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 凡そ誰の役にも立たないと思われるが、自家剃髪に関する実用記事を書いてみたい。丸坊主に剃り上げることには、どのようなメリットがあるか? 停滞した脳に、冷えた風を吹き入れたいとか、自分の身体に付属する邪魔っけなものを払い落としたいといったような、主観的なモティーフは廃し、現実的に、どのような役に立つのか、また、自分で毎度剃るためには、どのようなコツがあるのか、改めて検討してみたいのだ。



 まず、第一に挙げるべきは、「雨が降ってきたことに、誰よりも早く気づくことができる」ことだろう。それまで髪の毛によってカバーされていた、頭蓋の表皮は、大気に向かって剥き出しにされた今、まことに敏感であり、雨降りの予兆に過ぎない微細な一滴にも、素早く感応する。もちろん、風のそよぎや、太陽の陽射しに対しても同様であり、坊主頭は、表皮を通して、周囲の自然と交感するようだ。誰よりも早く、雨が降ってきたことを感知したからって、それが何だ? と言われれば、それまでの話ではあるが。
 第二点は、「身を置いた周辺の、熱源や、時には光源の方向性を察知することができる」ことだ。第一に挙げた、頭皮の敏感性に通じるものだが、特に白熱電球の存在を察知する能力にかけては、髪を生やしていた頃には信じられないような、センシティブな感覚を発揮する。時には、はるか頭上の蛍光灯の存在を感知することもあるが、これまた、だから、どうした? と言われれば、答えに窮する。しかし、まだ経験してはいないものの、付近で火事が発生した際には、壁や床を透して、いち早く熱の発生を感受するのではなかろうか。また、真っ暗闇で乱闘になった場合に、頭センサーの存在は、有利に働くような気もするが、もっとも格闘術のイロハも知らないのだから、そうした状況を設定するのは、誇大宣伝というべきだろう。



 第三点は、「自らの身体の一部であるにも関わらず、暗黒大陸とも言うべき頭蓋部分が、日の下にさらされ、新たな自己認識を迫る」ことが挙げられる。わたしは、自分の鉢が大きいのは、帽子を買う際の困難によって知っていたが、頭頂部が思いがけず、上部に伸びていた。また、それまで髪の毛によって遮蔽されていた、見慣れぬ秘密の光景が、ある種の衝撃をもって露出する。わたしの場合は、小学生の頃にブランコから逆さまに落ちて、その瞬間に生じたカマイタチによって10数針縫った傷跡が、頭頂部に鎮座している。(カマイタチは、大気中に瞬間的に真空状態ができて、人間の表皮などを、カマの形に裂く現象)。
 また、その傷跡の背後には、粉瘤(ふんりゅう)という小さなコブがあって、これは老廃物が溜まってできたものだというが、病院で、切開して除去するほどのことではないと診断され、三十代からずっと、わたしの頭に同居している。直接に眼で見たことはないが、触ってみると、表面が円く禿げているようだ。つまり、わたしの頭頂部には、曲線の結構長い禿げ(カマイタチ)と円形の禿げ(粉瘤)が並んでいるわけで、これが思春期の頃だったら自殺でもしたくなっただろうが、オッサンになると、これも自分の一部であると、図太く自己肯定するようになるから、おそろしい。
 当初は、プロレスラーの天竜源一郎をもじって、フンリュウ源一郎などと言って笑ったものだ。この他、年を食ってから、左側頭部に、かなり大き目のシミが、三つ並んで、できた。ゴルバチョフの地図様のシミには及ばないが、かなり目立つことは間違いない。
 これらは、本来髪の毛の奥深く、隠されていたもので、わざわざ露出させることに何のメリットもないように見えるが、自分の日常の顔の虚構性の証明にはなるだろう。もっとも、だったら服を何も着ない素裸が、「ほんとうの自分」なのかといえば、花田清輝も言うように、それもまた「もうひとつの仮面」にちがいないが、ある種の自己認識の修正を、剥き出しにされた頭蓋が迫ることは、間違いない。



 第四点は、下部構造に属するが、「散髪代が無料であるうえ、シャンプーやリンス、整髪料の類が一切要らない」ことである。わたしもかつて、髪を明るいオレンジに染めていた頃には、近所のすみれ美容室(狛江在住時代)に定期的に通い、一回1万円強を支払っていたが、それはわたしが脚本を担当する浜野組が、盛んにピンク映画を撮っていた頃であり、その後自主製作に突入するに至って、そんな贅沢は許されなくなった。わたし自身のピンク映画や、ゲイ・ピンクの監督作品などは、もともと年に数本で、趣味の範疇に属し、経済生活の柱にはならないのだ。
 余談になるが、剃った頭を洗うのは、洗顔用の石鹸か、それともシャンプーか? 髪の毛がないのだから、シャンプーを使う必要は無さそうだが、シャンプーの効能には、頭皮の脂を落すなどの効能が謳われており、もしかしたらシャンプーを使うのが正解かもしれない。わたしの場合は、もっとも、ここ数年、ボディシャンプーやシャンプーなどを全廃し、頭の髪から足の先まで、無添加の石鹸で通しているので、なんら悩む必要はなかった。目下のところは、顔の延長としての頭皮、という解釈である。
 第五点は、心理的なものであり、「薄くなった髪を、くよくよする必要がない」ことが挙げられる。中高年の男性が、往々にして丸坊主にする確率が高いのは、この要因によるものだろう。わたしもまた、若い頃から髪が薄く、むしろ現在、剃刀でわざわざ剃るほどに、よくもまあ髪が残ったものだという気がしないでもない。もっとも、髪が薄いのと、テカテカ剃りあげているのと、どっちを選択するかといえば、一概にどちらとも言えず、おそらく気質によるだろう。わたしの場合は、残った髪に綿々と執着するよりは、きれいサッパリ丸坊主を選んだ。もちろん、一般的には、カツラや植毛といった選択肢もあり得るが、わたしの経済生活では、はなから視野に入ってこない。
 このようなメリットが、わたしの場合、丸坊主にすることによって生じるが、もちろんデメリットもあって、その代表的なものは、髪の毛という緩衝材をなくして、衝撃がモロに頭部に及ぶことが挙げられる。頭をぶつけて、怪我をしやすいのだ。これの対策としては、帽子をかぶることが有効だが、それは外界と頭蓋の感覚的な交流を遮断することにもなり、状況に応じて使用することが望ましい。



 それでは、今後、自分の手によって頭を剃ってみたいという、おそらくは、ごく少数の諸氏のために、わたしの経験した範囲で、要領を伝授したい。題して、自家剃髪要諦七か条。

第一条 思いつきで、突っ走ることなかれ。
 剃る前の第一ステップとして、剃刀で剃ることができるぐらいまでに、髪の毛を刈り込むことが必要だが、これは鋏を丁寧に使うことで、バリカンで刈ったぐらいには、きれいに仕上げることができる。ここで一端止め、翌日に安全剃刀による剃髪という二段階にすれば、後日の後悔を最小限に食い止めることができるだろう。わたしのように、酔った勢いで髪の毛を切る場合は、眉まで剃り落とすような暴走を防ぐだけでなく、安全の意味からも有効である。というのは、鋏で頭皮を傷つけることはほとんどないが、直接皮膚に当てる剃刀の場合は、安全剃刀といっても、往々にして小さな切り傷を作ることが多く、まして、酔っている場合は尚更である。朝、目覚めてみたら、枕が血だらけだったという経験が、わたしには何度もあった。
 なお、鋏を使って刈り込む場合、鋭い角度で鋏を入れると、虎刈りになって、剃る以外の選択肢はなくなる。なるべく鋏の刃を横にして、スキーでいえばエッジを立てない形で、髪を切ることが望ましい。そうすれば、五分刈り程度から、再スタートして髪を伸ばすことも可能だ。



第二条 サウナに入ってから剃るのがベスト。
 わたしの場合、住んでいるワンルームマンションの電気給湯システムが高いため、お風呂代わりにスポーツセンターのサウナに通っている。それで、頭を剃るのも、サウナの洗い場となるが、剃る前にサウナで頭皮からも汗をたっぷり流し、毛髪を充分にふやけさせてから剃るのが、もっともスムーズに頭を剃るコツのようだ。床屋でヒゲを剃る際に、蒸しタオルを当てるのと、同じ原理なのだろう。近所の年金センターが、世論の批判を浴びて売却され、やむなく移った歌舞伎町のスポーツセンターだったが、普通のサウナ以外にミスト(霧)のサウナもあって、これも剃髪に具合が好いようだ。

第三条 頭を充分に洗ってから、剃るべし。
 最初、わたしは頭を剃った後に、洗顔および洗頭(?)を行なっていたが、あっという間に安全剃刀の刃が切れなくなることに気づいた。毛髪や毛根には思いがけないような量の脂が付着しており、初めに十分に頭を洗ってから頭を剃れば、安全剃刀が百倍ぐらい長持ちする。替え刃は、一本の剃刀を買うのと変わらないぐらいの値段なので、まずは洗顔&洗頭から始めるのが経済的である。剃る前に洗え。

第四条 視覚に頼らず、触覚、聴覚を動員すべし。
 風呂場には湯気が立ち込め、クリアに見えるつもりの鏡でも、剃り具合をチェックするには不十分なことが多い。むしろ指先の触覚の方が、剃り残しを感知するには、はるかに有効である。また、耳を顔側に向かって倒し、耳の穴をふさぐと、頭を剃るゾリゾリという音が、頭蓋内部に反響して聞える。これは、剃刀の刃が、ただ表面を滑っているのか、確実に毛髪の根っこ付近をグリップして(?)剃り上げているのか、一発でわかる。頭蓋内部に向かって、耳を澄ますべし。

第五条 石鹸は薄く塗り、泡が目に入らないように要注意!
 サウナに入った場合は、石鹸は一回塗りつければ充分で、あんまり泡の量が多いと、額を通過して目に入る。これがまた、猛烈に痛いのは、剃った毛の、細かいクズが、泡のなかに含まれているためだろう。硬く鋭い切っ先が、眼球に突き刺さってくるようだ。まるで目潰しにあったみたい。
 わたしが眉まで剃った時には、頭を剃った石鹸の泡が、ストレートに目に流れ込み、思わず悲鳴を上げた。眼球を汗などから保護するために、眉という障壁は必須のものであるという人体の合理性に、心から納得。
 途中でいったん、シャワーをかけて流した場合、再度石鹸を塗る必要はなく、ほぼスムーズに剃ることができる。シャワーを頭にかけ流しながら、流れるお湯の中で剃刀を使うのも、なかなか快適だ。道路工事の現場で、水をかけながら、回転する丸型の刃でコンクリートを切断しているのを思い出し、なんとなく好い気分になる。



第六条 最終的に湯気のない部屋の鏡でチェックする。
 いくらきれいに剃ったつもりでも、不規則な凸凹のある頭を、独力で、きれいに剃り上げることは、不可能に近い。利き手が右か左かで、盲点のできる箇所も異なる。できれば、両手を使って、剃刀の角度も変え、何度も繰り返し、アタックすることで、輝くような頭蓋が現われる。しかし、浴室内の鏡では蒸気に影響されるので、最終的には浴室外の鏡で点検することが肝要だ。頭を剃るという、いくらかロマンティックでないこともない思いが、蒸気とともに雲散霧消し、むくつけき自らの素顔に直面する、シラケタ瞬間でもあるのだが。

第七条 毎日剃るのが望ましいが、三日ぐらいの間隔なら、問題なく剃れる。
 髪が伸びるのは、思いのほか早いものだ。一日経てば、指先にチクチクしてくる。あまり伸びると、安全剃刀で剃るには、手間がかかり過ぎるが、まあ、三〜四日なら、何とかスムーズに行くようだ、
 もっとも、これは、あくまでわたしの、比較的柔らかい毛髪の場合であって、極度に硬い髪の場合は、こんな具合にはいかないだろう。男女を問わず、丸坊主を志す諸氏の、自己の髪の条件に合わせた、自家剃髪の要領を開発して頂きたい。わたしのケーススタディが、いくらかでも参考になれば、望外の喜びである。


 10月末に、急きょ、鳥取を訪れることになったのは、わたし個人にとって、実は密かな倖せであった。10月8日から30日まで、鳥取県立図書館で「まんが王国・鳥取」の展示が行なわれていることを、同図書館の発行するメルマガで知り、そのラインナップに目を瞠っていたのだ。境港の水木しげる御大はもちろん、鳥取市の谷口ジローぐらいまでは承知していたが、山松ゆうきちが倉吉市生まれ、川崎三枝子が日南町と続いて、わたしはかつて好きだった、マイナーな劇画の一時代が、まざまざと甦ってくるように思えた。
 もちろん、若い世代のためには、『名探偵コナン』の青山剛昌というスターがいるのだが、いまや県民作家のようになった谷口ジローはともかく、山松ゆうきちや、川崎三枝子を知っている人が、現在、どれぐらいいるだろう。わたしは好きでなかったが、官能劇画も手がけた鳥取市出身の玄太郎だって、相当知られたマンガ家だった。
 同図書館のメルマガでは、これらのマンガ家を含めた、多数の県出身マンガ家や、マンガのなかで描かれた鳥取について、何回かの連載で紹介していたが、「鉄人28号改」という署名で書かれた文章が、また好かった。過剰に思い入れすることなく、大家からエロ劇画家に至るまで、同じスタンスで、淡々と必要なことのみ記していく。そうとう該博なマンガ的教養の持ち主なのだろう。ジャンルや内容に目を眩まされず、それぞれのマンガ表現に即して、晴朗に紹介する姿勢は、若い世代のクリアな頭脳を想像させた。
 わたしは、8月5日のブログでも、鳥取県立図書館の尾崎翠ファイルを取り上げ、この図書館の優秀な人材の、地道な努力について触れたが、今回、ますます感服した。そして、ぜひ、この展示を見たいと思ったが、慢性的な経済困窮の中で、鳥取行きの旅費を捻出することは至難の業である。わたしはすっかり断念していたのだが、尾崎翠の関連で、急に10月末に鳥取におもむくことになり、それがなんと「漫画王国・鳥取」展の最終日、30日だったのだ。



 二階の特別展示室の壁に、大きなパネル写真が飾られているのは、水木しげる御大と、谷口ジロー・青山剛昌の三人で、他のマンガ家は、ガラスのショーケースの中に、整然と並べられている。しかし、いかがわしいエネルギーを放射する山松ゆうきちのマンガが、県立図書館に麗々しく展示される日が来ると、誰が予想しただろう。
 わたしは、青林堂から出た『くそばばあの詩』(1973年)や、『2年D組上杉治』シリーズ(その頃に雑誌連載)の愛読者だったが、この類例のないマンガ家の貧乏臭さは徹底していた。主人公も、強突く婆あだったり、落ちこぼれの極貧不良だったり、世の中の正道から、極端に外れた連中ばかりで、そういえば競輪マンガもよく描いたが、山松ゆうきち自身、競輪ファンが嵩じて、無謀にも競輪選手になろうと試みたが、あえなく失敗したというようなエピソードも聞いた。
 水木御大も、今でこそ妖怪の世界の巨魁だが、かつては貧乏哲学の教祖であり、同じ貸本マンガ家で、後に印刷・出版の東考社を作った桜井昌一さん(『ぼくは劇画の仕掛けけ人だった』著者)をモデルにした、メガネの「安サラリーマン」が、その貧乏臭さを見事に体現していた。山松ゆうきちも、貸本マンガでデビューしているが、つげ義春も含め、一群の貸本出身マンガ家たちの潜り抜けてきた貧乏暮らしは、超一級だったようだ。
 もっとも、水木御大の貧乏は、彼岸、あるいは黄泉の国から、現世の貧乏を照射した貧乏哲学の観があるのだが、山松ゆうきちの貧乏は、現世の真っ只中から、むくむくと起き上がってきて、呵呵大笑する、超弩級の土着型で、湿っぽさはまったくない。わたしは、ずいぶんマンガから離れてしまったが、山松ゆうきちが、最近どんな仕事をしているか検索してみた。すると、平田弘史のかつて差別問題で描き換えに至った、オリジナルの『血だるま剣法』を、インドに持って行き、ヒンディー語に翻訳して、自ら路上で販売するという、摩訶不思議、なんともわけの分らない活躍をしていた。
 その翻訳を担当した、インドに留学している人の「これでインディア エクスプレス」というサイトに、いきなり何の伝手もなくインドにやって来た、山松ゆうきちの怪人ぶりが活写されているが、帰国した山松に、マンガ専門誌の『アックス』45号(青林工藝舎)がインタビューしているという。孫引きで恐縮だが、このサイトから、山松ゆうきちの独壇場である、ディープな貧乏哲学を披瀝した部分を、引用しておこう。(インタビュアーは、竹熊健太郎氏と大西祥平氏)

大西:そうすると山松さんは、インドに行って俺はここが変わった、みたいなものはないですか。
山松:・・・・・・。
竹熊:質問の意図がわからないって感じですが(笑)。
大西:いやいや、その・・・人生観というか。
山松:人生観って何?
竹熊:いやあの、ガンジス川でですね、川辺で人焼いてて、それを犬が食ってるとか、死体流す横で水浴びしたり歯を磨いたり、そういうの見たりして。
山松:そういうのは、ただ単に貧乏なバカがやることでさ、それ見て人生観が変わるってことはないよ。金持って賢くなればやらなくなるって。バカを見て感動することはない。
http://indo.sub.jp/arukakat/index.php?itemid=349

 インド人や、インド好きが読んだら、激昂しそうだが、実際にインドに留学し、山松ゆうきちに親しく接した人が「この発言は、インドに無意味にはまっている外国人の酔いを醒まさせるだけの力があるように思える。適当なことを言っているように見えて、かなり鋭い指摘だと思う」と言っているのだから、単なる放言ではないだろう。日本で現世の貧乏哲学を究めた、山松ゆうきちだから言えたことなのだ。



 文芸マンガ「『坊ちゃん』の時代」(関川夏央原作)や、鳥取地震を舞台にした「父の暦」などで、すっかり大家となった谷口ジローだが、70年代後半には、やはり関川夏央と組んで、かなり下品なマンガ週刊誌で、B級の無国籍アクションを描いていた。当時、タウン情報誌を編集していたわたしは、「無防備都市」が大好きで、谷口ジローに一度だけインタビューしたことがある。タウン情報誌で、いきなりマンガ特集をやったのだ。
 谷口ジローに関しては、単行本の著者紹介で「香港か、どこかから流れてきた、国籍不明のマンガ家」といったような触れ込みだった。いったい、どんな怪しげな人物が現われるかと思ったら、ご本人は、生真面目で、とても繊細そうな人であり、動物マンガの石川球太のアシスタントをしたこともあって、自身も動物マンガを描いていると語った。
 インタビューの詳細は忘れてしまったが、帰りがけに「国籍不明のマンガ家」というのは、関川さんがわざわざデッチ上げてくれているので、それをバラスような書き方はしないで欲しいと頼まれ、快く了解した。掲載誌を送ったら、例の下品なマンガ週刊誌のコラムで、関川氏が、わたしのピックアップした下品なマンガのラインナップを指し「具眼の士は、どこにでもいる」とかいって褒めてくれた。わたしのタウン誌編集時代、ほとんど唯一の褒められた事例ではなかったろうか(売れなくて、あえなく廃刊した)。
 その後、尾崎翠映画の撮影で鳥取を訪れ、市内の書店で、谷口ジローが鳥取出身であることを初めて知ったが、近年は国際的にも評価され、特にヨーロッパでいくつもの賞を取っているのは、たった一度擦れ違っただけのわたしにも、嬉しい。



 水木しげる御大に関しては、言うべき言葉を持たない。学生時代のマンガ好きたちが、みんな手塚治虫ファンのなかで、わたしはその近代的なヒューマニズムにまったく馴染めず、水木しげるの反世界に親しんだ。深沢七郎の「人生滅亡教」ブームなどもあって、70年代には、それはそれで流行りだったのだが、「河童の三平」の、日本の原初的な山野を背景にしたアニミズム的世界、「悪魔君」の、ヨーロッパ的な黒魔術の世界、さらには短編「丸い輪の世界」に見られるような、優れた叙情性(死んだ妹と、時おり出現する丸い輪っかの中だけで再会する兄の話で、無常観と抒情がミックスした佳品だった)、さらには「総員玉砕せよ」の、戦争に伴なう観念性や悲壮感をまったく欠如させ、生存の地べたから描かれた戦争マンガなど、この御大が長年にわたって繰り広げてきた世界は多岐に渡る。いまや「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめとする、妖怪マンガのみがクローズアップされているが、なんとも笑止千万、片腹痛いわい、というのが、オールド・ファンの、ひねくれた感慨だ。
 貸本劇画を多く収蔵する、早稲田鶴巻町の現代マンガ図書館で、貸本時代の水木しげる作品をチェックしたことがあったが、ネズミ男みたいな登場人物のセリフに、「ゲーテは、親和力と言ってだな」などと、貸本読者に向かって、堂々とゲーテを説いているのには、のけぞった。読者が理解しようが、しまいが、この御大は自らの描きたいことを、描きたいように、描いてきた。よく言えばそうだが、それは同時に、孤立、孤独、貧乏の道だったに違いない。長生きしてるおかげで、生きているうちに時代が追いついてくれたのは、御大にとって、ハッピーだったろう。
「言うべき言葉をもたない」と言いつつ、べらべら並べ立ててしまった。水木しげるに限らず、鳥取のマンガ家の世界は、わたしにとって「親和」性の高いものであり、今回の展示を最終日に見ることができたのは、まったくラッキーだった。メルマガの「鉄人28号改」さんの解説も含め、鳥取県立図書館には感謝したい。
(展示をぜひ、カメラで撮影したいと思ったのだが、個人所有の展示物もあり、情景写真のみにして欲しいということだった)。
●鳥取県立図書館HP(メルマガ申し込みもできる)
http://www.library.pref.tottori.jp/



 思わず懐古的になってしまったが、懐古ついでに記せば、わたしもマンガ編集者だった時代があり、たった一冊だけ発行人として制作したマンガ単行本がある。畑中純『ミゝズク通信』(1979年、茫洋社発行。850円)が、それだ。今回記したタウン情報誌の別冊という形をとっているが、わたしが生涯一度だけ試みた企画出版であり、うまく販売ルートに乗せることができず、畑中氏には迷惑をかけた。氏は、その後『まんだら屋の良太』でヒットを飛ばし、時流には乗らないものの、独自の偉きな世界を築いている。近著の『極道モン』シリーズ(東京漫画社刊)では、人間描写に、さらに深まりをみせ、マンガの醍醐味を味あわせてくれた。
 先日、自宅を整理したら、ひとやまの『ミゝズク通信』が出てきた。畑中氏も、つげ義春や水木しげるの水脈につながるマンガ家であるが、美術や文学(ことに近代日本文学)に造詣が深く、さらにはヤクザや山窩などアウトサイダーの世界にも通暁している。マンガ商業誌デビュー前の作品を集めた『ミゝズク通信』には、そんな異色の作家の、原風景が展開されているように、わたしには思われる。
 今回、このブログを読んで頂いている方、10名さまに、『ミゝズク通信」を原価で販売したい。<定価850円+包装代100円+冊子小包郵送代340円=1290円>ですが、切り上げて、1300円で、どうでしょうか。ご希望の方は、以下にメールください。
sense-7@f3.dion.ne.jp



*B5判・192ページ。収録作品「ミゝズク通信」(『宝島』発表)「月夜」「田園通信」(ともに『話の特集』発表)など。




 ビデオが廃れ、これだけDVD全盛となると「巻き戻し」という言葉も死語になりつつあるかも知れません。この言葉で、わたしの脳裏にいつも鮮やかに甦ってくるのは、キャスリーン・ターナーが、男に拳銃を突きつけ、「ビー・リワインド!」と低い声で脅しているシーンです。
 ジョン・ウォーターズの颯爽たる怪作『シリアル・ママ』のワンシーンですが、ターナー・ママはビデオショップでビデオを借りながら、完全に巻き戻さないで返却するお客が許せず、命令に従わない男を射殺してしまうのでした。
 同じような、実にクダラナイ理由ばかりで、シリアル・キラー(連続殺人犯)と化したターナー・ママですが、彼女が街頭を疾駆するシーンを、全身のフルサイズで正面から捉えたスローモーションのシーンは忘れられません。中年太りしたママの、たっぷりした脂肪の、たぷたぷと揺れる様子が見事に捉えられていました。ジョン・ウォーターズの悪趣味が、遺憾なく発揮されたシーンですが、たしかキャスリーン・ターナーは、女優になる前に体操選手か何かだったと読んだことがあります(未確認)。恐らくアメリカのどこにでもある家庭の主婦を演じるために、かなり余分の脂肪をつけたのでしょう。



 わたしはまったく夢のない性格で、人生が二度あったら、とか、あの頃に戻りたい、とか考えたことはまったくないのですが、たったひとつ、どうしてわたしは、ああなれなかったのだろう、その可能性はまったくなかったのか、と、仄かな悔恨と憧れが交錯する職業があります。空港で、着陸した飛行機の前方で旗を振り、停止位置へと誘導する旗手(と言って、いいのかどうか)の方々の御姿を目にするたびに、わたしの心は俄然、少女マンガ・モードになるのでした。
 なぜだか解りません。旗手の方々を、機内のわたしが直接見るわけはありませんから、座席前方のスクリーンか、前の座席背後のモニターを見ているはずですが、遠く遥か彼方から、こちらに向かって旗を振っている御姿に、わたしは思わず涙ぐむほどのノスタルジー、あるいは妙に心のうずくような既視感を覚えるのです。
 機体に取り付けられた広角レンズの映像なので、映っている全身も小さく、表情も判りません。まして、雨でも降っていれば、遠くに霞んでしか見えないのですが、そうした悪条件であればあるほど、わたしの胸は締め付けられるようです。



 あるいは、海外から帰って来た安堵感で、まず最初に目視する日本人に、思わず感情移入してしまうのでしょうか。それも、飛行機を安全に誘導してくれるお仕事ですから、ミーハーなわたしが憧れて不思議はありません。
 しかし、正直なところ、海外から帰国した時の感慨は、また帰って来てしまった、事故もなく…、というのが正直なところで、実際、旗手の皆さんの遥かなお姿に、わたしがちょっぴり胸を焦がすのは、外国から戻った時ばかりでなく、鳥取便のような小さな飛行機の、短時間の飛行の場合でも同じなのです。
 恐らくわたしには、あの映像に対する、何か訳の解らない固執が、心の底に根深く焼き付けられてあるのでしょう。いつか写真に撮りたいと、ずっと念じてきたのですが、ご存知のように離陸、着陸の際には電子機器の使用が禁じられています。カメラを取り出そうとしてスチュワーデスと目が合ったり、カメラを手にしたのは良いのですが、あっという間に機体は接近して、シャッターチャンスを逸したりしてきました。



 9月の初めに、札幌上映に向かう際、羽田空港の待合席から、たまたまガラス越しに目撃できたのが、これらの写真です。残念ながら、背後からの御姿でありますが、わたしが神々しいものを仰ぎ見るような気持ちで、シャッターを切ったことは言うまでもありません。
 ジャンボ機のような巨大な飛行機を誘導する際には、操縦席と向かい合うために、なるほどこのような、トラックに取り付けられた昇降機を利用するのだというメカニズムも諒解できました。
 もしも、わたしの人生に巻き戻しがあったなら、空港会社はわたしを旗手として雇ってくれるでしょうか。友人の女装家、キャンディ・ミルキーさんは、生業として羽田空港で積荷の揚げ降ろしをやっているようですが、同じようなユニフォームは着ているものの、残念ながら彼らのお仕事に憧れたことはありません。

*よくよく見ると「旗手」の皆さんが振っているのは、旗ではなかったのですね。あれが、如何なるものであるか、間近に目撃してみたいものです。


 しかし、驚いた。ミシン業界のことである。ここ数ヶ月のうちに、一度でもいい、ミシンに関心を払った方は、あるだろうか? そう、かつて懐かしい日々に、お母さんやお祖母ちゃんが、布などをジャーッと縫っていた、あのソーイング・マシーン。和名で「縫製機」ともいうらしいが、わたしの時代の小中学校では「技術家庭科」というのがあって(確か、そんな名称だった)、縫い物などを習ったのは女子の家庭科、男子は技術科で木工か何かを習わされた。自慢できることではないが、ミシンを扱ったことなど、学校でも家庭でも、一度もなかったのである。



 そんなわたしが、生まれて初めて、懸命にミシンと向き合い、ミシンについて考える羽目に陥ったのは、田舎の老親が、いつの間にか30万円もするミシンを、訪問販売で購入していたためだ。ふだん離れて生活しているので、老いた両親がどんな買い物をしようが、知る立場にないが、2年前に、既にそれを買ったのだという。最近、わたしが家の周囲の草むしりの手伝いに帰省した際、3ヶ月ほど前に、その高級ミシンが不調で修理を依頼したところ、ほとんど使っていなかったものを下取りにして、さらに高い海外メーカーのミシンを購入…という話を聞いて、いくらか疑念が射した。
「いくらか」というのは、確かにわたしの経済生活からすれば、憤激したくなるような値段だが、もともとミシンの価格帯がどの程度のものか知らず、最新式の「コンピューターミシン」なら、それぐらいするものなのかと、ただ単純に呆れたのだ。前のマシンを下取り&新たなマシン購入、といっても、話を聞いてみると、老眼でも糸を通しやすいとか、操作性を理由に海外ブランド品を強力に薦められ、その時点では納得して買っているのである。
 最初の1台目「シンガーミシン」(皆さんも、ご存知ですよね?)はともかく、未知の海外メーカー「エルナ」について、一応調べてみようと、わたしは携帯したパソコンで検索してみた。すると思いがけないことに、ミシンの訪問販売に関する不穏なデータが、ぞろぞろ出てくるではないか。どうやら、うちの老親は「おとり商法」と称される、詐欺まがいに引っかかったらしいことが、次第に諒解された。そして、それが決定的になったのは、掲示板などで問題になっている会社「○○ミシンセンター」が、まさに老親が買った相手であり、また注意すべき「通信販売・訪問販売用オリジナル・ミシン」の一覧表の中に、うちで購入した2機種が、代表的なそれとして堂々リストアップされているのを発見した時だった。



 時系列を追って、ミシンの「おとり商法」の如何なるものであるか、明らかにしてみたい。地方のある村に居住しているわたしの両親だが、2年前、母親が、以前から目に留めていたミシンの新聞折込みのチラシに記されている、フリーダイヤルに電話をかけた。チラシには、8千円クラスのミシンが数機種紹介されている。以前からミシンを買うことを、漠然と考えていたが、住んでいる郡部にはミシンを売っている店など存在せず、チラシ広告の8千円はずいぶん安いが、そんな値段なら気軽に買えるだろう。
 電話した「○○ミシンセンター」(これは全国組織)の「ミシンショップ××」(郡部からは、ずいぶん離れた県央部の××市に支社がある)から、数日後、販売員の男女が二人でやって来た。男は営業担当、女は縫い方を説明する担当だという。二人は最初、チラシに掲載された8千円前後のシンガーミシンを取り出すが、いかにそれらが使いにくく、故障しやすいオモチャみたいなものであるか、母親に力説する。この時点で妙だと思わなければならないが、田舎住まいの老人はそれほど疑い深くない。変だと言えば、8千円のミシンを1台売るために、遠く離れた都市から、二人の大人が車を飛ばしてやってくること自体、変なのだ。
 次に彼らは、定価31万8千円のシンガーの「コンピューターミシン」を取り出し、これがいかに老人でも使いやすい、最高級の機種であるか説明し、熱心に薦める。8千円の機種との差額、実に31万円! 実に大胆な飛躍だ。わたしの母親は、けっして世慣れないタイプではなく、むしろ逆のタイプ(どういうタイプだ?)なのだが、それがコロリと受け入れてしまったのだから、よほどセールス・トークが、田舎風に洗練されているのだろう。定価から値引きして、26万5650円を、クレジットで購入する契約を結んでいた。そこには、戦前から人口に膾炙した「シンガーミシン」に対する信頼があったことは間違いない。



 時代の先端を行く「コンピューターミシン」を手に入れた、わたしの母親だが、実際はほとんど使わず、放置されてあったらしい。この辺が、老人相手のセールスのチョロイところだが、今年に入ってミシンを使おうとしたところ、操作の仕方を忘れてしまったうえ、説明書を見ても、うまく作動しないようなのだ。そこで、再び「ミシンショップ××」に電話して、故障ではないだろうかと言うと、今度は営業が一人でやって来た。原則は二人なのだが、この日、都合がつかなかったと言う。
 この時は、途中から父親も説明を聞いたのだが、作動しないのは「長期にわたって使わなかったので、グリースが固まったせい」。しかし「お年寄りが、より使いやすい『エルナ』のコンピューターミシンがあって、これはシンガーともタイアップしているスイスの会社の製品だから、安心です」と、さも親切げに薦める。老眼の母親が、ミシンの針に糸を通すのが難しいなど、うまく使いこなせないことを見て取ってのことだが、値段を聞くと、定価33万3900円。さらに高いが、シンガーを下取りして、プラス10数万円で買えると言う。
 それを鵜呑みにするほど、わたしの母親は人が良くないが、結局プラス6万3千円でエルナを購入したのだから、ここでもセールス・トークは見事に功を奏した。この時は、後日、縫製担当ともう一度来訪し、使い方を詳しく説明すると言って帰って行った。
 数日後、父親が、シンガーの保証期間が3年間であったことに気付き、ミシンショップに「買い替えではなく、無料修理すべきでなかったか?」と電話するが、「ご主人も一緒に説明を受け、納得して買われたはず」と言いくるめられる。詐欺的商法というと、すぐ思い浮かべるような脅し文句ではなく、あくまで丁寧に説明し、理解を求めるのが、この会社の方針らしい。
 この段階で、わたしは初めて「コンピューターミシン」なるものが実家に存在することを知ったのだが、パソコンで検索すると、「○○ミシンセンター」は、かなり怪しい会社のようだ。掲示板の断片には(まとまった形では、アップされていない)相当の苦情が殺到している。いずれも二人組みで来訪し、1万円以下のミシンで釣って、言葉巧みに30万円クラスのミシンを売りつける。しかし、老親の場合、契約書にも明記されているクーリング・オフの期間は、とっくに過ぎているうえ、最初のシンガーミシンなど、2年も前の話なのだ。
 当初、わたしは、説明書を読んでミシンを操作できるようなら、もう縫い方の説明になど来てもらわないで、ミシンショップとは一切縁を切ったほうが良いのではないかと考えた。そこで、説明書を片手に、エルナミシンと取り組むことになったのだが、自動糸通しのメカニズムを理解するだけで、2〜3時間もかかる始末。ミシンを扱ったことのないわたしには、とうてい無理な相談であった。
 詐欺まがいの商法に引っかかったらしいと気付いた母親は、何が何でも縫製担当を呼んで説明させると、こちらはすっかり意地になっている。そこで、「ミシンショップ××」に電話して、東京で暮らしているわたしの妹が同席し、説明を受けることになった。



 この日は、営業と縫い方の男女二人組みでやって来たが、おかしなことが次々に起こった。どうやら、エルナが欠陥商品だったらしいのだ。以下は妹の説明である。
1 上糸と下糸の連動がうまくいかず、「下糸がつっている」。縫い方の担当が、懸命に調整するが、縫い目に変化なし。あげく「コンピュータを使った最近のミシンの縫い目は、これが普通です」と主張する。妹が、帰京後、地元の消費者センターを訪ね、そこから「シンガーハッピージャパン」の「お客様相談室」に電話して、「下糸がつる」ことを尋ねると、「それが普通」であるわけがないと明確に否定した。
2 ボタンホールを縫っていたら、同じ箇所で何度も上糸が切れ、しまいには針まで曲がってしまう。しばらく直そうと努めていたが、諦めて「持ち帰ります」と言う。「交換には1ヶ月かかる」という説明だった。
 一方、わたしはネットで、ミシンの訪問販売とミシン業界について調べていたが、目を疑うような事実が、次々に浮かんできた。まず、両親もわたしも信じて疑わなかった「シンガーミシン」が、メーカーとしては現在、存在していないのだ。かつてアメリカのシンガーと契約していた会社は、ミシン部門を解散してしまい、今ではブランド契約をした会社(妹が電話をした「シンガーハッピージャパン」)が日本における「シンガーミシン」を製造し、販売している。名だたる「シンガー」が、メーカーとしては存在せず「ブランド」としてのみ存在していた。これには、ただもう唖然。
 だから、エルナを薦める際に、営業が説明した「シンガーと契約している会社だから安心」というのは、明白な虚偽である。後で調べて、スイスのエルナ社とタイアップしたのはジューキ(JUKI)であることが分かった。田舎の人間や、かつてのシンガー全盛時代を知る初老以上の人間の、頭に焼きついたブランド・イメージを利用しているのだが、ミシン業界の盛衰に詳しい人間なんて、そう、ざらにいないだろう。
 しかし、わたしがなんとも解せなかったのは、メーカーが存在しないシンガーが「おとり商法」に製品を提供し、目玉商品になっていることは有り得たとしても、「通販・訪問販売専用オリジナル・ミシン」のリストに、前記「JUKI」や「蛇の目ミシン」「ブラザーミシン」といった、そうそうたるメーカー品まで、ラインナップされているのは何故か? それらのメーカーのサイトを調べたが、コンピューターミシンでも、30万円なんてしない。最高級の機種で、せいぜい15万から18万円ぐらいなのだ。
 そんな時に出会ったのが「ミシンの迷信」というサイトだった。結婚相手が新聞の折込みチラシを見て電話し、もう少しで32万円のミシンを、26万円で買いそうになった(わが老親とピッタシ同じ!)という男性が、たまたまマーケティングの専門家だった。彼は、不可解なミシンの訪問販売と、ミシン業界そのものに興味を抱き、このサイトを立ち上げた。2000年7月にスタートし、専門家の目でリサーチしたミシン業界の実情が、リアルに考察されているが、掲示板は一時、被害者たちの書き込みで大いに賑わったらしい。2002年8月、ほぼ問題は出尽くしたとして掲示板は閉鎖され、コンテンツも翌月以降更新されていない。しかし、書かれてあることは、現在でもすべて有効である。
 これは「ミシン問題」が消費者に周知徹底され、問題が解消されたのではなく、ミシンの訪問販売にしろメーカーにしろ、何の変化もせずに、そのまんま同じ形で現在も継続していることを意味している。
http://homepage2.nifty.com/mamba/index.html



 わたしが「ミシンの迷信」で、もっとも教えられたのが、プライベート・ブランド(PB)商品による「チャンネル別商品仕立て」という視点だ。身近な例で言えば、スーパーがメーカーに発注して、自社専用の商品を作らせるのが、PB商品だが、普通、この場合はメーカー名を隠し、自社ブランドを表に出して、値段は当然メーカー品より安い。ところが、ミシン業界では、訪問販売や通販会社、大型小売店などが、メーカーにPB商品を発注し、それぞれ別の機種名を持ちながら、メーカーのブランドを押し立てたうえで、なんと値段がメーカー品より圧倒的に高いのだ。場合によっては、2倍以上!
 そして、メーカーでは販売しないような1万円以下の機種、つまり「おとり商品」だが、これも注文に応じて供給されている。超高価格と超低価格の両極端があって、その間が存在しない。これが、ミシンの訪問販売なのだ。
 PB商品が乱発される結果、メーカーのブランドを冠しながら、似たような性能を持つ、販売チャンネルごとに違った機種名のミシンが数多存在し、値段もそれぞれに異なるという、一種異様な事態を惹き起こす。この異常事態が恒常化し、構造化されたのが、まさにミシン業界の現在に他ならない。メーカーがこれを知らないはずはなく、「ミシンの迷信」では2回にわたって、メーカー、販売店にアンケートを行ったが、一切無視されたとか。
 余談になるが、わたしが長年通っているフィルムの現像所、東映ラボテックは調布市にあり、屋上に上ると、隣の「JUKI」の歴史のありそうな社屋(工場も兼ねているのだろう)が見える。窓の内側では女性工員が働き、どことなく篤実そうな社風を思わせるその佇まいに、わたしは大した理由も無く「JUKI」に好意を寄せてきたが、この会社も間違いなくミシンの詐欺的商法の片棒を担いできたのだと思うと、いささか暗い気持ちになった。
 平和で着実な家庭のシンボルのようなミシンだが、レッキとしたメーカーと詐欺まがいの訪問販売が、相補的に手を携え、表裏一体となった、驚くべき業界構造である。インターネットの世界では、相当に知られた話題であったようだが、ミシンを買おうとするすべての人がネットで検索するはずもなく、また、パソコンに馴染むには地域格差、年代格差があって、その結果の必然として、地方の老人世帯が主要ターゲットになっているようだ。
 もっとも、首都圏に住む妹の地元でも、同じ「○○ミシンセンター」の新聞折込みチラシが入ってきて、ネットで調べたら代理店まで募集していたとか。ミシンを購入しようとする世代は、情報に疎い高齢者が多く、その意味では、都市であっても、チラシに引っかかる消費者は少なくないのだろう。また、そのチラシに記されたフリーダイヤルの番号は、地方の両親がかけた番号と同じであり、相当広域にわたって組織的に運営されていることが、如実に示されている。



 妹が、両親に県の消費者センターに相談することを勧め、父親が電話すると、それは「次々販売」に当たると指摘された。一度製品を購入した顧客から、修理などの依頼があった場合、まともに修理しないで、新たな製品を買わせるのが「次々販売」だ。ミシンの場合は、相当の高額で下取りするが、それは全ての製品がPBの専用品で、「定価」などあって、ないようなものだからだろう。
 県の消費者センターの、わたしの父親に対するアドバイスは、販売員が持ち帰ったミシンを確実に戻させるために、文書で申し入れた方が良い、というというものだった。クーリング・オフが過ぎているので、せめて現物を確保するという意図なのだろうが、こちらは彼らが販売するミシン、特にエルナには不信を抱いているのだ。
 わたしは「ミシンショップ××」が存在する××市の消費生活センターに電話し、騙された消費者をバックアップするような、何か法的な手立てはないか訊ねた。電話に出た女性は、まずわたしがどこに住んでいるのか、被害者はどこの住人か、まず確認する。どうやら市民が相談を受ける対象だと言いたいらしい。なるほど、わたしも両親も××市には無関係だが、売りつけた相手の会社が、市内に存在するのである。こうした相談が、他にも寄せられていないか聞くと、キッパリ「それは答えられません」と返って来た。
 いかにもお役所的な対応に、わたしは多少イライラしてきたが、先方は「それで、どうしたいんですか?」と尋ねる。わたしは、一瞬詰まったが(だって、実際どうしたら良いのだろう?)原則論として「ミシンは、もう要らないから、支払ったお金を返してもらいたい」と答えた。すると「それならジス交渉ですね」と、電話の向こうの彼女は言う。
 ジス交渉? ディス・コミュニケーションみたいに、交渉に馴染まないということか? 不審に思ったわたしが何度も聞き返すと、「自主交渉」が田舎風になまっていることが判明した。そんなことなら、最初から消費者センターになど相談しない! いささか頭が爆発したわたしは、その勢いで「○○ミシンセンター」のフリーダイヤルに電話した。「ミシンショップ××」の電話番号は明かされていない。電話は全て広域のフリーダイヤルに伝言して、相手からの電話を待つ。本人の携帯も教えない。生き馬の目を抜く、巧緻なノウハウが反映しているのだろう。
 最初から「苦情を受ける窓口はないのか?」などと思い切り不機嫌なわたしの電話だったが、間もなく営業担当者からかかってきた。わたしは、彼らがやっていることは「おとり商法」と「次々販売」のミックス形態であること、エルナがシンガーと提携しているなどと嘘をついて売りつけたこと、そのエルナの製品の「下糸がつっているのは、コンピューターミシンでは普通」という説明も「シンガーハッピージャパン」によって否定されたこと、またわたしが調べた限りでのミシン業界の詐欺的構造を、洗いざらい並べ上げると、相手はすっかり辟易したようだった。
 自分から「下取りの契約を破棄し、当初のシンガーミシンを完全に調整して納品し、3ヶ月前の6万3千円は返金することで、了解してもらえないか」と言い出した。わたしも、2年前の26万5650円を取り返すことは無理だろうと踏んでいたので、そこでいったん電話を切り、当事者である両親、それに彼と直接対面している妹に電話して、先方の条件を伝えた。あいかわらずシンガーに信頼を置いて、エルナのマシンに不信を持っている両親は喜び、妹も賛成だったので、もう一度「○○ミシンセンター」に電話し、相手の電話を待って、納品の際には再び妹が同席し、ミシンをチェックすることを伝えた。
 詐欺まがいの割には弱気だが、リフォーム詐欺のような明白な剥ぎ取り行為ではなく、クーリングオフを明記した契約書を交わすなど、手続き的にも金額的にも、詐欺行為の一歩手前のグレイゾーンにポジションを置く作戦のようだ。だからこそ、トラブルはヤクザのように脅して黙らせるのではなく、できるだけ話し合いに応じるスタンスを取っているのではないか。



 わたしは納品に当たって、今回のミシンの訪問販売と、ミシン業界の表裏一体の構造について、事例研究をA4の用紙4枚にわたって詳細に文書化し、具体的な経緯を記しながら、何が行われ、何が問題であるか指摘した。それは両親を啓発するためでもあったが、一方で、電話で交わした営業氏との口約束が誠実に履行されなかった場合は「○○ミシンセンター」の本社(別の名前で大阪にある)を相手に交渉すること、近隣の多くの市町村に、このレポートを閲覧してもらい、住民の注意を喚起すること、新聞社と販売店には、詐欺行為の片棒を担ぐ折込みチラシの是非を問うこと、県内の各消費者センターにも、このレポートを送付することなどを書いた。
 もし、納品されたミシンが完全でなかったり、返金が曖昧だったりした場合は、この文書を相手に見せるよう、妹に依頼した。自分ながら、何というシツコイ性格だろう。幸い、納品、返金ともに順調に行われ、文書を見せる必要はなかった。
 しかし、ミシン業界は、一体どうしてこんなことになってしまったのか? 素人なりに愚考すると、かつての「一家に一台」ミシンがあった時代から、衣服の使い捨て時代になって、需要は一定程度あるにも関わらず、日常的に売れる製品ではなくなった。「町のミシン屋さん」は消え、その意味では、通信販売や訪問販売の必要性がある。おそらく流通段階のドラスチックな変容があったのだろうが、しかしメーカー品の2倍も高い値段でミシンを売る「おとり商法」に、有力メーカー全てが業界ぐるみで加担している構造は、根深い病理現象ではないか。
 それでは、消費者は、なぜバカ高いミシンを、説得されるままに買うのか? 訪れた販売員が、言葉巧みに粘る以外に、
1 コンピュータ化という形で、素人には分からないハイテク・ミシンのイメージが与えられている。
2 いかに多機能であっても、ミシンの性能のすべてをフルに使っている人は少ない。実際にはわたしの母親のように、ただ持っているだけの人も多く、製品的な問題が顕在化しにくい。
3 冷蔵庫やTVのように日常的な使用するものではなく、情報に触れる機会も少ない。そのため「最近のミシンは、そんな値段になっていたのか」と思い込みがちだ。いわば、情報のエアポケットのようなところに、ミシンが位置している、
 こうした素人の憶測とは別に、固有の歴史にもとずいた明確な理由があって、現在があるはずだが、一般消費者にとっては謎としか言いようがない。業界内部からの証言が求められるが、もし今回このブログに書いた内容に誤りがあったら、率直にご指摘いただきたい。必要があれば、継続的にミシン問題に取り組む所存。
 情報のエアポケットのなかを、今日も「おとり商法」の2人組が、町から村へ、あるいは都市部の奥へと、ミシンを積んだ車を飛ばす。

■訂正■
 上に「それらのメーカーのサイトを調べたが、コンピューターミシンでも、30万円なんてしない。最高級の機種で、せいぜい15万から18万円ぐらいなのだ」と書きましたが、これは不正確でした。各社のコンピュータミシンの最上級機種の値段は、シンガーとブラザーが20万円前後、蛇の目が23万円、なかでJUKIのみが30万円と24万円のものを出しています。しかし、いずれも各社一機種のみで、訪問販売用のPB商品に、30万円前後の機種がゾロゾロ並んでいるのは、いかにも不自然です。


 長いヨーロッパ・ツアーを終え、ほうほうの体で新宿のワンルームに戻ったわたしを待ち構えていたのは、都税の「最終催告書」と、NTT東日本の「契約解除予告通知書」という、ものものしい通達であった。都税の方は「納付されなかった場合には、地方税の定めるところにより、あなたの財産を差し押さえることとなります」と迫ってきているが、その期限は半月ほども過ぎている。NTTの方は「最終指定期日の翌日をもって契約解除させていただきます」と、こちらは有無を言わせない構えで、期限も間近だ。電話を止める時のように、機械的にあっさり電話線の接続を切断するのだろう。
 わたしの長期不在によって、たまたま顕わになったことではあるが、通常の生活の中ではなかなか遭遇する事態ではなかろうと思われるので、皆さんのご参考に供すべく、ここで開陳に及びたい。



 どちらも大した金額ではなく、都税の方は8千円ほどだが、いったい何を差し押さえる気なのか? 価値のある家財道具はないわたしだが、まあ足して8千円ぐらいにはなったとしても、それに要する手間や人件費の方が、はるかに上回るだろう。しかし、これは形式的な脅し文句に近いようで、都税事務所に電話すると、延滞金も課せられることなく、郵便局で払ってくれれば良いという。金額があまりに小さいことと、納めていない人が少なくないので、わたしがわざわざ電話して、払う意思を示したことが、担当者には嬉しいような(言い過ぎか)印象だった。なお、2ヵ月半ほどの滞納で「最終催告書」が出されるらしい。
 一方、心底ムカついたのはNTTで、わたしの滞欧中に電話が止まっていることは「エロ漫画凶悪編集」が、このブログのコメントでわざわざ公開したとおりだが(「電話代、早く払え」なんて、余計なお世話だ)単に止まるだけでなく、契約自体を打ち切るという通知が来ていたのだ。これまで、何度も電話を止められ、そのたびにコンビニで払って即開通だったので、なんとなく電話料金は止められて払うもの、と思ってきたが、「契約解除」の通知は、さすがに初めてだ。1ヶ月の滞納で電話を止め、2ヶ月でもう「契約解除」となる。「解除」後に未納料金を払っても「契約」が回復することはない。
 まあ、電話が止められて、そのまま一ヶ月もほったらかす方が悪いといえば悪いのだが、未納料金と支払うまでの延滞利息はどこまでもついて回り、ここでも「誠に不本意ながら、法的手続きにいたる場合もございます」と脅している。しかし、わたしがムカついたのは、その次の条項で「ご契約時にお支払いいただいた施設設置負担金につきましては、権利金または保証金ではありませんので、お返しできません」というヤツだ。
 携帯電話が増え、固定電話の価値が急速に下がったのだろうが、わたしの場合、20数年も前に電話用とファックス用に2本引いて、確か一本につき7万円くらい払った覚えがある。当時は留守電とファックスが一体化した最近のような器械がなく、フリーの編集兼ライターとしては、どちらも必須だったのだ。それに、こんなわたしでも、多少のバブルの恩恵は受けていたのだろう。その後、ピンク映画の仕事に携わるようになっても、浜野組が次から次へと撮影していた時期は、脚本担当として食うに困らないぐらいの経済環境にはあった。ところが、浜野組が自主映画に主軸を移した途端に、窮した。わたしが監督するピンク映画やゲイ映画は、年に数本であり、以来窮しっ放しなのである。



 こうなると、2本の電話は明らかに不要なのだが、1本にまとめるためには留守電&ファックスを買わなければならないうえ、ファックスの方をADSL兼用としてしまった。わたしに電話をかけてくる人間も、相当限られてしまったので、ファックスの方に一本化し、それを連絡すればいいのだが、こちらの電話は自分からかけることがないので、一ヶ月2千円前後と大した金額ではない。今回も、それに日常の電話として使っている方の4千数百円を加え、計7千円ぐらいの滞納で、わたしは「契約を解除」されようとしたのだ。20年来の顧客を「7千円×2ヶ月」で打ち捨てるのだから、公益企業のカケラもない。
 電話代を払わないくせに「NTTのやらずぶったくり」とは、悪質な因縁をつけているように見えるかも知れない。しかし「施設設置負担金」は、かつては事実上の権利金として機能し、質に入れたり金融の担保になった。電話を何百台と使っている大きな会社の場合には、資産として計上していることがあり、それを一方的に無価値にすることが問題となっていたはずだ。決着はついたのだろうか? おそらく法人については何かしらの手を打ち、個人については切り捨てるだろう。では、今新しく固定電話を開設しようとしたら、こうした権利金まがいの負担金はゼロで引けるのか?
 現状において、固定電話を一切使わず、手持ちのPHSで遣り繰りすることは無理なので、実に忌ま忌ましい思いで電話代を払い、開通させた。最近話題になっているIP電話とは、どういう仕組みなのだろう。「施設設置負担金」の返還を求めて裁判する根性もないので、NTTとは縁を切る方策を探りたい。
 わたしは想像する。「南の詩的論争家」は、これまで勤務していた塾で新聞を「塾読」するので、個人では新聞を取っていなかったそうだが、わたしは大量のゴミのもとになる新聞を廃して久しい。ニュースはTVとインターネットで見る。これで電話を「契約解除」され、世の中で流通する情報の一切から遮断されて、暗い部屋でポツネンとしているわたしの姿を想像すると、なかなか迫真的な老後像が出来上がるようだ。もっとも、それは果して「老後」のことだろうか(電気を止められたことはないが、あれは勝手に繋げないものなのか。水道は、自分で弁を開けられる気がする)。


 糞尿譚にはなぜか人を惹き付けてやまないところがあるが、前々回の「男性小用考」に女性二人のコメントを頂いた。沖縄の詩人・小説家の河合民子さんと、京都の尾崎翠研究者のいしはらみよさんが、女性の立ちションの可能性や野外小用について語り、考察を深められているのは、当ブログとして望外の喜びである。



 河合さんが最初「女が立ってすれば(ヤマザキの)悩みも軽減するのでは」と指摘されたのは、男の立ちションに付随している(?)男権性への抵抗が、わたしにあるのではないかと推測されたものか。もちろん自らの男性性の廃棄がわたしの大きなテーマであるものの、小用問題に関しては、お掃除と衛生に関する技術的な関心に他ならない。しかし、立って小用を足す女性の群れが出現すれば、トイレのジェンダー秩序は大いに撹乱され、なんだか楽しそうだ。
 その後、わたしは野外で男同士が並んで立ちションする行為のなかに、ブラザーフッドの確認が含まれるのではないかと考えていたところ、河合さんの第2信によって、女同士で、しゃがんでする「連れション」の快楽が語られた。こちらは自然に溶け込んだシスターフッドの交換で、中国・雲南の体験もそれに相応しいスケールの背景を提供している。こうした野外の女性「連れション」はアジア的といえるのか、それとも欧米、アフリカ、南米などでも見られるのか。男の「連れション」は、ハリウッドの警官映画などで何度も観たような気がする。単調にユニバーサルな感じ。
 一方、いしはらさんが披瀝された、農作業中のお祖母さんの小用風景は、屋外に設置された「朝顔」に、椅子にでも座るかのように後ろ向きに腰掛け、用を足すというもの。立ちションというよりは「屈みション」とも言うべきもので、この姿勢自体はわたしの子供時代にも見かけたものだが、「朝顔」に向かってするところが、はなはだ珍しい。男女共用なのだろうが、しかし畑や田んぼの広がる中に、ポツンと「朝顔」が佇立している景色には、どこか心騒がせるものがある。シュールだ。今でも残っているのだろうか?



 前回、たまたまラブピースクラブのメルマガで読んだ、北原みのりさんのエッセイを枕にふったが、奇しくも最新の3月25日号で、なんと女性用の「立ちション」グッズがふたつも紹介されていた。どちらもアメリカ製で、ひとつは「マジックコーン」。紙製の平たくたたまれたものを広げ、漏斗状(?)にして押し当て、紙容器の内側にオシッコを溜める方式だ。終わったら、小水は地面やトイレに捨て、器も使い捨て。「旅行先やキャンプ、飛行機やクラブなど、便座に座りたくない時」便利だという。「膝がいたくてしゃがめない高齢者の方にもオススメ」。3枚セットで300円也。
 もう一方の「タチション用ディルド」は、ペニス型に成形されたマニアックなもので、作ったのはアメリカの「FTMグッズ専用のメーカー」。FTMというのは「FEMALE to MALE」(女性から男性へ)。女性として生まれながら、男性としての感覚や気持ちを持って生きている人を指す。特に男装した場合に、小用の問題がクローズアップされるが、このディルドは「当事者達による、考え抜かれたデザインと使い心地」だそうだ。医療用のプラスチックで作られており、柔らかなカップを押し当て、密着させ、小水はラテックスチューブを通って外部に排出される。「チューブは、入り口は太めに、安定した流れをつくりだすようにできており、尖端に行くほど、勢いよく尿が飛び出るようにデザインされて」いるそうだ。
 170グラムの軽さで、パンツの下に着用し、歩いたり走ったりしても異和感はない。ラブピースクラブのスタッフが試用したところ、気になったのが、小用が済んだ後、ティッシュを使うかどうかで、さっと軽く拭くことを勧めている。約2年かけて開発され、こちらは9千円也。
●ラブピースクラブHP(syop infomation 参照)
http://www.lovepiececlub.com/



 かくして、河合さんによって提起された女性の「立ちション」というテーマは、古代的な大らかをたたえた女性同士の友愛の可能性から、身体の改変というサイバーパンク的な尖端の光景までを貫くパースペクティブを持つことが明らかになったが(本当か?)しかしわたしはトイレ問題に熱中するあまり、このブログ本来の尾崎翠について何も考察を進めていないではないか。いや、プランもあり、準備もしているのだが、いささか時間が足りないのである。
 ハッタリでない証拠に一例を挙げれば、今関敏子著『<色好み>の系譜−女たちのゆくえ』『旅する女たち−超越と逸脱の王朝文学』を手がかりに、なぜ「第七官界彷徨」の語り手は<小野町子>と名づけられたのか考えてみたい。しかし、明日からはパリ・インスブルック・ベルリンの映画館上映ツアーが始まる。ネット環境が変わるので、果してこのブログを更新できるかどうか、それが問題だ。


 女性映画祭の会場になっている、クレティーユ市の文化センターのトイレで小用を足しながら、「これもまたひとつの解決法であるな」と感じ入った。いわゆる「朝顔」のデザインがとてもコンパクトで、壁に据えられた位置が、いやに高いのだ。最初は、わたしが短足の日本人のせいで高く感じるのかと思ったぐらい、位置が高く、普段なら下向きにする放射角度を、ほとんど水平にする必要があったのだが、考えてみればフランス人はアメリカ人ほど長身の人は多くない。この「朝顔」の設計は、小用に伴うところの飛沫対策に他ならないと、わたしは確信した。
 以前、バイブなどのセクシーグッズを女性向けに販売する「ラブピースクラブ」のメルマガで、代表の北原みのりさんが「自分は一応、小さな会社の社長ではあるが、トイレの掃除もしている。しかし、男子のトイレはどうしてこんなに汚れるのか」と嘆いているのを読み、我が意を得たり! と思った。わたしにとって小用の合理的な方法は、生活の中で決して小さくないテーマのひとつであり、男性の立ちションはすべからく廃止すべし、というのがわたしの辿り着いた結論なのである。
●ラブピースクラブのHP
http://www.lovepiececlub.com/



 わたしの自室のトイレは、小さな浴槽と並んだユニットバスなのだが、立って小用を足した後、しゃがんで便器の外縁や周囲をじっーと観察すると、相当の細かい飛沫が飛び散っていることに気づく。また、海水浴場の砂浜に設けられた公衆トイレで、水泳パンツ姿でオシッコしたところ、脛から足首辺りに飛沫がかかるのを感じた。それは放射されたオシッコが拡散した一部のようでもあり、便器からの撥ね返りのようでもある。男性の多くはズボンをはいているので、こうした飛沫の拡散や撥ね返りに気づかないでいるが、初夏から秋口まで基本的に短パンで過ごすわたしには、敏感にならざるを得ないテーマなのだ。
 なぜ、オシッコの飛沫は拡散するのか? 高所から立ちションしてみれば分かることだが、飛距離が長くなればなるほど放射角は広がり拡散する。わたしがクレティーユの「朝顔」に感服したのは、位置を上げることで飛距離を最小にし、拡散を防いでいることだ。さらに、飛距離が短くなれば、撥ね返りのコントロールも容易になるし、放射口と間近なだけに、いきみ方も慎重にならざるを得ない。なかなか優れたデザイン思想であると思った。
 しかし、それはあくまで改善策であって、根本的な解決にはならない。わたしはスタンディング・ポジションによる男性小用を廃止し、洋式トイレにおいては大小ともに座ってすることを提案したい。可能な範囲でわたしはこれを実践しているが、ズボンを下ろすなど多少の手間はかかるものの、ポーズとしても楽である。和式トイレとなると、わたしも躊躇う、というか実際に実行したことはないが、まあ東京で生活している分には和洋併設が多いので、洋式を選択すれば良いことだ。



 パリだからといって、優れたデザインの「朝顔」があるのではなく、クレティ−ユの住宅街の映画館で出くわしたトイレには、茫然とした。男子用に大小の区別が無く、ボックスに入った足元には、水路のようなものが走り、その中に両足を載せるレンガ一枚ずつぐらいの足場がある。どうやら大も小も、この水路に向かってするのだろうが、ズボンをはいた男性がしゃがんで小用を足すことは考えられず、しかし足場に乗ると前方があまりに狭い。やむを得ず、水路の手前に立ち、足場を避けながら水路に向かって放射することになるが、完全に足場を濡らさないで済ますことはできない。大をするにしても、和式以上に太腿の筋肉が必要とされるのではないか。
 恐る恐る小用を足した後、水を流したら、物凄い勢いで噴出してきて、怒涛のような水流が足場さえも洗うような景観を呈したのには、またまた唖然となった。今回、浜野監督の通訳を務めてくれている翻訳家の児玉しおりさんによれば、このタイプは「トルコ式」トイレと呼ばれ、フランスの古い建物には残っている場合があるそうだ。なぜ、かつてフランスにおいてトルコ式のトイレが採用されたのか謎だが、それを探求するのはわたしの仕事ではない。
 2月に沖縄県女性総合センター「てぃるる」で『百合祭』の上映があった際に、スタッフと親しいカウンセラーの女性に聞いたことだが、ある介護されている男性老人がいた。歩くのも不自由になり、立ってオシッコする際にも補助者が必要なのだが、うまく行かないで下着などを濡らしてしまうことが多い。それで、オシッコも洋式トイレで座ってするよう、介護スタッフが勧めたが、彼は「しゃがんで小便するのは女のやることだ」と頑強に拒否し、あくまで立ってすることに固執したという。そのせいでもないだろうが、状況が好転して自宅に帰れるようになっても、今度は老妻が引き取ることを拒み、哀れ、老人は行き場を失ってしまったそうだ。
「男性小用は、しゃがんですべし」などと言うと、またヤマザキが女性受けしそうなことをお調子こいて口走っていると、苦々しく思う識者もあるかも知れない。しかし、わたしの提案は、沖縄の男性老人のような悲劇を生まないためにも、有効であると思われるのだが、果たしてどうか。



 について綴るプランだったのだが、昨日の夕方あたりからいきなり神経的にせわしくなって、珍しく焦燥感のようなものさえ感じてしまった。無理もないので、昨夕は小型で新式のデジカムにマイク、広角用のレンズ(ワイド・コンバーター)、三脚など、簡便なインタビュー用の機材をヨドバシで買い込み、自室でチェックするが、アマチュア用とはいえ、一応最新のカメラだけに操作に不安がある。
 もちろん赤貧洗うが如しのわたしが、自費で私物を買ったわけではない。機材は浜野監督の旦々舎のものであり、それを抱えて、これから朝の6時に新宿発のリムジンに乗り、成田からパリ郊外のクレティーユ国際女性映画祭に向かう。この映画祭は00年に引き続き二度目だが、今回はパリやトリノに在住の日本人女性を、浜野監督がインタビューする予定なのだ。
 世界各地の映画祭に参加した時にお世話になった「海外浜野組」と称する女性たちがいて、彼女たちはそれぞれ現地に根づいて暮らしながら、積極的に活動している。日本をエスケープした、あるいは、せざるを得なかった彼女たちが、いかに優秀であるか、いつも目の当たりにしてきたが、日本のコンテクストを離れ、海外のコンテクストに身を置いた時に、どうして彼女たちが生き生き暮らせるのか? そこには彼女たちを追い出した日本の社会が、裏写りしているのではないか? 彼女たちを生活や仕事の場でドキュメントしたら面白いという企画が以前からあり、わたしも大賛成なのだが、面白くないのは、わたしがカメラを回さなければならないことだ。



 デジカメなどは趣味で撮っているし、ビデオも嫌いではないが、監督のインタビューを記録するとなると、はなはだ荷が重い上に、その監督が誰あろう、現場でスタッフを罵倒することで皆を戦々恐々とさせている浜野監督となると、暗雲が立ち込めてくる。どうも映画の監督というのは、性格が極端な人物が多く、浜野監督もその例に洩れない。カメラの技術的なことや機材には一切無関心なのに、要求だけはハイレベルなのだ。そんなことがこの機材やこの腕前でできたら、世の中、傑作、秀作に溢れてるさ、と思うのだが、監督という人種は我執強く、貪欲だ。
 わたしもまた、ピンク映画や「薔薇族」など、ちっこい作品の監督をしているが、もともと現場で修行したことのないシナリオ担当であり、いまだに浜野組B班みたいなものだ。その分、監督としての妙なアクの強さを免れているはずだが、それはすなわち中途半端ということに他ならない。だからこそ、こうした役回りが回ってくるのだが、それにしても出発の前々日の夕方に機材を買い込むのは、いかにも準備不足である。新しいデジカムの性能に期待しよう。
 それでも今日は、久しぶりに歌舞伎町のスポーツセンターに行けたのは良かった。私の住むワンルームマンションの熱源はすべて電気なので、シャワーや風呂がひどく高くつく。それで、近所の東京年金センターのサウナに通い始めたのだが、昨秋、例の年金騒動でホテルを含むビル全体が売りに出され、スポーツセンターもあっさり閉鎖されてしまった。それでやむなく歌舞伎町に転じたのだが、設備が遥かに良いのだ。土地柄、ホスト関係やゲイ関係、水商売などが多く、それで年金センターに通っていた多くの老人方は住友ビルのドゥスポーツプラザに移ったのだが、わたしはジェット噴射のある温浴施設や、屋上のジャグジー&遊泳プールを満喫している。



 わたしの「まことに非生産的な日々」は、この温浴施設を一日の中心とし、後は三食自炊して、アララという間に翌日となるが、今日は帰ってきて焦った。フランスにメールで送るはずだった『百合祭』のポスターのデジタルデータが、デザイナーから送られてきたのに、パソコン上でぜんぜん開かないのだ。どうやらサイズが大きすぎるようだが、ソフトの問題も絡んでいるらしい。テンヤワンヤして、あっという間に数時間が過ぎてゆく。荷物を作る前に仮眠しようと思っていたが、どうやらいつものように徹夜で成田に向かわなければならないようだ。わたしの生活サイクルが、朝方寝るパターンなので、撮影や今日のように遠くに行く場合に困る。
 こんな朝、わたしは眠るわけにもいかず、よく北海道の詩人、笠井嗣夫さんのHP「Poesie Sky」の掲示板に、書き込んだりしたものだ。どこかに行く心細さが、多少はあるのだろうか。誰かに一言伝えたい気持ちがあるものの、友達が極端に少ないものだから、二度しかお会いしたことのない、遠くの笠井さんに向かって書き込むことになる。この掲示板はかなり異風の方々が書き込んでいるので、わたしも安心なのだ。(時に皆さんをシラケさせているようだが)。
●笠井嗣夫さんのHP「Poesie Sky」
http://members.jcom.home.ne.jp/poesiesky/index.html

 しかし、今回からはブログに書き込んでいるわけで、こんな効用もブログにはあったのだが、まあしかし、そんことよりも国際女性映画祭のパイオニア、クレティーユや、「エスケープ・フロム・ニッポン」女性のインタビューについて、現地からこのブログで報告したい。


 先日の浜野監督の出版記念会には、わたしがかつてエロ劇画誌の編集をしていた頃(二十年ぐらい前のことだ)からの古い友人である塩山芳明君と多田正良君も来てくれた。多田君は一水社という出版社の漫画編集局長で、彼のエロ本の出版状況をめぐる鋭い分析には、いつも唸らされて来たが、一方で常時負債を抱えるギャンブラーという、もうひとつわたしには分かりにくい一面を持つ。
 塩山君は「漫画屋」というエロ漫画専門の編集プロダクションの社長(社員は二人ぐらいしかいない)だが、毒舌で業界に知らない者のいない悪役編集者だ。「愛されて死ぬよりも、憎まれて生きるほうがマシ」がモットーで『嫌われ者の記』『現代エロ漫画』という2冊の著書を持つ(いずれも一水社刊。つまり多田君の会社だ)。
 セクシュアリティ研究会で知り合った守如子(もり・なおこ)さんは、いくつもの大学で講師をしながら、御茶ノ水女子大大学院で先ごろ博士論文「女性向けポルノグラフィの社会学的分析―女性の性的欲望をめぐって―」を完成させたが、昨年暮れ、守さんに多田・塩山の両君を紹介し、インタビューが行われた。どれほど守さんの役に立ったか分からないが、エロ本人脈が女性研究者の博士論文にいくらかでも貢献できたなら嬉しい。
●漫画屋HP
http://www.linkclub.or.jp/~mangaya/

ハワイ

 守さんも出版記念会に来てくれたが、もう一人、わたしと一度しか会ったことがないのに、会費7千円を敢然と出して参加してくれたのが「大衆食堂の詩人」遠藤哲夫さんだ。通称「エンテツ」(エンタツにあらず、といってもある世代以上にしか通じないか)。『汁かけめし快食學』(ちくま文庫)の著者だが、昨年暮れに塩山君を囲む忘年会を、南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)氏が企画した際に(一人でシオヤマに会うのはコワイが、一度遠目に見てみたい、という人が結構いるらしい)わたしは初めてエンテツさんにお会いした。今回声をかけたら、気楽に来てくれたのだが、多田・塩山の両君に守さん、エンテツさん、それに店を閉めてから駆けつけてくれた「地方の本」の専門店「書肆アクセス」の畠中恵理子さん(共著書に『神保町「書肆アクセス」半畳日記』無明舎出版刊)などが一団となって、「料理が不味い!」(byエンテツ)と気勢を上げながら、大いに飲みかつ喰ったらしい。
 わたしは司会進行で汗だくになり、料理の片鱗すらも目にすることがなく、また彼らの楽しい語らいに加わることもできなかったが、それはさておき、エンテツさんのブログに「ザ大衆食堂つまみぐい」がある。「気どるな、力強くめしをくえ!」と扇動する実に愉快なブログなのだが、わたしはこれを見ているうちに、このような明確なテーマとメッセージ性を持ったブログを真似してみたいと思うようになった。
●エンテツさんのブログ
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/

ベルリン

 ここに至って、ダラダラ続いてきた人物紹介のような文章の各所が、ようやくリンクしてくるのだが、シオヤマ編集の月刊エロ漫画誌『レモンクラブ』に、わたしが昨年から連載している1Pコラムがあり、これのテーマが、わたしのピンク&薔薇族映画とフェティシズムなのである。「尾崎翠とフェティシズム」はわたしにとって肝要なテーマであり、おいおい考えて行きたいのだが、わたしはそれとは別に「笑えるフェティシズム」の研究を行いたいと考えるようになった。素材は『レモンクラブ』の連載である。
 当初、この「影への隠遁」とは別のブログを設け、リンクすることを考えたのだが、もうひとつ作るにはまた費用がかかるという。数千円のレベルであっても、経済困窮に喘ぐわたしのよく為せるワザではない。そこで、このブログの中にシリーズ企画として「愉快なフェティシズム研究」をアップすることにした。なお、『レモンクラブ』の連載は<エロ映画監督山崎邦紀の「初老男のボッキ時」>という物凄いタイトルが付いているが、これはわたしのピンク映画の上映会にやってきたシオヤマが、作中の男たちにボッキしない事態が頻出するところに着目したもので、確かにそれもまたわたしのフェチへの傾斜を物語っている。
 なお、エロ漫画誌の読者向けコラムを、尾崎翠の名前を掲げたブログで披瀝するのに躊躇いがないでもなかったが、最近やはりブログを開始した沖縄の作家・詩人で、居酒屋「レキオス」主人の河合民子さんの掲示板で若干の不安を書き込んだところ、面白がってくれた。これもひとつ後押しになったが、応援してくれそうな人に漏らしてみるものだ。
●河合さんのブログ
http://navy.ap.teacup.com/showmyn/

 もっとも、エロ漫画誌のコラムも馬鹿にできないので、大阪大学大学院で尾崎翠を研究していた石原深予さんが初めて連絡をくれたのも、シオヤマの漫画屋経由だった。『第七官界彷徨・尾崎翠を探して』の完成後、稲垣真美氏への罵倒をやはりエロ漫画誌で毎号書き連ねていたわたしのコラム(エロ目的の一般読者には迷惑だったろうが、シオヤマ編集長は「活字ページなんて、どうせ誰も読まねえ」と平気なものだった)を、深予さんの親戚の男の子が目に留め「たしかミヨねーさんの研究している作家じゃないか」とそのページを破って深予さんに上げたのだという。大変丁重な手紙が漫画屋から回送されてきたが、エロ漫画の編集部に古式ゆかしい手紙を書き送る深予さんも、かなり大胆不敵だと思った。以来、ずっと交流が続いている。
 というわけで、なんだか長い長い言い訳のような「愉快なフェティシズム研究」開始の弁である。