館で女性客がもの珍しいせいだろうと思った。なにしろ女性専用席なんて、この劇場始まって以来のことだという。しかし、ちゃんとコートなんか着込んで、家に帰れば女房も子供もいるだろうサラリーマン風のオッサンたちは、場内が暗くなって上映が始まっても、ロープの周囲を徘徊し、ねちっこく睨め回しているのだな。こいつらはいったい女というものを見たことがないのだろうかと、呆れてしまった。
 そのうち、ロープで仕切られた2列の、その前の席、これは最前列になるのだが、そこにどうやら女性客が一人いて、すぐ隣にコートのオッサンが座った。他に空いた席があるのに、わざわざ隣に座るのは怪しい。やはり、間もなく女性客が立ち上がって、今度は専用席のサイド側の席に移った。オッサンの手が忍び寄ってきたに違いない。顔を見ると西山さんではないか。どうして女性専用席に入らなかったのだろうと訝しく見ていると、すぐにまた隣に他の中年男が座ってきた。遠慮やためらいのないオヤジどもだと内心舌打ちするが、やはり西山さんはまたしても腰を浮かしている。
 慌てて彼女のところに行き、ロープを下げて女性専用席に入ってもらった。後で聞いてみると、上映が始まる直前にトイレに行ったため、暗い中でロープを跨いで入る要領が分からず、専用席の周囲にいたのだとか。手を出してきたのは、最後の男で3人目だったという。くそオヤジどもめ!
 その間も、その後も、ロープで仕切られた周囲を執拗に回るオッサンたちが絶えず、わたしは檻の中の羊を狙うハイエナさながらだと思った。もちろん、明るいところで一対一で面と向かえば、檻の中の羊のほうが飢えたハイエナどもを圧倒することは間違いないのだが、劇場の暗がりの中で、多数の匿名の男たちに囲まれてみると、そうとう不気味の感は否めない。カラミになると、スクリーンを見ないで、女性客の表情ばかりじっと見つめる男客もいたという。
 ロープは実に必需品だった。これがなかったら、連中は暗いのをいいことに、ずかずか土足で女性専用席に入り込んできたに違いない。専用席の周囲をグルグル回って覗き込む。専用席の外に女性がいれば、すぐさま隣に座って触ろうとする。エッチシーンになると、女性客がどんな表情で見ているか、スクリーンそっちのけで眺め入る。そこには照れも含羞もない、ストレートで露骨な欲望の表出があるだけだ。こんな古典的な男どもが、ゾンビのように、まだピンク映画館の暗がりには残存していたのだ。変な意味で感銘を受ける。

*注 誰もがコメントを読むとは限らないので、やみぃさんから寄せられたコメントを、ここに貼り付けておく。わたしの見方はあくまで盾の片面であって、別な片面もあったようだ。やみぃさん、有り難う。
「えっと、ハイエナみたいな観客は. . . ほんの一部だったように思います。わたしの周りの一般客は、トイレの場所を教えてくれたり、ロープを押さえて席に着きやすいようにしてくれたり. . . ロビーでも灰皿のそばの席を譲ってくれたり. . . 皆さん紳士的でした。初老の男性の「この映画館がなくなるのは本当に寂しい。なんて言うかな、いつ来てもホッとできるような場所だったんだな。寂しくてならないよ」という言葉が印象的でした。行くときに迷って、パチンコ屋さんで道を聞いたら、駐車場の係りの人が劇場のそばの曲がり角まで案内してくれて、「オークラ劇場、閉館しちゃうんですよね. . . 残念です」って。
惜しんでいる人もたくさんで. . . ほんとうに感じることの多い一日でした。」




 音響の劣悪さ、欲望むき出しのオッサンたち、そして彼らを相手にする女装者の存在…監督としては無念の環境であるが、ある意味ではリアル・ピンク映画館が、ここにはある。わたしの友人が、自分が来れないため大宮在住の友達にこの上映会を知らせたら、大宮オークラ劇場を指して「大宮の恥」と言ったとか。なるほどまっとうな市民感覚というものだろうが、そういった市民の家族がお互いに殺しあっているのだと思った。
 街にはこうした「悪所」が必要であり、それを抹殺して清潔な街になったところで、押し込められた内側から噴出してくるものがある。とは言うものの、女性専用席に群がるオッサンどもが、わたしの映画の主な観客であると考えると、いささか意気阻喪してくるのも確かだ。
 舞台挨拶は、1本目の『バトルどワイセツ』が終わった3時から始まった。言いたいことが喉のところまで詰まっている浜野監督と違って、わたしは言葉で話したいことはほとんどない。まったくないといっても良いかもしれない。喋っているうちに混乱してきて、聞いてる方はもちろん、話すわたしの方も何を言っているのか分からなくなるのが通常だ。
 しかし、この日は、前々日まで撮影していた新作に出演していた佐々木基子さん、『バトルどワイセツ』に出演し、舞台挨拶直前のラストシーンで叫んでいた里見瑤子さんが相手なので、話しやすい。もう一人、この日初めて会ったささきふう香さんも気風のいい人で、思ったよりスムーズにいった気がする。主にピンク映画の撮影現場の話などをした。その後、女優さんたちのサイン会になり、思ったより多くの人たちが舞台下に集まる。
 その間わたしは、競馬場から駆けつけてくれたパドック氏が、場内の誰かを探しているのを見かける。出版業界最底辺男のシオヤマ(最近では『東京の暴れん坊』右文書院刊)でも探しているのかと思ったら、いがらしさんを見かけないかと言う。いがらしさん? 驚いたが、仙台在住のマンガ家いがらしみきお氏が、この日大宮オークラにやってくるとシオヤマの会社、漫画屋のHPに書き込みがあったのだとか。
 わたしが白夜書房でエロ劇画の編集をしていた頃、いがらしさんの『やんのかこら!』という単行本を出したことがあった。いがらしみきおの過激な4こまギャグを最初に採用し、デビューさせたのがパドック氏で、それにシオヤマやわたしが追随した。シオヤマの『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫)の刊行を機に、シオヤマやパドック氏はいがらしさんと会ったが、わたしは東京に不在で行けなかった。それにしても、仙台からわざわざ来てくれるのか?



 そのうち2本目『美尻蜜まみれ』の上映が始まり、本当はわたしも観たかったのだが、女優さんや浜野監督とともに、劇場の設定した打ち上げに行かざるを得なかった。3本目『視線ストーカー』の終わる頃に劇場に戻って、エンテツさんが仲介してくれた大衆食堂&酒亭「いづみや」での打ち上げへ向かう人たちを集める。そのとき話しかけてきたのが、いがらしみきお氏だった。その前にも館内で見かけていたのだが、氏であるとはまったく気がつかなかった。無理もない。二十年以上も前のことなのだ。ふくよかで穏やかな表情になったが、太ったのはわたしも同様である。
『やんのかこら!』の時には、仙台からさらに先に行った町の、氏の実家を訪問し、一晩泊めてもらったこともあった。当時のいがらしさんの破壊的なギャグには、わたしも大きな影響を受けている。しかし、3〜4年前に会った柳下氏にも最初気づかず、わたしはどうも人の顔を記憶する脳の部分に小さな損傷があるのではないか。
 何人になるか皆目検討のつかなかったいづみやでの打ち上げだが、二十人以上が参加し、エンテツさんの顔で支店のほうの2階を占拠することになった。カウンター席なので話が遠いかと思ったが、一度自己紹介してもらった後は自由に席を移動し、好きな人と話し合うことができる。とても融通性のある飲み会となった。失われた大衆食堂の現前とも言うべきいづみやの濃厚な雰囲気は、一階より薄まっているが、まあ、しかしこういう店はそうそう無いね。エンテツさんは『汁かけめし快食學』(ちくま文庫)の著者だが『大衆食堂の研究〜東京ジャンクライフ』(三一書房)という著書もある斯界の権威なのだ。(同じオーソリティでも、グルメの権威と違って、現実界を低回しているところが素晴らしい)
 主な参加者は、女性専用席でハイエナどもに狙われた女性たち、エンテツさんの呼びかけに応えて来てくれた人たち、休筆中の女性マンガ家を含めたパドック氏関係、柳下&高崎の両氏にいがらしみきお氏、それに劇場関係者といったところか。仕事が忙しいとかで、いづみやに直行してきたシオヤマは、さっそく柳下氏や高崎氏と話し込んでいた。そう言えば、柳下氏の新著『シネマハント ハリウッドがつまらなくなった101の理由』(エスクァイア マガジン ジャパン)の凝り過ぎのデザインをこき下ろしたシオヤマのエッセイを、彼が送ってくるマイナーな『月刊記録』という新聞(雑誌? パンフレット?)で最近読んだ。
 何事につけうるさいシオヤマだが、信用する映画評論家二人のうちの一人に、柳下氏をあげている。そういえば、柳下氏が司会してくれたアップリンクでの上映会では、氏の著書を持参してサインしてもらっていた。今回はどうしたろう。著者のサインがあると、古本屋に売る時に高くなるのだとか。なんて奴だ!



 棚沢センセイには、3本いずれにも出演している柳東史くんが「あなたのアウターエゴなんだろうけど」と指摘される。アウターエゴ=外部のもう一人のわたし? 確かに3本目の『視線ストーカー』など、素直にわたしの気分が柳君の役に反映しているかもしれない。彼の不在が、最近のわたしの不調につながっているのか?
 もっとも、棚沢センセイ、帰り際に浜野監督に「3本も見せられて気が狂いそうになったわよ」と言い残して帰ったとか。正直な感想だと思う。いくら時差ぼけでも、ハイエナどもの目が光るあの女性専用席では、オチオチ眠るわけにもいかなかったことだろうし。
 やみぃさんや基子さんが、いがらし氏の『ぼのぼの』のファンで、それぞれ楽しそうに憧れのマンガ家と話しているのを目撃するのは、わたしも嬉しい。いがらしさんは、初対面の柳下氏にも挨拶していた。殺人評論家としての柳下氏に興味を惹かれていたのではないか。いろんな出会いがある。いがらし氏の最愛の映画は、今でもロメロの『ゾンビ』だという。
 そう言えば、初めて会ったささきふう香さんとは、今度「メンチを切る女」の役でわたしの映画に出演してもらう約束をした。彼女の切るメンチは、多くの人を震え上がらせるらしい。里見瑤子さんとは「眉毛のない女」の役を約束。いよいよわたしの映画は変な人ばかりになっていく。
 大宮駅東口前のいづみやに移動する頃には、小雨が降っていたが、10時過ぎに散会する頃には雪に変わっていた。すっかり酔っ払ったエンテツさんは、自宅のある北浦和から歩いて帰る途中、歩くのがイヤになり、雪の中で眠ってしまおうかと思ったらしい。気がついたら、翌朝自宅の布団の中で、着の身着のままで寝ていたとか。大衆食堂の詩人、雪の路上で遭難、なんてニュースが流れずに済んだことは、まことに幸いだった。


 今日は忙しかった。明日から始まるピンク映画の撮影のカット割りも、手付かずのまま。何をやっていたかというと、朝7時半におきて、近くの幡ヶ谷の公園に行き、人通りを確認。2日目の朝一の撮影なので、同じ時間帯に状況を見ておく。無許可のゲリラ撮影なので、周囲の人の目もチェックしておかなければならない。吉野家で豚丼を食った後、街の歩きで撮影する大通りに行き、カメラ位置など考える。ビルの私有地に入ると、ガードマンや管理人がすぐ飛んでくるので、カメラを構える箇所と役者を歩かせる箇所は慎重に選ばなければならない。

 その足で、歌舞伎町のスポーツセンターに行き、サウナとプール。どうもわたしの場合、沈思黙考を要する場合、お湯や蒸気のなかでないといけないようだ。先日、脚本のラストをどうするか考えるために、スポーツセンターが休みだったため、近所の風呂屋に行った。実は近くに十二社温泉があるので、そちらに行くことも考えたが、1800円、いかにも高い。南会津の共同浴場は200円なのにー。

 自転車がパンクしているので、ロケハンもスポーツセンターも徒歩で行く。帰ってきて、今度は昨日から作っている小道具の茶葉蛋(ちゃいえたん)をデジカメで撮影。ゆで卵をウーロン茶で煮たものだが、助監督の作った茶葉蛋に違和を感じ、実際に作ってみたら二人とも勘違いしていたことに気づく。大理石のように染まるのは、殻のほうではなく、それを剥いた白味のほうなのだ。考えてみれば当たり前のことで、当たり前のことがピンク映画の監督や助監督には抜け落ちている。
 昨日は煮た後、漬け込んだので、一晩かかった。二人の助監督も作っているようだが、多い方がいいので今日も自分で作る。撮影した茶葉蛋のデジタル写真は、助監督にメールで送り、やはり小道具のポスターを作らせる。



 そこに大宮オークラの佐々木支配人から電話があり、9日の舞台挨拶に里見瑤子さんと、ささきふう香さんが出たいと言っているという。昨日、監督特集第一回目の国沢組があり、二人ともその舞台挨拶に登場したのだ。わたしが考えるに、佐々木基子さんとわたしが二人だけでボソボソ語るのを心細く思った支配人が、おそらく二人に依頼したのではないだろうか。閉館を前に、派手にゲストを並べたかったのかもしれない。
 里見瑤子さんは、2時からの『バトルどワイセツ』に出演しているので、たいへん有り難い。実はラストシーンが里見さんなので、その後、いきなり本人が舞台に登場してくるのは、まるで仕組んだようだ。わたしはゲスト一人と思っていたので、基子さんにお願いしていたのだ。ふう香さんはまったく面識がなく、最近、国沢組で主演したそうだが、こうした機会にお会いできるのも、何かの縁だろう。
 佐々木支配人に、ぜひお二人にも参加してもらうよう依頼する。なお、昨日の大雪でお客さんの入りはイマイチだったとか。電車が止まったりしたので当然だろうが、国沢君には気の毒だった。彼は今回、役者として、明日ヤマザキ組に出演する。

 現場スチール用のフィルムを買い忘れていたことに気づき、もう一度徒歩で新宿西口のヨドバシカメラへー。高感度のリバーサルフィルムなので、大型店でないと買えない。ヤマザキ組と浜野組の現場スチールは、わたしが撮る。朝気づいていれば、これほど歩かなくても済んだのにー。そのまま部屋に戻るのが何となくイヤになり、近所のニューシティホテルの歩道に面した喫茶室で、カフェラテ735円。珍しいことだが、これもイン前のささやかな気まぐれか。

 帰って下着などを洗濯しながら、茶葉蛋を作りつつ、9日のお知らせをメールで知人関係に送る。数人、宛て先不明ですぐにリターンしてくる。いかにわたしが今、日常の付き合いが少ないかを実感。助監督から電話がかかってきて、明日のロケセットの本棚を埋める本を、夜の8時ごろに取りに来るという。スペースを確保するため、厚手の本がいいが、重いので、函だけ渡せる本を選ぼうと考える。
 さあ、このブログをアップしたら、カット割りだ。失敗した茶葉蛋を、昨日から何個か続けて食べているので、胸焼けがする。


「ヤマザキクニノリって、ピンク映画マニアには絶大な不人気監督なんだけど」とわたしが言ったら、閉館が決まった大宮オークラ劇場の佐々木支配人はキッパリ言い切った、「私が好きなんです」。こういう人には永遠に支配人でいてもらいたいが、残念ながら映画館自体がなくなる。閉館を前に4人のピンク映画監督の特集上映が企画され、ヤマザキ、すなわち、わたしもまた、支配人の一存で加わることになった。2月3日(日)が国沢実、9日(土)がわたし山崎邦紀、10日(日)が加藤義一、17日(日)が浜野佐知。それぞれ監督自選の3本が上映され、監督および女優の舞台挨拶も行われる。
 国沢氏にはマニアックなファンがいそうだし、加藤氏は理屈ぬきで楽しめそう、浜野監督には強力な応援団がついている。わたしには、さて、不人気以外に何がある? なにもない。いや、そうだ、屁理屈がある…と自分で言ってしまっては、自縄自縛だが、しかし誰がわたしのピンク映画を観に、大宮までやって来るのだろう。この劇場は43年前に洋画上映館としてスタートしたというだけあって、やたら広々としているのだ。客席は実に145。屁理屈を観に、ピンク映画館にやってくるような人種がそうそういるわけがない。何かうら寂しい上映会の光景が目に浮かぶようだ。



 わたしは何故に不人気であるか。推量するところ、観念的である、理屈っぽく生硬なセリフが続く、登場するのが変態(フェチ)ばかりだ、人間が描けていない、ドラマ的盛り上がりに欠ける、映画的な感動がない、毎回撮影する場所や役者が同じで、飽きる…とまあ、こんなところだろう。列挙しながら思い出したのだが、かつてレオナルド・ダ・ビンチのゲイ説をめぐって、フロイトや花田清輝、それに海外の新しい研究成果、芭蕉ゲイ説などを引用しながら、山の中でえんえんとディスカッションする「薔薇族映画」を撮ったことがあった。そのエンドロールで、役者やスタッフがクレジットされるなか、予想される批判を先取りして役者に叫ばせた。曰く、ふざけるな! このいい加減な終わり方は何だ! これが映画か! 田舎のインテリ気取り! 人間が描けていねえんだよ! こんなヘボ監督に映画撮らせるな! 
 まあ、ほぼ前述の欠点と同じような内容を、役者の全員が60秒ぐらいの間、入れ替わり立ち代わり叫ぶ。思いつきでアフレコで付け加えたのだが、しかし役者たちに目の前で悪口雑言を並べられると、いくら自分で書いた原稿とはいっても、そうとうムッと来るものだね。中でも熱を入れて野次を飛ばしていた柳東史くんに、つい「えらくマジにヘボ監督と叫んでいたじゃないか。本気だったろう」とイヤミを言ったら、「監督が言えって言うからじゃないですか」と抗議されてしまった。役者の迫真のセリフに、ドジな作者のわたしがガックリくる一幕だった。(今回の上映会、本当は薔薇族を一本ぐらい入れたかったのだが、劇場がピンク館なので無理とのこと。なお、大宮オークラの一階にある小劇場は、薔薇の専門館だ)
 自作の欠点をあげつらい、いよいよ墓穴を掘っているような気配だが、実はこれには深謀遠慮がある。これらの欠点は盾の片面であり、もう片面から見ると、欠点が、あらら不思議、別種の魅力となって燦然と輝きだす…というような前置きで、セクシュアリティを専門的に探求するジャンル映画としてのピンク映画について、一度は書き連ねてみたのだが、ピンク映画論としてならともかく、拙作に即して語ると、どうも言いわけじみて後味が悪いのだ。ここはひとつ、欠陥だらけの珍品であることを引き受けて、こんなヘタクソなピンク映画を見る機会は滅多にない! とアピールした方が、むしろ宣伝効果があるのではないか。屁理屈映画を強調するより、まだ、ましのような気がする。



 実は、こんなわたしのピンク映画でも、過去に一度だけ上映会が行われた。映画批評の金字塔にして異端の奇書『興行師たちの映画史〜エクスプロイテーション・フィルム全史』(青土社)の著者、柳下毅一郎氏が司会して、日本のデヴィッド・リンチ批評の導師、滝本誠氏がゲストという、わたしにはあまりにも豪華すぎる上映会だったが、肝心のわたしがさっぱり盛り上がらない、むしろ盛り下げることに終始する陰々滅々たる語り手で、お二人にはまことに申し訳ないことをした。やはり座談は浜野監督のような陽性の語り手でないと愉しくないね。(『興行師たちの映画史』の中の、トッド・ブラウニングが撮影現場で、いつも下半身欠損のフリークスを自分の脇の特別な椅子に座らせていたというような記述を、わたしはどれほど幸せな気持ちで思い返したことだろう。こちらこそ映画史の正統だ)。
http://www.ltokyo.com/yanasita/works/exploitation.html
 この時上映してもらった2本、ちょっと高級なセックス・サイボーグが人間化したおかげで、人生の意味に煩悶し、セックスも弱くなり、人間とロボットの間で自滅する映画や、自分は路上の郵便ポストだ、存在することを誰にも意識されないと観ずる冴えない初老の男に訪れた一幕の夢物語も、いずれも愛着があるが、今回は別の作品を選んでみた。手元にいちおう自作の保存用ビデオがあるのだが、あんまり遡ってもフィルムがあるかどうか分からず、例えば犬のモノローグで全編通す変な映画『バクステール』を痴漢映画に仕立て、荒木太郎君にモノローグを語らせた作品など、当時住んでいた青梅で撮影したこともあって思い出深いのだが、タイトルも忘れてしまった。



 ビデオをアレコレ見返す時間もないので、まずピックアップしたのが「アナル・バイオリン」や「アナル・バース」(お尻から生まれ直す)という珍奇な小道具や概念を主題にしたお尻フェチ映画『愛人秘書・美尻蜜まみれ』(02年)。ゆで卵にバイオリンの弦をつなぎ、それをアナルに挿入して、弦を張って弓で弾くアナル・バイオリンの撮影には苦労した。弦が緩み、たわんでいるシーンもあって、必ずしも成功していないが、決して少なくはないだろうお尻フェチ諸君には素敵なプレゼントであろうと確信する。
 次に、OP映画の島田さんから「人に移さないと治らないウィルスをテーマにできないだろうか」という提案を受けて作った『淫女乱舞・バトルどワイセツ』(01年)。エイズを治療する対抗ウィルスを作ったつもりが、10日以内にセックスで他人に移さないと死んでしまう変なウィルスができてしまい、間抜けで命がけのセックスがチェーンのようにつながっていく。女装のキャンディ・ミルキーさんが素顔で登場するあたり、かなりタルイのだが、このウィルスのチェーンを断ち切るラストのアイディアが気に入ってるのと、佐々木基子さんに初めて出会った作品としてセレクトした。この映画で「不幸なストリッパー」を演じた基子さんは「さらに不幸なストリッパー」など固有名詞のない役を続けて演じてもらい、それ以降わたしの作品のバックボーンとなっている。
 最後の一本が決まらなかったのだが、先日のジュリーのコンサートで、ビートルズの「ノーウェアマン」が歌われたのを思い出し『視線ストーカー・わいせつ覗き』(01年)のビデオを見てみた。ノーウェアマンと呼ばれる主人公の話なのだが、いや、これが実に面白かったのだね。自作ではあるが、例によって一部のシーンしか覚えていないので、けっこう第三者的に新鮮な目で観られる。主人公の盗撮男は、純粋視線と化しナマ身を忌避するが、一人の女に惹かれ、ナマ身の世界で破綻するストーリー。ここにはわたしの素直な初心があるのではないだろうか。主人公の柳東史君が際立ってハンサムで、対立する石川雄也君が実に色っぽいのも嬉しい。

 この3本の上映と舞台挨拶は、以下のようなスケジュールとなる。
●2月9日(土)
PM2:00〜=淫女乱舞 バトルどワイセツ(2001年・佐々木基子・里見瑤子)
PM3:00〜=舞台挨拶
PM3:30〜=愛人秘書 美尻蜜まみれ(2002年・岩下由里香・佐々木基子・風間今日子)
PM4:30〜=視線ストーカー わいせつ覗き(2001年・望月ねね・鏡麗子・風間今日子)
 なお、ここで朗報がある。舞台挨拶に佐々木基子さんが来てくれるというのだ。わたしのピンク映画の主演女優である基子さんだが、日常的な付き合いはまったくない。こういう機会に改めて語り合うのも意義があるのではないか。

 一応、浜野監督の方のスケジュールも紹介しておこう。
●2月17日(日)
PM2:00〜=桃尻姉妹 恥毛の香り(2005年・北川明花、北川絵美)
PM3:00〜=舞台挨拶(浜野監督+北川明花)
PM3:30〜=巨乳DOLL わいせつ飼育(2006年・綾乃梓)
PM4:30〜=SEX診断 やわらかな快感(2008年・田中繭子)
 浜野監督の強い要望で、わたしの日も浜野監督の日も、特別に女性専用席を用意してもらうことになった。女性がピンク映画館でピンク映画を観る機会は、ほとんど皆無と思われるが、今回は安心してピンク映画なるものを鑑賞できる。また、料金は通常1500円だが、男女問わず1000円の特別料金になる(ピンク映画館は、普通の映画館と違って入れ替え無しなので、一度入場したら何本見ても、この日は1000円)。



 両日とも、上映後に打ち上げを行うが、わたしにはひとつの凝ったプランがあった。大衆食堂の詩人、遠藤哲夫氏(通称エンテツさん)が自身のブログで「居酒屋食堂」として絶賛している店が、大宮駅東口の駅前にある。先日、浜野監督とロケハン(?)に大宮オークラ劇場を訪れた際に、その「いずみや本店」と「いづみや第二支店」を覗き、支店のほうでアジフライ定食を食べながらビールを飲んだ。なるほどエンテツ大兄のご一党のようなオッチャンたちが、昼間から酒を飲んで大声で喋っているし、注文に応える妙にノリのいいお姐さんたちとのやり取りを耳にしていると、どこか遠い過去に置き忘れてきた場所にタイムスリップしたような既視感が、ひたひたと押し寄せてくる。もっとも浜野監督はあまりのモウモウたるタバコに辟易して、浜野組の打ち上げは劇場の近くの居酒屋でやるそうだ。
 駅前のいづみやで打ち上げするプランを佐々木支配人に話したら、怪訝そうな表情で「よそから来た人たちが哀しくありませんか」と言われてしまった。なるほど地元の人にとっては、確かに面白がって打ち上げをやるような店ではないだろうし、参加してくれるメンバーにもよるが、おそらくは夕方から満杯になるだろうオッチャンたちの喧騒の中で打ち上げは可能だろうか。エンテツさんに相談してみよう。
*エンテツさんの「居酒屋食堂考」
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/izumiya_1.htm

 なお、今回の大宮オークラ劇場の閉館は、普通に考えるようなピンク映画の観客が減って、採算が取れなくなったからではないという。地主が、この大宮駅に程近い商業地をもっと有効利用したいらしい。実際に劇場に入ると、2階のピンク映画館も、一階の薔薇専門の小劇場も、けっこうのお客が入っている。これまで薔薇族に力こぶを入れてきたわたしなどは、小劇場にたむろするお客さんたちが、こちらに独特の視線を飛ばしてくると、何だか嬉しくなってしまうのだ。ピンク映画館が埼玉県から消えるのも寂しいが、上野の世界傑作劇場、横浜の光音座(ここもピンク館と併設)と並ぶ、関東の三大薔薇族館のひとつが消滅するのは、薔薇族監督として無念の限りである。
●大宮オークラ劇場(JR大宮駅東口下車徒歩5分)地図
http://www.eigaseikatu.com/theater/t-1000631




 新宿中央公園を横切りながら、ほろほろと泣いてしまった。酔っ払った初老のオッサンが、深夜泣きながら公園を歩いているのは不気味なものだろうが、わたしの頭は石原郁子さんの面影で占領されていた。
 マイミクの方が、先日のNHK・ETV特集『愛と生を撮る〜女性監督の今〜」の感想のなかで、この女性監督の隆盛を、今は亡き石原郁子さんだったら、どう見るだろう、というようなことを書かれ、それが不意に胸に迫ってきたのだ。郁子さんが抗がん剤の治療を行っている頃、わたしは今夜のような冬の寒い夜に、やはり中央公園を横切りながら、丸坊主にした頭を寒気に晒して「アタマ呼吸! アタマ呼吸!」と呪文のように唱えた話をメールに書いた。その返信で郁子さんは、目下自分も抗がん剤のせいで頭は坊主だが、いくつもの色のカツラを揃えて楽しんでいると笑ってくれた。わたしは自分の軽率を恥じたが、郁子さんはいつもわたしの綴るつまらないエピソードを可笑しがってくれた。
 石原郁子の優しさ? 笑止千万である。あれは一周忌のことだったろうか。挨拶に立った後輩の男性映画ライターが、石原さんがお姉さんのように「ちゃんとご飯食べてる?」とか心配してくれた話を、訥々と話し、それを聞きながらわたしは次第に腹が立ってきた。いかにも実生活の石原郁子は優しかったろう。周りの人の気持ちを明るくしてくれたことだろう。家庭では優しいお母さんでもあったろう。しかし、それでは石原郁子の文業はどうなる? 彼女は映画批評で異性愛社会に異を唱え、ゲイ小説で現今のジェンダー秩序に叛旗を翻したではないか。そうした彼女の明確な意志をないがしろにして、実生活上の優しさなど語って、どうなる。
 しかし、そう考えるわたしも、思い出すのは『百合祭』の自主ロードショー会場に現れた郁子さんが、上梓したばかりの『女性映画監督の恋』(芳賀書店)のサイン本を進呈してくれたときの、柔らかい微笑なのだ。一周忌に思い出を語ったライター氏にむかっ腹を立てながら、もしその場でわたしに話せといわれたら、どっこいどっこいのことを、もっとしどろもどろに喋っていたに違いない。やみぃさん、あの時はその後、浜野監督もまじえ、夕方まで日比谷公園でやたらビールを飲みましたね。
『こほろぎ嬢』の上映で苦戦しているせいもあるだろうが、近年、もし石原郁子さんが生きていてくれたら、と思うこと、実に頻々。『百合祭』が『女性映画監督の恋』に間に合わなかった、これはこの本のなかで論じたかった映画だ、と残念がってくれた石原さんだが、「吉行和子と白川和子が最後にキスをするなんて、日本映画の一大事件だ」と書いてくれたのは、今でも脳裏に鮮やかに甦ってくる。『こほろぎ嬢』については、どんな風に評してくれたことだろう。

 このところ夜中にNHK・BSをつけたら、ベルイマンの作品を放映していることが続き、すべきことがあるにもかかわらず、ついつい見入ってしまった。どちらも中途からなので、最初の『叫びと囁き』は誰の作品かも分からなかったが、画面に異様な緊迫感がみなぎっている。そして精神の裸形の告白のような、みずからの内面から絞り出すようにして喋るセリフが、凛と屹立しながら、どこか笑えるのだ。みんな大マジなのだが、アバウトな東洋の日本人としては、自己をここまで厳格に追い込み、孤独を表白することに、どれほどの意味や価値があるのだろうと思ってしまう。不思議なものを見るようで、その彼我のギャップが可笑しい。
『叫びと囁き』は、見始めたのがもう中盤だったが、終わり近くに三人の姉妹のなかの、すでに死んでしまった次女が、何故かすすり泣きながら孤独と寒さを訴えるシーンがある。姉も妹も顔面蒼白になって忌避するが、このブルジョアの家に仕えてきた若い女中だけが敢然と受け止める。ベッドの上で大きなおっぱいを出し、授乳するような恰好で生ける死体を抱きしめながら、前方を凝視しているシーンには感動した。
 二本目の『ある結婚の風景』は、比較的最初の方から見たようだったが、画面を見て、これはベルイマンに間違いないと確信する。最小限に省略したキャストで、何年間もの経緯を辿る手法は、ピンク映画でも応用できるのではないか。しかし、それにしても、自分の心のなかの動きを逐一言語化して、詳細に結婚相手に伝えようとする執拗な努力には敬服した。言葉にはまことに厳格なのだが、現実にやってることは案外ルーズで、それを良しとしているところが、これも可笑しい。
 検索してみると、73年と74年の作品で、作風が似通っているのもそのせいだろうが、どちらもアイデンティティをめぐるてんやわんやという印象を受けた。このてんやわんやの感受の仕方は、洋の東西で相当違うだろうが、どこかで共通もしているらしく、わたしのなかでもムズムズするものがあった。

 南会津で植栽の作業をしていたら、片目の子猫(茶のシマ)が現れて、わたしの足元にじゃれ付いてくる。子猫といっても、生後半年は経っているようだが、一方の目が潰れているのが異様だ。あまり可愛くはないが、人間への慣れからして、飼い猫であることは間違いない。わたしの足の甲を、長靴の上から肉球で叩いたりする。捨てられて、冬を目前に新しい飼い主を探しているのか?
 しかし、普段わたしはここに住んでいないし、老親も自分の世話で手一杯だ。構ってやると、却って可哀想になると思い、わたしは「危ないよ、ほらほら」などと言う以外、ほとんど無視した。しかし、片目の猫は鳴きながら、足の周囲にまとわりついてくる。
 そこに、もっと小さい生後3ヶ月ぐらいの黒猫が現れ、こちらをじっと窺っている。可愛らしい猫だが、どうやら片目の猫が気になって仕方ないらしい。しかし、こっちは正真正銘の野良で、わたしと目が合うと慌てて逃げていく。わたしは前日、この2匹を遠目ながら目撃したことを思い出した。特に仲が良さそうでもないが、つかず離れずの距離で、2匹が擦れ違っていた。
 わたしが、ツツジの根から分岐した小さな枝の周りに、三角錐の形に杭を立て、紐で縛ろうとしている時だ。不意に片目の猫が怒ったような声を出し、杭の間を何度も走り抜け、ツツジの枝に猫パンチを食らわせているではないか。わたしはその瞬間、この猫の言いたいことが諒解できたような気がした。
 このツツジも小さい生命なら、自分もまた果敢なく小さい生命であることにおいて同等である。なのに、どうしてツツジは雪囲いし、自分のことは無視して保護しようとしないのか。明らかに矛盾しているぞ。
 それに対するわたしの答は、次のようなものだった。生命には偶然性に左右された運命というものがある。ツツジの枝と片目の君と、小さき生命であることに変わりはないが、それぞれの運命を生きるしかないのだ。残念ながら、わたしは君の手助けはできない。君は君自身の運命を生きたまえ。
 無言の問答だったが、もしこれが大島弓子さんのような人だったら、必ずや片目の猫のための方策を考え出すに違いないと思うと、少なからず忸怩たるものがあった。わたしの言い分は、昔読んだ北方謙三の小説みたいに、いいオッサンが年端のいかない少年にハードボイルドな男の生き方を説くような、まことに陳腐な言い草のような気もした。
 片目の猫は、夕方、わたしが近くの温泉の共同浴場に自転車で出かけるまで、作業していた裏庭に落ち着いていた。翌日見たら、どこにもいない。村役場に出かけた帰り、ちょっと大回りしたら、食堂の近所に似たような毛並みの猫が数匹たむろしていた。きっと兄弟姉妹に違いない、あの猫も孤独でいるわけではないのだと、弁解するように考えながら帰ってきた。
 もしかしたら、いや恐らく、前日に目が合ったとき、あの猫はわたしを訪ねようと考え、実際に翌日やってきたのだが、はかばかしい成果を挙げないまま引き上げていったのだろう。悪かった。



 明日から、徳島に『こほろぎ嬢』上映+吉岡しげ美ミニ・コンサートで行く。ここにも嬉しい奇人変人が多く、大御所ではラジオ・キャスターでフィルムコミッション代表の梅津龍太郎氏、若手ではミニ・オピニオン誌『徳島時代〜空は、青…』の大石征也氏がいる。梅津氏は『百合祭』徳島上映では、吉行和子さんや浜野佐知監督と壇上でトークを展開してくれたが、今回の『こほろぎ嬢』を絶賛しているらしい。一方、大石氏は、浜野監督の著書『女が映画を作るとき』(平凡社新書)の絶妙な書評を創刊号で書いてくれた上、『こほろぎ嬢』撮影時に倉吉まで取材に来てくれた。徳島でたった一人の花田清輝の読者という噂もある。再会が愉しみだ。


 たまたま「アクセス解析」を覗いたところ、地味な拙ブログにしては異常なアクセスがあり、該当ページを調べたら、昨年の12月にアップした「残念無念、藤田東吾社長へのエールを引っ込めるの弁」でした。このところ、藤田東吾氏が再び果敢な発言を再開し、心から拍手を送っていたのですが、その流れの中で検索されたのでしょう。
 しかし、意味ありげなタイトルには問題があり、すでに1年近くの時間も経って、いくらシオヤマでも文句を言ってこないでしょうから、原文を再掲載します。10ヶ月前に書いたこの文章を、その後の展開によって手直しする必要を、わたしは全く感じません。それは藤田氏のためにも喜ばしいことだと思われます。なお、原題は「頑張れ、藤田東吾社長! 非時事的な男の色気に関する観察」でした。



 藤田東吾社長は、はたしてハンサムであろうか? 今、もっとも気になる男が、耐震強度偽装問題の渦中にある、検査会社「イーホームズ」の藤田東吾社長であり、彼の微妙にハンサムな顔や、ちょっと、くぐもった声を求めて、ついニュース番組を、あちこち、せわしなく経巡ってしまう男たちが、わたしに限らず、相当数いるようだ。



 例えば、2チャンネルの掲示板の「藤田東吾FC」というスレッドに、盛んに書き込んでいる男たちである。わたしは、このスレッドに初めて出会ったとき、思わず会心の笑みを浮かべてしまった。中を読むと、必ずしも藤田社長支持一辺倒ではなく、自社の検査のズサンさにも関わらず、他社をあげつらって非難することへのキビシイ批判や、告発者を気取って、自らの責任をウヤムヤにしようとしている、といった弾劾まで、数多く書き込まれている。
 しかし、わたしの頬が自然とゆるんでしまうのは、「毎朝、東吾タンのネクタイを、結んであげたいわ」とか「参考人招致の時の、左側上方45度の角度からのカメラが、東吾のベストショットね」といった、女言葉であるにも関わらず、間違いなく男が書き込んでいるに違いないコメント群を目にする時だ。
「このスレッド、カマっぽくない?」という書き込みが端的に示すように、どうやら藤田東吾社長、「オカマ」に人気があるようなのである。「オカマ」は、もちろん差別用語に相違ないが、書き込んでいる当事者が「カマっぽくない?」などと発言しているうえ、「ゲイに人気」では、この場合、ちょっとピンと来ない。わたしたちは、明らかに、このハンサム社長に、なんらかの色気を感じているのだ。
 今日にも、震度5の地震がやってきて、マンションやホテルが倒壊するかもしれない当事者の皆さんには、まことに不謹慎であるが、事情通でもないわたしは、事の真偽を離れ、男の色気の、いかなるものであるか、この際、検討してみたいと思うのだ。



 わたしたちが、いっせいに目をみはったのは、衆議院での、第一回目の参考人招致の、TV中継であることは間違いない。それ以前に、問題が露見した直後、「イーホームズ」が最初の記者会見を開いた時には、誰が社長であるか分からなかったが、いかにもトッチャン坊やの藤田社長が「この偽装は、検査会社でも見抜けるわけがない」と発言し、誰もが「じゃあ、何のために検査機関があるんだ」と反発を覚えたはずだ。えらく生意気そうに見えたのである。
 ところが、参考人招致での、藤田東吾社長には、別人の趣きがあった。もちろん、あの海千山千のメンツの中におけば、若くてインテリ風の藤田社長が、かっこよく見えるのは当然のことだが、単にハンサムなら、同じ参考人として並んでいた、シノケンの若き創業社長のほうが、数段上だろう。しかし彼は、九州の先輩である木村建設に頼って推進してきた事業が、根底から引っくり返り、すっかり憔悴しきっているように見えた。同じ販売主であるヒューザー社長のように、ふてぶてしく開き直ることもできず、ただただ俯いていたのである。
 それに対して、藤田東吾社長は、訥弁ながらも、敢然と、ヒューザー側との会話のやり取りをバラシ、さらには同業最大手の日本ERIで、1年以上も前に偽装がいったん発覚し、それが「隠蔽された」とまで発言した。それはいかにも、自分の会社を守ろうとする行為ではあるが、男たちの「暗黙の了解」、例えば、あからさまな個人攻撃は避けるとか、同業他社に言及する場合は、固有名詞を積極的には挙げないといった、業界(ある種の日本的共同体)のルールを、明白に「掟破り」する言動のように見えた。それを行なう場合は、あくまで「苦渋の選択」の中で行われるべきものなのに、藤田東吾社長は、自分からポンポンと発言したのである。



 しかし、わたしには、彼以外のすべての参考人が、言葉の言い換えによって、逃げ切りを図るなかで、事の経過や、自分や他人の発した言葉に正確であろうと、口調はいささかたどたどしいものの、懸命に努めているように感得されたのだ。まるでドキュメンタリーの未編集フィルムを見るような、興味津々の実況中継であり、さまざまな解釈やストーリーがありうるが、わたしが編集するならば、藤田東吾社長を縦糸にするだろうと思われた。2チャンネルの書き込みが指摘するように、彼の顔の上方、45度からのカメラポジションも素晴らしく、なぜかビンの付近に射してくる光が、どこから来るのか不審に思いつつ、わたしはTVから目を離すことができなかった。
 さっそく、藤田社長によって名指しされた日本ERIは、記者会見を開き、老練そうな社長は、激しい検査会社同士の競争が生んだ、根も葉もない中傷で、告訴を準備していると大見得を切った。ところが翌日、一転して「隠蔽」を認める記者会見を開かざるを得なかったことは、周知の通りである。優秀な人たちが経営しているはずの、業界のトップ企業が、これほど不様な対応するのには、素人のわたしも呆気にとられた。顔だけは威厳ありげな大人だったり、老人だったりするが、内実は子供ばっかりで、日本の企業経営が行なわれているのではないか。
 また、翌日のTV朝日のモーニングショーでは、普段は比較的冷静な渡辺宜嗣アナウンサーが、ものすごい勢いで、藤田東吾社長を、責任転嫁だと非難していた。確かに、だまされた人間も悪いが、それ以上に、だました人間のほうが悪いことは、自明の理である。わたしは、そこに、正義派を気取った、ハンサムな男に対する、「オカマ」にあらざる男たちの、生理的な反発があったのではないかと見ている。



 一方、「藤田東吾FC」に集う男たちは、どう受け取ったか? 
「やっぱり東吾にも、うしろめたいダークな、過失のニオイ。影がないと、つまらないわ。 そこからなんともいえない男の色気がでてくるってものよ。だからクリーンぶらないでね。とーご」
「窮地に立たされて必死な悪人、て設定がまた良いんだわ」
 こうした書き込みには、男の色気に関する独特のアプローチがあり、また時事ネタを、自分たちのコンテクストに引きずり込んで愉しむセンスが、躍動しているように思われる。彼が、見かけよりも年を食った44歳であることや、浪人して入った大学、年の離れた奥さんがいることなども、このスレッドで知った。週刊誌あたりには出ているのかもしれないが、2チャンネラーの、たいした調査力だと敬服した。もちろん、
「なに、この気持ち悪いスレ…藤田なんて一番腹黒い部類の卑怯者じゃん。インチキ検査物件の詐欺的商法で、バカバカ仕事取ってスルーさせて、ボロ儲けしてきた張本人なのに、自分だけ助かろうとしてる」
 といった書き込みもあって、実にバランスが取れているのだ。かつてのイラク人質事件のときの「自己責任」論の大合唱の気色悪さと比べると、こうした意見の対立は、まことに風通しがいい。
 しかし、人の好みはさまざまであって、「東吾タン」に「萌え」る多くのファンの書き込みの他に、シノケン社長に秋波を送るものや、さらには、いかにも悪党づらの木村建設の東京支店長に「萌え」る少数派もいて、わたしはこれらのヴァラエティに呆れ果てながら、そうか、わたしの東吾社長に対する胸騒ぎは「萌え」だったのであるか、と改めて納得したのだった。


 
 藤田東吾社長は、はたして「窮地に立たされて必死な悪人」だろうか。その後の経過を見ると、彼はけっして「悪人」なんかではなく、入り組んだ疑惑の構図のなかで、スケープゴートにされかかり、自分と、自分の会社を守るために、懸命に反撃しているように見える。しかし、その反撃がどこか素人っぽくて、危なっかしいのだ。
 彼は、法律によって定められた検査業務が、どういうものか、TVに出演し、ちょっと鼻にかかった、多少聞き取りにくい口調で、論理的に説明しようとする。しかし、うまく伝わっているようには見えない。自社のHPにも、せっせと書き込み、さらには、早い段階から黒幕を暴露してきた「きっこの日記」という、書き手が誰だか分からないブログにさえ、メールを出して、最初に偽装を見抜いたという設計士への疑惑も、オープンにする。
 数日前にTVで見た藤田東吾社長は、顔がむくんで、言葉も時に空転するようだった。そうとう疲れているようである。さっそく、2チャンネルのFCでは「思ったほどハンサムじゃない。鼻が、でかい」といった意地の悪い書き込みも見られたが、追い詰められて、孤軍奮闘する、悲愴な姿にエールを送る、女言葉の男たちのボルテージもまた、上がっているようだった。
 可笑しいのは、わたしは見ることができなかったが、日本TVの夕方のニュースに出演した藤田東吾社長が、笛吹雅子アナウンサーに、けっこう邪慳にされたらしく、みんなで、しきりに憤っていた。わたしもけっして嫌いなアナウンサーではなかったが、今日から色眼鏡でみることにしよう。



 現在進行形の経済事件の、一方の当事者が、自分の主張や、知りえた事実のすべてを、インターネットで公開し、TVに出演しては、難しい法律問題を、何とか誰でも分かるように概説しようとして、多くの場合、冷ややかな視線を浴びている。これは、しかし、そうとう珍しい光景ではなかろうか。ヒューザー社長は、すべてを明るみに出そうとする藤田東吾社長に対して、恨み骨髄であり、来るべき新会社を「建築確認検査被害者同盟」みたいな名前にしたいと発言するなど、標的として狙い定めているようだ。
 すでに、元請けの設計会社の社長が、不審な死を遂げ、まさか藤田社長もまた闇に葬られることはあるまいと思われるが、彼の死に物狂いの努力は、いっさいムダに終わるかもしれず、そうとう困難な、これからの人生が予想される。絶対的な窮地に陥りながら、目の前の敵と、精一杯戦いつつ、時に、痛々しかったり、どこか間抜けに見えたり、無防備な姿を、ありのまま、さらけ出している藤田東吾社長。わたしたちは、そんな彼に、見かけ上のハンサムを越えたハンサム性や、ひどくセクシーなものを感じてしまうのだ。頑張れ、東吾社長!

*『レモンクラブ』05年12月の原稿に、大幅加筆しました。


 暮れの29日に、プロレス団体「ビッグマウス・ラウド」の後楽園ホール大会を観戦したが、出場した選手たち、名前を挙げれば、懐かしいオールドネームの藤原嘉明や木戸修から、新進気鋭の柴田勝頼(スゴイ名前だ)や村上和成に至るまで、あらゆる選手への声援や拍手よりも、セミ・ファイナルの前に登場し、リング上で怪気炎を上げた「スーパーアドバイザー」前田日明へのマエダ・コールや歓声が、あまりに物凄いのを目の当たりにすると、改めて前田という存在が盛大にふりまいている幻想の大きさに、しみじみと感じ入らざるを得なかった。



 かくいうわたし自身、「ビッグマウス・ラウド」が、前田が関係する団体であり、もしかしたら、久々にナマ前田を目撃することができるかも知れないという、ただその一点で、アオキ君に誘われるまま、後楽園まで足を運んだのである。年下の友人であるアオキ君は、わたしの長年のプロレス・格闘技観戦の、辛らつなコーチであり、ものぐさなわたしに代わって、気が向いたときにチケットを手配してくれる、親切な人であり、時には実に、いや実に、しぶとい論敵でもあるという、なかなか一筋縄ではいかない付き合いをしてきた。
 彼の独身時代には、飲み屋で、さんざんプロレス問題を議論し、電車がなくなるからと店を出た後、路上で立ったまま、それから二時間も、三時間も、延々と議論を続けたこともあったが、何をそんなに話すことがあったのか、今から考えると、不思議な気もする。あれは、前田日明が長州力の顔面を蹴って、骨折させ、新日本プロレスを首になった頃だったろうか。
 アオキ君も、その後、結婚し、子供もできて、以前、身の回りに漂わせていた不穏な空気も、いくらか影を潜めたような気配だが、人はそう簡単に変わるものではないだろう。わたしは、このプロレス・格闘技の先達に、素人流の疑問や意見をぶつけるなかで、まことに我流ではあるが、自分なりの格闘技観といったものを形作ってきたように思う。



 オールラウンドに、プロレス・格闘技を観戦するらしいアオキ君は、わたしの関心に合わせて誘ってくれるのだが、今回のわたしの眼目が、前田日明であったことは言うまでもない。大晦日の国民的行事(?)となった「K−1」や「プライド」に見られるように、総合格闘技全盛の現在、プロレスはいささか時代遅れの感があって、実際、わたしにとっても、いつ以来であるか記憶にないような、久しぶりのプロレス観戦である。そして、わたしが会場で見た試合の光景は「いつか、どこかで、見た」という既視感が、絶えずつきまとって離れない、いかにもプロレス的な、予定調和の世界をうかがわせるものだった。
 もっとも、個人的な好みとして、「いぶし銀」と呼ばれた、職人技のふるい手である木戸修が、トレードマークの、よく整髪された髪と、日焼けした無表情で登場したときには、旧知の懐かしい人と再会したような喜びがあった。どんなに激しいファイトをしても、髪に一糸の乱れもないと評された、伝説の髪型は、さすがに薄くなっていたが、文字通り、いぶし銀のように渋い無表情は、年齢とともに磨きがかかって、映画に出演しても堂々スターたちと渡り合えるのではないだろうか。
 また、プロレスラーも、空前の格闘技ブームを意識せざるを得ず、ファイト・スタイルも、えらく激しいものとなっていたが、わたしは今回初めて見た、「みちのくプロレス」の流れを汲む「KAIENTAI DOJO」(海援隊道場、の意らしい)のKAZMA(かずま)という若々しい選手の一挙手一投足に、思わず胸を熱くしてしまった。シオヤマの言い草ではないが、わたしもまた初老であり、ほとんど幼い子供に見えるような選手が、体を張って相手の強烈な技を受け、さらに肉弾となって突貫していくのを見ると、思わず涙腺がゆるんでしまうのである。
 格闘技の場合は、できるだけ相手の技を受けず、いかに相手を出し抜いて、致命的なダメージを与えるかがポイントとなるが、プロレスラーは相手の技を受けるのが美学であり、受けて受けて受けまくったうえで、それを上回る攻撃に転じようとする。しかし、攻める技のエスカレートに伴なって、まるで鍛えられた肉体の耐久戦、あるいは消耗戦、アオキ君の言葉を借りて言えば「我慢くらべ」のような様相を、最近のプロレスは呈しているのだった。「KAZMA君、くれぐれも怪我をしないようにね」という、切ない母心のような気持ちで、わたしは、時に涙を浮かべながら、この若手選手を見守っていた。



 余談になるが、異種格闘技戦で、他ジャンルの格闘家とプロレスラーが対決し、往々にしてプロレスラーがコロッと負けたりするのは、けっしてプロレスラーが弱いのではなく、相手を出し抜こうとする格闘家と、相手の技を本能的に受けてしまうプロレスラーの、スタイルの差によるところが大きい。もっとも、新日本プロレスの永田裕志選手のように、トップレスラーであるにも関わらず、K−1やプライドの選手を相手に、まるで怪我をしないうちに負けてしまおうとしているとしか思えない戦いぶりを見せられると、すでにわたしの関心が格闘技の方に移っているとはいえ、古くからのプロレス・ファンとしては、なんとも歯噛みしたくなるのである。わたしは、かつて新人時代に、溌溂とした表情で、快活にファイトする永田の、誰よりもファンであった。
 しかし、プロレスは奥が深い。この日のセミ・ファイナルに登場した村上和成は、狂犬のような目つきで登場し、切れたキャラクターを演じているが、わたしには、アントニオ猪木をはじめとする、旧来の「顔でするプロレス」の縮小再生産という気がして、いささかゲンナリしてしまうのだが、それをアオキ君に言うと、彼は「ファンには、とっても好い人だっていうのが、もうバレちゃってるからね」と答えた。プロレス雑誌のインタビューなどを読むと、村上選手が、実は大変気持ちのいい人で、選手間の人望も厚く、またプロレス以外の人脈も広いのだとか。それで、「ビッグマウス・ラウド」の社長も務めているという。
 わたしは、アオキ君の答えを聞いて、今更ながらプロレス・ファンの懐の深さを思い知らされた。格闘技ファンのように、勝ったか負けたか、技術的にどちらが優れているかといった観点だけでなく、またわたしのように、プロレス特有のギミック(演出)に抵抗を覚えるのでもなく、リング上のファイト・スタイルと、リングを降りた私生活や個人的な人格などの両方を視野に入れながら、その間の謎や矛盾を解きほぐし、勝ち負けにこだわらず、余裕を持って愉しむ態度に、わたしは大いに見習わなければならないだろう。



 久しぶりに観戦したプロレスは、いくつかの点で刺激的だったが、それをあっさり圧倒してしまったのが、前田日明の登場であった。わたしがナマで前田を目撃するのは、1999年の、人類最強を謳われたアレキサンダー・カレリンとの引退試合以来だが、さすがの前田も、年を喰って、目尻も下がり、肉付きもよくなって、余裕あるオッサン風の表情や体型となっていた。しかし、沸き起こるマエダ・コールの中で、上機嫌の彼は、新年に対抗戦を行なう、メジャーの新日本プロレスを「弱虫ども」とコキ下ろし、盛んに挑発して、やんやの喝采を浴びた。お得意の「言葉の総合格闘技」は健在である。
 引退して、すでに6〜7年になる前田だが、わたしたちは、いかなる幻想を、彼のうえに仮託してきたのだろう。これには相当の世代差があると思われるが、わたしたちは、猪木プロレスの時代から、前田がその外部に大きな一歩を踏み出し、一大ブームとなった「UWF」や、さらにそれを進化させた「リングス」を経て、総合格闘技が華々しい脚光を浴びるに至るまでの道筋を、前田に導かれながら歩んできた。
 前田が指し示す方向に、わたしたちは、いつも希望を見てきたのだが、最近は「UWFも、実はガチンコ(真剣勝負)でなかった」といった見方が台頭している。しかし、時代の移行期を、不器用ながら手探りで模索し、自らの手で切り拓いてきた前田を、その結果であるところの、現在の観点から裁断するというのは、まったくフェアでない。前田は、未知の領域に向かって、一選手として、自らの肉体で戦いながら、その一方で、戦う選手が、そのことによって喰っていける環境を、いかに作るか、時代を転換させるプロデューサーとして、悪戦苦闘してきたのだ。



 前田の試みは、UWFの衝撃的な解散や、リングスの消滅など、ことごとく失敗したように見えるが、大晦日決戦のプライドの表看板は、前田の弟分の高田伸彦であり、チャンピオンは、リングスが発掘したエメリヤエンコ・フョードル。もう一方のK−1にしても、90年代の初めにリングスと提携し、興行のノウハウを吸収しているので、どちらも源を辿ると、すべて前田日明に行き着く。そして、世界的なリングス・ネットワークを越える構想と、組織化は、どこの団体も、まだ実現していない。
 その前田が、現在、一プロレス団体の「スーパーアドバイザー」に、まるで魔除けの護符でもあるかのように納まっているのは、歴史の皮肉としか言いようがないが、あるいは前田自身に発する「アントニオ猪木なら、何をやってもいいのか!」あたりから始まる「歯に衣を着せない」どころか、タブーを蹂躙するようなストレートな発言や、「リングス」を批判した格闘技雑誌の編集長を、女子トイレに連れ込み、「説教する」といった掟破りの行動など、みずから招いた結果であるかもしれない。
 しかし、わたしたちは、そうした前田の稚気あふれる、破天荒な言動を、心から愛してきたのである。UWFを解散し、同志とも家族とも思ってきた、仲間たちの全員からそっぽを向かれ、たった一人になってしまったときには、公開の女性タレントとの対談の席上で泥酔し、手ばなしで号泣してしまった。このエピソードを、わたしは涙無しには思い出せないが、なぜか孤立の道を選んでしまう前田なのである。
 彼は一方で、強力無比の独学者であり、シュタイナーや道元や武士道などを引用して、対談者を煙に巻いてきたが、第二次UWFを旗揚げして間もなく、わたしは、武道館で、試合前に、前田が「選ばれてあることの恍惚と不安と、ふたつ我にあり」という、太宰治か、あるいは元ネタのヴェルレーヌかのフレーズを、高らかに宣言した時には、衝撃を受けた。そこには、気恥ずかしいような「青春」の匂いがあったが、まさにプロレスから旅立とうとする、格闘的青春が、あそこにはあったのだろう。



 先日、お昼の「ワイドスクランブル」を、何気なく見ていたら、いきなり山本晋也のインタビューに、前田日明が登場したのには、のけぞった。在日について取上げているシリーズの一環のようだったが、前田は大らかに、自分の型破りな家族のこと(前田が15才になったときに、「昔なら元服といって、一人前になったんだから」と、前田一人を残して家を出て行ってしまった親父!)や、前田自身が帰化した経緯などを話していた。在日の爺ちゃんや婆ちゃんたちが、人並み外れた傑物を見ると「あれは在日ではないか」と言い、時には「カール・ルイスも在日だなどと、無茶苦茶なことを言い出す」と笑っていたのには、大いに腹を抱えた。前田は、とびきりユーモラスな語り手でもある。
 わたしは、前田日明を、ずっと望見してきたが、彼こそ、現代の英雄・豪傑のタイプではないだろうか。現代の豪傑は、肉体的な超人ぶりや、精神的なタフネスだけでなく、強靭な言葉を駆使する知性も携えているのである。しかし、彼の周囲の離合集散を見ると、彼自身に、人間関係に対する、何か決定的な欠点があるような気がしないでもないが、英雄・豪傑と付き合う人間たちも大変に違いない。
 わたしたち前田ファンは、遠くから前田を見つめながら、彼の発言に大笑いしたり、喝采したり、そして時に多くの励ましを受けてきた。多少困難なことがあっても、前田が立ち向かっている巨大な困難にくらべたら、何ほどのことがあろうか!
 今回の、ビッグマウス・ラウド後楽園大会には、藤原や木戸も顔をそろえ、さらに驚いたことに、ヒクソン・グレイシーに敗れて、さっさと引退してしまった船木誠勝もまた、この団体のリングで復帰し、プロレスをやるのだという。かつてのUWFのファイターたちが、再び前田を核に集結し始めているようにも見えるが、しかし、はたして、それは前田にとって前進なのだろうか。未曾有のリングス・ネットワークを築いた前田からすれば、ビッグマウス・ラウドは、予定調和的な世界への後退のようにしか見えないのだが、前田には、きっと、彼独特の、わたしには計り知れない、深謀遠慮があるのだろう。
 そうだ、アオキ君に訊いてみよう! 彼なら、必ず、考えるヒントやディープな情報を与えてくれるに違いない。兼好法師ではないが、持つべきものは、その道の先達である。


 お気づきの方もあったかと思われるが、先日アップした「頑張れ、藤田東吾社長! 非時事的な男の色気に関する観察」と題した拙文を、翌日の24日、深夜に削除した。目下、話題の焦点である、耐震強度偽装事件だが、残念ながら、この片々たるブログに、どこからか「圧力」がかかったわけではない。「エロ漫画凶悪編集」(右のリンク参照)の『レモンクラブ』塩山編集長から、24日に、次のようなコメントが飛び込んできたのだ。

名前:塩の字
コメント: 原稿の二重売りはいかんよ。改稿しようが、そもそもウチの雑誌は来年一月の発売。貧乏で頭がおかしくなったか? 漫画家が商業誌に入稿後、その発売日前に一部加筆した同一原稿を、自らの同人誌に掲載、コミケに並べるのが許されると? 頭をもう一回剃って出直しな。



 貧乏云々は、余計なお世話だが、そうなのだ、確かにこの、偽装物件を景気よくパスさせた検査機関「イーホームズ」の藤田東吾社長が、窮境にあって無意識的に醸し出している、微妙な色っぽさについて論じ、遥か彼方からエールを送る一文は、ブログにアップする前々日の21日に、『レモンクラブ』のコラムの原稿として、塩山編集長にファックスで送ったばかりのものが、ベースになっていたのだった。
 その旨は、文末に明記し、倍ぐらいの量に加筆したが、藤田社長に「萌え」る心情を綴ったセンテンスは、そうは変えようがない。実のところ、『レモンクラブ』に掲載した原稿を、ブログに収録する場合は、6ヶ月ぐらいの間隔を空けるという、塩山編集長との事前の約束があったのだが、わたしとしては、警視庁の強制捜査が関係各社に入った、この時期に、訥弁ながら、すべてをあからさまにしようと努力する藤田社長を、エロ漫画のコラムでも支持し、ブログでも重ねて表明したいという(先方には迷惑だろう)思いが先行してしまったようだ。ただ、コミケの同人誌のように販売するわけではなく、はたして「二重売り」という指摘は当たるのか? という気持ちもあって、次のようなコメントを返した。

名前:kuninori55
コメント: ご指摘の通りだが、藤田東吾社長にエールを送るのに、これ以上遅いタイミングでは、意味がないように思われた。まあ、個人的なブログで何を書こうが、現実的な効用があるわけでもなく、まして、検査体制の問題点をイマイチ理解できないわたしが、エールを送ること自体、間違っているような気がしないでもないが、とりあえず表明したいと考えた。もう少し『レモンクラブ』の原稿と違うものになるかとも思ったのだが、枝葉を付け足しただけに終わったようだ。そちらの原稿を別のものにすれば良かったのだが、目下の最大関心事に心を奪われた。反省している。頭は毎日剃っているが、そういう意味ではない。



 この時点で、いったん記事を引っ込め、新しく書き直すべきかという考えも、頭の隅をよぎったのだが、藤田社長への毀誉褒貶は、ネットの世界でも渦巻いている。その多くは否定的なものであり、しかしわたしは、2チャンネルの掲示板のスレッド「藤田東吾FC」に、爆笑ものの女言葉で書き込む、おそらくは男たちである、彼らとの連帯を、表明したかったのだ。
 彼ら、あるいは彼女たちは「毎朝、東吾タンのネクタイを、結んであげたいわ」とか「参考人招致の時の、左側上方45度の角度からのカメラが、東吾のベストショットね」などと、熱く語っているのだが、もっとも、このスレッドには、「藤田社長は正義派ぶっているが、自社の検査のズサンさの責任を取ろうとしていない」とか、「疑惑の構図の一環であるにもかかわらず、告発者を気取っている」とか、キビシイが、真っ当な批判も、多く書き込まれている。
 長い付き合いで承知している、塩山編集長の性格上、これを機に『レモンクラブ』の連載打ち切りも有り得ないことではなく、わたしには唯一の定期収入が断たれることになるわけだが、その場合は、しかし、やむを得ないだろうと観念した。ところが、さらに塩山から、追い討ちのコメントが舞い込んできたのである。

名前:塩の字
コメント: 口先の反省は無用。早く原稿の差し換えを。いくら自らのブログとは言え、発表後四ヵ月位、つまり掲載雑誌の返品確定まではこういう真似するなと、元編集に説教するのも馬鹿臭いが。加えて、あんたにゃ同一の材料で違う料理を作る才能がない。そこが残念(イカす嫌みでげしょ? 我が業界用語じゃ、体位を変えるとも言う)。これから二重売り原稿掲載誌の下版する、善良な初老編集の気分に思いを馳せよ。



 確かに「初老」となって、塩山がいくらか親切になっているのは間違いないが、はなはだ癇にさわるイヤミを繰り出してくる、レトリックは健在である。この種の技術は、ジジイになればなるほど、冴え渡ってくるものかもしれない。もっとも「体位を変える」という業界用語とやらが、わたしには意味不明だが、それはわたしがエロ本業界を離れて久しいせいか。しかし、これから印刷に向かって下版するコラムが、すでにブログに書き込まれていて、なおかつコラムには原稿料が発生するという事態は、わたしが編集でも馬鹿馬鹿しいに相違ない。
「きっこのブログ」は、この事件の黒幕を、以前から暴露して人気があるが、誰が書いているのか特定できない、このブログにも、藤田社長はメールを出し、最初に偽装を発見した設計士への疑惑などを開陳している。いかにも素人っぽくて、どこか危なっかしい、藤田社長の必死の反撃を応援しようという気持ちで、わたしは思わず知らず、舞い上がっていたのだろう。
 ここに至って、わたしは先とは別の意味で観念し、塩山編集長の指摘どおり「差し換え」ることにした。



「現在進行形の経済事件の、一方の当事者である藤田東吾社長が、自分の主張や、知りえた事実のすべてを、インターネットで公開し、TVに出演しては、難しい法律問題を、何とか誰でも分かるように概説しようとして、多くの場合、冷ややかな視線を浴びている。これは、しかし、そうとう珍しい光景ではなかろうか。ヒューザー社長は、すべてを明るみに出そうとする藤田東吾社長に対して、恨み骨髄であり、来るべき新会社を「建築確認検査被害者同盟」みたいな名前にしたいと発言するなど、標的として狙い定めているようだ。
 すでに、元請けの設計会社の社長が、不審な死を遂げ、まさか藤田社長もまた闇に葬られることはあるまいと思われるが、彼の死に物狂いの努力は、いっさいムダに終わるかもしれず、そうとう困難な、これからの人生が予想される。絶対的な窮地に陥りながら、目の前の敵と、精一杯戦いつつ、時に、痛々しかったり、どこか間抜けに見えたり、無防備な姿を、ありのまま、さらけ出している藤田東吾社長。わたしたちは、そんな彼に、見かけ上のハンサムを越えたハンサム性や、ひどくセクシーなものを感じてしまうのだ。頑張れ、東吾社長!」

 これは、引っ込めたブログの結語の部分であり、『レモンクラブ』の原稿にはなかったはずのものである。「同一の材料で違う料理を作る才能がない」わたしは、塩山編集長のコメントという、毒々しいスパイスを得て、異なる風味の料理を試みたが、これはしかし、精一杯の負け惜しみにしか見えないだろうか。
 なお、「イーホームズ」のHPの藤田東吾社長の書き込みと、「ヒューザー」のHPの「イーホームズ」に対する質問書、ならびに、それへの回答を読み比べると、なかなか興味深いものがあります。

*イーホ−ムズHP
http://www.ehomes.co.jp/index.html
*ヒューザーHP
http://www.huser.co.jp/